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周りを巻き込みながら描いていく、未来のオペラの設計図|Novanta Quattro《天国と地獄》―101年目の浅草オペラ 演出家・吉野良祐さんインタビュー

”僕はすごく料理が好きなんですけど、作りたいメニューが先にあるというよりは、今ある食材を最も美味しく食べるにはどんな味付けがいいだろう」と考えるタイプです。演出家としてのスタイルも似ていて、僕自身のやりたいことが先にあるというよりは、「こういう人たちと作るから、じゃあこう見せるのが一番美味しいかな?」と考えるんです。だから関わってくれる人が多ければ多いほど楽しい。プロセスとしては時間も労力もかかるかもしれないけれど、キャッチボールをしながら作っていきたいんです。”

豊かな知識と熱いオペラへの想い、そしてチャーミングな語り口。建築史を専門とする研究者でもある吉野良祐さんは、オペラの演出家・演出助手として日本各地のプロダクションに関わりつつ、自らも都内有数の若手オペラカンパニー・Novanta Quattroを率います。9月28日(土)にムーブ町屋にて上演される、《天国と地獄》―101年目の浅草オペラ公演に向け、あっと驚くオペラとの出会いや、日本におけるオペラ上演の将来像についてお伺いしました。

Novanta Quattro主宰・吉野良祐さん

「稽古ピアニスト」からオペラの底知れない面白さを発見した

――吉野さんとオペラとの出会いは、どういったきっかけだったのでしょうか?

吉野さん:僕は、中学・高校とオーケストラの部活に入っていて、将来はアニメや映画の音楽を作る人になりたいと思っていたんです。作曲科に入るために必要な勉強も自分でしていたんですが、結局あまりキャリアのイメージがつかず、一般の大学へ。「本当は音楽がやりたいのに!」という気持ちをくすぶらせながら大学に入ったら、自主公演をしている「東京大学歌劇団」というサークルがあって、そこでオペラと出会いました。

――音大ではない、意外なきっかけで驚きました……!

吉野さん:最初はオーケストラピットでチェロを弾いていたのですが、ピアノも弾けたので、稽古ピアニストなんかもやっていました。オペラには、稽古ピアニストと呼ばれる役割が存在するんですけど、これが面白いんですよ!!

オペラはオーケストラのために書かれているから、いろんな楽器の並んだフルスコア(楽譜)があるわけです。けれど稽古場では、ピアノ1本で弾けるようにアレンジしなければならない。実際そのための楽譜も存在するんだけれど、稽古ピアニストは「この音を足してみようか」とか「自分ならこういうふうにアレンジする」とか自分自身がより良いオーケストラになるために様々なアイデアを加えていくんです。つまり、公演本番には出演しないのに、めちゃめちゃクリエイティブなことをやってる。稽古のためだけに存在する人が、その稽古場をより豊かにするために、ものすごく悩みながらオペラに向き合っているって、贅沢じゃないですか。情熱をかけて、労力をかけて、そしてすごい技術を注ぎ込んでいる稽古ピアニストという職業が存在することを知ったときに、これはもう得体の知れない面白さがあるなと衝撃で。

その後、日本有数のコレペティートルである河原忠之先生のもとで勉強して、その面白さは確信に変わり、オペラとは一生付き合えるな、これを仕事にしたいなと思うようになりました。そこがスタートです。オペラって、いろんな人が訳のわからない努力をしているんですよ。みんなそれだけ想いや時間や労力や技術を投じられるということ自体が、贅沢で面白いなと思っています。

Novanta Quattro
J.オッフェンバック《天国と地獄》―101年目の浅草オペラ

実は難解!? 運動会でおなじみの《天国と地獄》

――今回、Novanta Quattroとして上演する《天国と地獄》について教えてください。こちらは同時期に上演のあるVivid Opera Tokyo《こうもり》と同じく、「オペレッタ」の作品なんですよね。

吉野さん:《こうもり》が世界で一番上演されているオペレッタだとしたら、2番目か3番目ぐらいに親しまれているオペレッタです。オペレッタはドイツやオーストリアの作品が非常に多いなかで、《天国と地獄》は作曲家・オッフェンバックによるフランス語の作品。彼は“シャンゼリゼのモーツァルト”と呼ばれ、つい口ずさんでしまうようなメロディーを書くことで、トレンドをつくることが得意でした。日本だと運動会のBGMとして有名ですから、まんまと150年後の我々も引っかかっているんですよね(笑)。

――運動会といえば、すぐにテンポの速い特徴的なメロディーが思い浮びます!

吉野さん:けれど日本ではメロディーだけが有名で、実はそんなに上演されていない。というのも《天国と地獄》は、《オルフェオとエウリディーチェ》というギリシャ神話が題材のマジメなバロックオペラのパロディで、キャラクターを堕落させたり、不道徳にしたり、おちょくったような喜劇なんです。当時のパリの民衆からすると、当たり前に知っているストーリーがオマージュされているから、幕が開いた途端にもう面白い。フランスっぽい風刺やエスプリがハイコンテクストな点が、実は作品の特徴だったりするんですよ。では、日本人にとってはどうか。ギリシャ神話や古い時代のオペラの知識が要求されるから、それを知らないとなかなか笑どころがわからない。だからともすると、日本でそのままに《天国と地獄》を上演するというのは、実はあんまり面白くないんじゃないかなと思っています。

――日本人には分かりづらい作品をあえて上演する意図とは、何なのでしょうか!?

吉野さん:カンパニーの長期的な方針や目標として、新しい日本語オペラを作りたい気持ちを強く持っていることが理由です。これは日本語の宿命なんですが、日本語とヨーロッパの音楽って、やっぱり相性が難しい。向こうの言葉ってアクセントや活用のパターンで韻を踏めるだとか、言語自体が音楽的なんです。それに対して日本語では、明治以来いろんな作曲家がオペラを書こうとしていますが、どういうふうに言葉と音楽を合わせるのかがとても難しい。今までのNovanta Quattroでは、割と真面目にイタリアのオペラをイタリア語でやっていたんですが、これから日本語の作品を作る布石として日本語訳詞での上演を体験しておきたかったんです。訳詞をフランス文学研究の伊藤靖浩さんに書き下ろして頂きましたが、稽古場で指揮者や歌手からたくさんのフィードバックを得て改稿を重ねています。オペレッタであれば、訳詞上演がいまでも一般的なので、そういったプロセスを取り入れやすい。みんなで日本語に訳すプロセスを味わいながらノウハウを高めていくことが、カンパニーの成長には必要だと考えての演目選びでした。

日本語で歌い、日本の人々が観る価値のあるオペラへ

――大きな目標への果敢なチャレンジだと、熱く伝わってきました。そもそも日本語のオペラを作りたいと思った理由はありますか?

吉野さん:我々は日本語を使っているのに、オペラはあまり日本語ではやらないわけじゃないですか。もちろんヨーロッパの名作と言われるオペラは素晴らしいし、原語で上演することでしか味わえない作品の魅力はあります。でも、違う言葉でものを見ているとどうしてもワンクッション挟まないといけないじゃないですか。字幕の技術は素晴らしいものだけれど、表現の瞬発力や鮮度を母語のように伝えることはやはり難しい。台本には言葉遊びが散りばめられていたり、ひとつの言葉に裏の意味があったりするのに、字幕に表示されている15文字だけではその情報量は拾いきれません。

Youtubeを1.5倍速で見る子供たちが増えているように、高速なコミュニケーションが浸透してきている時代ですから、オペラにおける舞台と客席のコミュニケーションのあり方もアップデートする必要がある。オペラ本来の価値を守り伝えていくことと同時に、時代にあう形も模索しなければならない。その一つの策として日本語で歌う、且つ日本の人々が観る価値のある作品を作っていく必要があると考えています。いまちょうど、カンパニーとしても新作の日本語オペラの制作に取り組んでいるところです。

――そのために《天国と地獄》公演では、どんな工夫をされていますか?

吉野さん:今回はギリシャ神話が元になっている設定をガラッと変えて、大正時代の浅草の物語をやろうと思っています。大正時代の日本では「浅草オペラ」と呼ばれるムーブメントがあって、オペラがエンタメとして成立していたんですよね。日本語で上演されたオペラが最も多くの人に伝わった「浅草オペラ」の時代、よく上演された演目の1つが《天国と地獄》であることから、コンセプトは自然と導き出されました。

ただ演劇で言う「翻案」、オペラで言う「読み替え演出」であっても、作品の本質的な価値を損ないたくない気持ちはすごく強いので、なるべく多くの人に制作のプロセスに触れてもらって、いろんな人の目で厳しく見たり、アイデアを盛り込んだりしようとしています。脚本を塙翔平さんに依頼したのもそういうわけです。また、アイディアが独りよがりにならないように、学術的な成果も参照しています。例えば、大西由紀さんの研究は日本語オペラの歴史を描き出すすばらしい成果です。

――稽古の前から複数人で作品を作られる過程はいかがですか?

吉野さん:それぞれのアイディアや想いを1つにまとめていくことがやはり大変ですね。僕はすごく料理が好きなんですけど、作りたいメニューが先にあるというよりは、「今ある食材を最も美味しく食べるにはどんな味付けがいいだろう」と考えるタイプです。演出家としてのスタイルも似ていて、僕自身のやりたいことが先にあるというよりは、「こういう人たちと作るから、じゃあこう見せるのが一番美味しいかな?」と考えるんです。だから関わってくれる人が多ければ多いほど楽しい。プロセスとしては時間も労力もかかるかもしれないけれど、キャッチボールをしながら作っていきたい。大変だけれど、自分の好きなスタイルとマッチしているかなと思います。

――ともに作品を作られるカンパニーの皆さんは、どんな方々なのでしょうか?

吉野さん:とても幸運なことに、うちのカンパニーには、ただ歌っているだけじゃない、プロデュースとかマネジメント的な視点を持ってオペラと向き合っている人が多いです。芸術が難しい状況に置かれている時代にオペラを盛り立てていくうえで、ある種の危機感や「こういう工夫をしたらもっと面白くなるかも」みたいな意識を共有できる人と一緒に作品を創れるのは幸運なことです。新しい仲間を迎えるためにオーディションをすることもありますが、声を聴いたり、芝居を見たりする以外に、その人がどんな想いでオペラをやっているのか、将来どうなっていきたいか、その演目や役についてどう思っているのかといったことを、おしゃべりする時間を設けています。出演いただくメンバーの技術や表現が優れていることのみならず、想いやヴィジョンを共有できることが、中長期的には重要なことだと思っています。また、歌手だけではなく、助演(俳優さん)やピアニスト、舞台スタッフも丁寧な仕事をしてくれるメンバーが集っていて、それぞれの専門性やアイディアによって、僕が想像していたものを越えていくという創作プロセスがとても好きです。

若手オペラ界を牽引する「RESONATION」

本公演は若手のオペラ団体同士がつながり合い、オペラの文化を広げていこうとするクリエイティブムーブメント「RESONATION(共鳴)」に参画しています。同じく参画されているVivid Opera Tokyoの主宰・塙翔平さんから、吉野さんの印象をお聞きしました。塙さんは、今回《天国と地獄》公演の脚本も担当されています。

――塙さんから見た吉野さんはどんな存在ですか?

塙さん:吉野さんにはVivid Opera Tokyoに美術セットや公演ビジュアルを作っていただいているんですが、こんなに何でも出来る才能があるのに、「他の人と一緒にやりたい」と思えるところがすごいんです。本当はきっとご自身でも出来ると思うんですけど、例えば私に脚本を任せてくれるとか、誰かと創作を共にするってなかなか簡単な事じゃないですよ、それぞれのこだわりもありますし。でも彼はそれをやる。吉野さんの舞台を観ていると、人が好きなんだろうと思うんですよね。僕たち芸術家は譲れないものがあって、人と衝突したり、時には孤独になってしまうけれども、結局やっぱり人が好き。ちゃんと伝えたい、分かってほしいみたいな気持ちは吉野さんに限らず私たち全員の心のどこかに間違いなくあるんだろうと思います。ただ自分の殻に閉じこもらず人と共同作業をするというのは、結構勇気がいるし、工数もかかってしまう。自分の思いを伝えたとしても、100%伝わるかどうかはわからない。でも、そのハードルをサクッと越えられるのは、吉野さんのめちゃくちゃすごいところですね。

吉野さんが演出・美術を手掛けた公演より、舞台写真

――「人が好き」という塙さんからの印象を受けて、吉野さんご自身はいかがでしょうか?

吉野さん:僕は建築の研究もしているんですが、建築をやっているとどうしても全部が自分だけの思い通りにはならないという前提があるんです。画家は自分が描きたいものを描いてそれを売ることもできるけれど、建築家はお客さんがいないとまず建物が建たない。必ず施主がいて、こうしたいという要望がまず来るんです。建築家はそこから図面を引き始めます。法律や予算の壁もあれば、現場の事情で設計図の通りにできないこともある。そういう世界にいると、自分の思い通りにはならない諦めみたいなのがある。でも、だからこそ人と一緒にやるのが楽しいというか、思い通りにならない部分も楽しめるような感覚があって。僕自身は設計はしませんが、建築を学んできたという出自に関係しているところかなと思います。


――充実したお話をありがとうございました! 最後にまだオペラに触れたことのない方に向けて、メッセージをお願いします。

吉野さん:「一座建立」という言葉が大好きで、「その場に集まった人たちで心を通い合わせて、共に空間を作り上げる」といった意味なんですが……。今回題材にしている「浅草オペラ」も、ある意味そういった場所をみんなが求めていた時代なのかなと思っています。日本がどんどん発展はしているけれども、戦争や災害と隣り合わせで先行きが暗かったりだとか、世の中がちょっと窮屈になったりした時代にオペラが流行ったというのは、他のことを全部忘れてその場限りで笑い飛ばそう、そこに希望を見出そうとした文脈があると思うんですよね。

僕は結構今の世の中に絶望しているんですけど(笑)、だからこそ今やるべき演目かなとは思っています。《天国と地獄》が生まれたときのパリだって、政治的にすごく不安定だったんです。そういった世の中の風があるからこそ求められていた作品であると僕自身も改めて認識して、 まずは演者を巻き込み、さらにお客さんを巻き込み、そして劇場の外を巻き込むムーブメント作っていけたらなと思います。

インタビュー/成島秀和(おちらしさんスタッフ)
文/清水美里(おちらしさんスタッフ)


Novanta Quattro主宰・吉野良祐

1994年、横浜市生まれ。これまでの演出作品に、《フィガロの結婚》《魔笛》《愛の妙薬》《椿姫》《リゴレット》《ラ・ボエーム》《ジャンニ・スキッキ》など。中村敬一氏、舘亜里沙氏、塙翔平氏らの演出助手を務めるほか、河原忠之氏主宰Gruppo Kappa等でも研鑽を重ねる。新国立劇場主催公演《あの出来事》出演。また、近代建築史を専門とする研究者として、雑誌メディアや劇場建築を軸とした学際的な研究を展開。片岡安賞(日本建築協会)、若手優秀発表賞(日本建築学会)など受賞。著書に『東京時影』(羽鳥書店、2023年)がある。現在、東京大学大学院博士後期課程在籍、日本学術振興会特別研究員。東京造形大学、京都芸術大学ほか非常勤講師。

\吉野さんが率いるNovanta Quattroの公演はまもなく!/

Novanta Quattro
J.オッフェンバック《天国と地獄》―101年目の浅草オペラ


日程:9月28日(土)14:00/18:30
会場:ムーブ町屋 ムーブホール
〒116-0002 東京都荒川区荒川7-50-9 センターまちや3F

チケット:
[一般]4,500円(全席自由)
[学生]3,500円(全席自由・枚数限定)

\お得な割引も!/
*2公演割
昼公演・夜公演の両方をご鑑賞される方は500円引きとなります。
*Vivid割
9月4日(水)に座・高円寺2にて行われる、Vivid Opera Tokyo主催《こうもり》のチケットをご購入済みの方は500円引きとなります。

\「RESONATION」2団体によるスピンオフイベントも開催!!/

RESONATION presents オペラの愉しみ
- 歌と制作秘話で辿る『こうもり AnotherWorld』と『天国と地獄』-


クリエイティブムーブメント「RESONATION」に参画するVivid Opera Tokyo、Novanta Quattroが演奏とトークにより2つの公演を繋ぎ、オペラのよりよい鑑賞体験を描くスピンオフイベント!

日程:9月16日(月・祝)18:30
会場:渋谷美竹サロン(渋谷駅B3出口より徒歩3分)

チケット:
[一般]2,000円(ワンドリンク付き)
[本公演来場者チケット]1,500円(ワンドリンク付き)
※Vivid Opera Tokyo『こうもり』、もしくはNovanta Quattro『天国と地獄』公演のチケットをご購入の方

出演:
Vivid Opera Tokyo『こうもり AnotherWorld』より
・木田悠子(アデーレ役)
・塙翔平(演出/脚本)
Novanta Quattro『天国と地獄』より
・草野七海(ユリディス役)
・吉野良祐(演出)
スペシャルコラボレーション
総合司会
・近藤 はるか(Opera Lab Japan 代表)
ピアノ
・​佐藤 響


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