フルニトラゼパム (2)
<<なんで逃げたんですか?
<<逃げることなくないですか? 18:01
>>まさか同じ制服の人が来ると思わないじゃん
>>びっくりしちゃって ごめんなさい 19:12
<<それは確かにそうですが。 19:13
>>てかあの口ぶりってかメッセの文面で、中学生って思わないじゃん
>>しかもしかもリボン青ってことはうちら同じ2年じゃん同級生じゃんwwwww 19:16
<<それはこっちのセリフでもあるんですが。 19:17
>>待ってウケる
>>ウチら二人とも八王子住みなら新宿行く必要なかったくね?wwwwww
>>しかもwwwよりによって七中wwwww学校で顔合わせてるよ多分wwwww 19:21
<<隣の六中とかならまだ良かったのに。 19:21
>>ハムちゃんさんて誰? 何組?
>>てかそもそも学校、来てる?w 見ない顔だったから 19:25
<<あー
<<保健室だけ行ってるから。保健室登校。 19:51
>>じゃー見ない顔なわけだ 20:01
<<レアキャラだから。 20:06
>>てかさー
>>ああいうやつってどこで手に入れてんの 20:08
<<薬のこと? 20:09
>>そう 20:09
<<親がメンクリでもらってくるやつ。
<<メンクリってメンタルクリニックの略ね。心療内科。
<<なんか、精神系の薬は怖いとか言って、飲まずにゴミ箱に捨ててるから、
<<それ拾い出してこっそりネットで売ってる。なんのために通院してんだって感じだけど。
<<だから、なんか、いろんな種類の持ってるよ。 20:16
>>で、それ親に黙って転売してんの 20:17
<<そゆこと。 20:20
>>ヤバくね?普通に違法だよね? 20:21
<<そうだよ 20:21
>>てかてか、ハムちゃんさんって、なんでこんなことやってんの? 20:22
<<別に、普通に遊ぶお金ほしくて。
<<うちお小遣い少ないし、ていうか家にお金もあんまないみたいで。親共働きだし真面目だし厳しいから。自分のガス抜きっていうか楽しみっていうか。中学生ってまだバイトできないじゃん。服とかマンガとか買ってるよ。あとゲーセンとか行ってる。 20:26
>>ほうほう 20:26
<<要はちょっとお小遣い稼ぎしてるだけだよ。自分なりのバイト。不要なもの売りますってツイートして、取引して、お金もらって。メルカリみたいな感じ。楽しいよ。 20:27
>>メルカリwwww確かにwwwww
>>お小遣い稼ぎなら、p活は? あれ結構稼げるらしーけど
>>うちらまだ若いから、ホ別3とか4とかいけるかも 20:28
<<私はpできるルックスじゃないから。てかそれ以前に、知らないおっさんとランチとかホテルとか、生理的に無理wwww私は地道にクスリ売るよ。
<<てか、それよりミィさんもヤバいじゃん。なんでこんなルートで眠剤買うの。普通にメンクリで処方箋出してもらいなよ。ジャンキーなの? 20:28
>>ジャンキーwwwそうかもね
>>ウチ、彼氏とやってるんだよねクスリ
>>お互いネットとかクラブで知り合う人とかから調達し合ってる 20:29
<<それって、覚せい剤とか、違法なやつとか? 20:29
>>違う違うwww眠剤とか合法のやつだよ
>>ハムちゃんさんとやりとりしてたアレ、合法の中では結構ラリれて気持ちいいんだわ
>>気持ちいいってかフワフワ楽しくなる
>>そんでいつのまにかぐっすり寝落ちして記憶なくなるwww 20:31
<<この薬、そんなのになるんだ。
<<私やったことないんだよね。 20:32
>>楽しいよ! 翌日の体のだるさはヤバイけど 20:32
<<あのさ、売人の私が言うことでもないけど。
<<この薬レイプドラッグらしいから気を付けてね。粉に砕いてて飲み物に混ぜて女の子眠らせてやっちゃうとかできるらしいから。しかも飲んだ前後の記憶もなくなるらしい。 20:36
>>もちろん知ってるよー
>>そこは注意してっし 彼氏のDJイベントとかたまに行くけどリアルにアレが溶かされてる青い飲み物見たことあっしwww ウチは気を付けてるから絶対絶対大丈夫 20:37
<<彼氏、DJなの? 20:38
>>うん 20:38
<<歳は? タメ? 20:39
>>23くらい 20:39
<<普段はお仕事何してる人なの? 20:39
>>わかんないw 20:39
<<わかんないんだ。 20:39
>>でもいい人だよ
>>夢をちゃんと持ってる。あとエッチもうまいしw 20:42
<<彼氏いること、親は知ってる? 20:44
>>ないないw
>>うち父子家庭で、あの人仕事仕事って感じの人だから
>>言ってないし絶対気づいてない てか気づくわけないないw
>>とりま成績とかテストいつも上位キープしてるから安心してるっぽいし
>>あとさ通帳もだけど保険証も親持ってるから、メンクリ行くとなるとソッコーいろいろバレる 20:45
<<そっか。じゃあ絶対にバレちゃいけないね。 20:46
>>そーなの
>>だからこれは二人だけの秘密ってことで 20:47
<<あ、ミィさん。 20:52
>>なに 20:54
<<今日渡すはずだったぶんのやつ、どうしたらいい? 20:54
>>あーーーー!それ! 20:55
6/13(木)
保健室の窓からは、ベランダごしに校庭が見える。今日は天気が良い。あれは1年生だろうか、体育の授業でサッカーをしているようだ。その歓声を遠く聞きながら、私は壁の時計を注視した。
そろそろだ。やり進めていた数学プリントの手を完全に止める。
「先生ぇー」私はいかにも弱っちい声を出す。
「どうしたの羽村さん」
「お腹が、痛いです」
「あら。気が済むまでトイレ行ってらっしゃいな」
私は2年生の4月から、教室に行かなくなった。いじめられたり陰で叩かれたりしたわけではない。ただ、どこのグループにも所属できなかった。1年生の時に仲良くしてくれていた子もいないわけではないが、彼女らは私を必要としないグループを形成していた。つまり、みんな、私を、グループに、入れることを、拒絶、して、いる、のか……と解釈した途端、教室にいるのが気まずくなった。そして私は保健室登校を開始する。学校に来たくないわけじゃないし、勉強が嫌なわけでもない。ただ、あの教室にいると、自分が勝手に「気まずい」のだ。誰も悪くないのに。私ひとりで勝手にあの気まずい感じに苛まれてしまうのだ。誰も私のことなんか見ていないのに、頭のてっぺんから指の爪の先っぽまで「見られている」意識を払わなければならないような、あの気まずい感じ。だからある種の折衷案として、保健室登校を選んだのだった。
たまに担任がきて教室に戻るよう説得するが、具体的な理由は言わずに「なんとなく嫌」の一点張りで追い返す。担任も、押しが強いかというとそうでもないタイプなので、「じゃあ、待ってるからね」とすぐに身を引いていく。
私は今の自分の毎日を気に入っている。好きなペースで勉強して、好きなタイミングで学校にきて帰って、たまにツイッターで会った顔の知らない人と薬の取引をしてお小遣いを得る。
友達は、今んとこ必要ない。
今日「ミィ」に指定された取引の場所はC棟3階の女子トイレだった。C棟には化学室や音楽室や美術室などの特別教室がまとめられている。各クラスの教室が密集し最も人通りがあるA棟、職員室を中枢とするB棟、そのどちらにもあてはまらないのがC棟だ。授業に使われず閑散としている時間帯も少なくない。
C棟3階女子トイレで11:05。これは本来、まさに授業中のはずの時間だ。ミィは、授業を抜け出してくるつもりなのだろうか。私と同じ、お腹痛いとか言って。
時刻ジャストにたどり着いたC棟3階女子トイレは、電気がついていた。ドアにそっと耳を近づけると、かすかに人の気配がする。ミィが、先に入っているのか。
(3)に続く