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#10 BOOK STAND 若葉台/三田修平

横浜市旭区にある横浜若葉台団地は、約1万3000人が居住する一つの街のような団地だ。移動式本屋〈BOOK TRUCK〉の店主・三田修平さんは、2022年に自らも暮らす若葉台団地内に、新刊書店〈BOOK STAND 若葉台〉 をオープンした。最寄りの鉄道駅からバスで約20分、幼い子どもを持つ家族と高齢者が住民の多くを占める環境の中で、本屋はどのように育まれ、また、そこに暮らす人々を育んでいるのか。ここまでの道のりとともに、“団地の本屋”の未来について聞いた。

書店員として経験した、新刊書店の難しさ

NC:三田さんは本屋の仕事は何年目ですか?

三田:22歳で大学を卒業してすぐ本屋で働きはじめて今年42歳なので、19、20年くらいです。

NC:人生の半分くらいですね。こんなに長く続くと思っていましたか?

三田:全然。大学時代は会計士になろうと思っていたのですが、途中で本屋になろうと思って。卒業後に勉強のつもりで本屋でアルバイトしはじめたのですが、2年くらい働いてみて、このままだと知識は溜まってもお金が貯まらないなと。だからやっぱり会計士になって、30歳くらいまでに貯金して、それから本屋を、と思っていました。

NC:やっぱり本が好きだったのですか?

三田:大学時代まで本は全然読まなかったのですが、会計の勉強の一環で経済小説や企業小説を読み漁っていたら、小説の面白さに取り憑かれていきました。当時は今のようにいろいろなタイプの書店はなくて。 だから、もっとカジュアルに本と接することができる楽しげな場所があれば、自分のように本にさほど興味がなかった人にも本を面白いと思ってもらえる機会が増えるかな、と考えたのがきっかけです。いままでにどんな書店で働いていたのですか?

NC:どういった書店で働いていたのですか?

三田:最初はTSUTAYA TOKYO ROPPONGI(現六本木蔦屋書店)で働いて、次にCIBONE青山店(現在は移転)、SPBS(SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS)。最初の2店舗はアルバイトで、 SPBSではオープン前に 入社して、そのまま店長をやらせてもらいました。

NC:アルバイトの経験しかない中で、いきなり立ち上げから店長をやるのはなかなか大変そうです。

三田:正直、よくわからないままやっていました。15年くらい前ということもあり記憶も曖昧なのですが、入社した時点で6〜7割は計画が出来上がっていて、残りの3〜4割をやったような感じでした。すでにリストアップされていた本の足りない部分を補うために、神保町に古書を買いに行ったり、オープン直前に出版された新刊を選んだりしていましたね 。

 NC:オープン当初のSPBSは、エリアの雰囲気もお店の雰囲気も今とはだいぶ違いましたよね。“奥渋谷”という呼び名もなかったですし。

三田:2007年ですね。全然人がいなかったです。

NC:お店の品揃えもだいぶ違いましたか?

三田:オープン当初は10年刻みの年代別に棚がセグメントされていて、例えば1970年代の棚では70年代を象徴する出来事や人物や文化を扱った本がセレクトされ置いてある、という構成のコンセプチュアルな書店でした。

NC:SPBSはオープンした時から注目されていた印象です。雑誌とか、テレビでもよく取り上げられていましたね。

三田:内装や立地も含めて、コンセプチュアルな部分が注目されていたように思います。ただ、一度来て「面白かったね」で終わってしまうお客さんも多かった。一方、店をよく利用してくれる方は、もっと日常使いできるような本屋であってほしいという思いも持っていて。コンセプチュアルな部分と、お客さんの要望との乖離があることはわりと早い段階で感じていました。だから、来てくれた人がほしいと思える本を見つけられて、次に来た時にも新しい発見があって、とリピートしてもらえるお店にしていかないとと思っていました。最初の頃は、売上目標もあったのですが全然届かなかったですね。

NC:リピーターを増やすことが課題だったと。どんな手を打っていったのですか?

三田:オープンから1年半くらいの時に、年代別のセグメントはやめて「料理」「小説」のように、一般的な書店に近いセグメントにしました。年代別だとどうしても置ける本が限られて、棚の中身があまり変わらなくなってしまう。その問題を解消するための変更でした。他にも、オープン時はほとんど置いてなかった文庫をセレクトしておすすめ100選みたいなコーナーをつくって、雑貨の比率を増やして、フェアを組んで、ととにかくお店に来たら何かひとつでも買うものがある状態をつくろうとしていました。

NC:そこから売上も好転していった。

三田:よくなっていきました。自分は担当していないですが、イベントとかワークショップも増やして、本を売るだけではない売上をつくる方法をいろいろ組み合わせて、場を維持していった感じでした。

NC:大変だった分、学んだことも大きそうです。

三田:TSUTAYAもCIBONEも本以外で収益を上げる手段がいろいろありましたが、当時のSPBSは本の売上が経営状態に直結する環境でしたからね。新刊本の売上を主体に、あの立地と家賃で本屋を続けていく難しさは常に感じていました。

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