地下鉄とお花見の駄文
今、ぼーっと地下鉄の液晶を見てる。音のないCMをひたすら垂れ流し続けるヤツ。なにも考えずにアレを見続けるのも一興かもだけど、今し方ふと我に返って『なんの時間だこれ』って思っちゃった。俺らの世代、何も生まない時間を嫌うきらいがあるらしいし、致し方なし。
ほんじゃあCM見る代替案として、先日同期のライターみんなで行ったお花見のことでも振り返ろうと思う。きっと地下鉄のCMを見続けるよか、有意義な駄文になるだろうね。
記憶を集める
とは言ったものの、思い返せば馴れ合いの記憶ばかり。俺からしたら令和最新版で尚且SONYレベルの信用できる馴れ合いだけれど、読んでる人からしたら多分違うだと思う。他人の馴れ合いほど居た堪れないモノってない。教室で話せる友人がいない中、6人程度で集って身内の話を大声でし続けるサッカー部、辛かったよなぁ。アレ本当なんなんだろう。あの空間に単体で放り込まれた時、何だかいつもより空気中のホコリがはっきり見えるような気がするようなしないような。そのくらい目を逸らしたくなる空間。
そんな空間をこんなうだつの上がらないライターのnoteを開いた貴方に魅せる覚悟、あるのかな。駄文を打ち続けてる間になんとなく時系列が見えてきたので書き出しますヷ。
オモコロというメディアの同期のライター6人で集まったのだけど、案の定俺は遅れた。
上の画像が示すように、花を買っていったという理由もあることにはあるが、シンプルに寝坊した。楽しみすぎて寝坊した。
11:30頃に到着すると、予定のあって午後から参戦のシュゴウさん以外は全員揃っており、もはや宴もたけなわ的状態。別に初対面じゃないし、それなりに仲も良いけどなんか入りづらくて自分の弱さを思い知らされる。二度と遅れねぇから。
それでもなんとか輪に入り込み、やっと腰を下ろす。んでんで、やっぱライターのお花見だし、普段どんな感じで記事描いてるか──とか、記事に関する有益な情報を交換するのかなーとか思ってたのだが、全然そんなことはなかった。そんなことはないのかよ。
そのせいで俺が記事の話を振り続ける怪物と化したのは少し計算外だったが、それでもお花見自体は死ぬほど楽しかった。世代の違う人が集まってもこんなに距離近く仲良くできるんだなーってのが一番ビックリ。そのうち打てるかもね、ジ・アースとか。
そんで肝心の話題だけれど、ほぼ忘れちゃっいました。全部抜け落ちてるけど『楽しかった』ことだけは覚えてる。お花見で00年代のエロゲヒロインみたいな経験、できるモンなんだなと学べた。あ、でも、田中三友とペンギンさんに買ってもらったおいもクレープを回し食いしたことだけは覚えてる。なんかいいよね、部活みたいな体験で。
最初はお花見にかこつけて記事だそう!!とか、俺個人としてデイリーの原稿投稿に送る記事書こう!とか思ってたけど、話が弾みすぎてそれどころじゃなくなってたし、やっぱり花見は凄い。そんなところかな。
何も分かりませんでした系の記事みたいな中身のない回想録だけど、目的地までの良い時間つぶしになった。なりましたねぇ。
東京メトロの卑劣なCMロジックも打ち破ったことだし、降りたら日高屋でも行きますかね………