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目指すは「最高の脇役」。グラウンドキーパー・TBKの確固たる矜持。【ザスパクサツ群馬】

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サッカーは11人vs.11人のスポーツだが、その裏には多数の"サポーター"がおり、ピッチ上には彼らを含めた総力の結果が反映される。今回はその中の一人、『正田醤油スタジアム群馬』の芝生整備を担当するグラウンドキーパー・TBKさんに、芝生のコンディションがチームに与える影響、仕事にかける強い想いを聞いた。

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【プロフィール】TBK。ザスパクサツ群馬の本拠地『正田醤油スタジアム群馬』の管理チームに6年前より所属し、現在はリーダーを務めている。自身のTwitterでは積極的にグラウンドキーパーの日常を発信し、お仕事自体の普及活動にも力を入れている。Twitterアカウントはこちら。


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取材班:実はグラウンドキーパーの方に話を聞くのは初めてでして…。なかなかお目にかかれる機会がないので、「ハーフタイムにピッチで芝生を直している人」なイメージが強いです。

TBK:そのイメージで合っていますよ!僕はザスパクサツ群馬のホームスタジアムである『正田醤油スタジアム群馬』の芝生の管理を行っています。

ザスパクサツ群馬に所属しているのではなく、『正田醤油スタジアム群馬』の芝生管理を請け負っている会社の社員です。試合日はもちろん、1年中芝生が良い状態をキープできるように日々メンテナンスをしています。


取材班:グラウンドキーパーの方が集まっている会社があるんですね!

TBK:はい。でもその構成はさまざまで、芝生管理専門のグラウンドキーパーしかいない会社もあれば、もともとは造園会社で、芝生の管理も兼ねている会社もあったりします。僕が所属しているのは前者。芝生の管理専門でやっている会社です。


取材班:芝生って、日々メンテナンスしないとダメになってしまうんですか?

TBK:植物を育てる仕事だと思えば、イメージしやすいかもしれません。芝生って「選手のプレーを支える」ので頑丈だと思われやすいんですが、めちゃくちゃデリケートなんです。昨日まで何ともなかったのに急にカビが生えたり、病気になったりすることも珍しくないんです。


取材班:そんなにですか…!常に芝生のことを考えていないと務まらなさそうなお仕事ですね。

TBK:昨日の夜、群馬は土砂降りだったんですが、芝生に水が溜まっていないか確認しに行こうと思ったくらいです(笑)。あとはDAZNで試合を見ていても、なんだかんだで芝に注目してしまうことが多いです。24時間365日考えているのかもしれませんね(笑)。


取材班:ちなみに、スタジアムではハーフタイムにバケツを持って活動している姿を目にするのですが、あれは何をしているんですか?

TBK:1つは、めくれた芝生の除去です。芝が落ちていると、プレー中に気になったり邪魔になるんですよ。もう1つは傷の回復です。バケツを持って砂を入れているんですけど、あれは芝生を平らにしたいのではなく、砂を入れると傷の回復が早まるからなんです。ハーフタイムの間で芝生の状態を良くすることは難しいので、次の試合に向けて傷の回復を促しています。


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グラウンドキーパーとの出会い。


取材班:グラウンドキーパーのお仕事がイメージできたところで、TBKさんがグラウンドキーパーという仕事を選んだ経緯から教えてください!

TBK:僕は学生時代から、Jリーグに関わりたいと漠然と思っていました。でもクラブに就職するにはなかなか難しいところがあり、他の方法を探していくうちに見つけたのがグラウンドキーパーです。正直ほとんど知らなかったんですが、面白そう!の直感で選びました。


取材班:それでグラウンドキーパーを目指して就職活動を?

TBK:はい。でも最初はアルバイトとしてグラウンドキーパーになったんです。というのも、どうしても行きたかった会社を最終面接で落とされてしまいまして…。一般企業の内定も持っていたんですが、心は完全にグラウンドキーパーだったもんで、最終面接で落とされた会社のバイトに応募しました。「この間面接を落とされたものですけど、バイトなら採用してくれますか?」と言って(笑)。


取材班:実際に働いてみてどうでしたか?

TBK:ドンピシャでした。「この仕事、絶対俺に合ってるわ」「これが求めていたプロの世界だ」と。その会社は業界でも有名で、プロ集団って感じだったんですけど、最終面接で落としたのに入ってきたヤツってこともあり、他のバイトよりも多くの仕事を任せてもらったんです。かなり充実した環境で働いていました。

1年後、他の会社からお誘いがあり、転職して正社員になりました。6年前にもう一回転職をして、今の会社が3社目になります。


選手と一緒に戦っている。


取材班:TBKさんはもともとザスパクサツ群馬のサポーターだったんですか?

TBK:いえ、サポーターではなかったです。でも、どこのグラウンドキーパーもそうだと思いますが、担当したチームのことは好きになっちゃうんですよね。サポーターというか、チームと一緒に戦っている感覚です。


取材班:「一緒に戦っている」と感じるほどチームとの距離感が近いんですね。

TBK:僕らはスタジアムだけじゃなくて、サッカー・ラグビー場(練習場)の整備もやっているので、練習時に関わる機会が多くあります。芝生の状態や練習メニューなど、スタッフさんとのコミュニケーションもかなり頻繁にとっています。


取材班:練習の内容について話をすることもあるんですか?

TBK:ありますよ!「昨日はピッチの中央を使ったので、今日はサイドの方を使ってほしい」「今日はあっちの方が芝生の状態がよくてオススメです!」など、芝生の状態に合わせて僕からリクエストを出せる関係性です。スタッフさんからも「今のチーム状況はこんな感じなので、ピッチをこう使った練習メニューをやりたいです」と細かくお願いされるので、「じゃあこのメニューは(ピッチの中の)このエリアでやって欲しいです」といった感じでコミュニケーションをとっています。


取材班:そうなんですね!例えば、どういったやり取りが行われているんですか?

TBK:例えばゴール前は荒れやすいので、ゴールキーパーの練習ではゴール前を外してやってもらうことがあります。本当だったら正規の位置にゴールを立てて、PKマークやペナルティエリアがあるところで練習したいと思いますが、気遣ってもらっていることには感謝しかないです。


取材班:まさにチームの一員ですね。TBKさんには、ザスパクサツ群馬がどんなチームとして映っていますか?

TBK:グラウンドを大切に使ってくれるチームです。

6年前に僕がこのチームに来た時、「こんなところでプロがやっているのか…」と思うような環境でした。当時、正田醤油スタジアム群馬の芝生は張り替え直後のため所々が不安定で、サッカー・ラグビー場においては雑草すら生えておらず、もはや土のグラウンドでした。散水設備や芝刈り機もそろってない中、ザスパの選手やスタッフさんが芝生の苗を一緒に植えてくれたこともあり、着任から半年後には芝生の状態が劇的に良くなったんです。

そのときに、チームの皆さんがすごく喜んでくれて。正田醤油スタジアム群馬は県立の公共施設で、ザスパクサツ群馬の持ち物ではないのもありますが、環境が整ってなかった歴史があるからこそグラウンドを大切に使ってくれる印象はあります。


取材班:TBKさんの出すリクエストを考慮してくれることからも、グラウンドを大切に使っている様子がうかがえます。

TBK:専用のグラウンドを持つクラブであれば、グラウンドキーパーはチームのリクエストに100%応えられるようグラウンドを整備します。でも正田醤油スタジアム群馬は他の方も使用する公共施設なので、時にはチームのリクエスト通りにいかないこともあります。

正直、言いたいことは色々あると思います。でも表に出さずに僕らと接してくれるからこそ、「この人たちのために僕らも頑張ろう」という気持ちになります。


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ホームゲームへの思い入れ。


取材班:続いて、芝生にとっての"本番"であるホームゲームについてお聞きしたいと思います。まずはホームゲームの日の流れを教えてください!

TBK:当日は、早朝に来て散水をして、芝生が乾いてから芝刈りをします。その後ゴールを立てて、試合が始まったらハーフタイムに傷の補修をする。以上が一連の流れになります。作業量としては前日の方が忙しいですかね。

ただ、試合前に陸上の大会があるとかなりバタつきます。特に投擲種目で芝生がボコボコになると、その補修にかなりの時間を要します。補修に時間がかかると芝を刈る時間がなくなるので、朝の5時前にスタジアム入りして芝生を刈ったりしています。

取材班:朝5時ですか!陸上大会の日はすごく忙しくなるんですね…。


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取材班:お話を聞く限り、グラウンドキーパーの存在は試合運営にはなくてはならないものだと感じましたが、TBKさんはザスパクサツ群馬にどんな貢献ができると思っていますか?

TBK:スタッフさんから、「管理者が(TBKさんの会社に)変わってから、ピッチコンディションの不安なく試合を戦えるようになった」と言われたことがあります。

アウェイから戻ってきた選手がウチのピッチに立って「このスタジアムは安心だな」って思ってくれることが、僕らの存在価値の一つなのかなって。プロだったら色んなコンディションにアジャストして当たり前だという意見もありますが、正田醤油スタジアム群馬の芝生は安心だと思ってくれたら嬉しいです。


取材班:ピッチコンディションが良いと、選手の心理面にもいい影響があるんですね。

TBK:グラウンドがいいだけで気が引き締まったりとか、スイッチが入ったりしたらいいなと思っています。例えば芝生がデコボコしていたり、雨続きでぐちゃぐちゃになっていたら、選手たちは怪我に対する不安を持ったままプレーすることになります。その不安がなければ、試合により集中できるので、心理的な部分でいい影響を与えられたらと思っています。


取材班:そうなると、TBKさんが心を込めて整備している芝生で戦うホームゲームには格別な思いがあるのでは?

TBK:アウェイでも勝ってほしいですけど、やっぱりホームゲームへの思い入れは強いですね。ホームゲームの試合前には、スタッフさんと芝生の状態についてたくさんの共有をしています。

芝の長さ、散水の状況、硬さ、ピッチのどこに傷が集中しているかなど、細かいところはすべてお伝えしています。アウェイチームは知らない情報なので、その点はホームのアドバンテージです。芝生のコンディションを知っていれば、それに応じた戦略も取れるでしょうし。


取材班:そこまで深く関わっているのであれば、試合中はかなり燃えるんじゃないですか?

TBK:基本的にはピッチサイドで試合を見ているんですけど、ゴールが入ったらみんなガッツポーズしますよ。試合中は完全にサポーターって感じです(笑)。チームが試合に勝つことほど嬉しいことはないですね。

でも職業柄、「芝生良かったです、芝生最高です」って言ってもらえることが一番嬉しいかもしれません。特にアウェイの選手に褒めてもらうと嬉しいのは、グラウンドキーパーあるあるです。最近だとレノファ山口の選手から、試合前に「芝生すごいきれいですね」って言ってもらったり、FC琉球の田中恵太選手のYouTubeで「やりやすいピッチでした」と紹介してもらったことが印象に残っています。


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取材班:逆に、試合に負けた時はどんな感情になるんですか?

TBK:それはもう、全員めちゃくちゃ萎えますよ(笑)。負けた試合の後は「今日はゴールだけ片付けて帰ろうか」「傷の補修は明日の朝にしようか」ってなる日もあるくらい(笑)。今シーズンはなかなかしんどい試合が続いていますが、僕らも見守るしかないので、そういう点ではサポーターとあまり変わらないですね。


取材班:試合に負けた悔しさに加えて、自分たちの仕事に対して責任を感じることもあるんですか?

TBK:それもものすごくあります。決定機でシュートをふかす場面があると、芝生が深かったかなと考えてヒヤヒヤしてしまいます。シュート以外でもミスがあると自分たちの仕事を疑うことが多いですし、特に接触のないところで選手が足を抑えて倒れると、心臓が止まりそうになります。


取材班:そうした"グラウンドキーパーならではの視点"は他にもありますか?

TBK:だいたいはボールの転がり方、選手が足を取られていないかを気にして見ています。ちなみにスライディングをして芝生が剥がれてしまうのは、決して悪いことじゃないんですよ。

それよりもフリーキックを蹴った時に芝生がぐにゃってなって、キックが変な方向に行く方がよほどマズいんです。傷1つとっても、どのシチュエーションで発生したかで良しあしは違いまして、僕らは特にキックを蹴る瞬間に注目して見ていることが多いです。


取材班:芝生の状態は、選手のプレーに強く影響するんですね。ただ、完全にチームの一員でありながらも、公共施設としての事情も考慮しなければいけない立場上、難しいことも多くありそうですが…。

TBK:こちらからリクエストをすることはありますが、競技場は使ってもらってナンボなので、まずは利用者さま第一です。利用者さまの意見をしっかり聴いて、それに最大限応えることを大事にしています。だから選手たちには積極的に声をかけるようにしています。

たとえば梅雨の時期の前橋は湿度が高くて、芝生にいつ病気が出たりキノコが生えてきてもおかしくない。でも試合日は絶対に水を撒いてほしいと要望があります。芝生のことを考えると水を撒きたくないけど、ザスパの選手たちにとってやりやすい環境を作ることが僕らの仕事なので、水はガンガン撒いて、病気やキノコが出てしまっても僕らが頑張ってカバーするようにしています。

自分たちのエゴは出さないようにしています。それで選手たちの妨げになったら意味がないので、何よりも利用者のことを第一に考えています。


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脇役を支えるいい脇役に。


取材班:TBKさんにとって、グラウンドキーパーとはどんな仕事ですか?

TBK:個人的には「裏方の裏方」だと思っています。主役は選手、その足元を支えている芝生が脇役、僕らはその芝生を育てているので裏方の裏方です。でも主役が輝くには、脇役を支えるいい脇役が必要です。

「選手たちが主役。俺らは最高の脇役を目指そうぜ」と他のメンバーにもよく言っています。だから決して手を抜かないですし、想いは選手に届くと信じてやっています。


取材班:皆さんが作り上げるピッチを通じて、選手たちに想いを伝えたいと。

TBK:僕らはいい意味で目立たない方がいいと思っているので。日本のサッカーのためにも、芝生がいいことを当たり前にしていかなければならないと思っています。選手たちには、「芝生は良くて当たり前でしょ」ってスタンスでいていただけたらなと。僕らのことが気にならないくらい、プレーに集中できるように頑張っていきます。


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取材班:TBKさんは今後もザスパクサツ群馬のグラウンドキーパーとして活動し続けたいですか?

TBK:今までのグラウンドキーパー人生の中でも、最も長く担当させてもらっているチームですし、僕は地元が群馬なので、地元のクラブで仕事をできているのはやりがいになっています。

今のザスパは専用の練習場を持っていないですが、将来は天然芝のキレイなサッカー場を管理して一緒にJ1昇格ができたら嬉しいです。ザスパさんとはこれからも、末永くお付き合いができたらなと思います。


取材班:最後に、TBKさんはTwitterでも積極的に発信されていますが、グラウンドキーパーという仕事をもっと多くの人に知ってほしい想いはありますか?

TBK:ありますね。僕自身がグラウンドキーパーになりたいと思ったとき、あまりにも情報がなくて困ったので、Twitterには積極的に載せるようにしています。

スポーツの試合はものすごい数の裏方がいて成り立っています。そういう視点を持ってもらえると、試合をより楽しめるかと思いますので、少しだけでもグラウンドキーパーに注目してもらえると嬉しいです!


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【了】


---------nest編集部より----------

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