夢を叶えてゴール裏へ。横浜楽団erikoがF・マリノスと歩んだ半生。【横浜F・マリノス】
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2019/20シーズンのJ1覇者である横浜F・マリノスは、新たな応援のチャレンジとして、約1年ほど前に横浜楽団を創設。金管楽器の演奏で始まる勝利後チャント・コーヒールンバは、すでに名物の一つになっている。その一員でもありトロンボーンを担当するerikoさんは、日ごろはフルートの演奏家として活躍している演奏家兼サポーター。幼少期からの夢を叶えた彼女が、横浜F・マリノスと共に歩んだ人生にフォーカスする。
【プロフィール】
後藤恵莉子。1993年生まれ。F・マリノスサポ歴15年。音大時代からフルート演奏家としての活動をスタート。2019年から応援団体「横浜楽団」に所属。楽譜の作成のみならず、トロンボーンの演奏者として応援を後押ししている。Twitterアカウントはこちら
初観戦で一目惚れ。遠距離を一人で。
取材班:まずはerikoさんが横浜F・マリノスに出会ったきっかけを教えてください。
erikoさん:初観戦は2004年の浦和レッズ戦です。当時私は小学校4年生でした。地元にもJリーグのチームがあるのですが、前年にF・マリノスが優勝したこともあって、家族みんなで「ビッグクラブを見に行こう」と。久保竜彦選手とか、坂田大輔選手とか、松田直樹選手とか、選手のプレーもすごい中で、F・マリノスのきれいなゴール裏を見て、あそこに入りたいと思ったんです。どこか紳士的というか、空気が違う感じが面白くて。
取材班:いい意味で熱すぎないというか、紳士的って表現はピッタリですね。
erikoさん:F・マリノスのゴール裏は、当時から「子供でも大人でもどうぞ」っていう雰囲気がありました。誰であっても応援したいならここで応援していていいんだよ、っていう雰囲気は魅力的でしたね。お菓子とかよくもらってましたし(笑)。
取材班:それからは家族に連れられて日産のゴール裏に?
erikoさん:いや、1回しか連れて行ってもらえなかったので、それ以降はずっと一人でした!
取材班:小学生の女の子が一人でゴール裏に!かなり珍しいというか、抵抗はなかったですか?
erikoさん:片道2時間かかるので、日産までの道のりは怖かったですが、行くこと自体への抵抗感はなかったです。最初はゴール裏の端っこの方で応援していて、そこから中央に少しずつ攻め込んでいきました。噛めば噛むほど味がするのと同じで、やればやるほど沼にハマっていくというか(笑)。一度あの感覚を味わったら、やめられなくなりましたね。
取材班:ご家族からは反対されなかったですか?
erikoさん:「大丈夫?」「行ってどうすんの?」みたいなのはありましたけど、「命さえ落とさなければ」という感じで。
でも中高になると部活が忙しくて、試合を見に行く回数が減っちゃったんです。
応援よりも、優先したいことがあった。
取材班:中高時代はどんな活動をされていたんですか?
erikoさん:私には「演奏家になる」という夢がありました。中高では全国大会に出るような吹奏楽部に所属していて、それとは別に個人レッスンにも通っていたので、なかなか現地で応援するのが難しくなってしまって。当時は年に3回くらいしか行けていませんでした。
でもチームに触れてさえいればサポーターだと思っていたので、テレビで試合を見たり、グッズにお金を使ったり、とかで割と満足していました。当時買ったグッズは今でも使い続けています。自分の人生、職業を最優先に考えていたので、音楽を頑張らないとF・マリノスを応援しちゃいけないんじゃないか、くらいの気持ちで打ち込んでいました。
取材班:その後音大に進まれるんですよね?そこはもう迷わずに?
erikoさん:いわゆる普通の大学に行く考えは全くなかったです。たしかに、仕事や学校がある中でもF・マリノスの応援に時間をかけてる人を見て、憧れみたいな気持ちも多少はありました。でも私は音楽の道ありきで応援したかったので、我慢するところは我慢して。何か一つ勝ち取ったらF・マリノスに懸けようと思って。
音大って、実技の練習を授業とは別に確保しなきゃいけないんです。なので空き時間はあるけど、そこはほとんど音楽の練習って感じでした。大学時代はうまくやり繰りしながら、ホームゲーム半分くらいと、関東のアウェイゲームは応援に。ホントはもっと行けたんですけど、夢を叶えるためにあえて壁を作ることもありました。
取材班:横浜F・マリノスへの想いが、音楽への想いを上回ったことはなかったですか?
erikoさん:というよりむしろ、F・マリノスへの想いが原動力になっていったんですよね。
音楽×F・マリノス。見出した新たな道。
取材班:と、いいますと…?
erikoさん:小さい頃は「演奏家として食べていきたい」としか思っていなかった中で、途中から「音楽を使ってサッカーに関わる仕事がしたい」と考えるようになっていきました。そのためには私を知ってもらわないといけないから、ますます頑張ろうと思えてきて。
取材班:erikoさんにとってのサッカー、特に横浜F・マリノスという存在が夢を追い続ける原動力になったんですね。
erikoさん:音大の友人や地元の友達からも「好きなものがあっていいよね」と言われてて。音楽だけにのめり込むのが理想だけど、やはり息抜きも必要で、私にはF・マリノスがあるから頑張れる部分が少なからずありました。周りにはべらべら言ってましたよ、「私はF・マリノスがあるからやっていける!」って(笑)。
取材班:少し大袈裟に言うと、横浜F・マリノスという存在がなければ演奏家にはなれなかったかもしれない?
erikoさん:そうだと思います。私が頑張ってればF・マリノスが優勝するかもしれない、くらいの心持ちでやっていましたし、勝っても負けても、スタジアムに行くだけで元気をもらってました。これは音楽と同じで、サッカーにも「ライブじゃないと感じられないもの」がたくさんあると思うんですよね。
言葉にできない何かに取りつかれている感じで、私にとってのF・マリノスは常に横にいる存在、自分の一部になってました。「そんなになんだ?」「熱すぎるわ!」ともよく言われます。本来私にとってスポーツって娯楽じゃなければいけないけど、娯楽ではなく自分の一部みたいな(笑)。
取材班:そしてついに、演奏家という夢を叶えたんですね。
erikoさん:はい。いまはフリーランスのフルート演奏家として活動しています。こうなったらプロ、という具体的なラインはないのですが、学生時代からお仕事はいただいていて、大学卒業が第二のスタートという感じです。
取材班:ちなみに「サッカーに関わる仕事」というと、大学生の時点で何か具体的なプランをお持ちだったんですか?
erikoさん:サッカーは「応援」という部分で、音楽がすごく絡んでくるんですよね。マニアックな話をすると、音楽はよく「3回聴けば良さが分かる」言われます。その三回や、三拍子、三連符などにつく「3」は神の数字と言われているんですが(三位一体)、それがサッカーの応援でも多く使われていますし、クラブによってジャンルや選曲も違っていて、とにかく音楽の使われ方が面白いなと。その応援の部分で、具体的なものはなかったけど関わりたいなと思っていました。
思わぬチャンス。葛藤を越えて王者に。
取材班:現在はフリーの演奏家として活動すると同時に、横浜楽団の一員として横浜F・マリノスの応援にも携わっているかと思いますが、まずは横浜楽団について説明していただいてもよろしいですか?
erikoさん:ゴール裏総合プロデューサーが立案し、昨シーズンから始まった新たな応援の取り組みです。サポーター有志でトランペットやトロンボーンを吹く音楽団を組んで、おもに試合前の集会や勝利後の「コーヒールンバ」時に演奏を行っています。
普段の練習は、トランペットの経験者を中心に練習プログラムを計画し、専門的な話を交えて進めてくれています。私は主に、楽譜や広報部分、全体の音楽的要素のアドバイス、ゴール裏のグループの方との連携をとらせてもらっています。メンバーそれぞれ個性も強いですが(笑)、おのおの得意なことが様々なので、それを生かして楽団活動を広げています。
取材班:勝利を祝うチャントは、横浜楽団の演奏で始まるんですよね?
erikoさん:そうですね。試合中はみんな別々の場所で応援しているのですが、勝利したらゴール裏の最前列中央に集まってくる感じです。いま(2020年4月現在)は私含めて5名で活動しています。
取材班:横浜楽団に入るまでの経緯を教えていただけますか?
erikoさん:話が来たのは2018年の11月ごろでした。複数人で楽器を吹くためには音を統一する必要があって。ゴール裏総合プロデューサーは、私が演奏家だということを知っていたので「楽譜を用意してもらえないか?」という話から関わりがスタートしました。
取材班:「楽器を吹いてほしい」という依頼ではなかったんですね。
erikoさん:そうなんです。楽譜準備の無茶ぶりだけで(笑)。でも集まった時にトロンボーンを吹ける人がいなくて…。私は小学生の時にトロンボーンをやっていたので、吹くこと自体はできたのですが、一応プロのフルート演奏家として活動しているプライドがある手前、「専門外の楽器は吹きたくないな」という思いも強く、トロンボーンを吹けることを黙っていました。
でも色々と話していくうちに、トロンボーンだったらF・マリノスに関われることに気づきました。「大好きな音楽を通してF・マリノスに関われるんだ」とポジティブに気持ちを切り替えて「やらせてください」って伝えました。
取材班:横浜楽団のデビュー戦はいつでしたか?
erikoさん:2019年4月14日、名古屋戦の集会で初お披露目でした。最初はめちゃくちゃ緊張しましたよ(笑)。普段私は音楽を知っている人に対して演奏している分、「興味ないよ」って視線を浴びたらどうしようとか、何といってもゴール裏の人数はすごいので、どういう反応をされるのか怖かったですね。
ただ幸い、温かい声をたくさんいただくことができました。夏くらいには「勝ったらこの人たちが出てくる」っていうのが定着してきて、より自信をもってやれるようになっていきました。
取材班:そして結成1年目にしてリーグ優勝を果たしました。
erikoさん:いちサポーターとしてはもちろん、横浜楽団立ち上げのシーズンで優勝できて、サポーターの前でコーヒールンバを吹けたこともすごく嬉しかったです。もう泣きすぎて、周りから「えりこいつまで泣いてんの?」って言われてたけど、そのくらい熱いものがありましたね。優勝した年にゴール裏の端っこで応援を始めて、その15年後にもう一度優勝して、しかもゴール裏の中心で楽器を吹けたっていう、音楽とF・マリノスの最高の瞬間を同時に味わえたのは一生の思い出です。
取材班:erikoさん自身は、横浜楽団が応援に与える影響をどう考えていますか?
erikoさん:チャントを歌ってるだけでもテンションは上がるけど、楽器の音が入るとか、楽器があるっていうビジュアルとか、それだけで雰囲気が全然変わるんですよね。あくまでメインはサポーターの声で、私たちは飾りつけをする存在。色を変える、おしゃれにする、みたいなことを私たちが付け加えられればと思っています。
取材班:ここ一年、クラブに対する関わり方が大きく変わったことで、何か心境の変化はありましたか?
erikoさん:周りからの見られ方が変わること、ですかね。スタジアムでも「いつも見てます」って言われることが増えて、まずは「ちゃんとしなきゃ」っていう気持ちが芽生えました。中には「えりこさんに勇気をもらって、私も1人でアウェイ遠征に行くようになりました」っていう方もいて、私でも周りにいい影響を与えられるんだってことを自覚しました。
そういった経験を通じて、音楽っていう特色を生かして、サポーターに何か影響を与えられればいいなと思うようになりました。これまではただ応援してるだけというか、引っ張ってくれる人に頼っていた部分があって。でも今後は自分から提案したりして、そっち(引っ張る)側に行きたいなと。
横浜楽団を通じて、私がフルートをやっていることを知ってくれた人もたくさんいるので、公私ともに転機の1年だったと思います。
応援に秘める音楽の力。次なる夢は。
取材班:erikoさんは横浜F・マリノスのチャントにどんな印象を持っていますか?
erikoさん:F・マリノスはかっこいい!港町っていう土地柄が歌詞とか選曲にすごく影響してる気がします。
F・マリノスサポーターって色んな人たちがいて。サッカーがとにかく好き、応援が好き、戦術分析、イラスト、音楽、文を書く、ハンドメイド、お酒…とにかく色々な「好き」や「得意」を持った人がいて、スタジアム内での観戦スタイルも多様なんです。
応援はゴール裏のグループが引っ張ってくれています。そこについて応援する人たちはもちろん、例えば手拍子が多いから声出すのが得意じゃなくても参加できたりとか、色んな角度でサッカーを楽しんでる人が集まれる歌っていうイメージがあります。
そもそも、そういった色んな角度のサポーターを1つにできるのも、チャントが持つ魅力だと思います。
取材班:プロの演奏家がゴール裏でチャントを聞いていて、改善点があるならばどんな所でしょうか?
erikoさん:やっぱり人の出せる声域に限度があるので、「男性はこのくらいの音の高さに変えればもっと声量が出るんだろうな」とか「ここの歌の最後のリズムがこうだったら、言葉を乗せやすいのかな(韻)」とか。リズム含めて専門的な部分については、勝手に色々と思ったりはしてました。
応援は合唱ではないので、必ずしもキッチリと揃えなければいけないわけではないと思います。でもJリーグには応援文化もありますし、ちょっと変えるだけでも劇的に変わる部分はあるんじゃないかなって。
私はこれまでの人生、音楽の勉強にかなりの時間を割いてきた自負はあるので、しっかりと自信もって「こんなのどうですか?」って提案できたら楽しそうだなって思います。応援をより良いものにしていくために、もっと素敵なゴール裏の雰囲気を作っていきたいです。
取材班:最後になりますが、横浜楽団としての今後の目標はありますか?
erikoさん:F・マリノスサポーターにも、他のクラブのサポーターにも、この活動をもっと知ってもらうこと!F・マリノスの応援の一つの魅力として知ってもらいたいです。そのためには練習はもちろん、スタジアムでサポーターの皆さんからもっと認めてもらえるような気持ちと努力が大切だと思っています。私としては、発信することもしっかりとやっていきたいです。
取材班:erikoさん自身の目標はありますか?
erikoさん:音楽が身近じゃない方でも、私を通して音楽を知ってほしい、というのが本業を含めた気持ちではあるので、サッカーと音楽をどう絡めようか考えているところです。
最近Twitterに、フルートで「民衆の歌」を吹いている動画を載せたらかなり反響があって。それを機に私のサッカーじゃないアカウントから演奏を聴いてくれる人も増えました。例えば音楽を使ったイベントなどを開催して、サポーターの方々向けにクラシックの良さを広めたり、応援と音楽のつながりをもっと深めていきたいなって思ってます。
取材班:次は本職のフルートを使って?
erikoさん:そうですね。横浜楽団に関わった一年で、そう思い始めることができたので、ここからじわじわと広げていきたいです。
【了】
----------nest編集部より----------
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