早口告葉(小説19)
西日を左に受けながら、穏やかな海の浜辺を二人で歩く。
「あとどれくらい?」とユウカが聞いてくる。
もう少し歩くことを伝えると、ユウカは飲み物を買ってくると言い出し、海岸沿いの道路にポツンと設置されている自販機に向かって小走りした。
帰ってきたユウカの手にはスポーツドリンクとあたたかいお茶が握られている。お茶を受け取り、お金を渡すがユウカは「当たったからもう一回選べたの」と言い受け取らなかった。
お礼を言い、また二人並んで浜辺を歩く。
「あの灯台を超えたらもう少しで着くよ。そこから見える海に沈む夕日がすごくきれいなんだよね」というとユウカは
「この場所から見る夕日と何が違うの?」と疑問を口にした。
「灯台の少し先は埋立地で、全体的に土地が低いの。そこに昔使われてた堤防があるんだけど、そこはもう満潮になると沈んじゃうの。だけど今の時間帯はちょうど、堤防の高さと海面の高さが同じくらいになっていて、堤防から顔を覗かせれば水平線が目線の高さで見えるの」
ユウカは「えー!」と驚くが、すぐに「でもそれだと波が堤防を越えて自分たちにかかっちゃうんじゃないの」と不安そうに聞いてきた。
その堤防は海と平行に二つに割れていて、溝があるから海が穏やかな日には波が超えてこないことを伝える。ユウカの歩く速度は俄然速くなった。
堤防に到着し夕日が沈むのを今か今かと待つ。
しばらく沈黙が続いた後、ユウカが「早く着きすぎちゃったたな」と言った。「え?」と聞き返すと同時に二人は笑いあった。
「いきなりしゃべりだしたから、噛んじゃったよ」とユウカは笑いながら言う。
「冬の夕方は寒いもんね、急に口動かしたから口の周りが凍えて、付いてこれなかったんだね」
「そうかもね。あ、だから緊張でも噛むのかな。体が硬くなって」ユウカは自分の発見に感心している様だった。
「一理あるかもね。しかも噛めない場面であればあるほど、緊張しやすい場面ってことだから、いやになっちゃうよね」
「確かに、告白とか、みんなの前で発表する時とかに噛んだら恥ずかしいよね」
「そうだね、告白で噛んだらなんか締まらないし、相手にもちゃんと伝えられてない感じが出ちゃうよね」
「でも逆に早口言葉は噛んで正解みたいなところあるよね」
「確かに、だったら告白の言葉の早口言葉があったらいいのにね。噛んでも笑えるし、噛まなかったらそれはそれでいいし」
ユウカは少し笑って「面白いこと考えるね。それいいかも」と言った後、少し間をおいて「でも告白の言葉はゆっくり聞きたいかな」と言う。
「それもそうだね。だから、もちろん噛まないようにすることは大切だけど、むしろ噛んだ後の対応の方が大切なのかもね」
「確かに、噛んだ後に「もう一回言うね」ってわざわざ断ってから話してくれる人とか見ると、誠実だなって思うもんね」
静かに寄せては返す波の音の中で、ユウカに呼びかけ、向かい合う。
深呼吸を一つすると、心を落ち着かせゆっくりと言う。
「僕と、付きられってくれませんか」
ユウカは一瞬驚いた顔をした後に、プッと噴き出す。「しっかりしてよ、早口言葉じゃないんだから」と笑いながら言う。
僕の顔は夕日に負けないくらい真っ赤だったに違いない。ユウカと目を合わせたくなかったが、それでもユウカの顔を再びまっすぐ見つめる。
もう一度深呼吸をする。
「ごめん、もう一回言うね」