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こころのことば

sumikaのライブに行ってきました。
半年ぶりの、sumika、。
喉が乾くのと同じような感覚で、sumikaの生の音楽を浴びないと心が乾いてしまう毎日を送っています。
ライブの前日から、翌日の自分を想像していろんな感情に浸ってしまうくらい、彼らの音楽はわたしの幸せや悩みを言葉にして、優しく音にしてくれます。



ファンから”お天気バンド”と言われるくらいに、ライブの日の天気の良さがすごい。ぴっかぴかの青空に覆われて、きらきらの冬の太陽が輝く、今日も素敵な天気だな〜と思いながら、ライブ会場に向かいました。なんかね〜、天気の良いsumikaのライブの日って、空いっぱいに曲の歌詞が広がってるような感覚になるんです。幸せです。これがもう。幸せ。今までsumikaのライブの時には、誰であれ、私の隣には大事な人たちがいました。これまでもそうだったし、今回も。こんなに幸せなことってそうそうないよなあ、て毎回思っています。大好きな音楽を聴きながら横目にちらっと見える隣の大事な人がノリノリだったり、たっかーーーーく手をあげてたり、ぴょんぴょん跳ねてたり、同じ曲に合わせて手を叩いてたり、時々顔を見合わせたりして、わー幸せだ、、と思うことも、ライブが大好きな理由。sumikaに限らず。初めの頃は1人でのライブだって、と思ってたけれど、もうそろそろ誰かと隣に並ぶライブの幸せから抜け出せないから、1人ではライブに行けなくなりそう。(どうしても1人で行きたいアーティストもいるのだけど、)

少し脱線すると、女の子によく蛙化現象というのが起こると聞くのですが、(大好きだった人が振り向いてくれた瞬間、その相手のことが気持ち悪く感じちゃうとかいう、あれです。)この間、うって冷めちゃう瞬間っていうのに「ライブやフェスに行った時に隣でノリノリだった時」みたいなの並んでたんです、。なんだそれ、一緒にライブ行くなもう、、!(笑)ってなりました。友人でも恋人でもそれが一緒に行くことの楽しさでしょ!ねえ!って、。  という話です。失礼しました。

sumikaのライブは、とにかくとにかく、余韻が長い、です。
終わらない余韻。冷めない言葉。解けない魔法。
ただ、sumikaによると、彼らの音楽は ”賞味期限の短い魔法” だそうなので、私たちは時間が経ってかけてもらった魔法が解け切らないうちに会いに行くことになります。素敵な関係だ、。ずっと魔法かけてもらいに行こう。
 そう、つい先日また魔法をかけてもらったばっかりの私は、ティンカーベルに魔法の粉を振りかけてもらったウェンディ?、かぼちゃの馬車のシンデレラ?、ジーニーに王子にしてもらって魔法の絨毯で夜空を旅するアラジン?、とかまさにそれなのです。そんな気分。20歳だけど、5歳みたいなすっきりした心の大学生なんです。

大事な人ほど、言いたいことがうまく言えなくて、
思ってもないことほど、綺麗な言葉で伝えられて、そんなもどかしさで時々言葉がうまく出てこなくなるけれど、言葉って、簡単。難しいようですごく簡単で、大好きなら大好き、会いたいなら会いたい、話を聞いてほしいのならちょっと聞いて、そばにいてほしいならそばにいて、そんな単純なことなのに、もっとうまく響くように伝えられないかと探してしまうから、言葉はどんどん難しくなって本心から遠ざかって、言いたいことを伝える手段がなくなっていく、んだなあ。
そうやって押し殺すから残された暗い言葉で、誰かに向けた不満ばかりをぶつけるしかなくなるなんて、もったいないな。
綺麗な言葉なんて不自然だよね。それに首が閉まっていくならなおさら、私たちはもっと素直に自分の心と、言葉と、向き合っていかなきゃいけないんです。
そんなことが、sumikaの言葉からやっと、今回、わかりました。
言いたいことを飲み込みすぎるのは優しさではなくて、本当に優しい人の優しさの対象には、もちろんその人自身も含まれているんだと思います。自分に優しくいられない人の、他の人への優しさには、(私は我慢しているのに)が必ず隠れています。そんな優しさ、もったいないな、ほんとうに。

また素敵な明日が、待っていますように。
また5月にただいまが言えると、楽しみ。
いってきますね。


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