導き
初出勤。家から自転車で10分程度の新たな職場にいよいよ私は向かっていた。
小さな頃からよく訪れていた場所で自分が働くと思うとなんだか不思議でもあった。
一体どんな仕事をするんだろう?
1年間アルバイトしかしてこなかった私に仕事を続ける力はあるんだろうか…。どんな人がいるんだろう…?
次から次に不安や緊張の気持ちが高まっていくばかりだったが今日から新しい環境への第一歩だと決意を固め歩み出した。
さあ、事務所に入っていこう…。
「失礼致します。本日から入社致しました。ねる子と申します。よろしくお願いいたします。」
総務、制作、フロント、舞台
四つの担当部署があり、私は舞台課の事務所デスクに案内された。
他の部署には女性が多いのだが、舞台課は後数週間後に産休に入られる女性が1名と、今月いっぱいで退職されるという男性が2名と、課長と、舞台課に1番長く勤めている男性と、私より1ヶ月前に入社した山笑が迎え入れてくれた。
歳の近い人もいない…そして、なんだか思ってた以上に男の人ばっかりだ…
まず最初にそう思ってしまっていた。
何せ男性と話すのが苦手で、コミュニケーションをこれから上手く取れるのか少しばかり不安がよぎった…。
その後課長から白地図を渡された私はとりあえず館内をぐるぐる回ってみてと言われ、1人広いホールの中をぐるぐると歩き回ってみた。
いくらよく訪れる場所とはいえ内部に入るのは初めてなので迷路のようだった。
ホールの裏側ってこんな風になってるんだなあ…機械を見ても何が何やら分からないし…
その後一通りの場所を説明してもらい、舞台の機材や聞いたことのない専門用語なども飛び交うので、気が付けば不安いっぱいになっていた。
コロナ禍が影響してホールの利用率も減っていて最初のうちは事務仕事を頼まれた。
約3週間くらいは山笑とはたまに事務所で話す機会があるくらいだった。
基本的に誰に対してもすごく明るく気さくに話しかけてくれるので、山笑が事務所にいるとなんだか暗い雰囲気に飲まれて気持ちが沈んでいたのが嘘みたいにパッと事務所も明るくなった気がした。
最初のうちはほぼ事務所にいたので、正直仕事が全く楽しくなかった。
事務所は暗い雰囲気だし、辞めていく人からは仕事の愚痴や課長の悪口を聞いたり、前向きな気持ちで入ってきたのにネガティブな気持ちになってしまい、これから色々覚えよう!と意気込んでいた所だった私からするとなんだか出鼻をくじかれたようだった。
ある日、事務所で書類を読んでいた私に山笑が話しかけてきてくれた。
そして…舞台へ連れ出してくれたのだ。
その日をスタートに事務仕事から離れ、山笑が私に舞台の仕事について一から指導してくれるようになった。
あとから聞くと、最初は事務仕事をする部署に入社予定だったらしく、舞台担当で入社したのは彼が一から指導を担当するから任せてくれないかと館長に直々にお願いしていたからだそう。
あのままずっと事務所に缶詰めだったらきっと今の私はいないと思う。
彼の導きのおかげでその日から舞台周りの清掃も兼ねてまずは全ホールの倉庫整理からスタートしたのだった。