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星間探索

<未読の方は上のリンクの一話からお願いします>
備忘用前回までの手抜き過ぎるあらすじ
宇宙に憧れる一般会社員島田は、後輩の里村に勝手に応募されて星間探索隊に参加する事に。
期待を胸に膨らませて星間探索の説明を受けに行く島田の目に入ったのは、どうみてもアレ。どうやらこれで宇宙にいくらしい。
星間探索について説明してくれたのは、宇宙についてめちゃめちゃ詳しい事で有名な高木教授だった。なぜか一緒にいってくれる事に。
勝手に島田の応募をした里村もいつの間にか一緒に行く事になっており、出発当日まで全然会う機会のなかった才賀と四人で一緒に未知を目指して出発。


2.初めての宇宙


 宇宙船の窓から見える私達の星は、この世のものとは思えぬ美しい青を纏っている。
 父と兄は、この光景を一度は見たのだろうか。この美しい星を。
 予想以上に感傷的になっている自分に気付き、私は笑顔を作る。しっかりしないとね。

「里村、コントロールルームで高木教授が呼んでるみたいだぞ」
 後ろから声をかけられて振り向くと、島田さんが立っていた。私ではなく窓を見ている。

「いやー、おのぼりさんの気分ですよ。何もかも初めてで驚いちゃいますね」
 私は感傷に浸っていた事を悟られないよう努めて島田さんに明るく声を掛けるが、島田さんは聴こえない様子で窓へと歩いていく。

「こんなに綺麗なんだな。見ると聴くでは大違いだ。高木教授に感謝しないと」
 島田さんはそう言いながら目を細めて窓を見ている。私より感傷的な様子だ。あぁ、やっぱりこの人も一緒なんだな。改めて私は思う。

 宇宙旅行なんて珍しくもない時代だ。宇宙旅行を疑似体験出来るアプリケーションなんて、それこそ世に溢れ返っている。
 にもかかわらず、私は宇宙から自分の星を見た事がなかった。どうしても自分の目で見たかったから。
 私も島田さんの隣で窓を見ながら出発の日の事を思い出す。


「宇宙に行った際に、寄っておきたい星や見たいものなどありますか?時間的に一人一個程度の希望しか叶えられないかなと思いますが」
 出発直前、高木教授は私達に問う。星間探索隊が希望を取られるなんて、前例はあるのだろうか。聴いた事がない。

 勿論行きたい星はあった。宝石星だ。全てが宝石で出来ていると言っても過言ではない、美しい星。綺麗なものが見たい人なら、誰もが行きたがる星だ。

 しかし私が答える前に、島田さんが間髪を置かずに高木教授へ回答する。

「宇宙からこの星を見てみたいです」
 予想外の回答だった。私はびっくりして島田さんの方を見るが、島田さんは高木教授を真っ直ぐ見ている。

 通常、遠くの星に行く際には船体射出のエネルギーを活用して出発する為、余韻も何も残らない。気付けば宇宙に放り出されている所からのスタートだ。
 単純に節約の為だと聴いているけど、多分その節約は宇宙においては大事なものだと私にも想像がつく。

 島田さんの提案は、とどのつまり、出発時の勢いを大きく殺す事になる提案だった。

「あー、島田さん。それは結構難しいっす。それやっちゃうと射出が結構めんどくてですね…」
 才賀さんが口を挟む。なぜか今日まで会う事が無かった探索隊のメンバーだ。小柄で動きが可愛いけど、話し方がとても投げやりな人だなと思う。
 時折こちらを見る目が冷たいので、どうもあまり良くない印象を抱かれてる気がする。

 私も宇宙からこの星を見たい気持ちはあったが、賛成の一言を躊躇してしまう状況だった。

「島田さんはそれくらい知ってるよ才賀君。その上でお願いされてるんだから、希望通りにしよう。最後の旅かもしれないから僕も見たいしね。悪いけど、射出の調整頼んだよ」
 意外にも高木教授から鶴の一声が発せられ、この提案はあっさり通ってしまった。
 才賀さんは「うそでしょ…」と言いながらどこかへとふらふらと去っていく。ちょっと気の毒だ。

「本当に無理を言ってしまって申し訳ございません」
 島田さんが高木教授に深々と頭を下げる。やっぱり島田さんは、自分がどれだけ無理な事を言っている事かを理解しているのだ。

「頭を上げて下さい。先程申し上げた通り、僕も見たかったんですよ。気にしないで下さい」
 高木教授は手を振りながら笑顔で答える。私はそのやり取りを見て、一緒に旅する人が信頼出来る人なんだと何となく安心出来た。
 
「里村さんはどこに行きたいですか?」
 高木教授はニコニコしながらこちらに問い、島田さんも興味深そうな様子でこちらを見た。一瞬、二人に父と兄が重なる。

「…アミダボシ」
 意図せず口をついて出た答えに、私は自分でハッとする。無難な答えを用意していたはずだった。宝石星、悪くない答えだったと思う。
 どうしてアミダボシだなんて…。

「アミダボシ、なるほど…。お父上とお兄様が最後に向かった星ですね」
 高木教授がそう言った事で、島田さんが驚いたような表情を浮かべる。やっぱり高木教授は知っていた。迂闊な事を口にした自分に歯噛みする。

「分かりました。アミダボシにしましょう。この宇宙船なら問題なく到着出来ますし、着陸してからも危険はないと思います」
 高木教授は私を見ながら言う。いたたまれず逃げるように島田さんを見たが、島田さんもこちらを見てゆっくりと頷いている。

「今更アミダボシに行っても意味が無いって、私もわかってるんです。自分で言い出しといてなんだと思うかもしれませんが、忘れて下さい」
 私は頭を下げる。申し訳ないとか有難いという気持ちもあるけど、何よりも放っておいて欲しい思いが強い。


 父は探索隊に落選した後、夢を諦めきれず民間船でアミダボシに向かい消息を絶った。
 私は父がアミダボシに向かった事など知らないままその知らせを聴き、呆然としてしまった事を覚えている。取り乱す事すら出来なかった。

 父が消息を絶った直後、血の繋がらない母は家の財産を持って居なくなった。優しい人だと思っていたので、お金や家を失った事よりも、裏切られた事実に強く心を抉られた。
 生みの母と共に家を出ていった兄が星間探索隊への応募を急遽取り下げ、急いで迎えに来てくれなかったら、私は路頭で死んでいたと思う。

「俺、父さんを探しに行ってくるよ」
 兄がそう言い出した時は私も母も強く反対した。正直、私は父の生存をほとんど諦めていたし、兄を失うことの方が怖かった。

「俺も父さんが生きてるなんてそんなに思ってないよ。思ってないんだけどさ、俺が父さんの立場なら、きっと迎えに来て欲しいと思うんだよね」
 笑って言う兄を止めきれなかった事を、呪縛のような後悔と共に思い出す。今更変な希望を持ちたくない。


「里村、お言葉に甘えて寄ってもらった方がいいんじゃないか?」
 島田さんが心配そうな顔でこちらを見る。言葉を出すと変に感情が乗ってしまいそうなので、私は言葉は発さずに笑顔で首を横に振る事で応えた。

「…分かりました。勿論無理強いはしません。では、里村さんはどこに行きたいですか?勿論、時間を置いてからの回答でも良いですからね」
 優しく問う高木教授の声が遠くに聴こえる気がする。宝石星と答えようとしているのに、父と兄の姿が頭の中をグルグルと回って口が動かない。
 …何で宇宙に来たかったんだっけ私。

「あー、横からいいっすか。アミダボシの名前が出たから言っちゃいますけど、あの星について少し研究したかったんですよね。出来れば寄って欲しいっす」
 私が答えを迷っている間に、いつの間にか戻ってきた才賀さんが会話に割って入った。私は驚きのあまり、才賀さんを見ながら固まってしまう。

「おや、才賀君の希望はアミダボシだったのか。僕はてっきり観光にでも行かされるかと思ってたよ。感心感心」
 高木教授はニコニコしながら才賀さんをからかう。

「いやいや、アミダボシは研究のためって言ってますよね?私の希望はみんな大好き宝石星って決まってるんです!」
 才賀さんは両腕を広げて上下させながら高木教授に訴えかける。
 私が発端で発生している状況なので、どうにも口出し出来ずにいると、才賀さんは急にこちらを向いて勢いよく頭を下げた。

「そういうわけなので、私を助けると思って里村さんの希望をアミダボシにして下さい!」
 とても分かりやすく、そして優しく私の選択肢は奪われる。私に興味が無さそうだった才賀さんが、こんなに気を遣ってくれるなんて正直意外だし、嬉しかった。

「分かりました。才賀さんの為なら仕方ないですね。アミダボシでお願いします!」
 私は明るい調子で皆に頭を下げる。ここで才賀さんに感謝の言葉を伝えるのは何となく無粋な気がした。高木教授も島田さんも笑顔で頷いている。

「そういえば『さん』付けで呼ばれるの苦手なんすよね。そもそも私、この中で一番歳下ですし」
 才賀さんがここで少し笑顔になってくれる。

「長い付き合いになるから才賀って呼び捨てで呼んで下さい。あと私は敬語破綻してるんで、その辺りは諦めて下さいね」
 才賀さんは改めて挨拶をしてくれる。何となく少し距離を詰める事が出来た気がして、私は少し嬉しくなった。

「呼び捨ては苦手なので、才賀ちゃんって呼ばせてもらって良い?改めてよろしくね!」
 私の中で最高の笑顔で手を差し出したのだが、才賀ちゃんは心底嫌そうな顔をしながらこれに応えてくれた。


 あの時の才賀ちゃんの嫌そうな顔を思い出して私の顔は少しニヤけてしまう。きっと仲良くなれる。才賀ちゃんの事は徐々に理解していこう。
 
 島田さんと並んでずっと窓の外を眺めているが、目の前一杯に広がる青は遠ざかっていく様子がないので、星の周囲をクルクル周ってくれているのだと思う。とても嬉しい心遣いだ。

 父も兄も私を随行枠に登録していたので、私は宇宙に行けるものだと思い込み、楽しみを取っておくために宇宙に触れないまま育ってしまっていた。

 今、十分過ぎるほどにその無念を回収出来ている気がする。島田さんのお陰で。隣にいる島田さんに少し目を遣ると、熱心に窓の外を見ていた。

 そういえば島田さんの希望は出発早々叶っているけど、他に見たいものとかないのだろうか。この景色を見るだけなら、それこそ近隣の宇宙旅行に行けば良い話だ。ここで私にふと疑問が湧いてくる。

 そもそも何で島田さんは星間探索隊を選んだのだろうか。
 星間探索隊の志願動機には、島田さんが昔飲み会の席で言っていた『未知を探索したいから』と記載しておいたが、あんなので選抜されたのが正直不思議だ。やっぱり選考ではなく抽選会みたいなものなのだろうか。

 まぁ勝手に応募しておいて人の志望動機にどうこう言えないし、私の志願動機こそ不純だけれど。

 島田さんの応募の随行枠に勝手に自分の苗字を記載した時、アミダボシへの思いが無かったと言えば嘘になる。というより私を置いていった父と兄への腹いせの気持ちが強かったと思う。
 
 星間探索隊の随行枠に登録したくせに、二人は結局私を置いてアミダボシへと行ってしまった。民間船だと高いから?それとも危険だったから?そんなのは私には関係ない。
 私は父と一緒にアミダボシを目指したかったし、兄と一緒に父を探したかったんだよ。

『きっと迎えに来て欲しいと思うんだよね』
 兄の言葉を思い出す。父と兄は今でもあの星で待っているのだろうか。私はアミダボシへと想いを馳せた。


 中々コントロールルームに来ない二人を呼びにきたら、島田さんと里村さんが仲良く並んで窓の外を見ている。
 島田さんは里村さんを呼びに行ったんじゃなかったっけ。ミイラ取りがミイラになるとはこの事だ。ここはデートスポットじゃないんだけど。

 声を掛けようとした瞬間、二人が眺めているであろう窓一杯の青が私の目にも映る。もう何度目になるか分からないくらい見てるけど、いつ見ても綺麗だ。
 
 あの二人は初めての宇宙だったっけ。もう少し放っておいてやるか。優しい私は二人に声をかけずに飲み物を取りに向かった。

「あれ才賀君、二人を呼びに行ったんじゃなかった?」
 コントロールルームを横切る時、高木教授は私に声を掛ける。何やら忙しそうに準備をしてるのに目ざとい事だ。実は暇なんだろうか。

「飲み物とってくるんすよ。会議、長くなりますよね?」
 適当な理由を述べつつ、私は高木教授の返事を待たずに給湯室へ向かった。
 飲み物だけを取りにきたつもりだったが、給湯室にはあまり見た事ないようなお菓子まで用意されている。誰かのリクエストだろうか。
 食べてみたいが、美味しいお菓子は有限だ。長い探索期間を考えると節約も大事だし、今回は我慢しよう。

 コントロールルームに戻ると、殺伐とした白い部屋が滝に囲まれた茶室へと様変わりしていた。

「へ〜、風流っすね。ていうかめちゃめちゃリアルじゃないですか。嫌いじゃないっすよこのセンス」
 涼まで感じてしまうのは本当におかしい作り込み具合だと思う。滝の飛沫が発するイオンまで再現されているようだし、ここまで無駄にこだわっているのは執念のようなものを感じざるを得ない。

「才賀君もこういうの好きだとは意外だね。色々な景色を再現出来るんだよ。いやデザインの極みだね」
 高木教授は偽物の滝を見ながら感心したように頷いている。嫌いじゃないを好きって解釈しちゃうか。まぁそういう人だって知ってたけど。

「インテリアも質量とかいじれる技術使ってるから、形状も質感も変えられるのも凄くないかい?」
 高木教授は子供のように目を輝かせ、茶室の中心においてあったテーブルを低く広く延ばし広げた。有り得ない光景に私は少しギョッとする。

「えー、伸び方が粘土みたいじゃないっすか。なんか気持ち悪いっすね。質量を変える技術って、本当にもう出来てたんだ」
 私は素直な感想を言いながら座卓に様変わりしているテーブルに飲み物とお菓子を置く。
 お菓子を節約すると言ったな?あれは嘘だ。こういうのは最初が肝心。

「気持ち悪いって表現どうなの…まぁ分かるけど。これ僕らの常識ごと形が変わる気分だよね」
 高木教授は机を伸ばしたり縮めたりする。気持ち悪いと伝えてるのにこういう事するの、嫌いだなー。

「本来この技術はこういう使い方がしたいわけじゃないんだけど、何でも便利に使わないとね」
 高木教授はしゃがみこみながら椅子を座椅子風に作り変えている。四つとも形が均一になるあたり、本当に器用だなーと思う。
 この人の後継者とか無理なんじゃないか私。

「さ、今度こそ島田さんと里村さんを呼んできてよ。そろそろ航路にも乗りたいからね」
 高木教授は立ち上がって伸びをしながら言う。そういえば、序盤から島田さんのお陰で結構なタイムロスになったんだった。

「はいはーい」
 と素直に呼びに行きかけ、私はふと気になることを思い出した。

「そういえば、ちゃんと景色見ました?」
 島田さんだけじゃなくて、高木教授の希望もあってこの出発方式になったはずだ。にもかかわらず、高木教授はずっとこのコントロールルームで何かしらの作業をしていた気がする。

「僕は何回も見てきたからいいよ。もう目を閉じればいつでも見る事が出来るくらいだ」
 教授はこちらを見ずにいう。本気で言ってるのかこの人。最後の冒険とかいうから断りにくかったんだが?調整のために方々に頭を下げに行ったんだが?
 という風に少し腹は立つが、勿論あれが島田さんへの気遣いだったのは理解している。けど最後の冒険になるのは事実だ。本当に見なくていいのだろうか。

 何かしらの言葉を掛けようかと思ったけどやめた。何かしら考えがあるのだろう。私は黙って二人を呼びに行く事にした。


「才賀。呼びに来てくれたのか。遅くなって申し訳ない」
 呼びに行く途中で島田さんと遭遇し、声を掛けられる。後ろで里村さんもこちらに小さく手を振っている。

「仕方ないっす。島田さんが見たかったやつですし。教授が待ってるんでさっさと行っときましょう」
 私は二人の先頭に立ってコントロールルームに移動し始めたが、少し歩いてから島田さんに呼び捨てで呼ばれていた事に気付いた。

 ほぼ初対面だぞ。どこかで距離近くなる場面あったか?私が低身長だからなめられてるのか?
 少し考えた所で、里村さんに『呼び捨てで呼んで欲しい』と私自身が言った事が原因である事に思い至る。
 あれ聞いただけですぐに呼び捨てしちゃうのかこの人。合わないかもしれない。いや、自分で言い出しといてこんなこと考えるのはさすがに理不尽だろうか。

「才賀ちゃんは宝石星で何をしたいの?」
 呼び捨てされる原因となった里村さんが私に質問する。
 私が言い出した事だけど、やっぱり二人とも自然に敬語を使って来なくなったな。私も敬語使わないぞ?良いんだな?

「メインは観光っす。ちょっとしたお仕事とか研究もありますけどね」
 結局敬語を残したのは決して意気地なしだからではない。私は目上の人への敬意を忘れないのだ。

「あそこ時間が止まるくらい綺麗だって言われてたけど、実際時間が止まってるっぽい現象があるの面白くないっすか?」
 私は二人を振り向いて、後ろ向きに歩きながら話しかける。里村さんの『え、そうなの?』という表情が見られて満足だ。

「正確に言うと時間が止まってるわけじゃないらしいけど、なんか不思議な話だよな」
 島田さんが的確な知識で返してくる。さすが宇宙オタク。知ってたか。
 大して広い宇宙船じゃないので、ここまで話しているうちにコントロールルームに着いてしまった。二人は偽物の滝景色に感動している様子だ。

「宝石星の石は周りの時間を進める効果があるのですよ。時間が止まっていたというのは体感で言うとその通りですが、実際は風説とは逆の現象ですね」
 どうやら宝石星に関する会話が聞こえていたらしく、高木教授が割って入ってくる。

「ちょうど良いです。今から最初の目的地である宝石星の話と、今後の流れを少し話し合いましょう」
 高木教授は皆に椅子に座るように促す。私が椅子に座ると、二人もそれぞれ着席した。

「まずは感想を聴かせて下さい。島田さん、どうでしたか?この星の景色は、今まで見た事がない青色だったでしょう」
 高木教授がアイスブレイクに島田さんが希望した景色を見た感想を求める。
 嬉しそうに応じる島田さんと、それを笑顔で見ている里村さん。私から見ても、二人はとても人が良さそうだ。
 
 例の課題の半分は何とかなりそうだ。けどもう半分はどうなんだろう。私は島田さんを見ながら高木教授に与えられた課題について回想する。


「才賀君は他人に興味が無さすぎるんだよね。休日に遊ぶ友達とかいないでしょ。今回の星間探索に一つ課題を追加して良いかな」
 高木教授が意味の分からないことを言ってきたのは出発の一月前だ。腹立つ事に私を軽く貶しながらの課題追加だった。

「もう課題たくさんもらったじゃないっすか。あと、教授だってあまり他人に興味ないっすよね?今回も結局よく分からない人選でしたし」
 私は言い返す。結局選考時点で高木教授が気に入ってた二人が選ばれているが、正直誰でも良くなければあんな人選にはならないと思う。
 これまでの選抜も世間では『当選』と表現されるくらいにはいい加減な人選だった。

「前も言ったでしょう。人には物語があるんだ。君への課題もそこに関係してるよ」
 高木教授は人が悪そうにニヤッと笑う。この笑い方をする時は大体ロクな事を言わない。

「簡単に言うと、才賀君には島田さんと里村さんの物語を完成させて欲しいんだ」
 高木教授のぶっ飛んだ課題に理解が追いつかず、私は「はぁ」とだけ返す。

「具体的には今回の星間探索において二人が何を望んでいるかを把握し、それを叶える為のサポートをして欲しいんだ」
 ほらやっぱりロクな事を言わなかった。私はため息をつく。ひどく乱暴な課題だと思う。

「突拍子もない変な願望だったらどうするんすか。特に里村さん?でしたっけ。随行するおじさんと結婚したいとかだったら目も当てられないんですが」
 私の言葉を聴いて高木教授はため息を吐く。

「まずはその古めかしい固定観念を取り除く所からだね」
 高木教授はウェアラブル端末から二人に関する詳細な資料を送ってくる。プライバシーなんてあったもんじゃないなこれ。私の事もこんなに調べてるのか?普通にやめてほしい。

「これを読んで二人について予習しておくように」
 高木教授は私に反対の余地を残さず課題を増やして去っていく。
 私には二人の顔写真と資料を見て深い溜息を吐く事しか出来なかった。


 その後しばらく資料を読み込んで、里村さんが宇宙に行きたい理由がアミダボシにある事が私にも想像する事が出来た。
 彼女の父はエネルギー開発事業者の新規惑星開拓船に乗っていたようだ。開拓船のスペックと船員の装備の貧弱さを考えると、無謀な事だと思わざるを得ない。

 アミダボシは発見当初、希望の星と位置付けられていた星だ。
 最初にアミダボシに到着した民間の開拓船が三日三晩の時をそこで過ごし、移住する事が可能であると報告した時は世間が沸いた。

 しかし、勢い良く送り出した二度目の開拓船は音沙汰がなくなり、その調査と救助に向かった三度目の開拓隊も帰って来る事はなかった。
 事態を重く見た政府も調査に乗り出したが、開拓船が見つかる事はなく、原因も究明出来ないまま三日三晩過ごして帰って来たという顛末だ。

 それ以降も向かった宇宙船が帰ってくるかこないか運次第。アミダボシの由来だ。こう言っては不謹慎だとは思うけど、ワクワクする。

 教授が行きたい場所の希望を取ったのも、里村さんがアミダボシに行きたいと言ったのも、好都合だったとしか言いようがない。課題もこなせるし、私の好奇心も満たされる素晴らしい条件だった。
 里村さんの背中を後押ししたのは、ほとんど課題のためという理由だ。けど里村さんの背景を知ってちょっとだけ優しい私もいたけれども。

 そう、恐らく課題の半分である里村さんの目的はこれで達成されたはず。私は美味しいお菓子を頬張りながら里村さんに目を向けた。里村さんは幸せそうな顔で談笑している。

 結果的に私が里村さんの願いを叶える後押しをしてるのは不思議だ。人に興味を持つ、か。面白い課題なのかもしれない。
 私は続いて苦い飲み物を飲みながら島田さんに目を向ける。島田さんは高木教授の話を笑顔で聴いていた。
 
 島田さんの資料も何度も読んだ。けど何度読んでも島田さんの事はよくわからなかった。

 一般の中流家庭に育った島田さんは、なぜか子供の頃から星を出た事がない。父母はたまに宇宙旅行に行っているので、反宇宙教育をされているわけでもなさそうだ。
 宇宙に行くのを島田さん自身が拒否してたとしか思えなかった。

 父親から基礎を習ったという古武術を長年やっているのに、関連する公式大会に出た記録はない。凄く鍛えてそうなのに、身体能力は狙ったかのように平均値だ。

 宇宙については趣味の度を越して学んでいるが、学術的な智識を学んだ記録はない。学力は割と高めかな。

 仕事は宇宙と全く関係がないという、どちらかというと珍しいビジネススタイルの企業に入っている。
 里村さんがそういう仕事に就いたのは分かるよ。お父さんとお兄さんの件で宇宙がトラウマなんだなって。島田さんはなぜ?宇宙への興味の塊でしょあなた。

 星間探索隊に応募した理由に至っては、全ての応募で記述内容がバラバラという有り様だ。これはひどい。何でこの人を選抜したんだろ。
 過去の全ての募集に応募している島田さんの執念が、どこから来ているのかまるで分からない。

 仕事仲間からは結構慕われているんだね島田さん。というか同僚の橋本さんの口座を補償口座に指定しているけど、恋人とかじゃないんだ。どういう事だろう?

 極めつけは宇宙で見たいものが、出発した直後の自分の星だった事だ。そんなのそれこそ日帰りの宇宙ツアーで見ればいいと思う。

 他人の事を理解するのが難しい事は百も承知しているが、島田さんは度を越していると思う。行動にまるで一貫性がない。

 飄々と高木教授の相手をしている島田さんは、やはり人が良さそうだ。そこが今は却って怖い。島田さんは一体何を考えて星間探索隊に参加しているのだろうか。

 得体の知れない人と旅をしている一抹の不安が胸に残る。教授は何を考えてこの人を選んだのだろうか。そして、島田さんに関して私に何を伝えたかったんだろうか。

 私は苦い飲み物を飲み干してから談笑の輪に加わった。

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