自由からの脱却
「突然だが、僕は自由だ!」
田中がこんな感じで変な事を言い出すのは珍しい事ではない。なぜなら、真面目に相手をする人がいるからだ。
「どういう風に?」
やはり杉原は興味津々といった様子で聴いている。お優しいことだ。荒らしは反応するからつけ上がるんだぞ。
「僕は親から掛けられている期待もなく、反面自分への期待感はとても大きいからだ」
田中はなぜか誇らしそうだが、今回ばかりは少し興味深い事を話している気がする。
「つまり?」
杉原は田中に好奇の目を向けながら聴く。キラキラした目で田中を追い詰めるのはやめて差し上げろ。
「えーっと…。そう、つまり青木とは逆って事」
追い詰められた田中は、あっさりとこちらへの裏切りとフォーカスの移行を同時に行う。
「急に振るなよ。俺は関係ないだろ」
呆れたように言い返したが、田中は自信有り気にこちらを見ている。
「いーや、関係あるね。お前は自由を渇望している」
田中は覚えたての単語のように渇望を発音する。否定してやろうとも思ったが、悔しい事に思い当たらない節は無くもない。
「え?青木君には自由が無いの?」
杉原は相も変わらず興味津々だ。
「俺は……」
長いから省略するが、一人っ子であるが故に親の期待を一身に背負っている事。しかしそのハードルを超える自信がない事を説明した。
「なるほど。合ってるじゃん田中君」
杉原は感心したように言う。そう、合っているのだ。残念な事に。
「しかーし!青木みたいな奴は残念ながらどこにでもいる。少子化社会だからな!」
人に散々話をさせておいて酷い言い方もあったものだ。けど、それもまぁ合ってる。
「なるほど。青木君みたいな人は沢山いるんだね」
杉原の邪気のない言い方がまた傷付く。
「で、希少種の田中先生には何かお考えが?」
意表を突いたつもりだったが、こちらからの質問に対して田中は余裕の表情を見せる。時間を与え過ぎてしまったようだ。
「僕は自由からの脱却を目指す」
自由からの脱却か。少し興味深いテーマだ。どこまで田中が考えているのかも気になる。
「僕は物心付いた時から自由を強要されていた。親の口癖は『好きにしなさい』『なりたいものを目指しなさい』だ」
こちらからすれば羨ましい話だと思うが、自由を強要と表現しているのは新鮮だ。
「無知が選択出来る自由。これ程に不自由なものはない。僕は運命に導かれて青木と会うまで、親が本来何かを指示する存在である事すら知らなかったからな」
人の親を異世界の生き物のように表現している事には目を瞑ろう。
けど田中との出会いは偶然隣の席になった程度なので、この表現は解せない。
「へ〜。二人は運命の出会いだったんだね」
さっきからわざとなのか?杉原は一番嫌な所を突いてくる天才かもしれない。
「そう。で、僕は気付いたんだ。自由から脱却せねばならないと。何せ僕は、将来本気で扇風機になるつもりでいたからな」
前々から変な奴だとは思っていたが、これは本物だ。全く意味が分からない。
「何で扇風機なの?」
前言撤回。杉原は天使みたいな奴だな。 普通は流すところだぞ。
「よく聴いてくれた。将来の夢の方針は基本的に『人に役立つ事』が指針だ。これは僕にも分かっていた。そして親は弁護士だが『成りたいものになれ』と言う」
こいつの親、弁護士だったのか。失礼だが意外としか言いようがない。けど確かに血筋なのか、雄弁には話してるな。
「僕は考えたんだ。人の役に立てる仕事を。けどどうしても楽をしたかった。ワンシーズンだけ働ける扇風機は正に…いや、本題からズレたな」
田中はズレているのは自分の価値観だけでは無い事に気付き、話題を戻す。
「とにかく、自由こそが不自由への拘束である事に気付いたんだよ僕は。そこで親友である君達に僕の将来と方針を決めて欲しい」
どうやら田中は本気のようだ。人の将来を決める大事な場面に立ち会う事になるとは思わなかった。自由からの脱却か。悪くないな。
「けど一緒に補習を受けるようなメンバーに決めて貰って大丈夫なの?今、正に不自由な状況じゃない?」
杉原が急に全てをぶち壊すような一言を発する。けどその通りだ。夏休みに補習に今を不自由と表現せずになんと表現するのだろうか。
「勉強を強要されて来なかったからね。まぁ君達が勉強しろと言うならするよ。青木は勉強しても補習に来てるわけだけど」
それは余計過ぎる一言だろう。田中にはもう少し自由から脱却して貰うしかないな。
「田中、俺はお前はそのままで良いと思うぞ」
田中はその一言を受けて「そうかぁ?」と照れている。
「私も田中君はそのままで良いと思うよ!一緒に自由から脱却してようよ」
こちらの意図を知ってか知らずか、杉原も悪魔のような提案に乗っかった。なんだかんだで今年の夏も退屈しなさそうだ。
窓の外の空は、いつも通りの青さだった。