村松甚太郎、最大出力。
ま、なんだかいろいろ喋っちゃったけど結局僕が言いたいのは、僕たちがたゆたうこの人生ってやつは実に、実に大変だってことなんだよね。絹島さんもこの大学生活っていう緩慢な大河の流れの中で、そう思うことも多いんじゃない? たとえば講義中に窓の外をふっと眺めて流れゆく白い雲の大きさにはたと気づいてしまったときとか。あっ今のはあれだよ、ミハエル・ウェンディナー著『もぐらたちの夕暮れ』からの引用。名著だね、名著中の名著。何度繰り返し読んだことか。実は僕、文庫版をいつでも鞄に忍ばせててね、人生に迷ったときにすぐにページをめくって、ウェンディナーの紡ぐ言の葉のシャワーを全身で浴びられるようにってね。絹島さん、読んだことある? まあ名著だけど僕みたいな重度の海外文学病患者以外にはまだまだ知名度が低い代物だからね、ああそうだ、そうだそうだ、読んだことなかったら貸そうか? ね? ああ大丈夫、読んだら感想文を書いて提出するんだぞ絹島! わかったか絹島未々乃! なあんてことは言わないからまあ、気軽に借りちゃってよ。はははは。あーえーっとそれでなんの話だったっけ絹島さん? ああそうだ人生ってやつは大変だって話だ。僕ね、これはあまり口外しないことにしてるんだけど、実はかつて、とある大きなコンクールで賞を頂いたことがあってね……いやあ昔の話だよ? 僕が十歳のとき、小学四年の十月九日のことだから、わあ、もうかれこれ十一年になるんだなあ。びっくりだなあ、ついこの前のことみたいに鮮明だ。絹島さんはその頃、小学二年? だね? そうだね? あーもし同じ小学校に通ってたら大学でこうやって出会って、思わぬ運命的再会にお互い胸騒ぎを感じてたね? はははは。運命的。で、えーっと、ああ賞レースの話だ。それが県主催の文学関連の賞でね、誰にでも理解しやすいように言うならまあ、読書感想文コンクール? って呼ぶのかな? それで銅賞を頂いちゃったんだよね。金、銀、銅の、銅。今考えればそれは普通に名誉なことなんだけどそのときの僕ときたら、ふうん、なんだかつまんないな、なあんて思っちゃって。父とか母とか祖父母とか見たこともないような遠くの親戚とか、そんな大人たちが全国から集まって僕を囲って僕の栄誉にみんなして大騒ぎしちゃって、新潟の大叔父なんてわんわん号泣して、そんな彼の涙を見たときだよ、人生って大変だって僕が悟ったのは。うん、うんうん、いやあ本当にそのときだ。それ以来、この大変な人生ってやつをどうやって歩き、どうやって迷い、どうやって生き抜いていくかが僕の主題になったんだよね。絹島さんはさ、どう? 絹島さんは、絹島未々乃としての巨大な人生をどうやって生き抜いていこうって考えてる? 人生はあまりに広大で、あまりに過酷で、あまりに無機質で、ひとりで生きていくのは大変だから、ね、誰か頼りになる、大きな、そう、大きな人間と一緒に人生を歩いていければ、なあんて未々乃さんも、絹島さんも、思うことあるじゃない? あっ大きな人間って言ってもあれだよ絹島さん? はははは。巨人じゃないよ? 巨人。物理的な大きさじゃあなくてね、人間としての大きさだから。はははは。あっ、巨人って、野球なのかよ! 野球の巨人軍のことを言ってるのかよ! なあんてね冗談。はははは。でも、人間としての大きさって何で決まるんだろう? 皆が知らない書物を読んでいる知性か、栄誉ある賞を己の手で掴み取った才華か、あれ? 僕のことみたいになっちゃってるけど? はははは。まあ確かに絹島さんが思ってるとおり僕も大きな人間のひとりではあるかも。SNSやってるでしょう絹島さん。あ、うん、やってるのは知ってるけどねもちろんすでに、僕もやっててね、フォロワー数、絹島さんは確か今朝時点で七十二人だったけど、僕はね、まあ三桁、うん、三桁いってるわけなんだけど、あれなんてまさに、まさに人間の大きさを明確に数値化してくれる非常に優れた仕組みのひとつだよね。いいねもそうだよね。いいね。絹島さん、僕のね一番いいねが付いた投稿なんてね、驚くよお? 三十七いいね。三十七だよ。これはもう勲章だよ僕の。野潟鏡三、俳優の、彼へのお悔やみのツイートだったんだけど、我ながら実に温かで優しい文が書けたんだよね。あっURL教えるからぜひ読んでほしいLINE教えてくれたら送るから。読んでね。人間の大きさ。あとはね、不思議なもので、得てして大きな人間は大きな人間と自然に繋がっちゃうものなんだよね。たとえば僕が通ってた小学校だけど甲賀マサオってあの昔お昼の番組の司会者やってた大物の彼の出身校で、中学校はYUMURAって非常に似てるモノマネタレントの出身校で、高校は僕は野球は通ってこなかったけど筋沢聡、隆俊? 孝史? っていう一流野球選手の出身校なんだよね。僕もねまあこれは初めて人に明かすんだけど五年ほど構想を練ってる長編小説があってねそれが完成して世に出ればたちまち彼らに名を連ねる人間になるから、ん、あ、え、次の講義? ああうんそうか、もうそんな時間かあ。絹島さんと話してると時間が清い水流のようだね。それでね、つまり僕が言いたかったのはね、うん、実に大変なこの人生ってやつを、うん、一緒に歩んでいくに相応しい大きな人間として、絹島さんの人生には僕しかいないっていう、うん、そんな話なんだ。逆も然りだ。僕の人生を一緒に歩んでいく人間は絹島さんが非常に、この上なく、うん、相応しいんだよね。だから、ぜひ、ぜひねこの僕と、温かな交際………………ん、え、ん? あ、ん、僕の、なに? 名前? ああええ、おお………………一緒の講義、思想入門、受けて早二ヶ月だけど知らなかったかなあ…………村松甚太郎、です。村松甚太郎………………です。