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百壁ネロの断片

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#断片

長い遺書

「この世の理をここに書き記す」
 祖父の遺書は、そんな書き出しから始まっていた。だから僕は、読むのをやめた。

ゲームの女王

 同じクラスの華丘睡蓮は、ゲームというゲームに負けたことがないという噂の女子だった。
 チェス、ウノ、オセロ、人生ゲーム、囲碁、将棋、ババ抜き、七並べ、神経衰弱、王様ゲーム、人狼ゲーム、脱出ゲーム。
 でも、彼女と一緒にゲームをしたことがあるという人は、誰もいない。彼女はいつでも一人だった。

ージナエドリンク

 新発売のエナジードリンクは『逆に』効くらしい。
 さっそく買って一口飲んでみたが、みるみる内に体が気だるさに支配され、まったくなにもやる気がなくなり、部屋の床で大の字になってしまった。三日間も。一口で。

彼の生きる道

 同じクラスの知田村床太郎、通称・ちた君は、とてつもなく真面目で現実的で、それ故にこれから先をどう生きるか、中学二年生にしてすべてを完璧に決めているらしい。
「僕は、無難に生きるよ。死ぬまでね」
 そんなことを真顔で言う。
 とにもかくにも、そう生きるらしい。

クロワホリックさん

 朝、起きてすぐに僕はスマホでクロワッサンの画像を検索する。数十分。毎日。それで会社に遅刻することもざらだ。会社でも仕事中にそわそわしてしまって席を立ち、トイレの個室に入ってスマホでクロワッサンの写真を眺めてしまう。五分ぐらい。頻繁に。
 どうしようもない。中毒なんだ、クロワッサンの。ここで言う「クロワッサン」は別に何かの隠語とかじゃなく、普通の、みんなが知ってるあのクロワッサンだ。あの、さくさく

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幽霊の出る空家(秋田県某市)

 昭和四十三年の夏此、秋田県某市の空家へ幽霊が出ると云う噂が立った。丑満時に空家から紅い服の女が現れてけたけた笑うと云うので、附近に住む下條健男と云う新聞記者がその正体を掴む為に空家に入ったところ、果たして中には件の紅い服の女が七百九十四人居る。下條氏も実のところ二百五十七人居る為に、家の中には都合千人以上の人間が居るのだった。

運命のひと

 日倉さんは運命を信じている。
 この世のどこかに「運命の相手」がいるというのはもちろん、「運命の場所」や「運命の時間」もあるし「運命のパン」や「運命のバイト」や「運命の死に方」だってきっとあると信じて、日夜、夢想している。
 ちなみに運命の死に方は、風呂での溺死だそうだ。
 さて、それと関係あるかはわからないが、日倉さんの趣味は温泉旅行と銭湯巡りである。

なにもない

 目が覚めるとそこは、なにもない空間だった。
 天井もない。壁も床もない。家具の類ももちろんなくて、僕の体もそこにはなかった。

恋する法則

 好きな人ができた。
 彼の名前は、ジョン・アンブローズ・フレミング。
 そう、フレミングの法則で有名なあのフレミングだ。
 偉大な法則を示すその左手と右手で、思いっきり抱き締められたい。それが私の願いなのだ。フレミング、もうだいぶ前にこの世を去ってるけど……!

逆転の日

 その日、世界が真っ逆さまになった。海は水が落ちてからっぽになり、僕の家族はみんな空へと消えていった。

挟まり科

 小松菜の細切れが奥歯の隙間にガチッと挟まって微動だにしなくなり、にっちもさっちもいかなくなって困り果てた私は、隣町にある総合病院の挟まり科を訪れた。挟まり科とはその名の通り、各種「挟まり」を診てくれる診療科である。

「部屋の電気を点ける」

「部屋の電気を点ける」

 朝起きてまずやることは顔を洗うでもトイレに行くでもなく電気だ。なにせ僕の家の周囲は三方がビルで一方が密林なので、家中の灯りという灯りを点けなきゃ真っ暗なので。眠い目をこすりこすりベッドから降りてまずは寝室のスイッチをパチリ。廊下に出て廊下のスイッチパチリ。トイレ開けてトイレもパチリ。風呂場も開けて風呂場もパチリ。リビング入ってパチリ。キッチンもパチリ。子供部屋もパチリ。和室もパチリ。仏間もパチリ

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めっちゃ頭山

 頭の上に木が生えてから、今日で丸三年になる。この重みにも、夏の蝉にも、秋の落葉にも、不思議なものですっかり慣れてしまった。

五度あること

 人類が五度目の滅亡を迎えた。
 今回の原因は、食糧不足。二度目のときと同じである。