起きたことすべてが学びです
1年以上ぶりにおさんぽリトミックのレッスンをしました。
お母さんたちも子どもたちも、どちらも可愛くて、いつまでも見ていたかったです(笑)。
絵本を読む前に、「メルヘンクーゲル」という、南米の不思議な楽器を鳴らしました。
2クラス目の子どもたちは、2才を過ぎた子が多くて、この楽器に興味を持ってくれました。
「ちょうだい」
と手を出してくれたので、「どうぞ」と渡しました。
何人かの子どもたちが、代わる代わる、音を鳴らして、ものすご〜〜くいい顔で喜んでくれました。
この後、どうするのかなぁ〜と思って、ジッと見ていました。
レッスンが始まる前、ピョンピョンと飛び跳ねて遊んでいる女の子たちがいました。
その様子を、お母さんに抱っこされた子がじーっと見て、ほほ笑みました。
メルヘンクーゲルを出したときも、「やらせて!」と手を出す子もいるし、じーっとお膝にいる子もいます。
ある男の子が、鳴らしながら、別な子のところへ行き、目の前で鳴らしてあげました。
こういうとき、わたしは子どもの素晴らしさに感動します。
わたしのように、昭和の教育を受けていると、こんなとき、どうしても「全員に同じように順番に体験させてあげなければいけない」と思ってしまうんです。
でも、わたしは、多くの子どもたちと接しているうちに、こんな風に思うようになりました。
「何も、全員が全員、やりたいとは思っていないんだな」
ぴょんぴょんと飛び跳ねる女の子を見て微笑んだ子が、「自分も仲間に入りたい」と思っているとは限りません。世の中には、ジッと見ていることが好きな子もいるんですね。
もしかしたら、メルヘンクーゲルを手には取らないけれども、「誰かが鳴らしている様子をいつまでも見ていたい」という子はいるかもしれません。
「どうぞ」と持ってきてもらって初めて手を出せる子もいるかもしれません。
こういうときに、大人が手も口も出さずに、子どもの様子をただジッと観察していると、本当にさまざまな人間模様を見ることができます。わたしは絵本を読もうと思っていたんだけど、この時間も素晴らしい学びだと思ったから、しばらく見ていました。
わたしにはわたしの立てたプログラムがあるけれども、子どもたちにはそんなの全く関係ないですからね。
メルヘンクーゲルという楽器に興味を持ち、その楽器を中心に、子どもたちそれぞれの関わりや関心が広げられること自体も、素晴らしい学びです。
その後、だんだん、ヒートアップしてきて、取り合いが始まりました。持っている子を追いかけて、別な子が走り、追いかけられたことにも興奮してきました。
こうなると、もう、楽器なんかどうでもいいわけです(笑)。
2才の子をおともだちデビューさせるお母さんたちは、まだ慣れていないと、「うちの子が貸さないからだ!」と思ってしまうこともあるでしょう。そんな経験が度重なると、まだ何も起きていないのに、「ほら、次の子に貸してあげて!」と、なんとか機嫌の良いうちに言い聞かせようとすることもあるでしょう。
追いかけっこが始まったり、さらに進むと喧嘩になったりするかもしれません。
それはなぜかというと、誰かひとりの意地悪な子がいるからではなく、「未熟だから」です。
これから練習すればいいんです。喧嘩になっても仕方ない。だって、2才だもん。
わたしは、そろそろ自分の出番かな、と思って、メルヘンクーゲルの袋を持って行き、「小人さんに返すから、ここに仕舞ってくれる?」とお願いしました。その方法がベストかどうかは分からないけど、さすがにレッスンに戻らないとな〜と思ったのです。
もし、レッスンがなかったら、これがわたしの子とお友達で、周りに誰も見ている人がいなかったら、そのまま様子を眺めさせてもらったと思います。どうするのかなぁ〜、って。興味があるから。
2才の子どもたちは、これから一歩ずつ、「おともだち」という存在を受け止めていきます。おともだちとどう関わるかは、子どもによって全然違います。
大人が先走って教えるよりも、自分がどうしたいか、ゆっくりと時間をあげて、おともだちとの関係だけではなく、自分のことも構築する様子を観察するといいと思います。
時間がかかって、遠回りに思うかもしれないけど、その方が絶対に強い「生きる力」になります。
人間関係の構築は、アンサンブル(合奏)や合唱にも通じます。だから、音楽の勉強にもなります。
リトミックは、決まったことに従わせる教育ではなくて、参加している子どもたちの文化や音楽経験などの背景を考慮して、講師が即興的にレッスンを組み立てます。
だから、おさんぽリトミックに来られる保護者様は、ぜひ、
人間として、身の回りに起こるすべてのことが学びになっている年齢だ
ということを頭において、家とは違う場所で、家族とは違う人たちと共に、音楽を体験することそのものに重要な意味があることを忘れないでください。
おさんぽリトミックでは、講師の立てたプログラムをつつがなく進めること以上に、子どもたちの育ちを大切に考えています。