日刊スポーツ・金子記者に感謝を込めて
12月6日、日刊スポーツでライオンズ担当を務めていた金子真仁記者の異動が発表され、多くのライオンズファンが嘆き悲しむと共に、この1年間の感謝の気持ちをツイートした。
金子記者がライオンズファンから支持されたのは何故か。
私は文章について特別な教育を受けたわけではない、ただのライオンズファンだが、僭越ながらその要因を考えてみた。
まず金子記者の記事には特徴がある。選手・関係者が発するコメントが「編集されていない状態」なのだ。
例えばこの記事。中村剛也が3・4月度の月間MVPを獲得した際の記事から、中村のコメント部分を抜き出してみたい。
一方で同じ会見に出席していたはずのスポーツ報知の記事ではコメントがしっかり「編集」されている。
この2つの記事の違いは何か。それぞれの記事がどんな読者をイメージして書かれているかの違いではないだろうか。
中村のキャラクターや話し方はライオンズファンには知れ渡っている。盟友・栗山巧のように滑らかに話し続ける訳ではないものの、トークの相手が中村の独特の「間」を掴むと会話が噛み合っていく。
そのことを知るライオンズファンが中村のセリフを「脳内再生」しながら記事を読むとするなら。中村が話す光景がより鮮明に浮かぶのは金子記者の記事だ。
一方でスポーツ報知の記事は王道だ。ポツポツと断片的に発される中村の言葉を繋いで、どんな人にも読みやすく仕立てている。スポーツ報知の記者が「作文」している訳でもないだろう。
そしてこの部分。
もしこの部分を短くまとめるとしたらこうだろう。
トータルとして得られる情報はどちらも同じ。ただ印象は全く異なるのではないか。「西川愛也がヒットを打った」という答えに辿り着くまでの逡巡、口調をそのまま文字にすることで想像できる話しぶり。「脳内再生」すればするほど、「本当に印象的だったんだなあ」と思わせてくれる。読み手の解釈の幅が広がっていくのだ。
思えば金子記者がライオンズ担当に着任する前の2022年シーズンまではコロナ対策として取材規制が厳しかった。リモートでの共同取材や、球団配信コメントがそのまま記事になっていることが多く、どのメディアを見ても載っているコメントは似たような内容。こうなると読み比べる楽しみはなくなってくる。
2023年シーズンから規制が緩和されたことも、独自性が高い記事を提供してくれる金子記者にとっては追い風だったのだろう。
ただ繰り返しになるが、例に挙げたスポーツ報知はじめ他紙が劣っているということではない。字数制限がないに等しいweb版ならともかく、紙面版には文字数に限りがある。肝の部分に絞るのは当然のことだ。
またこれは中村のキャラクターを知り尽くしたライオンズファンとしての感想だ。そうでない人にも中村の話しぶりは伝わるかもしれないが、「読みにくい」と思われる可能性だってある。
次に考えたいのがそもそもライオンズというチームの立ち位置だ。首都圏にはライオンズの他に4チームがある上に、プロ野球以外の娯楽も多い。日常的にライオンズの情報を扱ってくれるメディアと言えばラジオの文化放送・NACK5、テレビ埼玉くらいだ。
これが地方球団との違いだ。関西・大阪・広島など地方都市ではメディアが各地元チームを強力にバックアップしている。民放各局が競うように試合の中継やレポートを行っている。必然的に幅広い選手がメディアで取り上げられるようになる。
分かりやすいのがホークスから移籍してきた甲斐野央だ。移籍前に収録された街ブラロケがYouTubeにアップされているし、移籍直後には情報番組に生出演していた。
ライオンズではこんなことになるだろうか?主力投手がトレード移籍したとしても、テレビ埼玉「LIONS CHANNEL」や文化放送「ライオンズナイター」で10分ほどのインタビューが流れるのが限界ではないだろか?(どちらもとてもいい番組だが)
一軍での実績がある甲斐野のような選手ならともかく、一軍経験がない若手二軍選手の場合はもっと顕著だ。
ライオンズでは若手選手が特に情報もないまま二軍の試合から姿を消し、オフの契約更改の際に「実は怪我してました」と種明かしされることも珍しくない。
球団公式SNSの充実により、以前よりは状況は改善したが、大手メディアにライオンズの二軍選手の記事が載ることは極めて稀だ。
しかし金子記者は二軍選手にも目を向けてくれた。例えばプロスペクトと評される菅井信也の記事を各スポーツ紙がどれくらい記事にしたかカウントしてみた。
検索機能の違いによって多少の誤差はあるかもしれないし、webには掲載されていなくても紙面に載っている可能性もある。それでも日刊スポーツの記事数がダントツであることは変わりないだろう。
菅井を例に出したが、金子記者が度々記事にしていた羽田慎之介や是澤涼輔であっても同じことだ。
源田壮亮や髙橋光成のように一軍の主力選手であれば、どんな記者であってもキャンプから取材を重ね、「ネタ」を集めていくだろう。しかし菅井のような選手を取材するには記者が能動的に動くことが必要で、金子記者はその努力を怠らなかったのだ。
いつか菅井や羽田や是澤が一軍のお立ち台に立った日に、金子記者には是非記事を書いてほしい。
プロ野球チームの番記者はチームと行動を共にしている。2月はキャンプ地で過ごし、シーズンが始まれば移動の連続。遠征先では選手・関係者と会食して親交を深めることもあるだろう。
すると記者だって人間だ。自然と物事の見方が「選手目線」「チーム目線」になってくる。それ自体は別に悪いことではない。
しかし一方でプロ野球チームの番記者はチームとファンの間に立つべき存在だと思う。「選手目線」「チーム目線」でもいいが、「ファン目線」が欠如していると、選手やチームの「大本営」でしかない。
数年前、ライオンズからFA移籍した選手に対して激しいブーイングが浴びせられたことがあった。
すると数日後、そのことを非難する記事が某スポーツ紙に掲載された。
ブーイングに対する非難があることは承知している。SNS上でもずっと論争が繰り広げられてきたので、そんな記事が多少は出ることは予想していた。
ただその記事にはファンが「なぜブーイングしたか」の記載もなければ、ファンの声を聴いた形跡もなかった。
非難自体は構わないと思う。ただ一方的な目線で書かれたその記事には違和感を覚えた。
ひょっとしたら記事を書いた記者はブーイングしたファンのことを「ならず者」と思っているのかもしれない。「ならず者」の話は聴くに値しないと思ったのかもしれないが、紙面で非難するならばその背景を把握することも記者の仕事ではないのか。
その記事を読んでからもう何年経ったか分からないが、ずっとモヤモヤした想いを抱えていた。
それから時は流れて2023年6月、ライオンズの応援団が行ったコールが物議を醸した。複数のメディアがそれを記事にすると、SNSは炎上状態に。
その事象に対して金子記者は1か月後にコラムを書いてくれた。
コールの後にすぐに外野スタンドに向かったこと、北九州での試合後に応援団員と話したこと。
自ら見聞きしたことを記事にする。そして「コタツ記事なんて書きたくない」という職業倫理。
「ファン目線」を意識して取材に当たっていることが感じられるコラムだった。
誤解してほしくないのだが、「記者はファンにおもねるべき」ということではない。ファンのやることを非難するなという意味でもない。何事もそうだけれど大事なのはバランス感覚だ。
金子記者は11月には池袋からベルーナドームまで歩きながら、ファンに「ライオンズに思うこと」を聞く企画を行った。
冒頭の無料部分から一部引用したい。
SNSで支持を集める金子記者だ。やろうと思えばSNSで同様の質問を投げ掛けることも出来たはず。それでも「SNSはSNS」と割り切っている。前述の応援団の件と同様に、自ら見聞きしたことにこだわっている。
対面にこだわり、60名以上のライオンズファンと対話を重ねた。一口に「ライオンズファン」と言っても形は人それぞれ。3本のコラムを興味深く、そして楽しく読ませていただいた。
(かく言う私も途中でお会いすることが出来ていい記念になりました)
また金子記者は有料サイト「日刊スポーツプレミアム」の中で「野球と旅をこじつける」という連載を持っている。金子記者の趣味である旅行と選手の出身地を「こじつけた」ものだ。
與座海人は沖縄出身、隅田知一郎は長崎出身であることは多くのライオンズファンは知っていだろう。
しかし沖縄や長崎の中でも、彼らがどんなところで育ったか?
選手の出身地を「自治体」の単位で訪ねることで解像度が上がり、バックボーンを理解できる。
考えてみれば当然の話だ。東京と言っても西武沿線の清瀬市と、沿線からまるで離れた江戸川区では全然違う。埼玉であっても所沢市と春日部市じゃ文化が違い過ぎる。
プロ野球選手は同じ県内であっても遠く離れた高校に進学することが珍しくない。「出身高校」と「育った地域」が全然違うケースもある。
だからこそ「出身県」ではなく「出身自治体」にまで落とし込むと、違ったものが見えてくる。旅好きで「全国市区町村到達率97.3%」の金子記者らしい連載だ。
ネットメディアの隆盛もあり、スポーツ紙は大変な時代だと思う。
それでも現場で取材しないと得られない情報を提供してくれる記者の皆さんには頑張ってほしいし、個人的に応援させていただきたい。
日刊スポーツや金子記者に限った話ではなく、各スポーツ紙の皆さんのいい記事を楽しみに、新しいシーズンを待っています。
最後になりましたが、金子記者1年間本当にありがとうございました。今後も記事を楽しみにしています。
また金子記者が書いた中でも特に印象的だった記事をまとめました。「金子記者ロス」のあなたに是非。
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