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ホログラム探偵 化視華マヤ 依頼2【メガネを取り戻せ!】

2078年4月1日。世間では新入社員が期待と不安で胸を膨らませてる時期。私の事務所には関係のない話だけど。人員が足りてる。能力が足りてる。全員有能。と言いたいところだけど、シエンくんは一度失態を犯している。

「そこで活躍したのが欧打おうだくんなのよね」
「あのときはいい運動になったぜ。なぁシエン、おめぇには感謝してるんだぜ?俺に活躍の場を与えてくれたんだからよ」
「……あぁ。助かったよ。ありがとう」
「ちっ、照れくせぇな」

2076年10月22日。その日は休日だった。私たちの休みは不定休。週一で休むようにしてるけど、依頼が全くない日が続いて連休になることもあるわね。え〜と、ここでシエンくんにバトンタッチ。

僕はドテストリートを歩いていた。普段はオンラインで買い物することが多いが、散歩がてら、こうして歩きながら店を巡るのもいい。特に、サイバーモッドがほしいときなんかは直に店に行く。ネットだと転売屋が違法な値段で売ってたりするからな。
だけど結局何も買わず、歩いた。考えごとをしていた。好きな子がいた。パン屋の子だ。おそらく歳も近い。あまり忙しくない時間を狙って何度か通い、よくある世間話をした。笑顔で答えてくれる。警察に履歴を知られてもいい。こめかみのスイッチを入れる。猫目になったので、少し驚かれた。強盗防止用の鉄柵越しに見える彼女の顔は、少し紅潮していた。僕は相手にも気があると判断した。次に会ったときに告白しよう。半分、空を見ながら歩いていると突然、軽い衝撃とともに視界がボヤけた。やられた。メガネを奪われた。バイクの音と奇声が瞬く間に通り過ぎていく。後ろからの気配に気付かなかった。バイクだぞ?くそっ!
幸い、メガネには追跡装置が付いており、車に轢かれても壊れない強度を持ってるから無くなることは無いと思う。
インナー・フォンを起動させ、マヤさんのプライベート番号にかける。いつも思うが、ホログラムのマヤさんがホログラムで投影されると変な気分になる。

「どうしたのシエンくん、何かあった?」
「すいませんマヤさん!メガネを奪われました!恐らくトネハの連中です!」
「何ですって!?それは大変。わかった、信号を追跡するわ。欧打くんにも連絡する。あと、それはシエンくんからの依頼ってことでいいわよね?」
「それでいいです!お願いします!」

これがマヤさんだ。ちゃっかりしている。マヤさんの性格から言って、身内割なんてのも発生しないだろう。
さて……バイクには二人乗っていた。二人の姿はボヤけていたのでわからないが、過ぎ去るときに特徴的な言葉を言ってたからトネハで間違いないはずだ。僕はマヤさんからの指示を待ち、欧打に交代する。

ちっ、シエンのやつ、なんでそんなヘマやらかしたんだ。何のためのメガネだよ。せっかくジムに行こうと思ってたのによ。まぁいい。ジムよりも面白そうだしな。姉さんの情報によると、メガネを奪ったのはバイクに乗ったトネハ二人組の男女。エンジン音からして、バイクもかなり古い型らしい。
俺は愛車のハーマを飛ばすと、指示された場所に到着した。臭ぇ。ヘドロの匂いだ。橋の下にボロ小屋が立ち並ぶ。乱雑に置かれた何台ものバイクと車。改造車もある。どれが奴らのバイクかはわからない。自然とよだれが出ていた。おっといけねぇ。
小屋も住処には違いねぇだろうが、こいつらの生息地は地下だ。姉さんの情報によると、地下に店や学校があって、そこで独自の文明を築いてるって話だ。大量の水を流すだの爆破させるだのの話も市であったみてぇだが、インフラに影響が出るとかで結局中止になったらしい。あと姉さんはトネハのことを嫌ってるが、正直な話、俺はこいつらに同情してしまう。迫害されてこうなってるんだからな。まぁ、だからと言って、暴力を肯定して盗みを働くのはダメだ。俺も人をぶん殴ったりするが、正当防衛のときだけだ。俺から手出すことはねぇ。

「どごのやづだば」
「でげぇなおめ」

背後から声が聞こえた。振り返ると、目つきの鋭い若い男女が立っていた。おそらく10代。どちらも細身の体型。ボロボロの服。ファッションでやってる俺に対して、こいつらの格好はなるべくしてなってる。へっ、俺よりナチュラルじゃねぇかよ。そして聞き慣れない言語。都狩弁つがるべんってやつか。トネハの噂は聞いてたし遠目から見た事はあるが、こうして対峙するのは初めてだ。そしてメガネ。女の方がかけている。シエンのメガネで間違いない。似合ってねぇ。
すると、遠くから聞き覚えのあるエンジン音が聞こえてきた。姉さんのミニクパーだ。事故った後に全く同じ車を買い直したらしい。シエンも乗っていた。

「シエン!お前こいつらの言葉わかんだろ!翻訳してくれや!」

土手に停めた姉さんの車からシエンが降りてすぐ、俺は叫んだ。どの言葉でも簡単に翻訳できる時代だが、時代に取り残されちまった都狩弁の翻訳は相当な物好きか学者、トネハと関係を密にしたい奴ぐらいしか出来る人間はいねぇ。シエンは前者か。
トネハの男女は俺と、近づいてくる姉さんとシエンとを交互に見ていた。

「欧打、僕に都狩弁の翻訳は出来ない。メガネがないと無理だ」

ちっ、そういう事かよ。

「あー、だそうだお前ら。だからメガネ返してくれよ」

こいつらの背後に姉さんが忍び寄ってるのが見えた。そう、これが姉さんの得意技だ。ホログラムになると気配を消すのが簡単になるらしいからな。俺は気を引く役目ってわけだ。

「きいでだのどつがるな、なんもめね。どへばいんだ、すかへでけろじゃ」
「やべぇ、何もわかんねぇ。わかんねぇが、お前は多分メガネのことを言ってる。シエンもそう思うよな?」
「あぁ、多分な」

姉さんの半透明のピンク色の腕が、女の頭をすり抜けた。ゆっくりメガネに触る姿が見えたが、俺はそこに視線を移さないようにした。

「はい、シエンくん!」 

姉さんがシエンにメガネを投げた。が、シエンは掴み損ねた。ちゃんと見えてねぇんだろう。

「おわっ!いづのまにとったんずよ!?」

シエンが慌ててメガネを拾ってかける。

「おわっ!いつの間に取ったんだよ!?そう言ってる」

シエンが翻訳を始めた。シエン、すまんが今のは翻訳無しでもわかった。

「シエン、その前の言葉訳せるか?」
「……聞いてたのと違うな、全然見えない。どうしたらいいんだ、教えてくれよ。だそうだ」
「オーケー。シエン以外には使いこなせねぇって事だな」

すると、どこから現れたのか、俺たちの周囲はトネハの連中に囲まれていた。妙に統制がとれてやがる。こうなると、一番危ないのはシエンだ。こいつは頭はキレるが、腕っぷしに関しては全くだ。姉さんに関しては不死身みたいなもんだから心配してねぇが……俺が何とかするしかねぇ。
鉄パイプ、バット、ナイフ。銃はなしか。前にいた男女もポケットからナイフを取り出した。

「シエン、俺の背後にいろ。今お前に出来ることは何もねぇ」
「いやある。このメガネで筋肉の動きを感知できる。誰が先に襲ってくるかわかる」
「それをイチイチ俺に言うのか?んなまどろっこしい事やってられ」

シエンと話している途中だったが、俺は男女の動きに集中していた。男がナイフを突き出し、やや遅れて女がナイフを振り下ろす。男のナイフを半身でかわし、女の腕に拳を当てる。女がナイフを落とす。一連の流れで男女のボサボサ頭を掴み、互いの頭を打ちつけた。その場に崩れ落ちる男女。加減はしている。もし全力でやれば、脳が破裂する。

「わかった、欧打、ここはお前に任せる」

姉さんに襲いかかった奴もいるが、攻撃が効かないことに気づいてターゲットを俺たちに絞ってきた。

「欧打くーん!やっちゃってー!」

姉さんの場違いとも思える呑気な声が聞こえてきた。わかってるぜ。
周囲を囲んでいたトネハの円が徐々に狭まっていた。こいつらは個々の力の弱さを自覚してる。だが金がねぇから身体改造は厳しい。だから武器に頼るし、集団で動く。逆に言えば、群れないと何も出来ねぇってことだ。
姉さんは円の外にいる。シエンは俺と背中合わせで立っていた。

「シエン、しゃがめ」
「わかった」

こういうときはいつも何か言ってくるシエンだが、今回は素直だった。へっ、調子狂うぜ。
トネハの持つ武器が、都狩弁の罵声とともに俺とシエンに一斉に襲いかかった。

「ふんっ!!」

俺は右拳に力を入れ、その場で回転するように裏拳を放った。鉄パイプ、バット、ナイフ。全てがひしゃげ、砕けた。顔面にくらって吹っ飛ばされた奴、手首が折れ曲がった奴、破片が目に刺さった奴もいた。悲鳴。円はあっという間に崩壊し、トネハの群れは蜘蛛の子を散らすようにどこかに消えた。
シエンの手を掴み、立たせる。

「欧打、お前強すぎるだろ。格闘家かなんかになった方が稼げるんじゃないのか?」
「興味がないわけじゃねぇ。だけど俺は、姉さんにずっと付いて行こうと決めた人間。裏切るわけにはいかねぇんだ。それに俺はこういう喧嘩の方が好きなんだよ」
「あらあら、嬉しいこと言ってくれるわね」
「俺には姉さんしかいないんで」
「ふふ、格闘家。なってもいいわよ」
「え?いや、えーと、これはあれだ、姉さんのいつものやつだ。本心じゃないやつ」
「さすがね欧打くん。正解よ」
「やっぱり」
「僕はわからなかったです」

最後は私が代わろうかしら。欧打くんは確かに強い。ミュータントだしね。だけど、世の中は広い。上には上がいるのよね。でもそうなると、私はどうなるのかしら。欧打くんの攻撃は、私に一切効かない。だけど、私は欧打くんを倒せない。ん〜、引き分けかな。私が格闘家になったらどうなるんだろう?ホログラムは出場出来ないとかありそうね。
そうそう、欧打くんの活躍といえばあの時も外せないわね。サイボーグ・リキシ。シビれちゃうわ。

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