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ホラー×異世界転生小説:死の国へようこそ

死の国へようこそ

第1章:目覚め

暗闇の中で、私は目を覚ました。

最初に感じたのは、冷たい大理石の感触だった。背中に伝わる冷気が、私の意識を徐々に現実へと引き戻す。目を開けると、灰色の空が広がっていた。雲一つない、どこまでも続く鉛色の世界。

「ここは...どこだ?」

自問する声が、空虚な空間に吸い込まれていく。立ち上がろうとして、初めて自分の体の異変に気づいた。肌は青白く、血の気が失せている。指先を動かすと、関節がきしむような音を立てた。

周囲を見回すと、無数の墓石が整然と並んでいる。墓地だ。しかし、どこか違和感がある。墓石には名前も日付も刻まれていない。ただの白い石板が、無言で立ち並んでいるだけだ。

不安と恐怖が込み上げてくる。どうしてこんな場所にいるのだろう。最後に覚えているのは...

そう、交通事故だ。信号無視の車に轢かれた瞬間の衝撃が、鮮明に蘇ってくる。まさか、自分は死んでしまったのか?

「いや、そんなはずは...」

言葉を紡ぎだそうとした瞬間、背後から低い声が聞こえた。

「よく来たな、新入り。」

振り返ると、黒いローブを纏った背の高い人影が立っていた。その姿は人間というより、むしろ...死神を連想させる。

「ここが...死の国なのか?」

私の問いに、死神らしき存在はゆっくりと頷いた。

「そうだ。だが、お前はまだ完全な死者ではない。生と死の狭間にいる魂だ。」

「どういうことだ?」

「お前には選択肢がある。このまま死の国で暮らすか、それとも...生の世界に戻る道を探すか。」

その言葉に、私の心臓が高鳴った。まだ希望があるのか。しかし、死神の次の言葉が、その希望を打ち砕いた。

「だが、生に戻る道は険しい。死の国の試練を乗り越え、十分な魂を集めなければならない。多くの者が途中で挫折し、永遠の死を選ぶ。」

「魂を...集める?」

「そうだ。生者の魂だ。」

私は戦慄した。生者の魂を集めるということは...

「そう、お前は他の生者から魂を奪わねばならない。それが、この国のルールだ。」

死神の言葉に、私は言葉を失った。生きて帰るためには、他人の命を奪わなければならないのか。それとも、このまま死の国で暮らすのか。

選択を迫られる中、私の脳裏に家族の顔が浮かんだ。まだ若い妹、年老いた両親。彼らのために、私は生きて帰らなければならない。

「わかった。試練を受ける。必ず、生の世界に戻ってみせる。」

私の決意に、死神は無言で頷いた。そして、黒いローブの中から一枚の地図を取り出した。

「これが死の国の地図だ。お前の旅の助けになるだろう。だが気をつけろ。この国には、お前以外にも多くの魂たちがいる。彼らもまた、生に戻ろうともがいている。」

地図を受け取ると、それは私の手の中で淡く光った。まるで、私の決意に呼応するかのように。

「行け。そして覚えておけ。この国では、誰も信じるな。全ては幻かもしれないのだから。」

死神の姿が霧のように消えていく。残されたのは、無限に広がる墓地と、私の手の中の地図だけだった。

こうして、私の死の国での冒険が始まった。生きて帰るという一心で、未知の恐怖に立ち向かう旅が...

第2章:霧の街

地図を頼りに歩き始めて数時間、私は奇妙な街にたどり着いた。霧に包まれた古びた建物が立ち並び、街灯が淡い光を放っている。しかし、その光は周囲の闇を押し返すには力不足のようだった。

街に一歩踏み入れると、背筋に冷たいものが走った。建物の窓から、幾つもの目が私を見つめている。生きているのか死んでいるのか、判別がつかない存在たちだ。

「ここが...霧の街か」

地図には、この場所が「霧の街」と記されていた。生者の魂が最初に集まる場所らしい。つまり、ここで最初の「獲物」を見つけなければならないということか。

その考えに胸が締め付けられる。本当に他人の魂を奪わなければならないのか。そんな罪の重さに耐えられるだろうか。

暗い路地を進んでいくと、かすかなすすり泣きが聞こえてきた。声の主を探すと、路地の隅で一人の少女が膝を抱えて座っていた。

「大丈夫か?」

声をかけると、少女は驚いたように顔を上げた。涙で濡れた頬に、月明かりが反射している。

「お姉さん...私、ここがどこかわからないの。怖いよ...」

少女の言葉に、私は戸惑った。彼女もまた、この世界に迷い込んだ魂なのか。それとも...罠か?

死神の言葉が頭をよぎる。「誰も信じるな」

しかし、目の前で震える少女を見捨てることはできない。たとえ罠だとしても、私にはまだ人間性が残っているはずだ。

「大丈夫。一緒に出口を探そう」

少女の手を取ると、不思議と温かみを感じた。この世界で初めて触れた、生きているような感触。

二人で霧の街を歩き始めると、周囲の景色が少しずつ変化していく。建物はより古びた姿になり、街灯の光も弱々しくなっていく。そして...

「お姉さん、あれ!」

少女が指さす先に、一軒の古びた教会が見えた。扉は半開きで、中から淡い光が漏れている。

「あそこなら...」

私たちは教会に向かって走り出した。しかし、扉に手をかけた瞬間、背後から冷たい風が吹き抜けた。

振り返ると、さっきまで手をつないでいたはずの少女の姿が、霧の中に溶けていくのが見えた。

「だ、騙された...!」

少女は幻だったのか。それとも、私から逃げ出したのか。考える間もなく、教会の扉が大きく開いた。

中からは、おぞましい姿をした存在たちが這い出してくる。歪んだ顔、むき出しの骨、腐敗した肉体...

「新鮮な魂の匂いがするぞ!」 「久しぶりの獲物だ!」

彼らの叫び声に、私は反射的に走り出した。霧の街を全力で駆け抜ける。後ろからは、追いかけてくる怪物たちの足音が響く。

「くそっ、どこに逃げれば...!」

必死に走りながら、地図を確認する。霧の街の外れに、「安息の泉」という場所が記されていた。

「あそこまで...!」

残された体力を振り絞って走る。怪物たちの息遣いが、すぐ後ろまで迫ってくる。

そして、霧の向こうに泉らしきものが見えた瞬間...

第3章:安息の泉

息を切らせながら、私は安息の泉にたどり着いた。振り返ると、追っていた怪物たちの姿はもうなかった。まるで、泉を取り囲む見えない壁に阻まれたかのようだ。

「はぁ...はぁ...助かった...」

泉の縁に腰を下ろし、大きく深呼吸をする。澄んだ水面に映る自分の姿に、再び衝撃を受けた。青白い顔、虚ろな目...確かに、生きているとは言い難い姿だ。

「本当に、生きて帰れるのだろうか...」

不安が押し寄せてくる。しかし、ここで諦めるわけにはいかない。家族のために、自分のために、必ず生の世界に戻らなければ。

水面に手を伸ばすと、不思議な感覚が全身を包み込んだ。傷ついた心が癒されていくのを感じる。これが「安息」の泉と呼ばれる理由なのだろう。

しばらくすると、泉の奥から微かな光が見えた。近づいてみると、それは小さな球体だった。手のひらに乗せてみると、中に人の顔が見える。

「これは...魂?」

そう、間違いなく人の魂だ。しかし、誰のものなのか。そして、なぜここにあるのか。

考えを巡らせていると、突然、球体が私の胸に吸い込まれていった。

「うっ...!」

一瞬の痛みと共に、見知らぬ記憶が脳裏に浮かび上がる。交通事故で亡くなった男性、残された家族、悔いの念...

「これが...魂を集めるということなのか」

理解が進むにつれ、私は決意を新たにした。魂を集めることは、単なる目的達成の手段ではない。それは、この世界に迷い込んだ魂たちの想いを受け止め、生の世界に届ける使命なのだ。

安息の泉を後にし、再び死の国の旅に出る。地図には、次なる目的地が示されていた。

「死者の迷宮」...その名前だけで、背筋が凍りつく。

しかし、もう後には引けない。一歩一歩、迷宮へと近づいていく。途中、幾度となく幽霊や怪物たちと遭遇した。彼らの中には敵意を向けてくるものもいれば、助けを求めてくるものもいた。

私は慎重に対応しながら、時には戦い、時には助け合いながら進んでいった。そして、各々の魂の物語を聞き、彼らの想いを胸に刻んでいく。

迷宮の入り口に到着したとき、私の中には既に数十の魂が宿っていた。その重みは、私に大きな責任を感じさせると同時に、生きて帰る原動力となっていた。

「さあ、行こう」

深い息を吐き出し、迷宮の闇に足を踏み入れる。ここから先は、さらなる試練が待っているはずだ。しかし、もう恐れてはいない。

なぜなら、私はもう一人じゃない。集めた魂たちと共に、この死の国を切り開いていく。

生の世界に戻るその日まで...

第4章:死者の迷宮

迷宮の中は、想像を絶する混沌だった。壁が動き、床が歪み、天井から奇妙な液体が滴り落ちる。まるで生きているかのような迷宮に、私は戸惑いを隠せなかった。

「どこに進めばいいんだ...」

地図を確認しても、迷宮の内部は描かれていない。ここでは、自分の直感を信じるしかないようだ。

歩みを進めると、壁に無数の顔が浮かび上がった。苦しみ、怒り、悲しみ...様々な感情を湛えた顔が、私を見つめている。

「助けて...」 「ここから出して...」 「もう、耐えられない...」

幾つもの声が、頭の中に響き渡る。しかし、その中のいくつかは、明らかに罠だと感じた。どの声を信じ、どの声を無視すべきか。その判断が、ここでの生き残りを左右するのだろう。

慎重に歩を進めながら、私は耳を澄ませた。本当に助けを求めている魂と、私を罠にはめようとする悪意ある存在を見分けなければならない。

突然、足元が崩れ落ちた。

「うわっ!」

闇の中へと落ちていく。しかし、予想していた衝撃はなかった。代わりに、ふわりと体が宙に浮いた感覚。

目を開けると、そこは星空のような空間だった。無数の光る粒子が、闇の中を漂っている。

「これは...魂?」

直感的にそう理解した。ここが、迷宮の中心部なのだろう。魂たちの集まる場所。

私は、自分の中に宿った魂たちの声に耳を傾けた。彼らの想いが、この空間に共鳴しているのが分かる。

「みんな...どうすればいい?」

すると、不思議なことが起こった。私の周りの魂たちが、ゆっくりと一つの形を作り始めたのだ。それは...道のようだった。

「そうか、これが正しい道なのか」

迷いなく、その道を歩み始める。周囲の魂たちが、まるで応援するかのように明るく輝いている。

しかし、道の途中で突如、黒い霧が現れた。その中から、おぞましい姿の怪物が現れる。

「お前の魂を頂く!」

怪物が襲いかかってきた瞬間、私の中の魂たちが反応した。胸から眩い光が放たれ、怪物を押し返す。

「くっ...こんな力が!」

驚きながらも、私は前に進み続けた。道の先に、大きな扉が見えてきた。

「あれが...出口?」

胸の高鳴りを抑えきれず、扉に手をかける。しかし、開く直前で声が聞こえた。

「本当にそれでいいのか?」

振り返ると、黒いローブの死神が立っていた。

「何が言いたい?」

「お前は確かに多くの魂を集めた。だが、それは本当に正しいことなのか?彼らの安息を奪ってまで、生に執着する価値があるのか?」

その言葉に、私は立ち止まった。確かに、自分の行動は利己的だったかもしれない。しかし...

「違う。私は彼らの想いを無駄にしない」

強く言い返す。

「彼らは、私に託したんだ。生きることを。そして、彼らの想いを生の世界に届けることを」

死神は沈黙し、しばらくして頷いた。

「ならば行け。だが覚えておけ。生の世界は、お前が知っていたものとは違っているかもしれない」

その言葉の意味を考える間もなく、扉が開いた。眩い光が私を包み込む。

「ただいま...」

そう呟いて、私は光の中へと踏み出した。

第5章:帰還

目を開けると、そこは病院のベッドの上だった。

「あ...あれ?」

周りを見回すと、泣き崩れる家族の姿が目に入った。

「よかった...よかった...」

母が私の手を握り、涙を流している。父は黙って私の肩に手を置き、妹は嬉しそうに微笑んでいる。

「どのくらい...」

「2ヶ月よ。2ヶ月も昏睡状態だったのよ」

母の言葉に、私は驚いた。死の国での経験は、もっと長く感じられた。まるで何年も過ごしたかのように。

しかし、すぐに違和感に気づいた。体が、妙に軽い。そして、周りの景色が少しぼやけて見える。

「あの...みんな」

家族に呼びかけると、彼らはまるで聞こえていないかのように会話を続けている。

「どうして...」

不安に駆られて立ち上がると、自分の体が半透明になっていることに気がついた。

「まさか...」

ゆっくりとベッドに近づく。そこには、目を閉じたままの自分の体が横たわっていた。

現実を理解するのに、それほど時間はかからなかった。私は、完全には戻れていなかったのだ。魂は戻ってきたが、肉体との再結合には至っていない。

しかし、絶望する代わりに、私は決意を新たにした。死の国で集めた魂たち、そして家族の想い。それらを無駄にするわけにはいかない。

「必ず戻ってくる。だから、待っていて」

そう呟き、私は再び目を閉じた。今度こそ、完全に目覚めるまで。

そして、いつかきっと...

私は家族に、そしてこの世界に、死の国での経験を、そこで出会った魂たちの物語を伝えるのだ。

生と死の境界を越えた者としての使命を果たすために。

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