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過去の夢を追う老人と少年
佐藤清(きよし)は、公園のベンチに腰を下ろし、遠くを見つめていた。70歳を過ぎた今でも、若かりし頃の夢が頭から離れない。かつてはジャズピアニストとして世界を股にかけることを夢見ていたが、現実の壁に阻まれ、平凡なサラリーマン生活を送ってきた。
ふと、耳に聞き覚えのある音色が飛び込んできた。清は顔を上げ、公園の片隅に立つ少年の姿を目にした。少年は古びたサックスを手に、懸命に音を紡いでいる。その姿に、清は自分の若かりし日を重ね合わせた。
「おや、君、上手だねぇ」
清は少年に声をかけた。少年は演奏を中断し、照れくさそうに笑った。
「ありがとうございます。でも、まだまだです」
「俺もね、君くらいの頃にジャズにのめり込んでね。ピアノだったけど」
清は懐かしそうに語り始めた。少年は興味津々で耳を傾けた。
「僕、山田太郎って言います。中学3年生です。将来は音楽家になりたいんです。でも…」
太郎の声が途切れた。清はその表情に、何かを感じ取った。
「でも、って?」
「両親が反対してて。勉強しろって」
清は太郎の言葉に、痛いほど共感した。自分も同じような経験をしたのだ。
「そうか…。でも、君の演奏を聴いていると、才能を感じるよ」
清の言葉に、太郎の目が輝いた。
それから、清と太郎は週に一度、公園で会うようになった。清は太郎にジャズの歴史や演奏技術を教え、太郎は清に最新の音楽事情を教えた。二人の間には、世代を超えた友情が芽生えていった。
ある日、太郎が興奮した様子で清のもとにやってきた。
「清さん!地元のジャズフェスティバルに出られることになったんです!」
清は心からの笑顔を浮かべた。「それは素晴らしい!がんばれよ」
しかし、その笑顔の裏で、清の心に複雑な感情が渦巻いていた。太郎の成長を喜ぶ一方で、自分の諦めてしまった夢への後悔が湧き上がってきたのだ。
フェスティバル当日、清は会場に足を運んだ。太郎の演奏が始まると、会場は静まり返った。太郎の奏でる音色は、清の心の奥深くに眠っていた情熱を呼び覚ました。
演奏が終わり、太郎が舞台袖に下がると、清は彼に駆け寄った。
「太郎くん、素晴らしかった!君には本当に才能がある。絶対に夢を諦めちゃいけないよ」
太郎は喜びに満ちた表情で清を見つめた。「ありがとうございます、清さん。でも…」
「でも?」
「清さんこそ、まだ遅くないと思います。一緒にピアノを弾いてみませんか?」
清は驚いた。自分がピアノを弾くなんて、もう何十年も考えたこともなかった。しかし、太郎の真剣な眼差しに、清の心に小さな炎が灯った。
「そうだな…。やってみるか」
清は震える手でピアノの鍵盤に触れた。最初は硬かった指が、徐々に昔の感覚を取り戻していく。太郎のサックスと清のピアノが織りなす即興演奏に、会場は再び魅了された。
演奏が終わると、会場は大きな拍手に包まれた。清の目には涙が光っていた。
「ありがとう、太郎くん。君のおかげで、もう一度夢を追いかける勇気をもらえたよ」
太郎も目を潤ませながら答えた。「僕こそ、清さんのおかげで自信が持てました」
二人は互いに笑顔を交わした。この日を境に、清は地域のジャズバーで演奏を始め、太郎は音楽の道を真剣に歩み始めた。彼らの物語は、夢を追うことに年齢は関係ないという希望の証となった。
そして数年後、世界的に名の知れたジャズフェスティバルのステージに、白髪まじりの清と成長した太郎の姿があった。二人の演奏は、会場を埋め尽くした観客の心に、夢の大切さを静かに語りかけていた。