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「忘れられた約束」- 短編小説
忘れられた約束
第1章:思いがけない再会
東京の喧騒に包まれた高層ビルの一室で、村上亮介は疲れた表情で椅子に深く腰を沈めた。窓の外では、夕暮れの空が徐々に暗さを増していく。彼の机の上には、まだ処理しきれていない書類の山が積み上げられていた。
「はぁ...」
ため息をつきながら、亮介は携帯電話を手に取った。そこには、見覚えのある名前からのメッセージが表示されていた。
「久しぶり、亮介。東京に来てるんだ。会えないかな?」
送信者は、幼馴染の佐藤雄一。亮介の心臓が一瞬早鐘を打った。雄一とは、もう20年近く会っていない。最後に会ったのは、大学入学前だったか。
躊躇する間もなく、亮介は返信を送っていた。
「もちろん。今夜、時間あるよ」
数時間後、新宿の居酒屋で二人は再会を果たした。
「おう、亮介!」雄一の声は、昔と変わらず朗らかだった。
「雄一...」亮介は絞り出すように言葉を発した。
二人は向かい合って座り、ビールで乾杯した。
「相変わらずサラリーマンやってんだな」雄一が言った。「俺は今でも音楽やってるよ。大した成功はしてないけどさ」
亮介は複雑な表情を浮かべた。「そうか...お前は夢を追い続けてたんだな」
「ああ。覚えてるか?俺たち、子供の頃に約束したんだ。『一緒に夢を叶えよう』って」
その瞬間、亮介の中で何かが崩れ落ちた。忘れていた。いや、忘れたふりをしていた。夢を。約束を。そして、かつての自分を。
第2章:迷いの中で
その夜、亮介は眠れなかった。雄一との再会が、彼の心に大きな波紋を投げかけていた。
朝、会社に向かう電車の中で、亮介は窓に映る自分の姿を見つめた。スーツに身を包んだ、いかにも社会人らしい姿。でも、その目は何か大切なものを失ったかのように虚ろだった。
「俺は...何をしてきたんだ?」
その日、仕事が手につかなかった。会議中も、上司の話を上の空で聞いていた。頭の中は、雄一との会話で一杯だった。
夕方、雄一から電話がかかってきた。
「亮介、今日ライブハウスで演奏するんだ。来てくれないか?」
躊躇する亮介に、雄一は続けた。「正直...自信がないんだ。でも、君に聴いてほしい」
亮介は深呼吸をした。「わかった。行くよ」
ライブハウスは、思ったより小さく、客も少なかった。でも、ステージに立つ雄一の姿は輝いていた。
雄一のギターの音色が、亮介の心に染み込んでいく。歌詞は、夢を追いかける者の苦悩と希望を歌っていた。
演奏が終わり、二人は再び酒を交わした。
「正直...うまくいってないんだ」雄一が呟いた。「でも、音楽をやめる気はない」
亮介は黙って聞いていた。
「君はどうだ?」雄一が尋ねた。「夢は...叶ったのか?」
亮介は答えられなかった。彼の中で、長い間押し殺していた何かが、今にも噴き出しそうになっていた。
第3章:決断の時
それから数日間、亮介は激しい葛藤に苛まれていた。仕事に身が入らず、夜も眠れない日々が続いた。
ある日の夜、亮介は会社の屋上に立っていた。東京の夜景が、彼の足元に広がっている。
「俺は...何がしたかったんだ?」
風に吹かれながら、亮介は過去を振り返った。大学生の頃、彼にも夢があった。小説家になること。でも、就職活動の波に飲まれ、いつの間にか「安定」を選んでいた。
翌日、亮介は上司に辞表を提出した。
「村上君、何を考えているんだ?」上司は驚いた様子で言った。
「すみません。でも、自分の人生を取り戻したいんです」
その夜、亮介は雄一に電話をかけた。
「雄一、俺...小説を書くよ。君と約束した夢を、もう一度追いかけたい」
電話の向こうで、雄一が笑った。「やっと言ってくれたな。待ってたぜ」
第4章:新たな旅立ち
それから1年後、小さな出版社から亮介の小説がデビューした。大ヒットとはいかなかったが、確かな手応えがあった。
一方、雄一のバンドも、少しずつだが注目を集め始めていた。
ある夏の夜、二人は子供の頃によく行った丘に座っていた。満天の星空が、彼らを優しく包み込んでいる。
「なあ、亮介」雄一が言った。「俺たち、まだ夢の途中だな」
亮介はうなずいた。「ああ。でも、一緒に歩いていける」
「新しい約束をしようぜ」雄一が提案した。「今度は、夢を叶えるまで決して諦めないって」
亮介は微笑んだ。「ああ、約束だ」
二人は、再び星空に向かって手を伸ばした。かつての約束が、新たな誓いとなって夜空に輝いていた。
彼らの物語は、まだ始まったばかり。でも、二人の目には、確かな希望の光が宿っていた。
夢を追いかけることの意味。それは、ただ成功することではない。自分らしく生きること。そして、その過程を大切な人と分かち合うこと。
亮介と雄一は、そのことを身をもって学んだのだった。
(終)