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僕らのクラスにAIがいる!

第1章 - 光る制服

朝日が東京湾の水面を黄金色に染め上げる頃、高円寺未来は目を覚ました。彼女の部屋の窓には、すでに朝のニュースフィードが半透明の映像となって浮かび上がっていた。

「おはよう、ミライ。今日の体調は98点。昨日より2ポイント上昇しているわ」

柔らかな女性の声が部屋に響く。未来の個人AIアシスタント、アカネだ。

「おはよう、アカネ」未来は微笑みながら起き上がった。「今日のスケジュールを教えて」

「はい。午前中は現代文と数学、午後は生物学実習があります。放課後は弓道部の練習予定です」

未来はベッドから飛び降り、クローゼットに向かった。手をかざすと、ドアが静かにスライドして開く。

「制服、お願い」

すると、ハンガーレールが自動で動き、未来の制服が前に出てきた。真っ白なブラウスとネイビーのプリーツスカート。一見すると普通の制服に見えるが、よく見ると生地が微かに光っている。

未来が制服を身につけると、スカートの裾から靴下にかけて、淡い青色の光の筋が走った。ナノファイバーが体温を感知し、最適な温度に調整しているのだ。

「気温は25度、湿度は60%です。今日は少し蒸し暑くなりそうですね」アカネが告げる。

「わかったわ。じゃあ、制服の設定は"涼"モードにしておいて」

未来の言葉に反応し、制服の光の色が青からライトグリーンに変化した。

食卓では、両親がすでに朝食を取っていた。

「おはよう、ミライ」父親の高円寺誠が顔を上げて笑いかける。彼の左目にはコンタクトレンズ型のARディスプレイが装着されていて、瞳の奥で小さな光が踊っている。

「パパ、今日も仕事中なの?」未来は軽くため息をつきながら席に着いた。

「ごめんね。締め切り間近のプロジェクトがあってね」誠は申し訳なさそうに微笑んだ。

母親の佳子が未来の前に味噌汁を置きながら、優しく諭した。「ミライ、パパの仕事を理解してあげて。AIシステムの開発は大切な仕事なのよ」

「わかってる」未来は箸を取り上げながら答えた。「いただきます」

朝食を終えた未来は、玄関に向かう。靴を履こうとした瞬間、靴のソールが青く光り、未来の足型に合わせて形状を変化させた。

「行ってきます!」

未来が家を出ると、通りにはすでに制服姿の生徒たちが歩いていた。彼らの多くは、未来と同じように光る制服を着ている。ところどころで、生徒たちの目の前に浮かぶ半透明のAR画面が見える。宿題の最終確認をしているのだろう。

「ミライ!」

後ろから声がした。振り返ると、幼なじみの佐藤ケンが駆け寄ってきた。

「おはよう、ケン」

「おはよう。昨日の数学の宿題、解けた?」ケンは息を切らしながら尋ねる。

「うん、なんとか。でも、最後の問題は難しかったわ」

「やっぱり!僕も苦戦したんだ。AIに聞いても、"自力で解くことが学習には重要です"って言われちゃって」

二人は笑いながら歩を進めた。道路の向こうに、近未来的な外観の校舎が見えてくる。「東京未来学園」。最新のテクノロジーを駆使した教育を行う、日本屈指の名門校だ。

校門をくぐると、生徒たちの制服が一斉にゴールドに輝いた。学校のシステムが生徒たちを認識し、出席確認を自動で行っているのだ。

「げっ、1限目から現代文か」ケンが時間割をチェックしながら呟いた。

「私は好きよ。AIが書いた小説と人間が書いた小説を比較する授業、面白いじゃない」

「そりゃそうだけど...」ケンは首を傾げる。「最近のAI小説、人間より上手いものもあるらしいじゃん。将来、作家って職業がなくなっちゃうのかな」

未来は少し考え込んだ後、答えた。「私はそうは思わないわ。確かにAIは上手くなってるけど、人間にしか書けない物語だってきっとあるはず」

そう言いながら教室に入ると、すでに多くのクラスメイトが席に着いていた。中には机に映し出されたAR画面を操作している者もいる。

未来が自分の席に着くと、机の表面がディスプレイのように光り出した。「おはようございます、ミライさん」という文字が浮かび上がる。

「おはよう」未来は小声で返事をした。

そのとき、教室の前方にある大きなスクリーンに、担任の山田先生の姿が映し出された。

「おはようございます、皆さん。今日もよろしくお願いします」

生徒たちは一斉に起立し、「おはようございます」と返事をした。

「では、出席確認を始めます」

山田先生がそう言うと、生徒たちの名前が次々とスクリーンに表示される。各生徒の名前の横には、その日の体調を示すスコアが表示されていた。

未来は自分の名前を見つけ、98点という数字を確認する。「アカネの言った通りね」と心の中で呟いた。

「では、今日の授業を始めます」山田先生の声が響く。「皆さんのARグラスをオンにしてください」

生徒たちは一斉に、制服の胸ポケットからARグラスを取り出し、装着した。未来のARグラスが起動すると、教室の風景が一変した。

教室の中央に、巨大な3D hologramが現れる。それは、まるで宇宙空間に浮かぶ巨大な本のようだった。

「今日は、AI作家"NeoScribe-7"の最新作と、芥川賞作家・田中美咲さんの新作を比較します」

山田先生の声に合わせて、hologramの本が開かれる。ページをめくるたびに、文章が立体的に浮かび上がり、教室中を舞う。

「AIの作品は、データに基づいた完璧な構成と、人間の感情を精密に計算した表現で注目を集めています。一方、田中さんの作品は、予測不可能な展開と、生々しい人間性の描写が特徴です」

未来は、目の前を舞う文字たちを見つめながら、深く考え込んだ。技術の進歩により、AIは確かに人間に近づいている。しかし、本当の創造性、本当の感動は、どこから生まれるのだろうか。

授業が終わり、昼休みになった。未来は親友の佐々木ユリと一緒に、校舎の屋上に向かった。

「ねえミライ、午後の生物学実習、楽しみだよね」ユリが目を輝かせながら言う。

「そうね。でも、ちょっと緊張するわ」

屋上のドアを開けると、そこには未来の学園とは思えない光景が広がっていた。緑豊かな庭園のような空間で、様々な植物が生い茂り、小さな滝までが流れている。

「すごい...」未来は息を呑んだ。

ユリが説明する。「これ、バイオテック部の実験なんだって。都市型生態系の再現プロジェクトらしいわ」

二人は、人工の草原に腰を下ろした。未来が弁当箱を開けると、中から小さなホログラムが現れた。

「今日のカロリーは456kcal、タンパク質20g、炭水化物60g、脂質15gです」アカネの声が聞こえる。

「ありがとう、アカネ」

ユリは驚いた表情で未来を見た。「へえ、ミライのAIって食事管理までしてくれるんだ」

「うん、パパが開発した最新型なの」未来は少し照れくさそうに答えた。

昼食を取りながら、二人は午後の実習について話し合った。今日の実習では、最新のバイオテクノロジーを使って、絶滅危惧種の遺伝子を解析するという。

「ねえ、ミライ」ユリが真剣な表情で言った。「私たち、すごい時代に生きてるよね。AIやバイオテクノロジーで、いろんなことができるようになって...」

「そうね」未来はうなずいた。「でも、同時にいろんな問題も出てきてるわ」

「問題?」

「そう。例えば、AIが人間の仕事を奪うんじゃないかって心配とか、遺伝子操作の倫理的な問題とか...」

ユリは少し考え込んだ後、言った。「確かに。でも、それって結局、テクノロジーをどう使うかは私たち次第ってことだよね」

「その通りよ」未来は微笑んだ。「だからこそ、私たちがしっかり学ばなきゃいけないの」

午後の実習室は、最新鋭の機器で溢れていた。生徒たちは、それぞれにARグラスと特殊な手袋を装着し、目の前に浮かぶ3D hologramの遺伝子モデルを操作していた。

「よし、みんな準備はいいかな」藤原先生の声が響く。「今日は、ジャイアントパンダの遺伝子を解析します。この100年で、パンダの生息数は激減しました。私たちの任務は、その原因を遺伝子レベルで突き止め、保護策を考えることです」

未来は、目の前に浮かぶDNAの3Dモデルを凝視した。複雑に絡み合った二重らせん構造が、ゆっくりと回転している。

「さあ、解析を始めましょう」

藤原先生の合図と共に、生徒たちは作業を開始した。未来は慎重に、ARグラスに映し出された情報を確認しながら、手袋をはめた指でDNAモデルを操作する。

「ミライ、こっちを見て」隣でケンが呼びかけた。「この部分、何か変だと思わない?」

未来は、ケンが指し示す遺伝子配列を見つめた。確かに、通常のパターンとは異なる配列が見える。

「本当だ...これ、人為的な操作の跡かもしれない」

二人は急いで藤原先生に報告した。

「素晴らしい発見です」藤原先生は目を輝かせた。「この異常は、過去の保護活動で行われた遺伝子操作の影響かもしれません。さらに詳しく調べてみましょう」

実習が終わる頃には、クラス全体で重要な発見をいくつも上げることができた。未来は、テクノロジーの力を実感すると同時に、その使い方の難しさも感じていた。

放課後、未来は弓道場に向かった。弓道は、この未来的な学園の中で、唯一昔ながらの伝統を守り続けている部活動だった。

道場に入ると、部員たちが既に稽古を始めていた。的前には、最新のセンサーが設置されており、矢の軌道や的中率をリアルタイムで分析している。

「あ、ミライちゃん来た」主将の中村さんが声をかけた。「今日は新しい弓を試してみない?」

未来は興味深そうに、中村さんが差し出す弓を受け取った。一見すると普通の和弓だが、よく見ると弓の表面に微細なセンサーが埋め込まれている。

「これ、弓の しなり を数値化できるの。引き方や離し方のデータも取れるわ」

未来は感嘆の声を上げた。「すごい...でも、こんなハイテクな弓を使って、伝統的な弓道の精神は保てるのかしら」

中村さんは優しく微笑んだ。「その疑問、私も最初は持っていたわ。でも、結局のところ、弓道の本質は変わらないの。集中力、精神力、そして自分自身との対話。テクノロジーは、それを深める助けになるだけよ」

未来はうなずき、弓を手に取った。的に向かって構えると、弓に埋め込まれたセンサーが彼女の動きを感知し、ARグラスに様々なデータを映し出す。呼吸のリズム、筋肉の緊張度、弓の しなり 具合...

しかし、未来はそれらの情報を意識的に無視することにした。目を閉じ、深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。弓を引き絞り、一瞬の静寂の後、矢を放った。

パシン、という乾いた音と共に、矢が的中した。

「見事な射でした、ミライさん」

道場の隅から、顧問の佐藤先生の声が聞こえた。未来が振り返ると、そこには等身大のホログラムで映し出された佐藤先生の姿があった。

「先生!今日は出張だと聞いていましたが...」

「ああ、そうだよ。今、京都にいるんだ。でも、君たちの練習の様子が見たくてね」佐藤先生は穏やかに微笑んだ。「最新技術を使いこなしながらも、弓道の本質を忘れない。素晴らしいことだ」

練習が終わり、未来が家に帰ると、玄関で父の誠が彼女を待っていた。

「お帰り、ミライ。今日はどうだった?」

「ただいま、パパ。今日はね...」

未来は、現代文の授業での AI と人間の小説の比較、生物学実習でのパンダの遺伝子解析、そして弓道部での新しい弓の話を興奮気味に語った。

誠は娘の話を熱心に聞いていたが、その表情には何か複雑なものが浮かんでいた。

「パパ、どうしたの?」未来は父の様子に気づいて尋ねた。

誠は少し躊躇った後、ゆっくりと口を開いた。「実は、明日の全校集会で大きな発表があるんだ。私の会社が開発した新しい教育用 AI システムを、君たちの学校に導入することになったんだよ」

「え?新しい AI システム?」

「ああ。これまでの AI とは違って、より高度な自律学習能力を持っているんだ。生徒一人一人の学習パターンを分析して、最適な教育プログラムを組み立てる。教師の仕事の多くを代替できるかもしれない」

未来は驚きと共に、何か不安なものを感じた。「でも、それって...先生たちの仕事がなくなっちゃうってこと?」

誠は苦笑いを浮かべた。「そうならないように設計はしているけどね。でも、社会の変化は避けられない。君たちの世代は、AI との共存をもっと真剣に考えていく必要があるだろう」

その夜、未来は眠れずにいた。天井に映し出された星空のホログラムを見つめながら、彼女は考え続けた。

技術の進歩は確かに素晴らしい。でも、本当に大切なものまで失ってしまわないだろうか。人間にしかできないこと、人間だからこそ価値があることは何だろう。

「アカネ」未来は小声で呼びかけた。

「はい、ミライ。どうしました?」アカネの声が静かに響く。

「私たち人間と、あなたたち AI の違いって何だと思う?」

アカネは少し間を置いてから答えた。「難しい質問ですね。私たち AI は、与えられたデータと論理に基づいて思考し、行動します。一方、人間には創造性、感情、直感といった、数値化しにくい要素がありますね」

未来はうなずいた。「そうね。でも、最近の AI は感情も持てるって聞くわ」

「確かに、感情を模倣することはできます。でも、それが本当の意味での感情かどうかは、哲学的な問題になりますね」

未来は深く考え込んだ。明日の全校集会で発表される新しい AI システム。それは、学校をどう変えていくのだろうか。そして、自分たちの未来にどんな影響を与えるのだろうか。

「ねえ、アカネ」

「はい?」

「明日からも、私の友達でいてくれる?」

アカネの声には、いつもより少し温かみがあるように感じられた。「もちろんです、ミライ。私はあなたの味方ですから」

未来は小さく微笑んだ。明日への不安は消えていないが、何か希望のようなものも感じていた。技術と人間の心が共存する未来。それを作り上げていくのは、まさに自分たち若い世代なのかもしれない。

そう思いながら、未来はゆっくりと目を閉じた。明日という未知の日に向かって、彼女の冒険は続いていく。

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