見出し画像

短編小説『消えた絵葉書』

夏目莉央は、日曜日の午後、久しぶりにクローゼットの整理をしていた。祖母から譲り受けた古びた木箱を見つけ、ふと気になって開けてみる。箱の中には色褪せた写真や手紙が丁寧に保管されていたが、その中で特に目を引いたのは、30年以上前に投函された一枚の絵葉書だった。

絵葉書にはこう書かれていた。

「また、あの場所で会おう。」

送り主は「由紀夫」という名で、見覚えのない名前だった。なぜかその言葉が莉央の心に引っかかり、彼女はその日の夕方、祖母を訪ねることにした。


「おばあちゃん、この絵葉書のこと、覚えてる?」

莉央が絵葉書を見せると、祖母は一瞬固まったように見えたが、すぐに無表情に戻った。「そんな昔のこと、覚えてないわ」と冷たく言い放つ。しかし、莉央は祖母の動揺を見逃さなかった。祖母は何かを隠している。そう確信した莉央は、絵葉書に書かれた「場所」を調べ始める。

古い地図やインターネットを駆使し、莉央はついにその場所を突き止めた。それは、祖母が若い頃に住んでいた小さな温泉町だった。


莉央はその温泉町へ足を運び、地元の人々に話を聞き始める。そこで出会った年老いた住民の一人が、驚くべき話をしてくれた。

「由紀夫さんね…、彼は町でも有名だったよ。だが、君のおばあさんとの関係は、誰も知らないと思っていた。」

その老人はさらに続けた。「実は、由紀夫さんは、突然姿を消してしまったんだ。ある日、何も言わずにね。彼が最後に誰と会っていたかはわからないが…」

莉央はその言葉に不安を感じたが、さらに話を聞き続けた。そして、由紀夫という人物が突然行方不明になり、その後、一度も姿を見せなかったことを知る。


絵葉書に書かれていた「場所」は、町外れの森の中にある古びた神社だった。莉央はそこへ向かい、鳥居をくぐって境内へと進んだ。辺りは静まり返り、まるで時間が止まっているかのようだった。

神社の奥にある祠にたどり着いたとき、莉央はふと何かに引き寄せられるように祠の周りを見回した。そして、朽ちかけた木製の板の一部が、不自然に動くのに気づいた。

好奇心からその板を動かしてみると、足元に小さな地下室への入り口が現れた。暗く、ひんやりとした空気が立ち上る中、莉央は懐中電灯を取り出し、地下へと降りていった。


地下室はほとんど何もない空間だったが、その奥に、小さな木箱が一つだけ置かれていた。莉央が木箱を開けると、中には古びた日記と、さらに一枚の絵葉書が入っていた。

日記を読み進めるうちに、莉央は愕然とした。そこには祖母が由紀夫との関係を書き綴っていたが、その内容は思っていたものとは全く違っていた。

祖母と由紀夫は愛し合っていたのではなかった。彼は祖母のストーカーだったのだ。祖母は彼を恐れていた。何度も拒絶し、警察に助けを求めたが、彼は決して諦めなかった。そして、ある日、祖母はついに彼を神社へ呼び出し、自らの手で彼の命を奪ったのだ。

絵葉書はその後、由紀夫から届いたものではなかった。それは、祖母が彼に最後に送ったメッセージだった。祖母は自らの罪を隠すために、その場所を「再会の場所」として封じ込めたのだ。

莉央はその衝撃的な真実に呆然とした。祖母が背負っていた秘密の重さに圧倒されながらも、彼女は何も言わずにその場を後にした。


東京に戻った莉央は、再び祖母に会いに行った。しかし、何も言えず、ただ祖母の顔を見ることしかできなかった。祖母は静かに莉央を見つめ、「あの場所へ行ったのね」とだけ言った。

莉央は何も答えられなかった。祖母はそれ以上何も言わず、ただ静かに目を閉じた。

莉央はその時、祖母が自らの秘密を持ったままこの世を去ろうとしていることを理解した。祖母は、その罪を誰にも知られることなく、死を迎えることを選んだのだ。

いいなと思ったら応援しよう!