My favorite things〜私のお気に入り〜SHOWA (8) 手塚治虫

幻の映画「黒き死の仮面」のトリオの一人、最後の私のお気に入りは手塚治虫。漫画の神様として、日本はおろか世界中の人々に今も愛され続けている日本が生んだ20世紀の偉人ともいえる人物だ。お気に入りと言うのもおこがましく、ここで手塚治虫論を書くなど恐れ多い。そもそも、お気に入りといっておきながら全作品を読破しているの? と聞かれたら「未読作品もまだあります」と消え入りそうな声で答えるしかない。そして、好きな作品は? と聞かれても、当然、代表作の『火の鳥』『鉄腕アトム』『ブラック・ジャック』から『ブッダ』『アドルフに告ぐ』『ジャングル大帝』『三つ目がとおる』・・・と次々と浮かんでくる。手塚作品のリストを検索して出してみると「よく生涯にこれだけの作品を生み出すことが出来た」と驚嘆するしかない。しかも、これら漫画作品に加えて、アニメ作品も多く、いかに自らのプロダクションを抱え製作したといえ、これも驚異に値する。アニメのいくつかを、ネット配信で再見してみても、そのクオリティの高さに驚く。本来なら、そうした代表作からお気に入りを選びたく、『火の鳥』から1作品とも思ったのだが、なかなか選びきれない。

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そこであえて『地球を呑む』、お気に入りの作品のひとつとしたい。『地球を呑む』は、ビッグコミックの創刊号(1968年2月~)から連載された作品。なにしろ、ビッグコミック創刊号には、手塚治虫以下、石ノ森章太郎、白土三平、水木しげる、さいとう・たかを、藤子不二雄・・・といった漫画界の巨匠たちが名を連ね、当時、創刊号を手にした時のワクワク感を今でも覚えている。そこで『地球を呑む』を早速、読んで驚いた。今まで少年向きの漫画家としてた手塚治虫が女性の裸体もあらわな作品を書いた! 当時、中学生3年生であり、お小遣いから買ってきたのだが、裸の女性が描かれている漫画がある雑誌! これは親に見つかるとまずいのでは? と机の引き出しの奥にしまい込んだ記憶がある。それくらい、衝撃的な作品であった。ただ、出だしは面白く、またエロチックな描写にもときめいたのだが、連載するに従い、話がやや失速してきた。実際、『地球を呑む』は、手塚作品のなかでは評価も低く、失敗作だと揶揄されたりもしている。では、なぜに、私のお気に入りとしたのか?

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それは、第13章「アダジオ・モデラート」が、今読み返してみても、ずぬけて素晴らしいエピソード(短編)であると感動したからだ。「地球を呑む」は一応、長編作品であるが、途中からエピソードが独立した短編としても読めるような内容になった。その一つが第13章で、このエピソードには、多くの手塚作品の奥底をつらぬく「家族愛」というテーマがあると思える。『鉄腕アトム』のロボット一家、『ブラック・ジャック』でのピノコとジャックとの疑似親子?関係、『どろろ』の百鬼丸とどろろの疑似兄弟関係・・・家族とは何か? たとえ、血がつながってなくともそこに互いを愛する気持ちがあれば、それは家族となる・・・そんな手塚治虫のメッセージが聞こえてくる。あと、これは憶測だが、手塚治虫が好きであるというSF作家レイ・ブラッドベリの『火星年代記』に、この第13章を思わすエピソードがあり、ひょっとするとそこからもヒントを得ていたのかもしれない。

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付け加えると、手塚治虫の「脱子供漫画路線」は、このあと「脱子供アニメ」として『千夜一夜物語(69)』の製作につながっていく。「地球を呑む」以上に過激で、成人向けの描写が多々ある『千夜一夜物語』のあとも、『クレオパトラ(70)』、『哀しみのベラドンナ(73)』と手塚成人向けアニメが作られ、漫画そしてアニメ、子供から大人までの手塚作品の幅が一気に広がっていった。これを振り返ってみても、手塚治虫って本当に一人であったのだろうか? 実在していたのだろうか? まるでシェークスピアのようにしか(実在せず、複数の作家がいたという説もある)思えなくなってしまうのだが・・・

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実は、手塚治虫氏本人を映画宣伝マン時代に一度、試写室でお迎えしたことがある。作品は『ロジャー・ラビット(88)』(ディスニー作品。実写とアニメの合成で話題となった)で、五反田のイマジカ試写室で行われていたマスコミ向け試写にやって来られた。受付担当をしていた試写室の入り口で、驚いた覚えがある。今から思えば、サインは無理でも握手の一つでもしていただけたら良かったと思うが、それもあまりの緊張で出来なかった。この目で姿をみて、手塚治虫は実在した人物であったし、多くの創作物を世に残してくれたことも事実だ。オンデマンド時代、ほとんどの手塚作品はネットで入手可能だ。「まだ未読の作品もあります・・・」とこっそり言わずに済むように、時間をみて、お気に入りの手塚作品を増やしていくようにしよう。



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