【胃】胃炎の分類:歴史と現状|ピロリ菌との関連
胃炎の分類は難しい。
臨床的には単純に急性胃炎と慢性胃炎に分類される場合もあるが、実際にはそう単純ではない。特に、慢性胃炎は原因や広がりなどにより分類が多岐にわたり、全体を把握するのが困難である。
胃炎分類は Helicobacter pylori(HP)(いわゆるピロリ菌)の発見と除菌法の普及によって大きく変化した。ここでは胃炎の分類およびその周辺事項を主として病理学的視点から概説する。
胃炎分類の歴史
第1期:病理解剖
第2期:外科切除標本の観察
第3期:内視鏡観察と生検
第4期:Helicobacter pylori(HP)の発見
第5期:HP 除菌後胃炎
病理形態からみた炎症の総論
急性炎症:好中球浸潤を特徴とする。時間的経過を示唆する「急性」よりも「活動性」炎症という言葉が好まれる傾向にある。浮腫、充血などを伴う。HP に反応した好中球がしばしば腺窩上皮内に侵入し、腺窩上皮は過形成性変化、粘液産生亢進を伴い、びらん・潰瘍が生じると、フィブリン析出・炎症性滲出物、肉芽組織形成とともに、上皮は再生性変化(幼弱化)などの反応性異型を示す。炎症の消退に伴って、線維化、線維筋過形成(線維筋症)が出現してくる。
慢性炎症:リンパ球・形質細胞浸潤を特徴とする。はじめは HP に対して粘膜固有層表層で反応するにとどまるが(表層胃炎)、炎症が持続すると粘膜固有層全層に広がり、リンパ濾胞形成を伴うようになる(胚中心を欠く一次濾胞 → 胚中心を伴う二次濾胞)。
Schindler の分類
はじめて体系的につくられた胃炎分類。
急性胃炎:① 単純性、② 腐食性、③ 出血性、④ 化膿性
慢性胃炎:
① 原発性(idiopathic)
*表層性(superficial)
↓
*萎縮性(atrophic)→ 過形成(hyperplastic)
*肥厚性(hypertrophic):間質性・増殖性・腺性
② 随伴性(accompanying other gastric pathology)
*腫瘍(tumors)
*消化性潰瘍(gastroduodenal ulcer)
*術後胃(in the postoperative stomach)
臨床的な急性胃炎
臨床的定義:突発する上腹部症状を伴い、早期の内視鏡検査により胃粘膜を中心とした異常所見を認める疾患
同義語:急性胃粘膜病変(AGML:acute gastric mucosal lesion)、急性胃・十二指腸病変(AGDML: acute gastroduodenal mucosal lesion)
原因:ストレス、薬剤、アルコール、食事、感染症(ピロリ菌を含む)など
病理:非特異的な急性炎症性変化(好中球浸潤、肉芽組織の形成、うっ血・充血・出血、フィブリン・炎症性滲出物など)👉ピロリ菌を含む病原体、ウイルス封入体などを見逃さない
潰瘍の分類
※ 消化性潰瘍の組織学的分類
UL-I(粘膜のみの欠損 / びらん erosion)
UL-II(粘膜筋板の欠損)
UL-III(固有筋層の一部までの欠損)
UL-IV(壁全層)
※ 一般的には、潰瘍は粘膜筋板以深の組織欠損状態で、粘膜の一部の欠損状態を「びらん」と呼ぶ。瘢痕化したものは、UL-IVs などと「s」を付する。
※ 穿孔と穿通:穿孔は管腔臓器の壁に全層性の穴が開いた状態で、穿通は穴が開いた部位が隣接する組織により被覆された状態。
※ 潰瘍のステージ(時相)分類
※ 潰瘍の肉眼的な良悪性鑑別点
木村・竹本の慢性胃炎分類
萎縮性胃炎の広がりを評価する
C:closed type
O:open type
※ 萎縮境界線を F-line と呼ぶ
Strickland & Mackay の分類
形態・機能・病因からA型とB型に分類し、後にC型が加えられた。
👉A型胃炎(type A atrophic gastritis)
現在の自己免疫性胃炎(Autoimmune gastritis)に相当する。当時の定義は ① 前庭部粘膜が保たれる、② 抗壁細胞抗体陽性、③ 胃体部にびまん性に広がる、④ 高度の胃酸分泌低下であった。
【臨床病理学的特徴】
▶ びまん性に胃底腺の萎縮を伴う、原則的に幽門腺の萎縮を欠く
▶ 高頻度に抗壁細胞抗体や抗内因子抗体が陽性で、悪性貧血を発症する
▶ 胃底腺萎縮による胃酸分泌不全に伴って代償性の抗ガストリン血症が生じ、endocrine cell micronest(ECM)、内分泌細胞過形成、カルチノイド(NET)が高頻度・多発性に生じる
▶ 胃癌発生頻度も高い
👉B型胃炎(type B atrophic gastritis)
現在の HP 胃炎(Bacterial gastritis)。当時の定義は ① 前庭部が侵される、② 抗壁細胞抗体陰性、③ 胃体部の変化は巣状、④ 中糖度の胃酸分泌低下であった。
👉C型胃炎(Chemical gastritis)
様々な化学物質による胃炎
▶ 薬剤性:NSAIDs 潰瘍、コラーゲン性胃炎、抗がん剤性胃炎
▶ 胆汁などによる逆流性胃症(reflux gastropathy)・逆流性胃炎(stomal polypoid hyperplastic gastritis: SPHG)
▶ 胃炎ではないが、PPI 投与後の胃底腺の変化として、
① 壁細胞突出(parietal cell protrusion)
② 胃底腺ポリープ様病変(fundic gland polyp-like lesion)
などがあり、②は過誤腫的な構築の異常を伴わない点で胃底腺ポリープとは区別される。稀に②から異形成性変化を生じた例が報告されるが、浸潤癌に至った例の報告はない。
改定シドニー分類(updated Sydney system: USS)
HP の発見により胃炎研究・分類が劇的に変化した。
1990 年の世界消化器病学会で提唱されたシドニー分類を元として 1996 年に改訂シドニー分類(updated Sydney system: USS)が発表され、現在の胃炎分類の基礎となっている。
病理組織部門と内視鏡部門から構成されており、
病理組織部門は、
① 病因(aetiology)
② 解剖学的局在(topography)
③ 組織学的所見(morphology)
に細分類されている。
主として HP 除菌効果判定を目的とした分類であったが、胃癌の発生過程と胃炎の関連性などの研究が進むこととなった。現在は除菌後胃病変も取り扱った京都分類が内視鏡診断ではよく用いられる。
古典的には5点生検(幽門前庭部の小弯・大弯、体中部の小弯・大弯、胃角)により、菌量、好中球浸潤、単核細胞浸潤、前庭部萎縮、体部萎縮、腸上皮化生の6項目を visual analogue scale を用いて評価する。
現実的には、5点生検は通常行わず、発赤部などの狙撃生検が行われる(HP の活動性感染部位では通常、急性炎症性変化により発赤などの粘膜変化をきたす)。
腸上皮化生の組織診断
【腸上皮化生の3要素】
① 吸収上皮(刷子縁)(CD10+)
② 杯細胞(MUC2+)
③ Paneth 細胞
一般には
完全型(定型的、小腸型)=①+②
不完全型(非定型的、大腸型) =①+②+③
と記載されているが、胃上皮と混在する“不完全な”腸上皮化生が存在しており、欧米の教科書ではいわゆる“不完全な”腸上皮化生を”incomplete metaplasia”と表現する。
USS に基づく胃炎の病理組織診断
5点生検されることは通常なく、提出された組織の範囲で USS に準拠して記載するのが一般的となっている。以下は診断名の例。
① 慢性活動性胃炎(chronic active gastritis)
リンパ球・形質細胞浸潤に加えて、好中球浸潤がみられる(詳しい記載例: chronic active gastritis, mild, H. pylori-associated, with marked fundic gland atrophy and focal intestinal metaplasia)
② 慢性萎縮性胃炎(chronic atrophic gastritis)
非活動性胃炎で、固有胃腺の萎縮を伴う(詳しい記載例: chronic atrophic gastritis, marked, with diffuse intestinal metaplasia)
③ 消退した胃炎(healed gastritis)
活動性炎症が消退した状態
京都分類
HP除菌時代に入り、HP感染の状態を 3 段階に分類し、各段階での内視鏡所見を羅列した。組織像は概ね以下に分類される。
(1)HP未感染胃粘膜(HP-uninfected gastric mucosa)
=正常胃(normal gastric mucosa)
(2)HP現感染胃粘膜(HP-infected gastric mucosa)
=慢性活動性胃炎(chronic active gastritis:CAG)
※ 従来の慢性胃炎分類の対象
(3)HP既感染胃粘膜(HP-past infected gastric mucosa)
=慢性非活動性胃炎(chronic inactive gastritis:CIG)
詳細は以下の表を参照。
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