Cadre小噺:トラブル・トリック

記録:ヒュージ・ファガー

俺とライドの2人は本当にごく普通の一般人。
リュビに所属するまではBエリアでヤンチャしつつも
のうのうと生きていた。

普通の人間にはシャドウの存在を認知できない。
そう、あの時までは。

5年ほど前か。
元々治安の悪いエリアで犯罪が途絶えることはあまりなかった。
でも連続行方不明事件という異例の事件が連日起こっていた。
しかも自警団の人達が主に居なくなる。

なぜか先鋭であるイサークだけは特に何もなかった。
当時は事情がわからなかったので
常に腹を空かせてる化け物にしか見えなかったが…
あれは汚染変異しているから対象から外れているという事だった。

好奇心の強い、頭の軽いライドは軽いノリで
事件を探ろうと、俺を誘った。
「もしなんかあってもオレ達なら大丈夫だろ。」
「いやいや、あの自警団に手を出すくらいのヤバい奴だぞ。
油断すんなよ」

そんな感じでいつものように二人で駄弁り、
手掛かりを探した。
そして、捜索を遮るかのように雨が降ってきた。
周りが霞むほどの激しい豪雨だった。
予報では晴れだったはずだ。

手が塞がるし、圧で骨が折れることとかを相談して、
傘は持ち込まず、真っ赤な目立つレインコートを着て行った。
まあ、激しく弾く音で喧しかった。

人気のない路地裏に向かったところ、
行方不明扱いだった自警団の一人…ケイドが壁にもたれかかっていた。
しっかり話ができる状態だったので、
何があったかを聞いたら、
「怪しい組織が来て、イサーク以外のみんなが拉致された。
その後眠らされて…何があったのかわからない」

「なあケイド、お前はどうした?」

使用済みらしい注射器を取り出して
「目が覚めたらここにいて…痛みや苦しみが無くなって、
何をしても元に戻る不気味な体にもなっていた。
で、よく見たら横にこんな黒い液体の入った注射器があったんだ。
多分これのせいだ。」

そして彼は突然何もない所を見始めた、
俺達はそれに気を取られ、何者かによって後頭部を殴られた。

目が覚めると俺達は何かの実験室のような場所で、
診療台に寝かされ、拘束されていた。
隣の診療台にいたライドは「なんだこれ」って感じで
もがいていた。落ち着きがない。

仮面で顔が見えないけど、黒衣を着ている奴が俺達の前に立って
「おはよう、君達は影を見たことはあるかね?」と質問してきた。

「イサークの言うシャドウって化け物の事か?見えないな。」

仮面の奴は化け物というワードを聞いた瞬間、
「化け物ではなく見えざる自然の脅威なのだよ」と言った。
仮面の表情は変わらないのに、怒っているような気がした。
よく見たら仮面の覗き穴から見える目は憔悴していて、
なのに体は生き生きと動いているので
まるで仮面そのものが本体のような感じがして、ビビッた。

そしてあの注射器を取り出した。黒い液体が入った注射器。
よく見ると使うアンプルは2種類。
「テルマ」、「スピサ」とラベルがあり、
それぞれ一回分くらいの量だった気がする。

後に分かったが、この2つのアンプルはリアの大事な品で、
あるシャドウの中に融けてしまった恩師の欠片なんだってさ。

 「君達からは影と共存できる素質を感じるのだ。
だから、ただ力を注ぎこむだけではもったいない。
この特別製を用いて見えざる世界を見せてやろう。」

で、俺から先に注射された。皮下注射って奴。
俺は「テルマ」、ライドは「スピサ」を使われた。

異物感なんてもんじゃない、
この世の恐怖を凝縮したような不快感が体中を駆け回り、
徐々に水に沈むような感じで気が遠くなっていった。
…意識がなくなる寸前に誰かの意識を感じた。

水の化身のような女性…単眼だった気がするけど
『大丈夫。
貴方は影を受け入れ、闇に抗える力がある。
私の水の力を使いなさい。』
と言って、それは俺の意識を引き揚げ、
俺は目が覚めるまで必死にもがいた。

で、目が覚めたら俺は水のように融け、拘束から外れていた。
起きようとして水のような状態から元の姿に戻った。

隣のライドはなんと炎を纏って起き上がった
拘束も焼き切ってしまった。…本人は熱くないのか?

仮面の奴はそんな俺達を見て驚いたようだった。
ついでに感心しているようでもあった。
「おお…確実に適応し、力を得るとは。
…素晴らしい!このアンプルには何が秘められているのだろう?」

「多分液体の中に人が融けていたんじゃないのか?
俺を助けてくれたし、まだ中にいる気がするから。」

そいつは「なるほど」とメモしつつ聞いていたが、
ライドはなぜこうなったかを理解しておらず
「なんだかわからねーけど、危ねえじゃんか!
太陽みたいな眩しいおっさんが助けてくれたけどさあ」

そうやって強く拳を握りしめたとき、激しい炎が拳を纏った。
ライドも驚いたようだが、思い切って仮面のやつを殴り飛ばした。
そいつは仮面は砕け散ったが、体中から血が流れ、
複雑骨折してしまったようだ。

自分でやっといてこの有様を見たらきょとんとして
「え?オレ…そこまで強かったっけ。」
確かに普段のライドとは思えないほどに強くなっていた。
変異ってこういうこともあるのか?
じゃあ俺もと壁を蹴破ってみることにした。
なんだか自然に水の力が使えるようになっていて、
水を纏ってみたらウォーターカッターのように鋭く切れた。

施設内で非常サイレンが鳴り響き、
「ここまでやらかしたら大変だ」と驚いている暇もなかった。

部屋から出るときにズシンと頭痛がして、
ここから、俺達はシャドウを認識してしまった。
ドロップだっけ、丸っこい黒い奴が各部屋を覗くように群がっていた。

ペットか何かかと思っていたが、勘で危険だと感じた。
「なにあれ?可愛いけど…ヤバくね?」
「まさか、影ってアレのことか?」

ドロップは一斉に襲いかかってきた。
…すぐ囲まれたものだから背中合わせでやるしかなかった。

なんとか倒すことで頭でいっぱいで、
考えなしに脚で蹴り飛ばして、素手で殴り飛ばしていた。
普通ならこいつら、肉体技が通じないはずなんだよ。
通用してるってことは…これも汚染変異ってやつか。

…にしても数が多すぎた。
もう駄目かなって時にエルバート先輩が単身で来て、
俺たちを見てすぐに機関銃であっという間に奴らを全滅させた。
やっぱ強え。

「チッ、お前ら…二人仲良く奴らと戦えるってこたぁ、
事件現場は確かにここだな…。」

「た、助けてくれてありがとうございます。先輩。」

なんで先輩はここに来たか聞いたら誘拐改造事件という事で
俺たちと同じように事件を探っていたらしい。
で、捜索中に俺たちの気配がして、後を追ったんだそうだ。
一応俺達も何をしていたのか言った。
「オレ達もオレ達なりに事件を探ってたんすよ。
捕まっちゃったけど。」
「その後に仮面の変人に黒い注射を打たれて…」
と黒い注射と聞いた瞬間、焦って俺たちをジッと見て
少し経ってからホッとしていた。
「黒い注射っておい、本気で大丈夫か?
…診た感じ全く大丈夫そうだが。
アイツとはまた違う方向で適応したってのか。」

先輩が「危ねえから」と潜入に付き合わせてくれたので、
内心ワクワクしながら同行した。
10個くらいある実験室に必ず仮面の奴がいた。
でも体格がバラバラで、
行方不明扱いの人達に似ているような気がした。

明らかに他のと違う扉の前で先輩は立ち止まり、
「ボスらしい奴がここにいる気がする。
…お前らは仮面野郎には勝てるだろうから
そこでちょっと待ってろ。」と言って俺たちを待機させた。
案の定、目の前に仮面の奴が二人現れた。
グレーの服だから別人なのはわかった。
まだ何かを仕掛けてくる気がして、俺達は自然と構えていた。
ライドは拳を強く握って強い炎を纏った。
すると仮面のやつはそれに反応して
「その強烈な炎は…スピサ氏の物だな?」

スピサ…ライドを助けたという『太陽みたいな眩しいおっさん』の事だろうか?

仮面の二人も
スピサテルマのあの二人の力を得た貴重な実験体だ。
止めるぞ」と片方は黒い剣、もう片方は薙刀を構えた。
こいつらもなんか自警団の誰かに似ている気がした。

先程の仮面は油断していただけだったんだろう。
あまり動きなれてなさそうだが、
それでも力は強すぎてただの肉体技で戦うのは難しかった。

ならばと俺は水魔法、ライドは炎魔法で応戦しようとした。
…俺達は魔法まで自然に使えるようになっていた。
魔法はしっかり通用したが、やはり敵は仮面が本体なのか、
体がどれだけ傷ついても平気で動く。

俺は水になるからあまり傷つかなかったが、
実体のあるライドは鼻を深く切った。
あの剣に毒か何かを仕込まれていたのか、
喧しく悶えてしまった。
そんなもんで治まらないと分かっていたけど、
とりあえず手持ちの絆創膏で塞いだ。

ドアの向こうでは激しい銃声が鳴り響き、
何かが割れる音がすると同時に仮面の奴らも止まって倒れ、
仮面が外れた。
思ったとおり、自警団の人だった。

先輩が少しボロになって部屋から出てきた。
多分チームIFと通信してるのでライドを少し黙らせた。
「こちらエルバート。事件の中枢で
人工シャドウ化、それの制御の実験をする男が一人いた。
そいつは処分済。
多分部下らしい奴らは実験体、
二人だけが一応無事だったので保護した。
…っておいヒュージ、ライドのその鼻はどうした。」

絆創膏をそっと外したが、
思った以上に早く傷んでしまっていた。
「うわ、治しても一生痕が残るな…。
ちょっと野郎に聞くわ。」

と、俺達と自警団の人達の対処を相談していたようだが、
チームIFのマスターだというリアの声が漏れて聞こえた。

今なら言ったらこっ酷く怒られるだろうけど、
当時はマスターとは思えないほどに威厳がなさすぎる、
本当に気の抜けた口調だと思った。
でも言っていることが黒服の仮面の奴に似ていた。
つまり怖い。
『…フム。二人揃って特別な素質があるのは確かだし、
何より二人の中に盗まれた我が師匠達の欠片があるとなると、
…野放しには出来ないねぇ。なら話がしたい。』

通信機をスピーカー式にしたのか、
こちらにもはっきり聞こえるようになった。
男か女か全く分からない。
そんな中性的で、やけに若い声で話しかけられた。
『やあ、ごきげんよう。
我々はチームIFのマスターを務めるリアだ。
ああ、君たちのことは知ってるよ。』

チームIFのメンバーと話すことはあっても、
マスターと話したことなんて一度もなかったから
俺は緊張してしまった。
でもライドのバカはまったく畏まる気がない。

「ど、どうも、はじめまして…ですよね?」
「マジかよチームマスターって、義勇軍でトップクラスなんだろ?
しかもIFだから最強じゃね?」

…タメ口で話されても全く機嫌を損ねる様子もなかった。
型に囚われないのか、普段からタメ口の奴がいて慣れているのか…。
『それはそうと人が多い場では話しづらい。
ちょっと私の下に来てくれ。
あ、エルバート君は後処理も頼む。』

そう言った直後に目の前の景色が一瞬で移り変わった。
瞬間移動って奴か?でもライドは側にいなかった。

俺がいたのは何かの実験室としか思えない場所だった。
先程俺達が酷い目にあった場所とはまた違う、
そこよりは清潔だけど、血の匂いがした。

それで俺の目の前には…なんだろ、
青髪で、顔が暗闇のように何も無くて黒いヒト?がいた。
多分声の主であるリアはこのヒトだろうとすぐに分かった。
「やあヒュージ君。私がリアだ。
呼んだのは大事な宝物が君たちの中にあるんでね…。」
ぱっと見では気さくなんだけど妙な威圧感がある。
それに何故かライドが居ないとなんか不安になる…。
「ああ、ライド君のことかい?
安心したまえ、うちの治療班に移しただけだ。」

あまりにも異様なのでジロジロ見てしまったからか、
リアさんも俺をジッと睨んでいるような気がした。
それから「なるほど、君にはそう見えているのか。
うーむ、スピサさんと似ているな…。」と言ってきた。
俺にどう見えてるのか見抜かれた。
そういえば『他人の視界を借りて物を見る者もいる』って噂があった。
それか?
でも気が抜ける声だから何考えるのかさっぱりだ。

そうやって15分位経って、
ライドが鼻を治した様子で俺の所に来た。
凄く元気になって喧しいが、
先輩の言う通り、鋭い傷跡が残っていたし、
鼻の傷があったところに絆創膏のような物がついていた。
「おーヒュージ!お前こんなところにいたのか!
そんで何だこの人。顔が真っ黒だな!」
え、俺と同じ見え方?

リアさんはまあまあといった仕草をしてから
なんか変な本を取り出して、
真っ黒なページをペラペラ捲りながら
「そんな事より、君達。
唐突だがうちの軍に入ってくれないかな?」と言った。
トップに勧誘されるとかなにそれ。

でもあんな化け物が身近にいる事を知った以上、
戦うことは避けられないし、
何かしらの組織に入ったほうが今後も有利だろうな。
でも…「俺は今後のためにも入りたいです。
でも、専門的な訓練を受けたことがないんでまともに…」
「じゃあ戦えるように頑張ればいいんだろ?」
ライドに遮られた、でもその単純な考え方が出来て良いよお前は…。

それにリアさんにニヤニヤされてる気がしてならない。
顔は見えないんだけど。
書類を俺達の前に置いて、
「さて、この資料に目を通してからサインしてくれ。」
滅茶苦茶分厚いのかと思ったら、
一般的なパンフレットくらいの薄い物で、
赤い刃のシンボル。前線のチームリュビの物だった。
よく見たら小隊長クラスが少ない。
まあ、それだけ前線は危険だってことなんだろうけど。

一方ライドは目を輝かせて読んでる。純粋か。

そこでリアが変な本を閉じて
「失礼ながら君たちのことをちょっと調べさせてもらった。
君達は別々ではなくタッグを組んだほうが良さそうだね。
そうせざるを得ない能力を有しているようだから。」

確かに何となくライドとタッグを組まないと困る気がする。
ライドは「え、背中合わせで戦うってことか?何それクールじゃん。」
バカ、ビジュアルで考えるな、
二人でいなきゃまともに戦えない感じの能力があるってことだよ。

そう言いつつサインを済ませ、提出した。
試験もシャドウの殲滅という割と簡単なものだった。
よもやこんな形で義勇軍に入れるとか思いもよらなかった…。