Cadre小噺:夜雨の雀

主観:レイチェル

珍しくエルバートが飲みに誘ってきた。
夜の1時頃にバー「ルクスリア」に行く約束だ。
僕は30分前に来て、
出入り口から一番遠い窓際のテーブル席で
スカイ・ダイビングを飲みながら
窓の外を眺めていたが、酷い雨だった。
でも僕が来る前は降る予兆もなかったんだ。

傘では耐えきれないかなってくらいの激しい雨。
ろくに明かりがないと見えないほどの暗闇。
そんな雨のせいで今の所、お客は僕だけだ。

僕ら、レヴィアタンの分身体なら
多少の雨は予知できるはずだが、
一番超能力の弱い僕でもわからなかった。異常なんだろうな。

それで、何故かエルバートは
一時間以上経過しても来なかった。
あいつは時間に厳しいはずだ。
何かあったんだろうとチームIFに連絡した。
「うちの弟がなかなかバーに来ないのですが…
そちらで何かありましたか?」

応対したのはリアだ。
『レイチェル君か。
エルバート君は…アクシデントに遭ってるな。
でも確実に来るから用意でもして待ってなさい。
あとごめん。助けに行けない。』
と言っているので僕は心配になりつつ、
「さいですか。ありがとうございます。」
と通信を切った。

店主であるエルニーノさんが隣に座り、
こんな噂を話した。
「最近ね、雨の降る真夜中に道行く人を攫って
生命力を吸い取る鳥がいるって噂があるの。」

なんかエルのアクシデントに関わっていそうなので、
真剣に聞いた。
「…噛まれるとあの子のように衰弱して、吸血性を持つようになるそうよ。
お客のひとりにそんな人がいるの。
あ、感染症のような病気であって、ヴァレンタイン公とは違うわよ。」
と話している最中に

「…すまん、遅くなった…。」
エルバートがびしょ濡れになって来た。
カウンターに備え付けられていたタオルで水分を拭き取り、
フラフラと僕のいるテーブルに来て
向かい側の席に座り、背もたれにもたれ掛かった。
よく見たら形態が人間に近い休暇用の型で
緊急戦闘用の形態だった。
何があったんだ。

僕はとりあえず
ホット・バタード・ラム・カウでも頼んで、落ち着くのを待った。
びしょ濡れだったし、いかにも寒そうだからだ。

落ち着いてから薬を咥え、いつものしかめっ面で
「ケッ…せっかく休暇がとれて
久しぶりに兄貴とのんびり話せると思ったのに、
人間もどきのバケモンに邪魔されてこのザマだ。」

「具体的に何があったんだい…
精神的にきつそうな感じだし、無理のない範囲で。」

「約束の一時間前に向かう途中、
カラスのようなバケモンが空から襲ってきてさ、
俺を軽々と持ち上げて路地裏に連れ去っては地面に叩きつけたんだよ。
この辺でこんなことが起こってたとか知らねえもん。
えーと、具体的にそうだな…」と言って語ったが、

一応僕的に概要を書くと、
そいつは一般人の平均身長と同じ大きさの鳥型。
鴉のように黒くて痩せぎす。
ペストマスクの様な無機質な頭で、
細くて鋭い嘴を首に突き刺して、
蚊のように毒を着けて、生命エネルギーを啜る。
…吸血性の捕食系だね。

そいつはエルバートに対して
苦い汁でも飲んだかのように不味そうに
鴉のようにギャーと鳴き叫んだ。
脚でぶっ飛ばしてから撃とうとしたら、
逃げられたらしい。

それで、話を聞きながら観察していたが、
エルバートは薬を咥え始めてから気怠さがなくなってきていた。
僕はそこを指摘した。
「なあエル。その毒って例の精神毒ではないかい?
吸血体質になる感染症もあるようだけど。」

エルバートはハッと気づいた様子。
相変わらず自分の事は気にしないんだな。
「…大事になる前に、早めに俺達で対処するか。」

今の彼の体は普段の物と違う型…基本型?なので
普段の戦闘武装と比較すると劣るけど、十分戦える。
勘定して出ていき、

僕らはそれを聞いてから撥水コートを羽織り、
適当なライトをつけて現場に向かった。

窓から見えた通りなら、
豪雨と暗闇で周りが見えにくくなるはずだけど、
僕らには視界が晴れて見える。
それに、僕ら兄弟が揃えば、
察知する「心」の力は完全となるから問題無い。

それで、雨音がよく響く路地裏に着いて
周囲を見回すと、大型の鳥に取り囲まれていた。
ざっと6体くらいで、
たしかに証言通りの姿をしていて、
液体状の宵闇のような黒い翼。人くらいの大きさだ。

見た感じ奴らは水属性だから、
メルビレイの水属性の刃は効きにくいだろうと思い、
雷属性の黄色い魔石を装着した。

あと何となくとある吸血鳥にちなんで…
「なんだい夜雨の雀さん。
僕らを堕落に誘う気ならその羽根を切り落とすぞ。」とジョーク交じりに言った。

エルバートは銃を構えつつも僕を見てポカーンとした。
IFにそういうノリの者がいるはずだが、真面目だなほんと。

エルバートによって負傷したと思われる個体が
鴉のようにガァと鳴いて、一斉に襲いかかってきた。
何度も書くが、人くらいの大きさだし、
穢れを感じ取れないからシャドウではない、妖魔だ。

奴は僕を掴みかかろうとして来た。
僕は避け、片手で首根っこを掴んで投げ飛ばした。
「ギャア」って情けない鳴き声を発してグッタリした。

いちいち掴みかかってくるので軽く足を切りつつ、
振り向いて見るとエルバートの銃は効いていたが、
普段より弱いから手こずってるようだ。
その内やきもきして
「あーもう、クソッ。」
とバッグから黒い追加パーツを取り出し、
左腕に装着しようとしているが…焦っているのと
雨で手が滑ってガチャガチャと上手く取り付けられないようなので、
守りに徹することにした。ホント落ち着いてくれ。

3体ほど嘴を切り落としたところで
やっと装着でき、
一発放つと一体のコアを一撃で破壊し、消し飛ばしてしまった。
極端だ。
しかしその分反動もあるようで、
一発打つごとに痛がり、5発撃った所で腕が壊れた。
まあ元々腕はないから平気だろうけど。
うまく腕が浮遊できていない。

で、ぐったりしていた個体がやっと起きあがって、
僕に噛みついてきた。
僕の体は外見によらず異常に頑丈なので
ちょっと痛い程度で全然歯が立たないが 
嘴の先が刺さって毒が入った。

ただでさえ激しい雨に打たれて
少し疲れてるのもあり、軽く目眩がした。
エルバートはこの精神毒を一日数回、
一ヶ月間注射されていたのか…。
この鳥たちの毒に穢れはないとしても。

彼は僕をハッと見て「あ、兄貴!」と言って
僕のメルビレイを取って投げつけた。
刃はコアに刺さり、鳥は「ガァ」と言って水玉のように破裂した。
メルビレイはカランと落ちた。

最後の一体を倒したところで激しい雨が収まってきた。
タイミング的にあの鳥達が雨を降らせたんだろうか。
なかなか面白い奴だなあと思った。
緊張が途切れたからか、毒が回って頭が朦朧として倒れた。

その後、僕はペリドットで治療を受けた。
まだ軽いものだったので精神毒、感染症も完治したけど…。

エルバートの体は当分修理するとのこと。
腕がちぎれても手は稼働するが、
この型は戦闘を想定されていない物なため、
無理にカスタマイズした左腕は過負荷と衝撃でボロになっていた。
うまく浮遊できなかったのもそのせいらしい。

いつもの戦闘型に変えて
「…すまん。」と一言だけ。

ほんと、せっかくの休暇が台無しだよね。