米国株師匠🍅アウトライヤー寄稿62
米国株の師匠🍅アウトライヤー様からの寄稿🍅第62回を全文無料で皆さまにお届けします。
🍅🍅
弟子のNEOさんへ
アウトライヤーより。外れ値です。でも異常値ではありません。
笑って許してくださいね。ごゆるりとお時間ある時ご覧になってください。
背景にある経歴:80年代後半から、ペインウェバー証券会社、メリルリンチ証券会社、ベアー・スターンズ証券会社等々の外資系証券会社東京支店法人営業部門に勤務。外資系企業生活で24年の歳月が流れました。
ペインウェバー証券会社ニューヨーク本社にて、2名のメンターのもと、米国株式業務を基礎から習得。なぜ、2名だったかと言いますと、フロントオフィス業務用に1名=MIT出身のトレーダーで数学者、バックオフィス業務用に1名=米国では名の知れたバックオフィスの専門家でした。当時、NY証券取引所にもしばしば、足を運び、入り口から出口まで、叩き込まれました。その後、日本国内の機関投資家向け外国株式営業に携わり、メリルリンチ証券会社とベアー・スターンズ証券会社では、それぞれ東京支店法人営業部門外国株式営業部長として、東京、ニューヨーク(ウォール街)、ロンドン(シティ)を中心に、アジア諸国も含めて、世界中を飛び回りました。グローバル株式・金融業務に従事する上で、メリルリンチ証券会社では、当時のメリルリンチ・グローバル株式営業部門におけるアジア地域2名のグローバル・エクティ・コーディネーターの1人として、米国株式を中心に、グローバルに株式業務推進役の職責も兼務。(この時とっても楽しかったです)
2012年2月に外資系企業生活を終えました。
同2012年年春から、日本企業の顧問に就任。
一貫して、この30年超の期間、何度も何度も現地に足を運び、そこにいた人々と直接仕事をした事を含めて、アメリカの金融政策、アメリカの株式市場を見つめてきました。
第61回から続く
皆さま、昨日第2回のスペース、大変ありがとうございました。
本日、第62回の寄稿は、11月27日(日)17時~からの第1回のスペースの時にお話させて頂きました原稿内容を、ノートとして、寄稿させて頂きます。
皆さま、どうぞ宜しくお願い致します。
11月27日(日)17時~
テーマ
「インフレ率上昇とポピュリズムの台頭~アメリカ」
アメリカ株・金融市場と実体経済
背景振り返りながら。今、そしてこれから~
80年代以降のウォール街の歴史と共に
全10章での構成です。
はじめに~事実に即して~
第1章~現在の立ち位置
第2章~10年ひとくくり~ウォール街、1980年代の10年間
第3章~10年ひとくくり~ウォール街、1990年代の10年間
第4章~ウォール街で見た人材、人材育成のかたち~ウォール街の歴史と共に
第5章~10年ひとくくり~ウォール街、2000年代の10年間
第6章~10年ひとくくり~ウォール街、2010年代の10年間
第7章~アメリカ、ポピュリズムの台頭、その土壌と背景。
第8章~2020年代、パンデミック、そしてインフレ
第9章~2020年代、インフレ率上昇、株式市場の今とこれから
第10章~スペースのおわりに
はじめに~事実に即して~
第1章~現在の立ち位置
マーケットにおいても、自分の立ち位置や自分がした選択くらいは、ノートしておきたいといつも思っています。
アメリカ、アメリカ株。
ニューヨークやワシントンDC、LA,シカゴ、ヒューストンなどの大都市と他の地方都市は、全く異なりますが、せっかくアメリカでありアメリカ株をごらんになっていらっしゃる皆さまですから、機会あれば、ニューヨークへも足を運んで頂きたいと考えながら。
さっ~と立ち位置確認した上で、本題に入ります。
今、僕が立っている位置につきましては、
インフレ顕在化~CPI総合7.7%(前年同月比)コア・CPI 6.3%前年同月比
前回のFOMC75ベーシスポイントの利上げ。全会一致。
政策金利(フェデラル・ファンド・レート)~3.75-4%。コスト0.125
3月から上げ始めて、ここ4会合連続で75ベーシス利上げしてきた。
"Cumulative tightening" and "lagged impact"~(ニュアンス)(これまで積み重ねてきた)累積的な引き締め、そして、その累積的な引き締め効果・インパクトは時差を伴って、引き締めそのものから遅行して効果・インパクトが出てくる。(引き締めが経済とインフレに与える遅効性)それを見てみたいFRBハト派
平時でも、政策金利を引き上げるという事は、その引き上げ効果が実体経済に反映されるのに、少なくとも半年、ともすれば、それ以上の時間がかかるという事実です。
米国連邦準備制度理事会(FRB)は3月15、16日に連邦公開市場委員会(FOMC)を開催し、政策金利であるフェデラル・ファンド(FF)金利の現状の誘導目標0.00~0.25%を0.25ポイント引き上げ、0.25~0.50%とすることを決定した。
そこからこの11月で8か月たったので、効果をみたい。
リセッション(景気後退)来るの?まだ来ないの?ゴールドマン・サックスのチーフ・エコノミスト、ヤン・ハチウス氏の2023年のリセッション確率35%。しかしながら、ちまた、世間では、もうすぐそこにリセッションが来ているような。
NBER(全米経済研究所)11月半ば現在では、リセッションの確率おおよそ10%。でもアメリカでは、もうリセッションの最中じゃんと思っている人達も多くて。
実際、実質GDPが2四半期連続してマイナスというテクニカルなリセッションは既に今年経験済。これを、選挙もあってか、イエレン財務長官は、リセッションとは呼ばなかった。
We go from here. ここから行きましょう。
第2章~10年ひとくくり~ウォール街、80年代の10年間
いつの時代も熱狂 宴、宴の後、その熱が冷めた後
80年代、90年代、00代、10年代、20年代
いつも00,01の年からはじまって、その10年の中で8のつく年、9のつく年、それが今回、パンデミック、そこから起こったインフレで、そういう目で見ると、ずれ込んでいるようにも見えますね。
10年ひとくくり
さて、ウォール街、ってだいたい10年ひとくくりで見て来てまして。それは。英語で10年のことDecadeって言いますけど、まあ、1ディケイド、ワン・ディケイドでどうかってことですね。
僕が仕事始めた80年代は、ウォール街はM&A(買収・合併)の時代。大きな会社が小さな会社買うってことだけではなくて、業界3位の会社が2位の会社買って、1位の会社を追い越す会社になるぞ~とか。
象徴的な例~レバレッジド・バイアウト(借り入れを用いた企業買収)
RJRナビスコ(食品、たばこ)は、1988年にコールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)・ニューヨークを拠点とする国際的投資会社によって、レバレッジド・バイアウト(LBO)によって買収された。コールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)は、未公開株、エネルギー、インフラストラクチャー、不動産、クレジット、ヘッジファンドを戦略的パートナーと共に運営しているLBOの先駆、最古の米系PEファンドでいわゆるPEファンドの元祖的存在。この買収は、企業や経営者の強欲さの突出した例として広く知られている。
強欲、greed, corporate greed 企業の強欲さ
ところが、80年代終わりごろ、ブームが去ると、昨日まで肩で風切ってあるいていたインベストメントバンカー達が、仕事失って、新しい名刺作って、履歴書持って仕事探し。部署ごと丸ごとなくなってたりとか。
ウォール街には、80年代、90年代たくさんの投資銀行が存在した。
ウォール街で、ジャンク・ボンドで一斉を風靡した、ドレクセル・バーナム・ランバート。映画ウォール街のモデルにもなりました。マイク・ミルケン氏、俳優のマイケル・ダグラスが演じて、セールスマンを、俳優のチャーリー・シーンが演じて。ドレクセルがなくなった時に、ジャンクボンド時代の一時代の終わりを感じさせました。
今、振り返ってみると、80年代に限らず、長い時代を通して、LTCMのジョン・メリウェザー氏が副会長を勤めたソロモンブラザースやシェアソン・リーマン・ハットン(昔のEF.ハットンをシェアソン・リーマンが買って)、キ゚ダー・ピーボディ。スミスバーニー、クレディスイス・ファーストボストンなど、様々な投資銀行の名前が、かつてはありました。ソロモン・ブラザーズ(Salomon Brothers)は、1910年にアメリカで設立された名門投資銀行。最大手のプライマリ・ディーラーとして発行国債の独占的獲得を謀ってきたが、1991年に不正が露見したのでレポ市場の独占は阻止されてしまった。一方、マイケル・ミルケンのドレクセル・バーナム・ランバート(グループ・ブリュッセル・ランバート子会社)が内部者取引を摘発されて穴をあけたジャンク債市場で、ソロモンは10億ドルのポジションを占めた。
ソロモンは、1998年にスミス・バーニーと合併しソロモン・スミス・バーニー (Salomon Smith Barney) となった。
競争と淘汰の時代でもありました。
第3章~10年ひとくくり~ウォール街、90年代の10年間
90年代、資本市場、キャピタルマーケッツの時代。
これは、IPOs新規の公開株と公募増資の時代。
キャピタル・マーケッツを使って、資金調達する。資本市場を使って、ビジネスを集大成する。新しいビジネスを構築する。
資本市場を使って、pay down debt借金を返す。
株を公開して、上場して、お金持ちになる。
目的は様々ですが、そういう資本市場の時代でした。
まあ、アメリカの場合は当時、ニューヨーク証券取引所上場で、失敗しても、ナスダックという受け皿がある。またそこでやり直せると意識も旺盛にあったことなどから。
NASDAQ(ナスダック、National Association of Securities Dealers Automated Quotations)は、1971年に全米証券業協会(National Association of Securities Dealers、略称:NASD)主催で世界初の電子株式取引所として設立された証券取引所。世界的にも時価総額でニューヨーク証券取引所(NYSE)と並ぶ規模を誇る。
NYSE=ニューヨーク証券取引所(New York Stock Exchange), 頭文字をとってNYSE)は、アメリカのニューヨークにある世界最大の証券取引所である。通称「ビッグ・ボード(Big Board)」。
Exchange. 価格と価格が出会って、exchange 取引される、NASDAQは、取引所取引ではなくて、NASDAQの事をOver the counter 店頭取引と呼んでいた。店頭市場とは相対で取引をする市場。NASDAQは全米証券業協会自動気配表示システム(National Association of Securities Dealers Automated Quotations)と呼ばれる電子システムの略称。新陳代謝を繰り返しつつ、米国・世界を牽引する企業を輩出。
『ナスダック市場』は順調に拡大し、2020年12月末の上場企業数は2,933社。また、ナスダック総合指数の時価総額は同19.1兆ドル(1,968兆円)と、10年間で4.7倍に拡大。同期間のS&P500種指数の時価総額は2.8倍ですので、『ナスダック市場』の成長性が際立っており、魅力的です。しかし、新興市場であるがゆえに、銘柄の出入りが大きいのも特徴です。厳密な情報開示が課されているため、公開基準は緩やかで上場しやすい反面、常に新陳代謝を繰り返す、競合の厳しい市場が『ナスダック市場』です。
何をするでも、情報開示・dislcosure こそ大事なのです。
マーケットメイカーたちがいて、NYに行くと、当時のメリルなどでは、
当時円形にトレーダー達が、陣取って、マーケットメイク・値付けしていました。
値付け幅(ビッドとオファーのスプレッド)が後にかなり問題として取りざたされ、その後、改善されてきました。
失敗したら、許される限り、何度でもやり直す。何回でも。みたいな。めげませんからね。日本の今の市場構成も、もとは、随分、これを参考にしたようですね。
日本の東京・大手町の街づくり見ていても、金融街、マンハッタンを随分参考にしているんだろうなとは思います。
たとえば、IPO。hot issue、加熱して儲かるから買う。
その時だけという投資家は忌み嫌われていました。
投資家の背景、資金の性質にもいろいろあります。
たとえば、年金、投資信託、エンダウメント(大学基金)
アメリカの大学等の財団、寄付金等を原資にして設立された基金、エンダウメント、この財団における投資のガバナンス構造のことを意味している。
年金~プルーデント・マン・ルールは、年金の運用など、他人のために資金の運用を行う受託者に課せられる義務で、「受託者は、専門知識を持った思慮深い投資家であれば、当然そうするように経済状況やリスクなどさまざまな要因を考慮して、思慮深く運用を行わなければならない」というものです。
Prudentは「思慮深い、分別のある、良識的な」を意味する英語です。
プルーデント・マン・ルールは、日本語では「思慮深い投資家の原則」などと訳されています。
レッドへリングと呼ばれる仮目論見書をもって、説明会をしたりするわけですが、その会社を買うという発想の投資家であることが大事でした。いわゆる、IPOでは10万株買う。でも上場日、上場後、初値が付いた後、その初値の1ドル下、指値して、もう10万株買おうとするとか。そういう投資家が真の投資家として評価されていました。中長期的視点で。
ホットイッシューで儲かったから、上場後すぐ売る、フリップする。そういう投資家は、フリッパーと呼ばれ、以後相手にされることはあまりありませんでした。ウォール街の厳しさの一例です。
資本市場を利用して、1993年は、REIT(不動産投資信託)の上場ラッシュの時代でもありました。米不動産王サム・ゼル氏など。
そして、唯一、金融政策のマエストロ・アラン・グリーンスパン元FRB議長(ボブ・ウッドワードが、マエストロという本を出版、ボブ・ウッドワード氏はワシントンポスト伝説の記者。大統領の陰謀という映画のモデルにもなった方です。映画では相棒のカール・バーンスタイン氏を俳優のダスティンホフマンが演じました)米経済を景気後退に追い込むことなく、金利を引き上げながら、ソフトランディングさせた1994年、1995年当時。
特に、1994年当時は、投資銀行で働いていた人達が、投資銀行を止めて、ヘッジファンド設立に走るブームの年でもありました。
やはり、1998年、8のつく年、ロシア危機、LTCM破綻。
98年ロシア危機。ロシア国債に大量投資していたドリームチームLTCMがおかしくなってしまって。当時NY連銀のマクドノー総裁がウォール街の投資銀行に声かけて音頭とって。秩序だったポジションの解消に導いたんですが。この時、ウォール街の中で1社だけ、ベアー・スターンズがそれに乗らないで。自己責任じゃ~ンって。アラン・エース・グリーンバーグ会長がそういうスピリットの人でもありましたから。なにせ、「Ph.D.」「Doctor of Philosophy」日本でいう博士号はいらないから、PHDではなくてうちはPSDだと。これこそこそ大切なんだと。Poor, Smart, Deep Desire to be rich. 有名なエコノミストとして、現世界銀行総裁・デイビット・マルパス氏をようしていました。
また、トランプ政権で国家経済会議委員長務めたラリー・カッドローが追い出された形で社を去り、代わりにFRB理事を退任したウェイン・エンジェル氏をチーフエコノミストにアポイントしたなどという経緯もありました。
トランプ氏、自分が連れてくれるのは常にベストピープルだと吹聴。
それで、ラリー・カッドロー氏。どこが?誰が?ベストピープル?
その時点でどうよ、これ?というイメージさえありました。
”Bear Stearns has a thing about hiring provocative economists. To replace ousted chief economist Lawrence A. Kudlow, who left under a cloud this winter, the investment firm has hired former Federal Reserve Governor Wayne D. Angell, 63, a contrarian thinker who wants the Fed to pursue zero inflation by targeting the price of gold. ”
第4章~ウォール街の人材、人材育成のかたち
僕は、もちろん、アラン・エース・グリーンバーグ会長の薫陶も受けましたけど、なんだか、すごくかわいがってもらたのは、ジョン・スレード名誉会長の方で。彼と彼の男性秘書(おつきの人達)2名と4人でご飯行ったり。
オリンピック選手でホロコーストの生き残りの方で。
ホロコースト~ホロコーストとは、ナチス政権とその協力者による約600万人のユダヤ人の組織的、官僚的、国家的な迫害および殺戮を意味します。 「ホロコースト」は「焼かれたいけにえ」という意味のギリシャ語を語源とする言葉です。
ホロコースト・ミュージアムをフォローしています。
生き強い方。それはもう紳士で。「今回、君はどこに滞在してるんだ、ホテルは?」僕「はい、○○です」とかって答えると、あそこは確か昔、ヘルムズレーが持ってただろ?もともとは?違うか?とかっておつきの人に同意を求めたり。ニューヨークの歴史そのものでした。
ビル・クリントン大統領とも親交のあった方です。お2人で映った写真も飾ってたりで。すごくウォール街の人材をたくさん育てた方です。たくさんの運用会社から、駆け出しのファンドマネージャーさんを研修員として預かって、一定期間。で、育てて、みんな、お世話になりましたあ~って自分の会社に帰って行って。その後、会社の中で、相当のポジションについて、意志決定などで需要なポジションから、ベアー・スターンズだけはいつも大事にするみたいな文化が昔はあったそうです。
人材育成
まあ、僕が一番駆け出しだったころは、メンターから、ウォール街ってところは、
Everybody is replaceable. If you don't like it, the door is right there. Get the fuck out of here. 全員取り換え可能。嫌なら出口そこ。生き残れよ~、みたいな(笑)文化ですね。
そこで耐えられないとnowhere to go. 行き場所ないよみたいな。
そういう時代、そういう場所だったんですね~
ウォール街の人材育成という事において、忘れてならない人、90年代、思い出に残っている、メリルリンチの元CEOデイビット・コマンスキー氏。昨年9月27日、82歳でご逝去されました。訃報は世界中を瞬時に駆け巡り、ニューヨークタイムズなどでも大きく取り上げられました。
私、私達が直接ご本人から、その薫陶をニューヨーク、東京で受けて参りました、
彼が愛された言葉や愛用していた嗜好品などを思い出しながら、昨年、今年と、元同僚と共に、黙とうを捧げました。
CEOに就任するずっと以前から、東京訪問時には、私の仕事のサポート等も精力的にしてくださり、一緒に取引先を訪問させて頂いた頃が、昨日の事のように思い出されます。ニューヨークでも、東京でも、お会いすると、Forget about yesterday. Think about tomorrow.「昨日の事は忘れろ。明日の事を考えろ」と笑顔でお声がけしてくださった、その笑顔を忘れる事はありません。
東京にて、ごく限られたメンバーで、ディナーをご一緒させて頂いた際、当時、私がメンバーの中で一番若かった事もあり、氏のすぐ真横どなりに座って、薫陶を受けた事もありました。素晴らしい時間を過ごさせて頂きました事に、今でも深く感謝致しております。
コマンスキー氏が、その後、ウォール街で採用した人材が、どれほど、その後のウォール街の発展に今日まで寄与したきたか、その人材たちが、メリルリンチに限らず、様々なウォール街のバルジブラケットのリーダーシップをとってきた事、ウォール街やメディア関係者、多くの人達が敬意を払い、認めている事でもあります。
今の時代で申しますと、現JPモルガンCEOのジェイミー・ダイモン氏が、シティグループ元会長であるサンディ(サンフォード)・ワイル氏の薫陶もかつて受けたように、それぞれのお立場で、それぞれに心に残る師、恩師が、いらっしゃるのではないかと推察致します。ウォール街の歴史ですね。次につないでいくという。
ハーブ(ハーバート)・アリソン氏、メリルリンチで社長を務め、連邦住宅抵当公庫 - 連邦住宅抵当公庫( Federal National Mortgage Association, FNMA)など、数多くの米企業のトップを務められた方です。
オバマ大統領と大統領選を争った、ジョン・マケイン上院議員(アリゾナ・共和)の経済アドバイザーも務められました。
僕自身が、メリルリンチのエクティ・コーディネーターを務めた折、そのグローバル・カンファレンスがニューヨークで開催され、ハーバード・クラブにて、ウォール街における昇格と降格について、氏と、ついつい話し込んでしまった、懐かしい思い出もあります。
ウォール街変化の時代。いつも変化していますが。
コ万スキー氏は、よく、90年代、2000年代、未来のウォール街を動かして行くのは、経営大学院の卒業生たちになるであろうとおっしゃっておられました。
ファンシーMBAの時代
このころ、僕は、東京支店法人営業部門を代表して、アメリカで、MBA経営大学院で勉強する日本人の学生さんの採用担当者でもありました。その当時、僕が持っていた会社からお預かりしていた使命、権限は、東京支店法人営業部門全体その採用についての全権。法律上の規制から、投資銀行部門は、また別の方がその役割を務めておいででした。
良い方がいらっしゃれば、いた人数だけ、東京へ連れて帰ってくること。残念ながらいらっしゃらなかった場合は、一人で帰国する事。まあ、現実は、一人で帰国なんですけど。フィジカル・物理的な動作は別として
本社の人事部が全米から応募してくださった学生さんをニューヨークに集めて、2日、3日、かん詰めで、朝8時から夕方6時まで、30分ごとに面接させて頂きました。たくさんの方々とお会いさせて頂きました。
30分という限られた時間での1対1での機会ですから、
如何に、学生さんが、どのようなご質問をなさるかに、当時は注意を集中していました。皆さんに知識と知性があるのはわかりますから、英知・知恵(wisedom)の部分を拝見させて頂こうと思っていました。
理論物理学者・リチャード・ファインマン博士のクォート
引用
・知識とは、正しい答えを持つためのもの
・知性とは、正しい質問をするためのもの
・英知(知恵)とは、いつ正しい質問をすべきなのかを知るためのもの
これは、ウォール街でもすごく大事な事です。みんな忙しいという事もありますし。
そして、僕の方からは、その素晴らしいこれまでのご経歴を、1枚のチケットとして考える事ができるかどうか。いったん中に入ったら、もうそこは、あなたの実力次第です。割り切って、自分のビジネス、自分の人生をどうドライブするのか、マネージするのか。How do you drive? というような事をお話させて頂きました。
私は、自身のツィートなどを通しまして、ニューヨークは世界一エキサイティングな場所だなどと発言して参りました。本当にそう思っています。私を育ててくれた場所だからです。イアンブレマー ユーラシアグループ社長・政治学者が、パンデミックの最中、多くの人達が別の場所に避難、疎開していた時、有名人の中では、唯一といってもいいほど、おひとり、愛犬とニューヨークに残って、アメリカの若者、世界の若者に向けて、ニューヨークをめざせ、と呼びかけておられました。
もし、チャンスがあれば、是非ニューヨークを目指してみてください。
よく、ニューヨークに行って、ロンドン行って、もしくは、ロンドンに行って、ニューヨークへ行って、東京へ帰ってくるとパターンをやっていたのですが、ロンドンにつくとなんか安心するんですよね。ニューヨーク、マンハッタンってすべてについて、エキサイティングな場所でもあり、一方で、道を歩いていても緊張感をもちながら、なんとなく緊張する、いつも緊張感を片隅に置きながら、行動するという場所でもありました。
私は、それぞれに勤務した会社で、ともに時間を直接過ごした、その会社の会長や名誉会長からの教えを今でも忘れていません。深く心に刻んでおります。出会えたことに感謝しております。
ウォール街、各社、変遷の歴史などを少し垣間見てきた気もしております。
第5章~10年ひとくくり~ウォール街、2000年、00年代の10年間
そして、2000年代。ITバブルが崩壊して。49%、5割くらいSP下落して。
ず~と長い期間。やりつくすところまでとことんやりつくす。持ち上げるだけ持ち上げて、すこ~んと落ちるじゃないけど、まあ、そう言う事ですね。
このディケードは、ウォール街のバルジ・ブラケットが、自身のバランスシートに約30倍、もしくはそれ以上のレバレッジをかけて、バランスシートを使ってゲーム、競争した時代でもあります。
ウォール街は、5大投資銀行時代、
メリルリンチ、ゴールドマンサックス、モルガンスタンレー、
リーマンブラザース、ベアースターンズ
たとえば、メリルは普通に上場してた会社ですが、ゴールドマンはもともとパートナシップの会社で。アメリカの大手法律事務所に見られるような形態の。
パートナーということですね。
2001年9月11日に起きたテロ。4機の旅客機がハイジャックされ、このうち1機が午前8時46分にニューヨーク・マンハッタン南部の世界貿易センタービルの北棟に激突、17分後の午前9時3分には隣の南棟に別の旅客機が激突しました。
そして、アフガニスタンへの武力行使、イラク攻撃。
ブッシュ大統領とOnce a American Mayor(かつてアメリカを代表する市長の鏡とまで呼ばれた), ルーディ・ジュリアーニ氏がリーダーシップを発揮しました。
ルーディ・ジュリアーニ氏も、プリート・バハラ氏も、元FBI長官ジェームス・コミー氏もそれぞれ時期は異なりますが、SDNYニューヨーク南部地区検察のエッドを務めました。法曹界エリートの登竜門のポジションでもあります。バハラ氏とコミー氏両名は、ともにトランプ氏がクビにしました。
ルーディ・ジュリアーニ、3回離婚して金欠。トランプの泥仕事全部請け負う。
ジュリアーニ氏、僕自身がトレーダーと訪れたバーで偶然隣に。
すごく美しい白人女性と一緒とご一緒されておられました。
NY行くたびに、僕がNY行くとまあ、当時アメリカ人20人~25人くらいで、必ず、一緒にご飯食べに行ってたんですけど。
このころ、僕の場合は、頻度が高ければ、2か月に1回とか。まあ、四半期に1回とか。用事によって様々でしたが、ニューヨークを訪れていました。
とある人が、アウトライヤーは、年の半分ニューヨークに住んで、半分東京に住むように出来ないかと、真面目に、ニューヨークの大ボスに進言した人がいたらしく、大ボスから、どうするか、お前が決めろと言われて。仕事の背景、役割、諸事情を鑑みて、それは無理ですとお答えしました。その折衷案として、当時このような頻度で、ニューヨークを訪れていました。
9.11、この日、僕の自宅電話が鳴り響いて。ニューヨークのトレーダーから。起きてくれ~。テレビつけろ~。大騒ぎになりました。
僕もこの時、長年の友人、絶品のトレーダーを失って。会社辞めて、別の会社に転職して。その会社がこの世界貿易センタービルに入ってて。3児の父で。今でこそ、普通にアルゴリズムって言いますけど、アルゴリズム使って、天才的なアメリカ株のトレーダーで。業界でも名の知れたトレーダーでした。
僕もちょうど、この時、8月の終わりに1週間ニューヨークに足を運んで、みんなといろいろ、仕事してたんですけど。
よく、僕の顔を見ると、KOBE BEEFって。神戸牛が大好きなビーフガイで。みんなで悲しみにくれました。
彼を偲んでご家族のために、みんなでファンド作って支援しようってことで。
ウォール街の結束。普段は、あ~へ~とか言いながらいても、何かあったら、すぐに結束する。団結力はこれはすごかったと思います。
2000年代半ば以降くらいからでしたかね。だんだん、徐々に住宅バブル。
それはね。アメリカ国歌にもありますけど、US National Anthem, The Star-Spangled Banner。何にも自慢できることありませんけど、アメリカでひととおり、冠婚葬祭も経験して、アメリカ人ご夫婦の結婚の立会人もして、国歌も何回も歌っているので、紙とか見ないで歌えます。(笑)
国家の1番の最後のところ、O’er the land of the free and the home of the brave。自由の地、勇者の故郷の(頭)上に。service men and women兵士が戦争から返ってきた時、私達の土地は、すばらしいよ。いつも最高の場所だよってことが必要だったんです。住宅市場は壊せない。住宅市場は言わずと知れたブッシュ大統領の国策でもあったのだろうと当時それはもう。US. Soil アメリカの土
アメリカ合衆国大統領職=====the highest office in the land
それで、それに乗っかって、とことんやって。2007年とか、アメリカのバスの運転手さんの年収が12万ドルとか。虚偽記載とかするところくらいまで行って。サブプライムローン問題。まあ、ある程度の金持ちは、家をキャッシュで買ったり、普通に銀行ローンを借りてなどですが、普通に銀行ローンがおりない人達は、こういうローン借りたり、人のススメで、無理くり借りさせられたりで。それでバブル崩壊。金融危機。
崩壊する時、アリの一穴、最初関わっているのは、ごくわずかの人達と事柄。
10年単位の8のつく年とか9のつく年。何かが引き金で。アリの一穴というか。
そこから壊れて。それでまた立て直して。次のティケード(10年)へって。
2008年金融危機が起こっても、金融緩和(量的緩和)できたんです。
経済を立て直すために。
今できませんよ。これまでの寄稿で、繰り返し述べて来たとおりです。
「景気悪化を恐れて、手を緩めれば、インフレはかえって勢いを増して戻って来て、より一層の抑制が必要になりますから。」
引き締めすぎた時のリスクやコストの方が、引き締めが足りなかった時のリスクやコストより、少ないのです。
今回パンデミックもあって、金融緩和、量的緩和ステロイド依存体質。1ディケード、10年ひとくくりの終わりごろ、8のつく年とか9のつく年とかですが、それが後ずれして、ずれ込んでいるようなイメージさえありますね。
第6章~10年ひとくくり~ウォール街、2010年代の10年間
2010年代は、低金利ステロイド依存体質の時代。(量的緩和ステロイド依存体質)
市場が、かんしゃくを起こす時代・バーナンキショック2013年・テイパリング・テイパー・タントラムでもあり。
政策金利が実質ゼロ水準にあり、これ以上の引き下げ余地が無い状況下における金融緩和策として、量的緩和策(QE:Quantitative Easing)があります。量的緩和策は、国債や住宅ローン担保証券(MBS)などリスク性のある金融資産を中央銀行が直接買い入れることで、市中への資金供給を増やし景気を刺激することを狙っています。
これに対しテーパリングとは、量的緩和策による金融資産の買い入れ額を順次減らしていくことを指します。出口戦略とも呼ばれ、雇用統計などの指標の改善に一定の成果が上がった時点で量的緩和策を縮小していくことを示す用語として使われています。それを、しないでくれというテーパー・タントラム(市場のかんしゃく)
その低金利を利用して、様々なあらたなアイデアが。
寄稿でものべましたが、SPAC (Special Purpose Acquisition Company)特別買収目的会社など。
Special Purpose Acquisition Companyの頭文字を取ったものです。 SPAC(特別買収目的会社)は、設立・上場の時点では、自らは事業を行なっていないペーパーカンパニーです。 上場後に、株式市場から資金調達を行い、これを原資として未公開会社を買収します。
芸能人、セレブリティ、元プロスポーツ選手など、こぞって、俺も私も。
そして、宴、ダンス。
一番直近の危機をみると
過去の寄稿で述べさせて頂きました。2007年6月、香港でのグローバルカンファレンス参加中に、ベアー・スターンズのファンド2本がどうもおかしい、というニュースを耳にしました。それから、2008年3月、ベアー・スターンズの72時間(当時のポールソン財務長官とバーナンキ議長のリーダーシップのもと、JPモルガンによる買収は苦肉の策であったと思います)。CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)が急上昇し、倒産価格へ。クレジット・ラインを瞬く間に切られ、当初、JPモルガンに一株当たり$2ドルで買収されるという結果でした。サブプライム問題に端を発した、金融危機です。それから、半年後の9月、100年に1度の危機と言われたリーマン・ショック。どうぞ、これまでの私の寄稿もご参照いただけましたら。ベアースターンズの破綻から、リーマンまで市場はいけにえを探していました。
エリザベス・ウォレン上院議員。「ウォール街を占拠せよ」などでも有名です。
なんで、国民の税金使って、ウォール街の会社救済するんだ。
バーナンキ、ポールソン、ふざけるな!という主旨の事。
救済しなかったら、もっと、国民に負担がかかってしまってたはずです。
バーナンキ氏ノーベル賞受賞時
オリヴィエ・ブランチャードMIT教授(IMF国際通貨基金のチーフエコノミストとして活躍された方)が、バーナンキ氏ノーベル賞受賞時、この事をもって、祝辞、称賛されておられました。
バーナンキが、国を救った。
その通りであると思います。なにせ、バランスシートにかかっていたレバレッジが30倍超えてたわけですから。そこから起こる連鎖反応や、ドミノ倒しから考えるに、ここでこの会社をつぶしたら、アメリカ経済が立ち直るのに、想像を絶する時間がかかる。
この時、ウオール街のアナリストがベアー・スターンズの株価に対して、つけていたレーティング。売りを付けていた人は、ひとり?二人いなかった?大勢が、買いとか魅力的とかのレーティングでした。以前に何度かミンスキー・モーメント(Minsky Moment~好調な経済において、それまで見えていなかったリスクが表面化し、資産価格が急落する時・瞬間)について触れさせて頂きました。
(提唱者は米経済学者ハイマン・ミンスキー1919~1969です)
これがあるからです。会社でも、株価でも、お金と信用はすぐになくなる。
一瞬で瓦解、崩落したら、対応のしようがありませんから。ここきをつけておきましょうね。景色が一瞬で、様変わりしますから。
お金と信用はすぐになくなるのです。すぐに。お金は臆病です。
金融危機に対する対処は、金融緩和、量的緩和でした。金融緩和、量的緩和によって、経済、金融を立て直したわけです。経済・金融の暴走。それを、政治が、ゴールポストを動かして、ルールを変える。政治と経済の関わり方のひとつです。ゴールマン、モルガンに銀行免許。政治があって、経済という構図。
昨日の常識が非常識、今日の非常識が明日から常識になるくらいの事ですから。
一昨日、アメリカ人が、JPMのジェイミー・ダイモンとブリッジウォーターアソシエイツのレイ・ダリオが、これは、Perfect Storm(最悪の事態だ)。ここから資産価格は20%下落するって言ってから、実際にはアメリカ株14%もどっているじゃないか。マーケットは、社会的地位とかそう言うの気にしないってことだ(社会的地位はマーケット予測に関係ないという主旨)と述べていました。おっしゃる通りです。正論です。ただ、2007年夏から2008年3月まで、ほとんど影響力のある人達は、大丈夫だ、大丈夫だと言い続けて、ほとんど誰も警鐘を鳴らさなかったんです。その事を、今回、社会的立場のある人達は、十分認識されておられるとも言えるのではないですか。と僕は思いました。こういうコメントを聞くと、インフレサイクルに対して準備ができていないという専門家の言葉にうなづけます。
第7章~アメリカ、ポピュリズムの台頭とその背景
金融市場と実体経済の間には、時差があります。
実体経済、ポピュリズムについて。
労働市場、、住宅市場に波及するのに時間がかかる。
リーマンショックの影響は、グローバルに、そして、全米の至る所に影響を大きく及ぼしました。投資銀行のバランスシートにかかっていたレバレッジが当時、30倍以上など、想像しがたい、半端ではないレバレッジがかかっていましたから。
小国の国家予算等比較にならないくらいの。そういう時代でした。
アメリカ実体経済
アメリカの一般社会では、突然解雇とか。仕事を追われ、失い、大きくダメージを受けた白人労働者達。「これまで毎日一生懸命に働いてきたのに、なんで、俺達が。ウォール街のクソ野郎どものせいで。何がエリートだ。ふざけるな。そう言えば、○○で働いている、あそこのあいつ。」
人種差別発言ではない旨を発言前に明言します。それと、僕がエリートだと思っているわけでは毛頭ありません。僕は、ただ、その辺の人です。エリザベス・ウォレン上院議員に言わせると、97%が、学費の極めて高い、東部、東海岸にある、いくつかの学校には行かない。そこから、また、ウォール街で働いている人、人口の1%ちょっととか、ごくわずかです。アメリカ人の一般的な認識の中でのそういう解釈。それにそって、お話させて頂いております。
白人ではないようだけど、どっかよそ者か。よその国から来たやつか?なんであいつに仕事があって、俺にないんだ。ふざけるな。こっちは、家族抱えて大変な目にあっているのに」
俺達白人労働者が、肌の色の違う人間達に取って代わられた。取って代わられたのだ。
こういう不満が、マグマのように、うっ積していました。
その頃、カジノ放漫経営など、失敗連続のビジネスマンで、
ウォール街がお金貸してくれない、相手にしてくれない、ヨーロッパの銀行、もう借りるだけ借りた、次はロシア。ロシアのプーチン、何十年も前から、トランプに目を付けていた。
テレビのリアリティ番組で会社のCEOを演じたエンターティナー、トランプ氏。
約12年続いたNBC放送系列、リアリティ番組アプレンティス(見習い)。
このテレビ番組の影響がとても大きいと言われ続けてきました。
フレッド・トランプ父、大金持ち、人種差別主義者と言われてきました。
亡くなる時に、トランプ氏の事を、どうもあいつおかしいと疑いを持ちながら亡くなった。とも言われています。何かインチキしてそうでというニュアンスだったっと。
トランプ・会社~従業員20名以下。パパママショップ。
巨大機関を動かしたことがないのです。トランプ政権最初の国務長官・2006年にエクソンモービルの最高経営責任者(CEO)就任・レックスティラーソン氏~彼の知識は極めて限られていた。moron~馬鹿、アホ。とさえ述べていました。
アメリカでは、セルフメイドビリオンネア(自分の力だけで叩きあげて巨万の富を築いた人達)が、尊敬を集めます。
テレビのエンターティナーが、成功したビリオンネアのビジネスマンを装い、大統領選出馬を決め。そのストラテジストが、現在、議会侮辱罪で4か月の禁固刑にとわれているスティーブ・バノン。ショーマン。ショーの人であり、ポピュリストです。仕立て上げて、舞台を作って人を踊らせるのが上手いのです。
「この国は、労働者によって成り立っているんだ。なんで労働者に日が当たらないんだ。ふざけるな。労働者あってのアメリカだ。今後は、労働者階級が台頭してこそ、この国の繁栄があるのだ。見てみろ!何がエリートだ。ウォール街のクソ野郎どもめ。冗談じゃない。エリートの言いなりになる時代は、終わったんだ。何がオバマ(大統領)だ。あいつらがこの国をダメにしたんじゃないか。労働者階級の台頭こそこの国の将来を変えて行くんだ。繫栄するんだ。」
白人労働者階級の所を訪問しては「もう、本当に大変だったでしょう。これまで。あんな変でヘンテコな政治家と政治で。ご苦労なさいましたね。お気持ち察するとともに、お感じになっている事、ご不満、よくわかります。エリートの言いなりなんてなってはいけないのです。もう大丈夫ですよ。私達がきましたら。皆さんをそのご苦労から救い出して、皆さんに日が当たる政治を行います。一緒に立ち上がりましょう。労働者階級こそがこの国の根幹なんですから」
I'm here to rescue you from a govt cabal to hold you back. Classic populism.
これは、かつて、歴史で勉強したような、シンプルで、何の工夫もない、クラッシックな大衆迎合主義(ポピュリズム)です。これが、受けるのです。受けたのです。前述の時代背景から。
(トランプ氏やスティーブ・バノンにつきましては、よろしければ、これまでの寄稿をご参照ください)エバンジェリコ~キリスト教福音派と複雑に絡み合いながら。
トランプ大統領。オバマケア~(医療保険制度改革法・医療保険に加入していない無保険者の増加を抑え、全てのアメリカ国民が医療サービスを受けられる国民皆保険を目指して制定)(アメリカは先進国の中で、唯一と言っても良いのですが、国民皆保険ではないのです)~オバマケアなんてふざけるな。私が大統領になったら、まずオバマケアを廃止する。その上で~うんちゃら、かんちゃら。まあ、この人は、否定だけする。文句だけ言う。代替案はありませんから。
何でもそうです。インフラ法案でもなんでも。やるぞ~と言う声が大きくて、時間と共にそれがしぼむ。まあ、花火のようにはかなくて。最初の声だけ大きくて。
トランプ氏の暴政と共に4年の時間が流れたアメリカ。
その間、Q(キュアノンQAnon)の陰謀論と共に、トランピズムが徐々に広がって。トランピズム(怒り、復讐、大ウソの永久化)。
トランピズム~デマゴーグ~イリベラル(非自由主義)~無法
デマゴーグ~煽動的民衆指導者のこと~民主主義社会において社会経済的に低い階層の民衆の感情、恐れ、偏見、無知に訴える事により権力を得て、かつ政治的目的を達成しようとする指導者。
扇動する人~扇動される人
プロパガンディスト~プロパガンダを行う人~積極的に利用したウラジーミル・レーニンとソビエト連邦や、国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)とナチス・ドイツ~情報統制と組み合わせた大規模なプロパガンダが行われました。
現在、アメリカで典型的なプロパガンディストと呼ばれている、フォックス・ニュース~タッカー・カールソン氏。
MAGA(Make America Great Again)、アメリカ・ファースト(約100年くらい前、白人至上主義団体・KKK(クー・クラックス・クラン)がこの言葉を掲げて、白の三角頭巾をかぶって行進していました)まあ、アメリカの人種差別主義者に受けの良い言葉ですね。
白人特権(white privilege)と白人至上主義(white supremacy)はこれまた意味が違います。真のメリットクラシーに絡めて少々触れます。ウォール街は、僕が働いていた当時に限定すると、白人の人、WASP,ホワイト・アングロ・サクソン・プロテスタント、白人のアメリカ人プロテスタント、かつイギリス系の上流階級。WASPエリート集団~アメリカ合衆国の歴史の大部分において米国の社会・文化および政治を支配し、一部の金融および慈善分野と政治を支配していると言われています。
ホワイトカラー・クライム(白人で、初犯、ホワイトカラー、無罪になったり、刑が極端に軽くなったり)
レガシー入学(地域社会、国歌に貢献した親の遺産(貢献)から、別枠で大学に入学デキたり)
デモする権利は憲法で保証されていますが、デモの時、ブラックライブズマター(BLM)黒人の命は大切だとよく言いますが、白人至上主義者達は、ホワイトライブズマター(White Lives Matter)白人の命は大切だと声をあげながら、たいまつと共に行進したり。
時は流れ、2021年1月6日。権力に執着したトランプ氏とそれをたきつけ、サポートした側近や関係者達の企てで、議事堂襲撃事件発生。実働部隊は、プラウド・ボーイズやオース・キーパーズなどの白人至上主義団体。計画する人達、たきつける人達、実働する人達、3つの部隊から、一般人も巻き込んで(大統領が議事堂にきて行進するように言ったから、来たとか)。
Patriotism(愛国主義)とNationalism(国家主義)この2つは、全く異なる別の事です。
それを、Hodgepodge(ごちゃまぜ)にする。
False equivalence(誤った等価関係)を多用する。
そして、Obfuscation 難読化する~単純な事だったのに、意図的にごちゃまぜ手法などを使い難読化して、ホントの所をわかりにくくする。
これをなんでここでとりあげているかというと、こう言う事は、政治だけじゃなくて、情報収集する時でさえ、巷のいろんなところにありますよ。だから気を付けましょうね。と思っているからです。僕のアメリカからの学習効果のひとつでもあります。
第8章~2020年代、パンデミック、そしてインフレ
現在、メリック・ガーランド司法長官・司法省により、全米の歴史上最大の捜査が続行中です。
2020年3月、パンデミック。ここに至るまでもトランプ氏、「パンデミックに対しての、ピーターナバロ・トランプ顧問側近の警鐘無視」とか、様々にメディアで暴露もありました。パンデミックになって以降、トランプ氏のへんてこな会見のたびにメディアもそれを大きく取り上げ、多くのアメリカの人達が憤りとストレスをためていました。パンデミックで多くのアメリカ人が命を失いましたから。
僕は、個人的に、トランプ氏の口真似で、一世を風靡した、サラ・クーパーさん(Ms.Sarah Cooper)が大好きで、それはもう、ビデオ何回も見て、笑い転げました。今でも、ビデオみたら、大笑いします。
これまでに一番恐れていたことは、トランプが核のボタンを握っていた事。
2021年1月20日正午、バイデン大統領が大統領に就任。
まず、人々が癒されること。癒しこそが大切。
この場合の癒しとは、説明責任、責任の所在を明確にして、明らかにする事。その責任を取らせること。まずは、そこからだ。Accountability is meaningless unless it 's for everybody. (これは、みんなのためのものでなければ、意味がない)
パンデミック、低所得者層、貧困者層。人々のための政治。
そして、インフレ~アメリカで3回にわたる給付金を含めて、コロナ対策に始まって、紙幣を刷り、2020年、21年の低金利金融政策、財政出動、FRBが市中にお金をばらまいて、ジャブジャブにして、インフレの芽が出てきた時にすぐに対処せず、長らく低金利政策を継続した事~このインフレの原因。これに、勝手な解釈、都合の良い解釈、言い回し、伝言ゲームがくっついて行って、違う話になっちゃったりして。選挙もあっての事ですから。
パウエル議長~史上最悪のFRB議長の1人?インフレ、束の間。FRB不要論というのは、事あるごとにでてきます。批判の意味を込めて。
非公開の場で投資家に発言したとして、やり玉に挙がったセントルイス連銀総裁ブラード総裁。90年博士号とって、FRB調査部入行。その経歴に対して「ふざけるな、民間で少なくとも職歴10年。そこからだ、もしFRB今後も存在していればだけど」などという厳しいご意見もありました。
FRBを見る目は厳しいのです。
まあ、こういうインフレに対する解釈にしてもそうですし、前述のクラッシックな大衆迎合主義(ポピュリズム)にしても、人それぞれに解釈がありますから。ゆえに、(so many gullible people out there)世間には、そりゃもうたくさん、騙されやすい人達がいるんだなあ、と皮肉や批判もたくさん出て。自分で見極められない。人が言うからという言いなりになるような人達も。
アウトライヤーさんあなたに、ついて行きますよ。いえ、それは、あなたは間違うけど、僕は間違わないという前提が置いた時にのみ成立する話ですよ。僕間違いますよ。人につくより、ビジネスについた方がいいんじゃないですかと、かつて助言した事もあります。
レイダリオ氏・世界最大のヘッジファンド会社のひとつブリッジウォータ―・アソシエイツの創業者・2013年には世界最大のヘッジファンドとなった・アメリカの教育水準の引き上げと、思考の仕方の普及に今取り組んでいます。
最近は、さまざまなあり方について、ご発信されておりますが、
ごく新しいものでは、トピック スリップ
トピック スリップとは、トピックのいずれかを完了することなく、トピックからトピックへとランダムにドリフト(漂流)することです。回避する1つの方法は、会話を追跡すること。
話しが多方向に拡散されている。話を集約する事。よくウォール街で言われていたことであり、大切にされていたことでもあります。
そして、今年の年初1月半ば、報道で、「ブレイナードFRB当時の理事が、3月利上げに含み-インフレ抑制に意欲-影響力のあるハト派寄り当局者の一人であるブレイナード理事が高インフレと闘う姿勢を示したことは同理事の政策面での重要な転換点」これを見た時、「あっ、今年大変と思いました」。
率直に言いますと、「あっ、(ハト派の)ブレーナード理事がやっと、いよいよ、重い腰を上げた」と思いました。
イエレン議長の時、副議長で、フィッシャーさんという方がいらして。
スタンレー・フィッシャー・アメリカ合衆国とイスラエルの経済学者、イスラエル銀行前総裁。多年にわたりマサチューセッツ工科大学で教職にあった方です。教え子には、ベン・バーナンキ氏、マリオ・ドラギ氏(前ECBヨーロッパ中央銀行総裁、前イタリア首相)、ローレンス・サマーズ氏が名を連ねています。
2014年1月、オバマ大統領から米国連邦準備理事会副議長に指名され方で、
2017年9月6日、トランプ大統領に対し辞意提出。
強気の発言者だったのですが、ブレーナードさんは、その人を押しのけて、昔のジャクソンホールのミーティング時に、自分の意見を通していた姿を見て、あ~、ここ10年、FRBを仕切ってきたのは、ブレーナードさんだなあと再認識しました。
当時のCNBCなどでもそのような主旨の事が報道されていました。それを見た時、ああ、ブレーナードさんなんだなあと。
ポイント~ジャクソンホールでの8分間のスピーチ。
パウエル議長が明言されているように「FRBの70年代の失敗を教訓とする」という事を前提に、FRBの金融政策に注目しています。
家計や企業に痛みをもたらす
今年8月の終わりにパウエル議長がワイオミング州ジャクソンホールで8分間スピーチして、アメリカの大金持ち達(資産家)の資産$78 billion(約10.7兆円) が失われたと話題になってから、まだ、2か月ちょっとですからね。
①インフレ抑制のために金利を引き上げ続けて、しばらくの間(for some time)引き上げたその高い金利水準を維持する。
②金利が上がって、成長率が鈍化して、労働市場が軟化すれば、インフレ率を低下させるけど、家計や企業に痛み(pain)をもたらす。
③70年代のFRBの金融政策の失敗を教訓とする。
近寄りがたい、天才、ラリー・サマーズ氏。俺は絶対だくらいに思っている人なんですけど、じゃ、それで全部当たってきたかというと、それはそうじゃないところもあって。それを指摘していた、僕のフォロワーの方、テキサスの方もかつていらっじゃいました。サマーズ氏のお言葉を借りると、
「コロナ以来、インフレに関してひどく誤ってきた(実績のあるエコノミスト)のコンセンサスから来ている」
ここで言うところの、「コロナ以来、インフレに関してひどく誤ってきた(実績のあるエコノミスト)」は、僕とは異なり、金融政策~景気後退~失業率の悪化。景気後退を回避する事をまず真っ先に考える傾向にあると彼らの意見を聞き、読むたびに感じてきました。
なぜか。
もちろん彼らにとって、実体経済で、私達アメリカの同胞が仕事を失ってつらい思いをするから。「だから、FRBは金利の引き上げを停止すべきなんだ」~景気後退を、引き起こさない事がプライオリティ。私がエコノミストであるのはウォール街のためではない。米国民のためなのだ。景気後退をひき起こしちゃいけないんだ。つらい思いをするのは、私達、アメリカの同胞なんだから。仕事を失うって、とってもつらい事なんだから。米国民の生活を考えろ。
FRBは議会から米国民から負託をうけて、アメリカの金融政策を執り行っている、独立機関(non-partisan institution) ブレーナードさん、アメリカ国民のため。
The Federal Reserve's Dual Mandate 2大責務
Price stability 「物価の安定」
Maximum sustainable employment「雇用の最大化」
市場出身?銀行家、弁護士、パウエル議長~一時は、ずっと、市場フレンドリーな議長との評価も。
今後、ブレーナード副議長の発言注視。
第9章~2020年代、株式市場の今とこれから
現在~CPI総合7.7%(前年同月比)コア6.3%(前年同月比)
高いインフレであることにかわりはありません。ハトでもタカでもフクロウでも何でもいいので、まず抑制第一ですね。
僕は、これまでの寄稿で、金利を引き上げている局面でベアー・マーケットが終わるというシナリオは買いません。と述べてきました。僕は、そういう光景(金利を引き上げている局面でベアー・マーケットが終わる光景)を見たことがありません。
そうは言いましても、一般社会においては、これまで見たことがなかった。そう言う事が、初めて起こった、というのも世の中です。何の世界でも、今回、史上初とか。
ですから、実際にそれが起こって、それを確認出来たら、僕は、自分の思考を修正して、また、やり直すだけです。現環境下に置きましては、仮にそうであっても、目線を変更するまでには、思考を修正する以上に、さらに時間がかかると思っています。おおよそ40年ぶりの時代ですから。
これを踏まえて、今後につきましては、まずは、キーワードはリセッションですね。第21回や第28回の寄稿時に寄稿させて頂きました。どうぞ、そちらをご参照頂けましたら。
買い場、まだ、ちょっとそこ行くまでに、まだかなり時間がかかる。
S&P500の底は~リセッション(景気後退)の”前”ではない
チャートでは、National Bureau of Economic Research | NBER (全米経済研究所)がリセッション(景気後退)と認定した場合のリセッション(景気後退として)~S&P500の底は、過去、そのリセッション(景気後退)”中”、リセッションの最中にあった~リセッション(景気後退)の”前”ではない~とPuru Saxenaさんはコメントしてくださっています。
そこが買い場になるんだろうけど、まだ、ちょっとそこ行くまでに、まだかなり時間がかかる。
1953年以降、アメリカ合衆国で起こった過去11回の各リセッション(景気後退)において、S&P500 のEarningsは11回平均で23.6%下落してます~アメリカ経済と(株などの)リスクアセットについては脆弱な状況ですね~とPuru Saxenaはコメントしてくださっています。
これまでとこれから、企業収益へのダメージから、S&P500種企業の利益見通しの下方修正は-自ずと、時間の経過と伴に、徐々に、さらなる下方修正が聞こえてくるであろうと考えています。
僕はソフトランディングシナリオは採用しておらず、ハードランディングシナリオを思考しています。現在の僕の思考の根底には「来年リセッション(景気後退)がないというのであれば、インフレは来年高止まりしたままなのですね」という思考があり、ゆえに、僕は、これまで28回の寄稿で述べさせて頂いた目線で見ています。
リセッションについては、ノートして、整理します。前述のFRBウォラー理事のご発言などを聞いておりますと、この目線維持と考えています。
金利を引き上げている局面でベアー・マーケットが終わるというシナリオを僕は買いません。と共に、前述の通りPuru Saxenaさんがご指摘されている「S&P500の底は~NBER (全米経済研究所)が認定したリセッション(景気後退)の”前”ではない。S&P500の底は、過去、そのリセッション(景気後退)”中”、リセッションの最中にあった」という事をしるしをつけてノートしています。ゆえに、これまで、そのツィートとチャート、表を、何回か再寄稿させて頂きました。
11月10日をCPI発表日を起点にするとすればですが、ここからは、人それぞれの考え方、目的、スタンス、時間軸によって、行動も顕著に異なるところであると思います。ただ、僕の場合は、今のマーケットへの参加については、I'll take a rain check.(また今度誘って。次の機会でよろしく)というところが正直なところです。強気相場で見るひとつの特徴は、それを引っ張って行くフレッシュな新しい銘柄を見る事でもあると思うのですが、今、そういう感じはあまりありませんし。
マーケットは底などこれまでにまだ打っていない
これらから、僕は、
マーケットは底などこれまでにまだ打っていない
これまでの寄稿からも、~ベアー・マーケットの中にいて、今後そのベアー・マーケットが近々、近いうちに終了して、トレンドが変わり、新しいブル・マーケットのスタート地点がやってくるという見立てではなく(いつか将来そういう時は来るでしょうが)。今は、ベアー・マーケットの中にいて、日々、(チャート日足での)上下運動、ベアー・マーケットラリーはありながら、時間の経過と伴に、中・長期的に考えたら、まだ、下落余地がある、もっとひどい状態になる、マーケットは底などこれまでにまだ打っていない、という考えにそってマーケットを見ています。
今回のベアー・マーケットは中長期的にみて震度が大きいのではと考えもしています。ホント今後、バックル・アップ(心して!)だと思っています。
これらの事から、行きつくチャートは、第20回の寄稿時に寄稿させて頂きました、2001年、2008年、2022年が並んだ引用チャートです。どうぞ付随しているコメントも併せまして、ご参考までにご覧になって頂けましたら。
S&P500連動ETF週足のロウソク足チャート(50/100単純移動平均線が図のようにクロスダウンした過去2回については、その地点から、さらに~50%の下落が見られましたというコメントをつけて、TrendSpiderさんがシェアしてくださっています。
(S&P500連動ETFはコーポレート・アメリカに投資している事を意味していると考えています。S&P500連動ETFは、S&P500種指数に連動する投資成果を目指していますから。)
向かって左側~結果として、2001年の時は、週足ロウソク足で79本。1年と6か月と1週間、続きましたという事です。
真ん中~結果として、2008年の時は、週足ロウソク足で38本。8か月と3週間、続きましたという事です。
向かって右側~現在、2022年~今回は、どうなるんでしょうね。観察しますという事です。
これらの現実を見た時、今、「嵐の前の静けさ」なんでしょうかね、
僕は、米経済の先行き見通しや経済指標の数字は、自分のスタンスや目線を決定する上でとっても大切だと思っています。それだけです。それ以上でも、以下でもありません。目的は、そこから、そこにある事実から、それらに対して市場がどう反応したのか、するのか、しているのか、しようとしているのか。市場はどう、乖離しているのか、していないのか。何を織り込んでいて、何を織り込んでいないのか。そのマグニチュードは。そこを見ながら、自分が設定したルールのもとに、自分の投資計画を執行・遂行する事にあります。計画を現実に執行・遂行できるのか、できないのか、そこが、ポイントです。投資行動においても、スポーツ等でよく使用されるている言葉、discipline(規律)だと思います。これにつきまして、Easier said than done. 言うは易く行うは難し。僕の場合は、です。
第10章~今日のスペースのおわりに
僕の時代のウォール街は、みんなマンハッタンアッパーイストサイドやニュージャージ―のプライベートクラブ、で、限られた人たちが、限られた空間で、業界が異なっていても、そこで情報をシェアしたり、静かに話したりする時代でした。
みんな、人知れず、静かに、メローMellow(まろやかでこくがあって)謙虚で、奥ゆかしくて。騒々しさはなかったです。トランプさんのように、ガチャガチャしている人はいなかったです。その一部分だけ切り取ってアピールするとか。そういうのはなかったですね。物事を静か~にハンドリングする人達でした。
情報のシェアの方法や手段が、今は、もう、全く違う時代。だからこそ、こう言う事もたまにはいいかな、と持った次第です。
ウォール街に会った友達のひとつの基準は
実際に、その人、もしくは、その人んちに自分の子供、数時間でも、1日でも、2日でも、預ける事が出来るかどうか。そんな感じでした。
また、機会があればですが、今後ともよろしくお願い致します。
第63回へ続く
最後に …
これからもアウトライヤー様からの寄稿🍅を皆さまにお届けするつもりです。
もし、この記事を最後まで読んで頂けて、良かったなと思ったら「スキ」をクリックお願いします!
関連note
私、アウトライヤーは、OUTLIER とは関係ありませんが、
OUTLIERは素敵な商品です
OUTLIER 「相乗的にパフォーマンスを高める食品と栄養素を集約。」
🍅注意事項
①不特定多数の者により随時に、誰でも閲覧可能な無料記事です。
②投資助言行為に該当するアドバイスは行いません。短期動向や個別の運用相談に関するご質問へのご回答は一切行っておりません。
③投資の最終決定はご自身のご判断と責任でおこなってください。
④『日刊宝の山』『アウトライヤー寄稿』は利益を保証するものではありません。