クリアブルーの透けた世界
針葉樹のお湯、そう書かれた入浴剤がつくりだしたのはクリアブルーの世界だった。森林というよりかは、まるで南国の海のような波紋がくっきりたゆたうお湯。
面倒見がいい、丁寧な対応、そういわれる今があるのは、ある後輩を踏み台にしたからである。彼女はいつも自信なさげで不器用で、少しおどおどした佇まいだった。最低なことに、名前は覚えていない。
人と接することは好きだし、人になにかしてあげることも好きだ。しかしそれは対等な立場からであって、誰かを立派に育てたい。そんな思いは1ミリも抱えたことがない中の、店長就任だった。それはあまりにも突然のことで、いわゆる押しつけにも近い形だった。緩やかに拒否権がなかったのだ。
人を引っ張っていく、先導するなどということは私の辞書に載っていなかった。それに私の前に店長だった人は、そのタイプでもなかった。多くを語らず遊び人だったけれど、腕だけは確かで顧客の付きが良いタイプ。私も幸い施術の勘だけは良かった方だったから、その人のいい所だけを見習いたかった。
しかし私には、多くを語らずして鶴の一声を発せられる度胸がなかったのだ。八方美人と楽観的な性格が相まって、気付けばなんでもポジティブに励ます立場を確立していた。一見すると、ハツラツとした店長だったかもしれない。これを無責任と言わないのであれば。
大丈夫!なんとかなる!それらの言葉はあくまで自分を鼓舞する魔法の言葉。相手の保証になり得ることは、決してないことを悟ったのはこの時だ。
彼女は何に対しても不器用な質で、それは施術においてもそうだった。なかなかクリアできないテスト。テストをチェックする部長の鋭い言葉。しかし私は大丈夫!次はいける!そう言葉をかけ続けていた。その時彼女が置かれている立場も露知らず。思えば、今にも倒れそうな顔色だったのかもしれない。
倒れたらしい、
そう聞いて、私はにぶく強固なもので頭を打たれた気持ちに侵された。彼女は本当に自宅で倒れたのだ。聞くところによると、彼女の大切な身内の調子が悪かったことと諸々が重なり、精神が参ったとのことだった。
彼女のSOSに気づけなかったのだ私は。
大変な心の叫びも安易な言葉で跳ね返して。不安に渦巻いていた彼女には、励ましどころか不安を煽られるだけだっただろう。表現することの無いその危うい心で何を思っていたのだろう。
そして彼女はそのまま店を辞めた。
彼女のことは、今も十字架のようにこの身に刻まれている。スタッフが辞めない店舗と称されるようになったのは、その後のことだ。教育に丁寧になったのではなく、心のどこかで怯えているのかもしれない。再び、彼女のような犠牲者を自らの手で出したくないと。
クリアブルーのお湯が排水口に吸い込まれる。ズズっズズっと苦しそうな音を立てて。真っ白なバスタブが現れると、私は静かに立ち上がった。
私はやっぱり偽善者なのだろうか。