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自分の好きなものを思い出した

たくさんのものを捨てた。

彼はわたしの大切なたった一人の「家族」だったから。
生活のありとあらゆるところで、彼の残像が
ひょっこり顔を覗かす。

頭に彼が浮かんで胸が苦しくなるものは
片っ端から捨てた。

大切にしたい思い出は恋人との別れまでだ。
家族との思い出は残すには、生きる上で苦しすぎる。

わたしの持ち物はほとんどが彼と共有した人生の中で
構築されたもの。

唯一の救いなのは、この広い一軒家での
彼との思い出がなかったことだ。

この家に住んだのが春。別れを言い出されたのも春。
忙しくて話を進められず会話を全くしなかった夏。
離婚の段取りを決めた秋。そして、一人になった冬。

だから、この家から見える景色には
彼の残像はあまりない。

彼が選んだダイニングテーブルもソファーも大きな絵も取り外して彼が出ていくときに持って行った。

それでも、ガラッとした白い部屋を見た時、心も空っぽになったように感じた。

それから、私は空白を埋めるように
彼が好きだったもの彼が好きそうなものではなくて、わたしが好きなものをひとつずつひとつずつ増やしている。

彼と住んでいた頃とは全く雰囲気の違う家になった。

そのときにわたしは久しぶりに
自分が好きだったものたちを思い出した。

好きなテイストの家具を選び、好きな絵を飾る。

好きな音楽を聴いて好きな食事を作り
好きな匂いを香らせ、好きな時間にお風呂に入る。

忙しい相手の帰りを待つ自分はもういなくなったのだ。

彼の空き時間に、急に一緒にご飯に行ったり、何かしら二人の時間を過ごせるかもしれないと、予定を何も入れなくなった自分になっていた。
今はもう待つ人がいないから、友達の誘いにもいつでものれて遊びに行けるし、大好きな習い事も好きな時間に通えるようになった。

それが、とても嬉しかったのだけれど。
それが、とても切なくもあったのだ。



時間だけ。時間だけだよね。
こういう、生活に慣れていく。
お願いだから、ひょっこり覗かないでね。

もう過去は何も私にしてくれることはないんだから。
もう失ったものなんだから。

けれど、たくさんのものを捨てたのに
大好きだった夫の笑った写真だけ。捨てれないや。

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