ドネアの隠
ドネアの隠
ドネアの左はなぜ当たるのか。
「隠」である。
ノニト・ドネアは隠の使い手だ。
彼ほど隠を使いこなすボクサーはそうはいない。
隠とは、生命エネルギーを隠す念の技のひとつ。
40歳目前にしてドネアがいまだ一流ボクサーであり続ける事ができるのは
彼の努力、才能、練習の基礎である念の使い方、特に隠に秘密がある。
ドネアの左。
これは彼の隠を説明するのに最も適した、彼の必殺パンチだ。
彼の左フックは当たる。
そして、彼はこの一撃で相手をリングに沈める。
まるでヒーロー物の必殺技だ。
なぜ当たるのか。
答えは「隠」で隠しているから、である。
それがよくわかる試合はいくらでもある。
しかし最も衝撃的だったのは、無敵と思われた井上に当てた左だ。
WBSS決勝 ノニト・ドネア 対 井上尚弥から下記の写真を引用して解説する。
ドネアが隠を使うところから、その左が井上に当たる瞬間までの映像だ。
この間、時間経過は約1秒。
2ラウンド残り0:53から0:52までのこの1秒に
井上とドネアのフックの応酬がある。
始め、ドネアが右フックを出す。
だが、そのパンチの前、井上のガードはこうだ。
ここに、ドネアは左ではなく、右フックを出す。
当然、井上はなんなくかわす。
かわさなくても防げるし、さらに見えているので楽にかわせる。
しかし実はすでに、ドネアの隠がはじまっている。
普通、ここで右フックを出さない。
これだけガードされているのだから。
当たるわけがないし、当たっても防がれるに決まっている。
このドネアの右フックは布石だった。
今度はダッキング終わりに、井上がドネアへ左フックを返す。
井上の鋭い左フックをドネアが深いダッキングでかわす。
この左は鋭かった。
だが、ドネアは想定していた。
なぜならこの時、すでに隠が使われている。
写真を見てほしい。
こんなに折り畳まれ、存在感のない左があるだろうか。
すでにドネアはこの左に流で念を集め、一撃で屠る算段を立てている。
その殺気を全く見せていない。
つまり、0:53からの攻防、すなわち最初の捨て右フックは、ここで隠を完成させる前提で放ったのだ。
井上の目から、ドネアの左がここで消えた。
井上はドネアの策によって左フックを出さされてしまったとも言える。
この後、ダッキング終わりに恐ろしい速さで、ドネアの左が繰り出される。
この隠に隠されたドネアの左が、井上の鍛え抜かれた反射神経と動体視力を易々とくぐり抜ける。
井上の視界に左は入っていない。
井上はモンスターなので、万が一見えたかもしれない。
だが、そうだとしても直前だろう。
こうしてドネアの左は井上の顔面を正確に捉え、ドネアは井上をぐらつかせた世界で唯一のボクサーになった。
時間は
ちなみに、これまでドネアと戦った井上以外のボクサーは、この隠を使ったドネアの左でリングに沈んできた。
確実に急所を撃ち抜くのだからこれ程の必殺技はない。
隠の攻防の見事さは、ヒソカvsカストロ戦にも似ている。
視線誘導、動作擬態を織り交ぜながら、同じく隠の使い手だったヒソカは最後にカストロあごを捉えた。
これも意識外から来る左だった。
幼少期いじめられっ子だったノニト・ドネアは、
こうして念を使いこなし世界の頂点に立ち、伝説的ボクサーになった。
この必殺ブローとなる隠の使い手はドネア一人ではない。
マイク・タイソン。
彼もまた隠で覆った見えない左で多くの相手を屠ってきた。
最も、彼の場合は強化系の特性を存分に活かして作り上げたフィジカルが凄すぎて、念のうまさそのものが見えにくい。
ちなみに彼もまたいじめられっ子だった。
そしてこの二人以上にうまく念を使うボクサーがいる。
そう、井上尚弥だ。
モンスターの異名を取る彼は、恐ろしいことに左フック以外のパンチも隠で隠す事ができる。
纏と練の応用技堅で体を覆い、一級品の凝と円を流で体のオーラを調節しながら使いこなし、纏絶練発凝の応用技硬のパンチを放つ。
相手が立っていられないのは当然だろう。
その井上がこれまでに唯一被弾したのが、このドネアの左だった。
井上がクリンチして凌ごうとしたのも今までにあの試合しかない。
ドネアの左は井上の顔面を捉え、井上の眼底は骨折した。
しかし、井上はこの試合に勝利した。
総合力で上回った彼は、壊された左目を捨て、凝を右目だけに集中するという離業をやってのけたのだ。
もし、何のヒントも持っていなければ、彼がこんな芸当をなし得たかはわからない。
井上は以前、ある偉大なボクサーの試合を見た事があった。
左目をカットし、視界が悪くなったそのボクサーは右目に凝を集中し
難しい試合を乗り切ってみせた。
そのボクサーの名は、そう、ノニト・ドネア。
今年40歳になる彼がまだ若かった頃の話しだ。
ドネアを自身のアイドルと称してやまない井上とドネアが六月に再戦する。
順当に行けば井上が勝つ。
しかし、ドネアが完全な形で隠を使いドネアの左を放ったなら、その左を食らって立っていられる人間はいない。
円で射程を見切り、凝で相手の隠を見切れるか。
またしても高度な試合になるのは間違いない。
一度勝っているから次も絶対に勝つ、などということはあり得ない。
再戦は2022.6.7。
隠に注目してこのカードの行方を見守ろう。