盛岡競馬場、11月3日

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この文章は、私の心の流れを書き留めたものです。
ですので、当該馬主さん、関係者の皆さんを批判するものではありません。
馬主さん、関係者の皆さんの決定やお考えが第一です。
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10月27日まで、私は気が気じゃなかった。

と書いておきながら、そもそものスタートは、9月26日まで遡る。

最推しのレーヌブランシュは、牝馬ダートグレード戦線でレースをこなしてきた。
“考えられうる 牝馬の時間の使い方”としては、6歳の3月までには、繁殖として引退ということが頭をよぎる。

彼女は5歳、年が明ければ6歳だ。
否応なしに、引退の文字が頭を掠める。
いつが最後のレースになるのか、レースを終えた後に競走馬登録抹消のニュースを目にすることも珍しくない。だから5歳になってからのレースは、毎レースごとに、自分がどこか冷静になれないところがあった。

9月26日。
いつものように、JRA-VANのアプリを開き、さあさあ今週はどんなMy注目馬が出走するかな、なんて思いながらページが表示されるのを待った。

開かれたページには、「10/1 シリウスS レーヌブランシュ」の文字があった。

少しの間、パラドックスが起きて、目に見えない老化が起こったに違いない。

すぐさま、自分のこれまでの冷静になれないところが暴走し始めた。

え?いやいやいや、えー、見間違い、もう一回アプリ開こう……まじかよ、え?シリウスS?ありえんて、は?いや、だって、レディスプレリュード出る言うてたやん、レディスプレリュード登録してなかったんか…?なんで?輸送?輸送が耐えられんか?やっぱり?ねe…(以下気持ちがたくさん氾濫する)

混乱どころかヒステリーだ。
競馬に絶対はないとわかっていても、レディスプレリュードに登録して出走すれば、賞金を加算できる立ち位置に入れるだろう。あわよくば2連覇の夢がある。次走はJBCレディスクラシックになるはずだから、ここで賞金を加算して、JBCに出走すべきだろう。なのに、なのになぜ、シリウスSなのだ。

2021年のことが頭をよぎった。
記憶違いなら申し訳ないが、2021年のマリーンカップ、レーヌブランシュは登録をしていた。しかし、結果的に出走できなかった。
それは、登録馬の中で、フェアリーポルカとレッドアネモスがレーヌブランシュより上で出走を確定したからだ。
どうしようもない、賞金が上の競走馬が出走できるのだから。誰も馬も悪くない。

その後はJRAのアンタレスS、ブリリアントSときて10着、12着。ブリーダーズゴールドCは競走除外。

賞金を加算できない悪夢。
ここで、シリウスSでまた賞金を加算できなかったら、たとえJBCに出ないとしても、他にどこに出られるというのか。いや、出られるレースはある、

でもJBCには出られないじゃないか。

そもそも、シリウスSにしたということは、なにかあるんじゃないか。
だったら、これが最後のレースなんじゃないか。

そんなどろどろした気持ちのまま、本当はスプリンターズSのメイショウミモザを見るために、17時からJRAの指定席予約アタックをしようとしていたが、照準は10/1の中京競馬場に変更になった。

17時になり、指定席を確保した。最推しはレーヌブランシュなのだから。

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そして、10/1当日。
ソダシを改造して作った、アイドルホース(マスコットサイズ)レーヌブランシュ号を一緒に輸送して、中京競馬場に向かった。

パドックでのレーヌブランシュは、若干テンションが高めだった。
そんな中でも、こっちに顔を向けてくれることもあり、嬉しかった。
私の記憶上、なかなか顔が合うことが少なく、変顔をされることも多かった。
さらに、この日は暑くてミストが稼働し、彼女の白い馬体がミストに包まれてしまうことも多かった。
そのうち、親でもなければ馬主さんでもなく、そして関係者でもないのに、訳もわからず涙があふれてきた。

いつも牝馬ダートグレードのレースではナイター競馬が多いため、私のカメラではうまく撮影できない点も、昼間のレースだったため、はっきりと彼女の姿を収めることができたのが幸いだ。

レースの時間になり、自分が予約した指定席に戻る。
40倍のズームをしてくれるこのカメラは、大外枠の彼女がゲートに入り、誘導してくれた誘導員さんの方を向いたのを映してくれた。そっちじゃないよ、その人遠くにいったらゲート開くんだよ?
という願いもむなしく、彼女はゲートが開いた瞬間、すごい勢いで首を前に戻して駆けていった。
でも、すぐに先頭集団についていった。おしりだけみたら 彼女の内にいたハヤブサナンデクンと見分けがつかないじゃないか、というのは杞憂だった。
そのまま、そのまま行けば、JBCに行ける!と思ったのもつかの間、
4コーナーを過ぎて直線、彼女は馬群に沈んだ。
騎手も追ってないように見えた。

レース後、様々な声が飛び交う空間で、最後にゴール板を通過した様子を目にした私は、感情がぐちゃぐちゃになった。追ってないということは何か異変があったんじゃないか、賞金の加算なんてどこかにいってしまった、テンション高くて、本馬場出てきたの本当に最後だったし……。

これで、JBCはなくなった。ほぼ無理だ。
彼女がとるべき、JpnIのタイトル。
このまま引退するかもしれん。

そんな気持ちのまま、早朝出の疲れもあって、東京駅まで泥のように眠った。

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10月19日。
岩手競馬のHPを見ると、レーヌブランシュは補欠1番手だった。
いわんこっちゃない。
この前に、賞金等を計算してくれて、JBC候補馬の一覧を出してくださったTwitterユーザーの方のツイートも拝見していたし、10/1のこともあったから、予想はついていた。

けど、つらい。

繰り上がり期限は10/27、ショウナンナデシコなど、牝馬ダートグレードに出場してきた馬たちと、芝を主戦にしてきたアナザーリリックが入っていた。誰も馬も悪いわけじゃない。(アナザーリリックは、JBCよりも前のレースで、何度も登録予定、もしくは繰上補欠の状態で目にしていた。)
でも、なぜ、ずっと牝馬ダートグレード戦線で戦ってきたレーヌブランシュは入れないのか。
もう、JBCにいけないなら、船橋のクイーン賞か。
半ば、どころかほぼあきらめの状態だった。

すると、出走予定に上がっていたレディバグがどうやら違うレースに出るらしい、という情報を得た。
10月27日、最終的な出走予定馬を確認すると、レーヌブランシュの文字が入っていた。

奇跡だ。
彼女がJpnIのタイトルをとりにいく手筈は整った。

急いで、盛岡に行く用意を始めた。
高速バスか?眼瞼下垂で下がった瞼を上げて検索するが、
JBCが文化の日ということもあるのか、高速バスの検索サイトは軒並み「表示できません」「ご指定の条件のものはありません」の連続だった。
結果的に、新幹線で行くことになった。
厩舎カラーの緑のカーディガンは、ここにきてボタンを一つなくしてしまった。
100均の手芸売り場ではなく、推しグッズ売り場に「ぬいぐるみの衣装用」として同じようなボタンが売っていた。
どうしてもゼッケンが作りたかったので、アイロン接着のシートを買ってきたはいいが、プリンターの黄色インクが切れていた。一つのカートリッジに3つのインクが入っているタイプだ。詰んだ。
結局手書きで作り、様子をみながらフェルトに接着した。色はちゃんと残ってくれた。

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11月3日。
JpnIとはいえ(国際的な格付がつくとしたら)GIだ。
人が多かったら終わる。隙間産業ですら、姿を見れないのはつらい。
始発で一番早く盛岡に到着する新幹線に乗った。
応援馬券のマークカードを仕込み、福島から宮城の間を走っていた時だった。

アイネ・クライネ・ナハトムジークの有名なフレーズを切り取り、反復される音列(*)。
文面をみて、愕然とする。なんで、今日なのか。
止まると思った新幹線は、それでは止まらなかった。
なんだ、鳴っても走るのかと思ったし、「まもなく仙台です」なんてアナウンスがあり、乗り過ごしの前科のある私は、デッキに移動した。
すると、街中の風景のなか、新幹線は止まってしまった。
仙台駅まで残り約4km。たまったもんじゃない。せめて駅に入ってくれ、とも思ったが、きっと同じような境遇で止まった新幹線が仙台駅にたくさんいるのだろう。ゆえに、10何両も入るスペースがないのだろう。

などと考えながら、友人の優しいリプライに返事をした。
降り口に集まっていたほかの乗客の皆さんは、いつまで運転見合わせが続くか分からず、自席へと戻っていった。
ふと、窓の外を覗くと、澄んだ青空に今からぼやけようとしつつある飛行機雲をみた。

約10分後、新幹線は動き出し、仙台駅へ到着。乗り換え先の列車も遅れていたため、乗りはぐることはなかった。

盛岡駅に着く。

寒い

仙台駅で乗り換え待ちをしていたときもそうだったが、仙台より寒い。
よく考えたら(というか、Google Mapsを開いてみたら)自宅から100kmどころじゃない場所にいる。しかも北上した。寒くないわけがない。メルカトル図法の罠だ。

服装を、間違えた。
ふとティッシュを持ってきたかどうか心配になって、コンビニで買った。
小雨って書いてあったけど大丈夫かな、いっぱい降ると嫌だなと思った。

駅の通路には、至る所に、JBCのピンクの飾り付け、カッティングシートを貼った壁になっていた。気分が上がる。
シャトルバスに乗り込み、窓の外の風景をみると、おしゃれな建物がたくさんあるなと思ったのも少しの間、10分ほどで山々しくなってきた。山々しいというより、山だ。もう道がくねくねしてるもん。もはや、コンビニなんぞ期待できない。乾電池余分に持ってきてよかった…
盛岡競馬場に到着。

バスを降りると、冷たい風が押し寄せる。
完全に服装失敗したと思った。ヒートテックなど、動かなければ何の意味もないことを、極寒の日陰中山で知っている。あれと同じ感じになることを完全に悟った。

入場すると、「「イベント」」っていう感じで、たくさんの出店が並ぶ。しかもめっちゃいい匂いする。この寒さと匂いで、人間たちの胃袋をつかもうとする魂胆は見えているぞ!

すると突然、金属と金属が触れ合う音がした。
左を見ると、鮮やかな赤が目を引いた。かのチャグチャグ馬コではないか。

エッうまおっきい…
かわいい…
重くないのかな…
これは、山本さんの馬なのかな…(山本さんと門前さんがあったが、これは「はなかくし」と言うらしい、また一つ勉強になった)
てか…唇が…唇のぷるんぷるん感たまらん…

写真もそこそこに、盛岡競馬場内をまわる。
スタンドの座席はすでにもっと前から来た人でいっぱいだった。
ゴール前はもうすでにスタンバイ組がいた。しゅごい…
建物内も、人がたくさんいるし、レジャーシートをひいて座って、
アトリウムのモニターを見ている人もいる。

まわっているうちに、これは2人以上で来るべきだと思った。
そして、座る場所が確約される指定席をとった方がよかったなと感じた。
(指定席とるか迷ったが、本当にJBC出走できるか分からなかったし、初めてJRAの指定席をとったとき、ちゃんとした席だと馬券の猛者たちがいっぱいいて、自分には場違いだなと思ってすっごいストレスだったから)

歩きまわると、おなかがすいてきた。
罠にかかって、胃袋をつかまれにいこうと出店の周りを2周くらいした。
そのうち、なぜかもつ煮込みが食べたくなった。
きっともつ煮込みじゃなくてもいいのだろうが、何かあったかいものが食べたい。
屋台村の外まではみ出た列に並んでみた。
建物に入ったところで察した。
この列は、ジャンボ焼き鳥の列なのだと。
列を抜けて、ホルモン煮込みのお店に行き、煮込みを手にした。

スタンド1階(地上)と2階をつなぐちょっとしたスペースには、椅子がたためるベンチがあり、寒い風が吹く中 煮込みをほおばる。

あったかい…
ぷるぷるしてる…
あっっったかいぃ…

食べ終えた後、パドックをちゃんと観察したら、驚いた。
パドックコース1周すべて観客が立てるようにはなっていなかった。
目視で半周分、その理由は、パドック周回~本馬場入場ではっきりした。
パドックで騎手が乗るとすぐに本馬場につながっていて、そのまま出られるようになっていた。つまり、地下馬道があったり、一旦姿が見えなくなって、また出てきたりということがないのだ。
また、パドックの向こう側、パドックが在って目の前に騎手待機の建物があって、その奥、本来は見えないところに、これから出走するであろう競走馬たちがスタンバイしていた。というかパドックさながらぐるぐる回っていた。(というのが、目視幅2mのパドック入り口のところから見えた。)

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盛岡競馬場回顧はさておき、JBCレディスクラシックのことについて。
撮影位置は、競走馬スタンバイがギリギリ見えない場所、
だが、正面も斜めも撮れそうな場所。

レディスクラシックまで待っていた間、風は強いわ、雨は強いわ、足の感覚はないわ(ずっと立っていて、寒くて、靴下が破れて指が出てしまったような感覚のあとは本当にない)…
とにかく、レーヌブランシュを目にするまでは、生きてなければ…

レディスクラシックに近づくにつれ、空がだんだんと暗くなってきた。
もちろんこの時間になるまで、雨が降ったりずっと曇っていたりしたから、暗いのは暗いのだが、本当に日没に近づいてきて、カメラのシャッタースピードやピントが落ちてくる。

そして、レディスクラシックのパドック時間。
ひときわ目立つフロスティライラックグレーの馬体が現れる。
今日は外目をよく歩いてくれる。
いや、外目を歩いてくれないわけじゃない、ただ、今日の彼女は違う。
今日は調子が良さそうなのがよくわかった。贔屓目だとしても、いいんだ。

ちょっとはみはみしてるのもかわいい。
でも、すごくテンションが上がるということもない。
なんてかわいいんだ、なんて凜々しいんだ、なんt(n回目)

暗さとカメラに苦戦しているうちに、本馬場入場の時間になる。
騎手が乗り、本馬場に向かうのを見た後、ダートコースへと向かう。
到着した時には、もう目視換算、人2列くらいの感じだった。
隙間産業のごとく、ちらっと見える場所から、レースの発走を待つ。
手を組み、目をつぶり、「どうか無事に、そして彼女に栄光を」。
いいレースができるよう願った。

ファンファーレが鳴り、レースが始まる。
駆け抜ける彼女を見送り、ビジョンに目を向ける。
騎手のフォームをみて、今日は大丈夫だと思った。
4コーナーの手前から馬群を抜けて、直線入った時、行ける!と思った。
競馬場であまり声が出ない/出さないタイプなのに、自然と、
「行ける!そのまま!」と声が出た。
前に喰らいつくように首を上げ下げして、まっすぐにゴールへ向かう彼女。
私の見ている位置からは、行けるし、何なら3着内ある!
ついに、ついに来たと思えた。
ゴール板を過ぎ、これは、きた…3着きたか、いや、たとえ3着でなくても、この走りは今年一番いい走りだと、一番いいレースだと確信した。

帰ってくる彼女と騎手をカメラにおさめながら、安堵が勝ったのか、涙があふれてきた。(その涙は、冷たい空気を入れないためにマスクの中に差し込んだティッシュが吸い取ってくれた)

待っていた、本当の彼女の強い走り。弱い弱いといろんなところでみてきて、そんなわけないだろう、お前はレーヌブランシュの何を知ってるんだ推してもないくせに、と どれだけ思ってきたか。(私もすべてを知っているわけでないからただ騒いでいるだけ)

レースが終わり、家路へと急ぐ。
これだけ距離が離れると1本逃しただけですべてが狂ってしまう。
盛岡駅に行くバスは、出口をでて乗り場に誘導されて歩いているうちに
発車してしまった。
次は45分後。まだ家には帰れるが、寒さと関節の痛みが体力を削いでいく。
30分ほど待ち、バスの車内にありつき、気が付くと寝てしまっていた。
おもむろに起きて窓の外をみると、「Rapunzel(ラプンツェル)」の文字。
そうか、夢で夢の国に行ってしまったかと思ったら、ラプンツェルの文字の上に、「hair salon」と書いてあった。私の脳だけが、夢の中だった。

帰宅してから、もう一度JBCレディスクラシックの映像を見返す。
4コーナー入って直線、また声を上げる。
これ、これだったのだ、これを待っていたんだ。
彼女に感謝の気持ちがわいてきた。
この強い走りをみせてくれて、ありがとう。
たくさん休んで、たくさん食べて、もしよかったら、

また、王妃のように気高い走りを、みせてくれないか。

(*):https://twitter.com/rnd_medorch/status/894943560453169155


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