見出し画像

バーガーキング阿佐ヶ谷店

 8月に帯状疱疹を患ってしばらく仕事を休んでいたときに、無性にドカ食いをしたい、そして塩っぱいものが食べたくなった日があった。どこか適当な店はないだろうとかと考えていたときに思いついたのがバーガーキングだった。

 阿佐ヶ谷駅の北口にバーガーキングができてからずいぶんと経つ。特段興味もなかったけど、入口に張り出されたメニューを見ると「お得セット」なるものがあり、バーガーにフライドポテト、ドリンクが付いて650円と言ったメニューがある。しかもアボカド入り、確かにお得だ。これなら味が冴えなくても文句はない。

 オーダーを済ませて、レシートに書かれた呼出番号で呼ばれるのを待つ。トレーに乗せられた商品を持って二階に上がる。客は少なく、どの席も空いているような状態だった。ぼんやりとした気持ちのままハンバーガーとポテトを口にいれる。シュガーフリーのコーラでそれを流し込む。店内には静かにBGMが流れている。気怠い雰囲気がフロアを包んでいる。そこにいる全員が静かに座っていた。トイレに少し臭いがあり、チョウバエも飛んでいる点を除けば大体は満足であった。その日以来、バーガーキングは私のお気に入りの場所になった。

 この日は前日の夜更かしがたたって、11時前まで寝てしまった。日曜日特有の気持ちと体の重さがある。なかなか体を動かす気になれず、最初の食事は朝と昼の兼用になった。今日はいくつかやりたいことがあるんだ…と思いつつも体は一向に動かない。バカバカしいショート動画を見ているうちに時間が溶けていく。体を起こしてパール商店に向かい、1000円カットの店で髪を切った。薬局でゴミ袋を買った。そうしているうちに空腹感が出てきたので、なにか食べたくなった。最初はサンマルクカフェに行こうかと考えていたが、バーガーキングのことを思い出して、駅の方に向かう。

 アボカド入りのバーガーのセット、それに50円の追加料金を払ってポテトをLサイズにした。コーラは通常のものからシュガーフリーのものに変更した。2階は相変わらず空いていた。窓際のスツールに座ろうかと思ったが、奥の方のシートに座った。

 フライドポテトを左手で口につまみ上げる。右手にはハンバーガーを持っている。左手が空いたらコーラに持ち替え、バーガーとポテトを流し込む。目線を何となく上に向けていると、入ってきた若者と目が合った。口の周りに油とケチャップを付けた中年と目が合うなんて気持ちが悪かっただろう。なんだか申し訳ない気分になる。

 ポテトとバーガーを食べ終わると満足感が生まれた。コーラは少しずつゆっくりと飲む。相変わらずこのフロアには独特の気怠さがある。座った場所の向かいは開けた窓となっている。ブラインドは下りているものの、空模様はなんとなくわかる。黙っていても頭を駆け巡る事柄を、軟着陸するような感覚でそっと止める。静かに流れるBGMは洋楽で、たぶん私も知っている曲だが、曲名を思い出すことができない。

 阿佐ヶ谷にはかつてヴィレッジ・ヴァンガード・ダイナーがやはり駅前にあった。毎日深夜3時頃まで営業している店で、私はうまく眠れなさそうな夜、妙に落ち着きがない夜にそこに行った。ビールの他に何か一品を注文して、何をするでもなく店でボーっとすることが好きだった。

 深夜のファミリー・レストラン。物語の中でしか出会ったことのない深夜のアメリカン・ダイナー。若い頃に憧れたそれらは、未だに私の中の憧れである。真っ暗な夜の街に煌々とした店の屋上看板、またはネオン・サインに惹かれてその店に入る。席に座り、目的を見失ったかのように、生気をなくした目つきで外を眺める。オーダーしたコーヒーはとっくに冷めている。ビールだったらすっかり気が抜けてしまっている。もう明日は何も予定がない、というか明日は来ないし、来てほしくもない。手元にある飲物をようやく飲み干し、同じものを追加でオーダーする。こうして朝が来ないようにと無理な願いをしながら夜を過ごす。

 あのヴィレッジ・ヴァンガード・ダイナーはそんな理想に近い時間の過ごし方ができる店だった。気がついたら撤退していて、まるで蜃気楼のような店だった。私はこのバーガーキングにその影を追う。シートに座りながら思考をシャットダウンしていると、そこにははっきりと憧れの情景が見えた。この場所はぼんやりと気怠く、全ての計画をそっと消してしまうような危険で、しかしあまりにも心地の良い場所になっていく。

 引きずり込まれそうになる直前で、脳をリブートする。今日は日曜日で、今月は生活が早くも苦しいのだからここで明日を投げ出してはいけない。まるで逃げ出すように立ち上がってゴミを捨てて店を出る。外は大雨になっていた。傘を持っていなかった人たちが足早に雨宿りができる場所を探して走っていく。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?