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「小説『かわいそうだね?』は私の話である」と感じる女性が、この世に何人いるのだろう



突然だが、彼女や妻以外の女性を優先する男なんて、ただのゴミである。最終的にどちらからも捨てられて、路頭を彷徨いボロボロになってしまえばいい。二兎追うものは一兎も得ず、そんなの原始の時代から決まりきっていることです。え、もしかして、ご存知ない?

ピピーッ、あなたにはこのレッドカードを進呈します。とりあえず、これで私の人生からは永久に退場です。お疲れ様でした。


昨晩、綿矢りさ先生の小説『かわいそうだね?』を読んで、自分の過去の恋愛のあれやこれやを思い出してしまった。

その勢いそのまま、今、私はこの文章を書いている。

いやー、この小説、今まで読んできた綿矢りさ作品の中でも圧倒的一番かもしれない。昨晩23時ごろに何の気なしにこの本を開き、半分くらいで止めておくつもりが、気付けば一気読みしてしまっていた。

だってね、おもしろいんですよ。この作品。

文章自体には難しい言い回しもほとんどなく、展開もテンポが良いので非常にするするっと読める。ボリュームも150ページ程度とちょうどいい。

そして25時過ぎにこの作品を読み終えた私は、時にウワーッと頭を抱えながら、自分の過去の恋愛のあれやこれやと、この作品とを重ね合わせてしまったのです。


【本作品の私的あらすじ】
※思い出しながら書いているので、間違っている点や、解釈がおかしな点があるかもしれません。悪しからず。

百貨店でアパレルのチーフ販売員として働く樹理恵は、付き合いたての恋人・隆大から「職もなく住む場所を追われている元恋人・アキヨを助けるため、職が見つかるまで自分の家に居候させる」と宣言される。

隆大の言い分はこう。
「もし樹理恵がこのことを許せないなら、俺たちは別れるべきだと思う。アキヨには大きな恩があるから、俺は彼女を放っておけない。樹理恵のことを好きな気持ちは本物だから、できれば別れたくないけど……」

隆大は幼い頃からアメリカ暮らしで、大学生の時に、現地で出会った少し年上のアキヨと交際をスタート。そして、つい数年前、アキヨと二人で日本に移住してきた。慣れない日本での生活に塞ぎ込むこともあった隆大だが、いつもそばには献身的に自分を支えてくれるアキヨの存在があった。

しかし、いつしかアキヨに対する恋愛感情はなくなり、隆大から別れを告げることで、7年に及ぶ交際期間に終止符を打った。

そのはずだった。

樹理恵は、「もう恋愛感情がないとはいえ、元恋人を居候させるなんて、そんなの許せるわけがない。ありえない」と思いながらも、隆大と別れる選択を取ることができない。そして、隆大の行動にあれこれと理由をつけることで、なんとか自分を納得させようと努力する。しかし──



以上が、私的あらすじです。


以下は、ネタバレを含む可能性がありますので、ご了承いただける方のみご覧ください。







あらすじを読んでいただければお分かりの通り、元恋人に浮気をされた経験のある方や、自分よりも他の女性を優先されてモヤモヤしたことのある人なんかは、共感の渦に巻き込まれてもう二度と帰ってこれないかもしれない。え、怖い話ですか?


最初のうちは同僚に愚痴を吐くことで気持ちの整理をつけていた樹理恵も、だんだんと周囲に現状を相談できなくなり、ついには一人で抱え込んでしまう。

なぜなら、誰に言ったってどうせ「そんな男とは別れろ」と言われるだけだから。
そんなこと誰よりも自分が一番わかっていて、それでも別れる決心はつけられない。ウッ、あるある……


まず書くべきは、元恋人・アキヨの存在。

樹理恵はある日、隆大のいないタイミングを見計らって二人が住む家へと押しかけ、アキヨと一対一で対峙する。

しかし、「こんなことになってしまって、本当にごめんなさい」としおらしく謝るアキヨの姿を見て、樹理恵はむしろ、アキヨに慈悲の心を抱いてしまう。

これも、わかる。わかってしまう。
この感情の変化は、樹理恵自身の心を守るためなのだ。

「相手は、職も住む場所も頼れる肉親や恋人もいない『かわいそう』な人だから、情に厚い隆大が手を差し伸べるのも当然。『かわいそう』な人を足蹴にするなんて、心優しい隆大にはできっこない」と自分自身を納得させ、何とか心を保っている。

不思議なもので、自分にとってのライバル関係である女性に対し、親しみや慈しみの気持ちを覚えてしまうことって、本当にある。

「この人と、隆大の良いところを語り合ったり、反対に『彼ってこういうところがダメだよね』と笑い合ってみたい」、「隆大を取り合っているのではなく、彼という一人の人間を『共有』している」

樹理恵はいつしか、そんな考えにまで行き着く。


ところがどっこい。
このアキヨ、裏の顔を持っている。

樹理恵にはしおらしい顔を見せておきながら、何とかして隆大と元サヤに戻ろうと、水面下であれやこれやと画策をしている。


ジーザス。

いるのだ。現実にも。こういう女が。
か弱いふりをして、その実、誰よりも強かな女。

そんな女性を「放っておけない。俺が助けてあげなきゃ。彼女は一人じゃ生きていけないから」と言う男性がいる。

いやいや。あんたはアホか。
まんまと騙されやがって。

おめでたいね?(かわいそうだね?さながら)

彼女である私の気持ちはガン無視か。
こっちの方がよっぽどか弱いわ。

その女、きっと身一つで放り出しても絶対にしっかり最後まで生き延びるぞ。


アキヨのそんな裏の顔が判明するのは、樹理恵が隆大の携帯を盗み見るシーンでのこと。

もう、出るわ出るわ。

昔のように隆大をあだ名で呼び、まるで同棲中の恋人同士かのように振る舞うアキヨからのラブメールが。

アキヨは樹理恵にはしおらしい顔を見せておきながら、裏では隆大に猛アタックを続けていた。

当たり前だ。まともな感性と節度を持った女性なら、元恋人の家に転がり込むなんて、できるわけがない。ましてや隆大には樹理恵という新しい恋人までいる。アキヨは異常、ただの異常者である。

ただ、こういう異常者は、フィクションじゃなく現実にも存在するのが恐ろしいところ。ウッ、やっぱりこれ、怖い話かもしれない。


この携帯を盗み見るシーンは、同じような行為をしたことがある人なら、全員共感できるのではないかと思う。それほどのリアリティ。

衝撃と動揺で手は震え「もうこれ以上何も知りたくない」と目に涙を滲ませながらも、もう一人の自分は冷静に指で画面を操作し、相手が言い逃れできないような決定的な証拠を探す。

証拠なんて本当は見つかってほしくないのに、探さずにはいられない。

わかっている。
勝手に人様の携帯を見るなんて、相手が誰であれ許されることではない。いくら自分の精神が追い詰められていたとて、それを正当化するつもりは毛頭ない。

それに、わざわざ自分から傷つきに行くなんて、自傷行為そのものである。でも、知らないままはもっと許せない。

相手の女性のゴテゴテした絵文字や甘ったるい言葉遣い、「私の」恋人を馴れ馴れしく自分のものかのように呼ぶ、その感じ。すべてに嫌悪と吐き気。ウッ、すみません、どなたかビニール袋持ってませんか。


ただ、隆大の携帯からは、決定的な証拠は見つからない。隆大からアキヨへの返信は、常に簡潔で淡々としている。

しかし、隆大は稀にアキヨへ電話をかけていることが、携帯の履歴からわかる。その電話の内容は本人たちにしか分かり得ない。携帯を隅から隅までチェックしたとて、過去の電話の中身まではとても追えない。

いくら隆大が「アキヨには恋愛感情はない。好きなのはお前だけ」と言おうが、事実、隆大がアキヨの猛アタックをきちんと拒んでいようが(正直コレも怪しいが)「お前の気持ちや覚悟なんか知ったこっちゃねーわ」という話である。


私は、そのガードの緩さが問題だっつってんの。

彼女以外の女性から恋愛対象にされることに危機感を覚えない、その状態。

緩い。緩すぎるんだよ。


「苦しんでいる昔の恋人を放っておけない」そんな優しい優しい隆大くん。しかし、それって「現彼女である私には、ちっとも優しくない」と同義ですから。


隆大は、結局自分が一番かわいいだけなのである。でも、付き合っている時はこれに気が付けないのが、恋愛マジックなのか。

そして隆大は、どちらの女性にも良い顔を続けた結果、どちらも不幸にしている。

樹理恵が隆大に対して「上手くこなせないなら初めからやるな」と怒鳴りつけるシーンがあるが、全くその通りである。

自分のプライドのためにどちらも(樹理恵という彼女の存在も、昔の恋人を放っておけない優しい自分も)手に入れようなんて、それが完璧にこなせるだけの器を手に入れてからやれという話。

現に樹理恵は苦しんでいる。今の隆大の幸せは、樹理恵ただ一人の我慢の上に成り立っているではないか。


だが、樹理恵は隆大に対してとことん献身的である。酷く、時には滑稽なほどに。

隆大の気持ちを理解しようとあれこれ理由をつけて自分を納得させるシーンなんかは、読者に対して言い訳をしているようにも感じる。

「でもね、彼にも良いところはあってね……」と。

恋愛に悩む多くの女性がそうであるように。

かつての私がそうだったように。


最終的に樹理恵は、日本とアメリカの文化の違いまで学ぼうとする。

樹理恵にとって理解できない隆大の行動は、生まれ育ったアメリカという土地のお国柄であって、広い目で見れば彼の行動は何らおかしなものではない、と理由づける。

(これは、何かに没頭することで半分現実逃避をしているだけでもあるんだけれど、でも、これもわかるなあ…)


樹理恵は、自分の中で燻るものを感じながらも、それに何とか蓋をし、あくまで「ものわかりのいい彼女」を演じる。隆大に嫌われたくないからと、自分の感情を度々押し殺す。

しかし。我慢はそういつまでも続くものではない。樹理恵は自分が思っているよりも、かなりギリギリのところに立っていた。


そして、ひとたび樹理恵の堪忍袋の緒がぷちんと切れると、その反動は凄まじかった。

物語のラスト、隆大宅に乗り込むシーンの樹理恵のキレキレッぷりが痛快なのはその通りなのですが、「姐さん!そんなんじゃ足りないわ!もっとやっちゃってくださいよ!!」と思ったのは、きっと私だけじゃないはず。

アタイ、あいつら許せない!キー!

でも、堪忍袋の緒が切れてアキヨや隆大を怒鳴りつけたり、物に当たったりしても、どこか完全には狂い切れないところが、リアリティがあってよかったのかもしれない。

どれだけ頭にカッと血が昇っても、心の中にはどこか冷静な自分もいる。

そして、樹里恵には自負がある。
自分は元恋人に寄生して生きているアキヨとは違う、自立している人間だという自負が。

ブチギレた樹理恵に対し、アキヨは「あなたには、明日の生活もままならないほど不安になった経験がある?」と問う。それに対し樹理恵は「そうならないように、私は(あなたと違って)毎日ちゃんと仕事に行っている」と答える。

私は「樹理恵ー!よくぞ言ってくれた!ブラボー!!」と心の中で拍手した。

毎日ヒイコラ言いながら働いている人間が、元恋人の寄生虫になっているような女に諭されるわけがないだろうと。


そして物語のラスト、少し冷静さを取り戻した樹理恵は「私はきっと、とっくの昔にふられていたのだ。隆大が私の気持ちよりも、アキヨを居候させることを優先した時点で」と気が付く。

正直、コレが私には痛すぎた。

そう、彼氏が自分以外の女性を優先することを決めた時点で、「俺にはお前の気持ちより大切なものがある」と宣言されているようなものだ。

その大切なものが、相手の女性そのものなのか、彼が追い求める理想の自分の姿なのかはさておき。


でも、それを認めたくないから、なんだかんだと理由をつけて、物分かりのいいふりをして、どうにか自分を納得させる。

他人に相談したら「別れろ」と言われるような恋愛だとわかっているから、一人で抱え込んでしまう。


隆大はどうしようもない優柔不断男だとわかっている読者からすれば「そんな男どうだっていいじゃん」と言いたくなるかもしれない。

でも、この樹理恵の気持ち、私は本当によくわかる。

これを読んだのが、浮気した過去の恋人と付き合っていた当時じゃなくてよかったかも。今ごろ傷口に粗塩を塗りたくられ、血だらけになっていたかもしれない。

今はもうその傷のかさぶたも剥がれ、綺麗な新しいピンク色の皮膚に変わりつつある。だから、過去の自分を見守るような愛おしい目で、樹理恵を応援することができる。

自分にとって最愛の恋人と別れる結果になった樹理恵は、もしかするとしばらく苦しい日々を送ることになるかもしれない。あの時の自分の行動を後悔してしまう時があるかもしれない。隆大に電話をかけようか一晩中迷ってしまう夜があるかもしれない。

でも、多くの読者がそう思っているように、あの時、隆大と決別した樹理恵の行動は正しい。

そして、大事なところでちゃんと正しい行動をとれる樹理恵は、いつかこの苦しみを乗り越えて、糧にして、ちゃんと前に進んでいけると私は思う。


この『かわいそうだね?』は、私の話であると同時に、この世に数多いる恋に悩む女性たち(何も女性に限らないけど)の拠り所になるような作品だと私は思う。

もしここまで読んでいただいて本作を未読の方、ぜひ中森明菜の「十戒(1984)」をBGMに『かわいそうだね?』を読んでみてください。


最後に、

彼女や妻以外の女性を優先する男なんて、ただのゴミである。


と冒頭の文章を再放送したところで、このnoteはおしまいにしたいと思う。さようなら!



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