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睡眠時無呼吸症候群(SAS)に関する包括的な情報


1. 症状と原因

主な症状

睡眠時無呼吸症候群(SAS)の特徴的な症状は、睡眠中の激しいいびきと無呼吸(10秒以上呼吸が止まる状態)を繰り返すことです。
その結果、眠りが浅く断続的になるため、日中の強い眠気や慢性的な疲労感、起床時の頭痛が生じます。
症状が長期間続くと集中力・注意力の低下につながり、居眠り運転などによる交通事故のリスクも高まります。
これら以外にも、夜間の頻繁なトイレ(夜間頻尿)や起床時の口渇感、熟睡感の欠如などが見られる場合もあります。

主な原因

SASの最も大きな原因は肥満です。
肥満により喉や上気道周辺に脂肪が付いて気道が狭くなるため、仰向けで寝たときに舌根が喉に落ち込みやすく、気道が塞がれ無呼吸を起こしやすくなります。
ただし、日本人では非肥満でも重症SASの患者が少なくないことも報告されています。
肥満以外の要因として、生まれつき顎が小さい・舌が大きい・扁桃が肥大している・鼻腔が狭いなど、顔や気道の解剖学的特徴(頭蓋顎顔面形態)が挙げられます。
これらの構造的要因により上気道が狭く保たれると、睡眠中に気道が閉塞しやすくなります。
また、性別や年齢も発症リスクに影響します。男性は女性より発症頻度が2~3倍高く、特に肥満の中年男性で多くみられます。
ただし加齢とともに男女差は縮小し、女性も閉経後には発症リスクが上昇します(閉経後女性の約10%にSASが認められたとの報告あり)。
年齢別には、成人後は加齢に従い有病率が増加し、60~70代でピークに達した後は横ばいになる傾向があります。
なお、喫煙や飲酒といった生活習慣も気道の炎症や筋弛緩を招き無呼吸を悪化させる要因となります(飲酒はSASを悪化させることが知られています)。


2. 診断方法と検査

主な診断方法

睡眠時ポリソムノグラフィー(PSG)はSAS診断のゴールドスタンダードとされ、一晩かけて睡眠中の脳波・心電図・眼球運動・筋電図・呼吸気流・血中酸素飽和度などを同時に記録し、無呼吸の発生頻度や睡眠の質を詳しく調べます。
PSGには、自宅で行う簡易検査と医療機関に一泊入院して行う精密検査の2種類があります。一般的にはまず携帯式装置を用いた簡易検査を実施し、SASの疑いが強い場合に精密検査(入院によるPSG)を行います。

  • 簡易検査(在宅睡眠モニター)
    指先のパルスオキシメータで血中酸素濃度を測定しつつ、鼻の下に装着したセンサーでいびきや気流を記録する簡便な装置を一晩装着して眠ります。
    この検査で睡眠中の呼吸状態(無呼吸や低呼吸の回数)や上気道狭窄の程度を評価します。自宅で手軽に行える利点がありますが、測定項目が限られるため正確性はPSGに劣ります。

  • 精密検査(終夜PSG)
    病院に一泊入院して行う本格的な睡眠検査で、頭部や顔、指先などに複数の電極やセンサー類を装着し、脳波・心電図・呼吸気流・胸や腹部の動き・血中酸素濃度・睡眠中の体位・いびき音などを詳細に収集します。
    他の睡眠障害との鑑別も可能で、より正確に呼吸異常の程度を把握できます。近年は簡易PSG機器の進歩により在宅での精密検査を行えるサービスも普及しつつあります。

また、器質的異常が原因かを調べる画像検査(X線やCT、MRIなど)が行われることもあります。顎の骨格や鼻中隔のゆがみ、扁桃肥大の程度などを画像診断で確認し、外科的治療の必要性を判断します。

医療機関での検査プロセス

上記のような症状に心当たりがある場合は、まず専門医の診察を受けることが重要です。
医師の診察では、日中の眠気の程度(エプワース眠気尺度など)や生活習慣、既往歴の聞き取りが行われ、必要に応じて簡易睡眠検査キットが貸与されます。
自宅での簡易検査の結果、無呼吸低呼吸指数(AHI)が高いなどSASの疑いが強いと判定された場合、確定診断のために病院で一泊の精密検査(PSG)を受ける流れになります。
検査の結果、1時間あたりの無呼吸・低呼吸回数(AHI)が5以上であればSASと診断され、重症度(軽症:5~<15、中等症:15~<30、重症:30以上)に応じて治療方針が決定されます。
なお、診断に至っていない潜在患者が多いことも問題となっており、いびきや日中の眠気に気付いた家族や同居者からの指摘が受診のきっかけとなるケースも少なくありません。


3. 治療法

SASと診断された場合、症状の程度や原因に応じて以下の治療法が選択されます。効果やメリット・デメリットは異なるため、医師と相談しながら最適な治療戦略を立てます。

CPAP(経鼻的持続陽圧呼吸療法)

CPAP(Continuous Positive Airway Pressure)療法は、中等症~重症の閉塞性SASに対する第一選択の治療法です。
就寝時に鼻や口を覆うマスクを装着し、小型ポンプから気道に向けて持続的に空気を送り込みます。これにより気道内圧が上昇し、咽頭部の閉塞を防ぐことができます。
CPAP装置の使用で夜間の無呼吸がほぼ完全に抑えられ、日中症状が改善する効果は高く、心筋梗塞や脳卒中など心血管合併症のリスク低下も期待できます。
一方デメリットとして、毎晩マスクと機器を装着する負担や、装着感による不快感、鼻や喉の乾燥などが挙げられます。旅行や出張時の携行、装置の手入れなど手間もかかりますが、SAS治療では最も確実で効果的な方法と位置付けられています。

生活習慣の改善

多くのSAS患者では生活習慣の見直しが症状緩和に有効です。根本原因が肥満にある場合が多いため、減量を含む生活習慣改善はあらゆる治療と並行して指導されます。

  • 減量(体重コントロール)
    適正体重への減量はSAS症状の改善に直結します。体重を減少させると無呼吸低呼吸指数(AHI)や日中の眠気が有意に改善したという研究もあります。
    ただし、減量のみで完治が難しい場合も多く、特に重症例ではCPAPやマウスピース等の併用が必要になることがあります。

  • 飲酒・喫煙の制限
    アルコールには咽頭の筋肉を弛緩させる作用があり、就寝前の飲酒は無呼吸発作を悪化させます。禁酒または節酒(特に寝る前の飲酒回避)が推奨されます。
    喫煙も気道粘膜の炎症や鼻づまりを引き起こして無呼吸を悪化させるため、禁煙が望ましいです。

  • 睡眠姿勢の工夫
    仰向けに寝ると舌や軟口蓋が喉の奥に沈下して気道が塞がりやすくなるため、横向きで寝る習慣をつけると症状が軽減する場合があります。
    特に体位依存性OSA(仰向けで無呼吸が悪化するタイプ)の患者では、寝姿勢を矯正することで症状緩和が期待できます。
    また、口腔・舌のエクササイズ(口腔筋訓練)が軽症例で一定の効果を示すとの報告もあります。

外科手術

保守的治療で効果不十分な場合や、明らかな器質的原因が存在する場合には外科的治療が検討されます。

  • 扁桃摘出術・アデノイド切除
    咽頭扁桃(アデノイド)や口蓋扁桃の肥大が原因の場合、原因組織を摘出することで呼吸パターンの劇的な改善が期待できます。特に小児では完治する例もあります。

  • 口蓋垂軟口蓋咽頭形成術(UPPP)
    軟口蓋や喉ちんこ(口蓋垂)の余分な組織を切除・縫縮して上気道を広げる手術ですが、効果に個人差が大きく合併症リスクもあるため、近年は慎重に適応が検討されています。

  • 鼻腔・顎の手術
    鼻中隔湾曲症や副鼻腔炎による重度の鼻閉が無呼吸の一因の場合は、鼻中隔矯正術などで鼻通りを改善することがあります。
    また、顎骨骨切り術(顎顔面形成術)は上下顎を前方へ移動させ気道を拡大する根治的治療ですが、大がかりな手術であり慎重な適応が必要です。
    外科治療は即効性がある反面、身体的リスクも大きいため、まずはCPAPやマウスピースなど低侵襲な治療を優先
    するのが一般的です。

口腔内装置(マウスピース)

口腔内装置(OA療法)は、就寝時にマウスピース型の器具を装着し、下顎を前方に固定して気道を広げる治療法です。
顎が小さい、舌が大きいなど構造的要因があるSASに有効とされ、CPAPと比べて装置が簡便で機械音もないため、就寝中の負担が少ない点がメリットです。
軽症~中等症の患者では症状の改善が見込める一方、重症例では効果が十分でない場合があります。
また、装着中に顎関節や歯への負担がかかるため、顎の痛み・噛み合わせの変化など副作用が生じる可能性もあり、専門の歯科医師による精密な型取りと調整が必要です。


4. リスクと合併症

睡眠時無呼吸症候群を適切に治療せず放置すると、様々な健康リスクや合併症が高まります。

心血管疾患との関連

SASは高血圧・心疾患・脳血管疾患など心血管系の病気リスクを大きく高めることが知られています。
睡眠中の低酸素状態と繰り返す覚醒反応で交感神経が慢性的に亢進し、血圧上昇や心拍変動をもたらすため、高血圧の発症率が上昇し、長期的には心筋梗塞や脳卒中のリスクが3~4倍にも達します。
1時間あたりの無呼吸・低呼吸回数が30回以上の重症SASでは、心臓発作や脳卒中のリスクが約5倍という報告もあり、重症SAS患者の死亡率は健常者の2.6倍とのデータもあります。

糖尿病との関連

SASと2型糖尿病は相互に関連する生活習慣病であり、SAS患者は糖尿病を発症しやすいことが明らかになっています。
肥満度や年齢などを補正してもSASがあると糖尿病発症リスクが1.6倍以上になるという報告や、無呼吸の重症度が高いほど糖尿病の合併率が上昇する傾向が示されています。
夜間の低酸素や断片的な睡眠によるストレスで交感神経が過剰に働き、血糖値やインスリン抵抗性が悪化するメカニズムが関与していると考えられます。
一方、CPAP治療によって血糖コントロールが改善するケースもあり、SAS治療は糖尿病の合併症予防や改善にも寄与するとみられています。

認知機能への影響

十分な睡眠が確保できない状態が続くと、脳の認知機能にも悪影響が及びます。
SAS患者では日中の注意力低下や物忘れが生じやすく、長期的には軽度認知障害(MCI)や認知症のリスクが高まるとの指摘があります。
ある研究では、SASのある人はない人に比べて記憶力や思考力の低下リスクが約1.5倍になると報告されました。
睡眠中の断続的な低酸素や脳への血流低下、それによる神経炎症(ニューロインフラマーション)が認知機能を徐々に損なう可能性が考えられます。
ただし、早期にSASを治療すれば認知機能低下を予防できる可能性も示唆されています。

交通事故や作業効率低下のリスク

日中の過度な眠気は自動車事故や労働災害に直結します。
SAS患者が交通事故を起こす頻度は非患者の約2.5倍に達すると言われ、居眠り運転による重大事故の事例も国内外で報告されています。
また、眠気や倦怠感により仕事中の生産性低下やミスの増加を招き、集中力を要する作業ではヒヤリハットや事故リスクが高まります。
治療によって日中の覚醒水準が保たれれば、こうしたリスクは大きく低減できます。

この他にも、SASはうつ病・不安障害などメンタルヘルスへの影響勃起不全など男性機能障害、緑内障の発症リスク増加(SAS患者で約10倍との報告)など、多岐にわたる合併症が報告されています。
したがってSASと診断された場合、単なるいびきと侮らず適切な治療を受けることが長期的な健康維持に不可欠です。


5. 最新の研究や治療法の進展

最新の医療技術や治療法

近年、SASの治療には新しい医療技術が導入されつつあります。代表的なものが舌下神経電気刺激療法です。
埋め込み型の医療デバイスで舌の運動神経(舌下神経)を夜間に電気刺激し、舌根を前方に押し出して気道の閉塞を防ぐという画期的な治療法です。
米国で開発されたデバイス「Inspire」が有名で、手術により鎖骨下に小型の刺激装置を埋め込み、睡眠中の呼吸リズムに同期して舌下神経に微弱な電流を流します。
これにより舌の筋肉が収縮して気道が確保され無呼吸指数の大幅な減少や日中の眠気の改善が報告されています。
CPAP継続困難例の有効な治療オプションとなることが期待されていますが、埋め込み手術が必要な点や、施設がまだ限られる点には注意が必要です。

その他、経鼻高流量酸素療法や陰圧呼吸補助装置など、新しいコンセプトの装置開発も進行中です。
CPAP装置自体も、人工知能による自動圧力調整(オートCPAP)や静音化、スマートフォン連携による睡眠データの遠隔モニタリングなど進歩が見られます。
これらの技術は、治療のハードルを下げて患者の受療率を高めることが期待されています。

海外での新しいアプローチ

海外ではSASに対する薬物療法の研究開発が進んでおり、特に肥満症治療薬の効果に注目が集まっています。
例えば、GLP-1/GIP受容体作動薬(チルゼパチド)が肥満を伴う中等度~重度OSAに対して有効性を示し、アメリカFDAで承認されたとの報告があります。
大幅な体重減少によって気道閉塞が改善した結果、無呼吸低呼吸指数(AHI)の有意な改善がみられたとされ、肥満解消による間接的なSAS治療というアプローチが公式に認められた形です。
もっとも、注射薬であることや副作用リスクもあるため、BMIの高い患者に限定されるなど慎重な運用が行われています。

また、舌や喉の筋トレーニングを日中に行うことで睡眠中の気道安定性を高める筋機能療法(オロファリンジアル・エクササイズ)が欧米を中心に注目されています。
中枢性睡眠時無呼吸(Cheyne-Stokes呼吸など)に対しては、横隔神経を電気刺激するペースメーカー様の治療が欧州で承認されるなど、新技術が登場しています。
遺伝子治療や幹細胞治療などの先端研究も進められており、将来的には遺伝的要因に基づくオーダーメイド予防や治療が可能になる可能性も示唆されています。

遺伝的要因の研究

SASには遺伝的素因も関与すると考えられ、顎が小さい・肥満になりやすいなどの体型や骨格の特徴が家族間で遺伝することがあります。
実際に「いびき体質の家系」「家族に無呼吸を指摘された人が多い」などの報告も珍しくありません。
しかし現時点では、遺伝的要因よりも肥満や顎の骨格といった改善可能な因子へのアプローチが重要とされます。
大規模研究が進行中であり、将来的には遺伝的リスクに応じた予防法が開発される可能性もありますが、現行の治療や生活習慣の是正がまずは優先されます。


6. 日本での患者数や統計データ

日本国内のSAS患者数

睡眠時無呼吸症候群は日本でも稀な疾患ではなく、潜在患者数は約300万人とも推計されています。
これは成人の約5%前後に相当し、糖尿病と同程度かそれ以上にありふれた疾患とも言われます。
さらに軽症例を含めると有病率はさらに高く、一部の解析では日本人全体の約17%(推計2200万人)が何らかの閉塞性SASを有しているとの試算もあります。
治療が必要と推定される中等症以上の患者数は約940万人に上るとの試算もある一方、実際に医療機関でSASと診断されCPAP療法を受けているのは約50万人程度と見られ、潜在患者の多さが大きな課題です。

年齢層や性別による分布

日本におけるSASの有病率は、一般に男性の方が女性より2~3倍高いとされています。
ただし女性でも閉経後はリスクが上昇し、同年代の男性との差が小さくなります。
年齢別には中年以降に増加し、60~70代でピークとなり、その後横ばいになる傾向が報告されています。
小児や若年者もアデノイド増殖や顎の構造異常など別の要因でSASを起こす場合があります。
また、日本人は欧米人に比べ顎が小さく気道が狭い傾向があり、BMIが低くてもSASになり得る点に注意が必要です。

医療機関での対応状況

日本ではSAS診療体制が整備されつつあり、睡眠外来の設置や睡眠学会認定医が増えてきました。
在宅簡易検査が普及しており、一般内科や循環器内科でもSASのスクリーニングが可能になりつつあります。
治療面では、中等症以上かつ日中の眠気など症状がある患者にはCPAP療法が保険適用となっており、1~3か月ごとに外来フォローしながら機器の調整が行われます。
CPAP治療を受けている患者は推計で約50万人とされ、比較的標準的な治療として定着してきています。
軽症やCPAPを拒否する患者には口腔内装置(マウスピース)が提案され、耳鼻咽喉科では扁桃摘出や鼻中隔手術などの外科的治療にも対応可能です。
さらに近年は舌下神経刺激療法
が保険適用となり、一部の高度医療機関での手術が実施され始めています。
また、運転業務に携わる人へのSASスクリーニング検査実施など、社会的な取り組みも進んでおり、早期発見と治療によるQOL向上と合併症予防が期待されています。

参考文献

  • 睡眠時無呼吸症候群~診断と治療~
    この論文では、SASの診断方法や治療法について詳しく解説されています。

    1. jstage.jst.go.jp

  • 睡眠時無呼吸症候群の診断と治療
    SASの診断基準や治療指針について述べられており、臨床現場での活用が期待されます。

    1. jstage.jst.go.jp

  • 睡眠時無呼吸症候群(SAS)の診療ガイドライン2020
    日本呼吸器学会が監修したガイドラインで、SASの最新の診療指針がまとめられています。

    1. jrs.or.jp

  • 閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSA)
    MSDマニュアルによるOSAの解説で、病態や治療法について詳しく説明されています。

    1. msdmanuals.com

  • 閉塞性睡眠時無呼吸症に対するガイドライン
    Mindsガイドラインライブラリが提供する資料で、OSAの診断と治療に関する推奨事項がまとめられています。

    1. minds.jcqhc.or.jp

  • 2023年改訂版 循環器領域における睡眠呼吸障害の診断・治療ガイドライン
    日本循環器学会が発行したガイドラインで、循環器疾患とSASの関連性や治療法について詳述されています。

    1. j-circ.or.jp

  • 睡眠時無呼吸症候群の診療の進め方
    Antaa Slideに掲載されたスライド資料で、SASの診療手順やポイントが視覚的にまとめられています。

    1. slide.antaa.jp

  • 中枢性睡眠時無呼吸症候群
    MSDマニュアルによる中枢性睡眠時無呼吸症候群の解説で、病態や診断、治療法について詳しく説明されています。

    1. msdmanuals.com

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