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自動販売機

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YouTubeに朗読をアップしました。
https://youtu.be/Uni5kKbtcnk
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僕の家は駅から少し離れた、
人通りの少ない路地にあるアパートだ。
貧乏苦学生がいかにも住んでいそうな佇まいの木造アパートに、
まさしく貧乏苦学生の僕が住んでいた。
見た目通りすぎて酒のツマミにもならない。

僕の部屋はアパートの2階で、
夜中に帰ると階段の軋む音すら
近所迷惑になりそうなくらい響く。
階段の下には薄汚れた自動販売機が置いてある。

その自動販売機は、大体いつも電気がチカチカしていて、
見本の缶ジュースには、小さな蛾の死骸が数匹まとわりついている。
そして、まともにジュースが補充されているのを見たことがない。
ほとんどのジュースが売り切れだった。

その中で、いつも絶対に売り切れていないジュースがあった。
真っ白のパッケージに「○」と「×」が
縦に並んでいるだけのデザインで、
何味なのかもわからない。

そして値段は20円だ。
安すぎてかえって恐ろしい。
僕は、その自動販売機でジュースを買った事は一度もなかった。
今日もギシギシうるさい階段を登って帰宅した。

帰宅してすぐ、友達からLINEが届いた。
「おまえ結局沖縄どうすんの?」

そうだった。
サークルの仲間で、卒業前に沖縄に行こうって話になってたんだっけ。
沖縄に行く金なんてないけど、ユキちゃんも行くんだよなあ。

俺はユキちゃんに惹かれている。
可愛くて清楚で、どストライクなんだよな。
友達への返事を考えていると、外が騒がしくなった。

酔っ払いが自動販売機に向かって、クダを巻いている。
「金入れたのになんで出てこないんだよ」って、
売り切れボタンを確認してからお金入れろよ。

しばらく無視していたけど、
あまりのうるささに、外に出て酔っ払いに対応した。

自動販売機は全部売り切れで、
買えるのは白い缶ジュースしかない事を説明した。
そして
「20円だし、これ買えばいいじゃないですか」
と、絶対に自分では買わないくせに
無責任なことを酔っ払いに提案してみた。

「そんなケッタイなもんいらん」
とぼやきながら酔っ払いは帰っていった。

まあそうだよな。
こんなケッタイなジュース怖くて飲めないわ。
しかし、ケッタイなオッサンの相手に時間を取られた僕の身にもなれよ。

嵐が去るとまた、LINEの返事の事を思い出し、
地味についてない今日一日を呪いながら、
わざと大きめの声で
「沖縄どうしようかなあ」
とため息をついた。

すると、ゴトンゴトンと音を立てて
自動販売機からジュースとお釣りが落ちてきた。
あの白い缶のジュースだ。

白いパッケージに「×」、
その裏側に「沖縄落ちる」と書かれてある。

なんだこれ?
なんか自動販売機にまで、
金欠をバカにされたみたいでイラッとした。

しかし現実は「行かない」という
選択肢しかないんだよなあ。
沖縄に行ってしまうと、飯も食えないし家賃も払えない。
結局、僕は友達に「金欠だからやめとくわ」と送った。

2週間後、昼飯を買いに行ってたら、
LINEのメッセージに気づいた。
グループラインで沖縄組から俺宛に
「行ってきます!」
「今からおまえも来いよ!」
「お土産買ってくるから」
などと入っていた。
僕は「楽しんでこいよ」と返事をしたが、
もう飛行機の中なのか、みんな既読にはならなかった。

買い物を終えてコンビニ弁当を広げ、
ヒルナンデスを見ようとテレビをつけたら
緊急ニュースをやっていた。
どこかの飛行機が墜落したらしい。
時間は朝の10時ごろか。

おいおい、まさかあいつらの飛行機じゃないよな。
と、呟きながらペットボトルのお茶を開けると同時に、僕は固まった。
死亡者リストにあいつら全員の名前があった。

「本日午前10時、羽田発沖縄行きの飛行機が墜落しました。
確認できている死亡者は…」

テレビから聞こえる、アナウンサーの声を聞きながら
自動販売機の、白いジュースを思い出していた。

「×」「沖縄落ちる。」

しばらくは友達の葬式で、バタバタとしていた。
友達の両親の何人かからは
「君は行かなくてよかったな」と
少し恨めしそうに言われた。

いや、恨めしそうの見えるのは
僕の後ろめたさが、そう見せるのかも知れない。
僕は少なくとも、沖縄行きの飛行機が落ちるという
予言を知っていた。
僕がそれを解読して友人に話して、沖縄行きをやめさせていたら、
友人たちは死なずに済んだんじゃないか。

現実的ではない事は分かっている。
話したところでそんな話、誰も信じないだろう。
当時の僕だって信じていなかったじゃないか。

僕は大学に行けなくなり、そのまま中退した。
アパートを引き上げて実家に戻り、
しばらくは引きこもって暮らしていた。

事故から1年が経ち、
親からも、気分転換にバイトでもしたらどうか、と言われ、
僕もそろそろ、社会復帰をしないとなと思っていた。

どんなバイトがいいだろうかと、
日暮れの街の、いつも通らない道を選んで
ぶらぶらと歩きながら考えていると、
以前住んでいたような古いアパートを見つけた。

懐かしさや悲しさが込み上げる。
アパートの正面に立って見渡すと、
見覚えのある自動販売機があった。

同じだ。
白いパッケージの20円の缶ジュース。
やはり○×が縦に書いてある。

この自動販売機は、僕が人生の岐路に立つと現れるのか。

僕は財布から20円を取り出し、挿入口に入れた。
そして「バイト見つかるかな」と言いながら
白い缶のボタンを押した。
ゴトンゴトンと音を立てて、ジュースが落ちてきた。

表には「○」裏には「炎上」

これって、バイトテロかなんかでSNSが炎上するとしか
解釈できないんだけど…。
でも今回は「○」なんだよな。

もしかして僕がバイトテロを阻止するとか、
そう言う事なのかな?
とにかく誰かの役に立てそうなら、
バイト先を探して見ようと思った。

あれから僕はバイトを見つけた。
ファミレスの厨房のバイトだ。
僕は深夜を担当している。
深夜帯にバイトに入れる人は少ないらしく、
とても重宝がられた。

僕には意外と料理の適性があったらしく、
厨房の仕事が結構楽しい。
料理といっても、冷凍されたものを解凍するくらいなのだが、
盛り付けをしたり食器を洗ったりするのが楽しかった。

バイトを始めて1ヶ月くらいが経った頃、
DQNっぽい3人の高校生がクスクス笑いながら
ドリンクバー周辺で何かをしていた。

覗いてみると、氷のボックスの中に
ホットコーヒーを流し込んで氷を全部溶かす様子を
ライブ配信していた。

白い缶の予言はこれか。
こいつらのSNSの炎上を、僕は止めないといけない。
僕は高校生に注意をした。
高校生は素直に謝ってくれた。
こんなささやかな事だけど、
未来ある高校生を救えたような気がした。

翌日、バイトあがりで帰っていると
消防車がけたたましく何台も通り過ぎた。
方向が僕の家の方だったので不安だった。

僕は母に電話をしたが、繋がらない。
「おかけになった電話番号は~」
父にも電話をしたが、同じだった。

僕は走り出した。
僕の家ではないことを願っていたが、
家が近づくにつれ、火元は確実に僕の家だった。
ものすごい火柱が上がり、辺り一面を燃やし尽くしていた。

この火事で両親は死んだ。
犯人は、僕が注意をしたあのときの高校生だった。
高校生も火事に巻き込まれて重体らしい。

あの日、高校生は僕の後を追って家を特定したらしい。
氷を溶かしてる高校生を僕が注意して、
その後、僕を追跡して家を特定する様子も全て
ライブ配信されていた。

白い缶の予言は当たった。

僕は火事の日は、バイトに行っていたから、命が助かった。
でも犯人は僕が注意した高校生だ。
僕が高校生と接点を持たなければ、両親は死ななかった。
あの予言は、僕が死なないという事だけを基準にしているんだ。
両親が死んだのは、やっぱり僕のせいだ。

最近、巷である動画が炎上しているらしい。

「底辺バイトに注意されてムカついたので、家を燃やしまーす」
「いまから底辺バイトの家で、メントスコーラやってみまーす」
「あ、うっかりコーラの代わりに18リットルのガソリン、
 メントスの代わりにマッチを用意しちゃいましたー」
「まあいいや、ガソリンタンクの中に、
 火をつけたマッチを投げ入れてみましょう!」

『まじやべーよ』『お前狂ってんな』などの笑い声。
その後の爆発音と閃光。
僕の家は、一瞬で火の海になった。

これもライブ配信されていたらしい。
ネットでは僕と高校生のやりとりを
面白おかしく揶揄されて拡散されていた。

僕は友達も両親も家も失った。
現在僕は、周りの誰にも居場所は教えていない。
高校生3人は、なんとか命が助かったらしい。

僕は高校生たちの家を特定した。
今からメントスとコーラを買ってこよう。
「◯」「倍返し」と書かれた缶ジュースをポケットに入れて。

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