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海乙女

 夢を見ていた。しかし、いつから夢を見ていたのかは、まるでわからない。頬に刺青を入れられた時だろうか、それとも私の胸からだらだらと流れていく血を、あなたが啜った時だろうか。返り血を浴びたあなたと目が合った時に、左右非対称なあなたの唇にセクシャルな感情を抱いてしまったのは、夢だったのだろうか。現実と夢の境界線はぐにゃぐにゃと波打ち、超現実主義の絵画を見ている時のような不安に襲われる。生ぬるく、緩やかな不快感がねっとりと私に絡みつく。視界に広がる景色のどこにも、私の居場所はないのだろう。黒く細い影が、両手で私の胃を掴みにくる。吐き気がする。

 ああ、気付いたらまたあの日と同じ景色を見ている。じりじりと逃げる場所を奪われ、心の支えも私自身も蝕まれて再起不能なほどすり減った瞬間に、ようやく自身の過ちに気付くのだ。

 地上の景色と水中の景色が交錯する。溺れている。地に足がつかず、実像の線が歪んでいく。私はいつも、水を吸い咳込み苦しまなければ理解らない。そんな愚かな生(性)なのだ。でも、情けないよりも苦しい。苦しいよりも悲しい。悲しいよりも虚しい。
満身創痍でどうにもならないけれど、あなたの名前を呼ばない。あなたのことを決して求めない。こんなにもボロボロだし、頼みの綱があなたしかいないことを知っているけれど、あなたの最後の記憶を、美しいままで終えさせて。流れる血は美しくとも、黒く分厚い瘡蓋は醜いでしょう。どうか綺麗な私のまま。汚らわしい私なんて、見なくていいから。

 徒に時間は流れていき、頭頂部まで水に飲み込まれてしまった。沈んでゆく。ぶくぶくと水面に上がっていく空気を見て、まだ生きていたことを知覚する。泡はすぐに消えてしまうのだ。生きていることも、そしてその証も、一瞬で風化してしまう。今度こそ息絶える。虚ろな意識の中でぼんやりと考え、私はゆっくりと瞼を閉じた。おやすみなさい、私はあなたのプリンセス。そして愚かな戦士。

 美しいまま世界に溶けていく。血潮が溢れる私の傷口に接吻したあなたは、まもなく私の性を生きるでしょう。次私にお目にかかることがあれば、私の心臓をぶっ刺して。新鮮な血が出なくなるまで八つ裂きにして。私の心臓はあなたによって再起不能にさせられる。あなたが私という十字架を背負えば、あなたの心に私は生き続けるでしょう。忘れさせて、やらない。これは最後の悪あがき。きっとあなたの心に爪痕を残してさしあげる。

 泡になって消えるだけの従順なプリンセスになんて、なってやらない。私は執念まみれの海乙女。

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