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都会と田舎、出身地ガチャの話
【概要】
この前、当たり前のようにみんなが漁師になっていたという海外の村に学校ができてから子供たちが「先生」「お医者さん」みたいな夢を持ち始めて跡継ぎがいなくなり困っている という話を見たのだけど、勉強する、ってそういうことだよなあって思った 勉強ができる環境にいられるのは本当に有難いこと
— 白水 桃花 (@nemuiasaa) May 13, 2018
その村の子どもは「先生」も「お医者さん」も知らなかったのかもしれない でも「勉強」することによってそれらの存在やそれになるための術を知り選択肢が増えた 跡継ぎがいなくなってしまうのは問題だろうけど、子どもたちの可能性が広がったことは素晴らしいことなんじゃないかなあ
— 白水 桃花 (@nemuiasaa) May 13, 2018
卒業文集の将来の夢が似通うのってたぶん他を知らないから。先生とか看護師とかは小さい頃から誰しもが触れるしそこに行きがちなのかなという仮説(もちろん本気で憧れてる人もいる)ずっと田舎にいる人がすこしでも都会に出てより多くの職業を知ったらなりたいものが変わる可能性もあるのでは?と思う
— 白水 桃花 (@nemuiasaa) January 29, 2019
イオンしかない街から東京に憧れ上京したわたしの考えです。地元に戻るとよく思う。田舎にも選択肢を増やせたらいいのに。母に引き留められるの適当に回避してたけどこの前はじめて「わたしきっと地元に戻っちゃったらクリエイティビティが失われてだめになると思う」ってマジレスした
— 白水 桃花 (@nemuiasaa) January 29, 2019
ざっとこんな感じの話をしてます。
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当たり前だけど、存在すら知らないものを知ろうとすることはできない。シルエットを知るとか尻尾を見るとかして初めて追うことができる。
わたしはSNSのおかげでいろんなものの尻尾を見つけて、その度に追いかけてきた。だから田舎という閉鎖された世界から飛び出すことができた、のかもしれない。
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わたしが生まれたのは、東京・杉並区、阿佐ヶ谷。
共働きの両親と、しょっちゅう熱を出すわたし。茨城にいた祖父母が面倒を見に来てくれていたらしいけれど、妹が生まれることになって流石に、、ということで1歳で茨城に移住。よって、東京生まれ、茨城育ち。
茨城育ちです、というと大抵海側を想定されるが、
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