最近のこと。
4月の終わり頃に風邪を引いた。
止まらない咳、別人のような声。
あまりにも辛いから、朝仕事へ行く前に「休みたい」と会社へ電話をしたことを覚えている。
休みの了承を得てから、改めて彼にも休むことを伝えた。
あのときの彼の怪訝そうな顔を
今でも覚えている。
「職場の人のことを考えたりしないのか、その日仕事しない分の給料はどうするんだ。」
その言葉を聞いて悟った、というか気付かされた。
「ああ、あなたは僕のことをこんなにもーー」
それ以上は言葉にせずともわかるだろう。
もう暫く顔を合わせる必要もないだろう。
風邪をうつしてしまったら向こうの仕事やプライベートにも迷惑がかかるだろうから。
必要最低限の荷物と最愛の家族を抱いて
僕はその日からその家へ帰ることはなかった。
寂しい、悲しい、虚しい。
僕だけが必死に繋ぎ留めていただけだったのかもしれない。
僕だけが彼を好きだったのかもしれない。
泣いて泣いて悲しくて
寂しくて仕方がなかった。
でもそれはきっと風邪のせい。
やっとの思いで病院へ行き、お薬を貰ってすこし気持ちが落ち着いた。
ただ虚しさだけを取り残して。
あまりにも帰ってこないことに腹を立てたのか
「アパートを引き払う」と連絡がきた。
僕を引き留めたかったのか、はたまたもう諦めがついたのか。
その連絡を見て僕は安堵した。
「もう頑張って演じる必要がなくなるんだ」と。
「いい奥さん」
「素敵なカップル」
「理想的な二人」
「パートナー思いで」
「彼思いの料理」
何度も胸を刺してきたあの言葉たちから
やっと解放される。
それと同時に悲しい気持ちが溢れてきた
今までの努力は無意味だったのだろうか。
金、仕事、安らぎ、結婚。
答えを見るまでもなく終わったこの物語を
繰り返そうとも思えなかった。
話し合いで一度会った。
僕の風邪はとてもしつこくて
小さい咳と声の低さは変わっていなかった。
労るような言葉をすこし話したあとに、仕事が大変だという話をしだした。
僕にとってはもう関係のない話だ。
先に買っていたアイスコーヒー。
カップの外側が静かに濡れ始めるのをぼんやり眺めてた。
離れてから3ヶ月経とうとしている。
すべての話が終わったら
やっと正真正銘解放される。
それまでの辛抱だ。