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【掌編】君と世界と万華鏡
幼い頃にじいちゃんから旅の土産としてもらった石は不思議な色をしていた。湖のようであり、海のようであり、川のようであり、太陽のようでもある。透かした景色に、その石の輝きは影響されるようだった。それが面白くって、幼い頃から常にその石をポケットに忍ばせている。あ、綺麗だな、と思った風景に出会うと、石を目に当ててみるのだ。そしたら、ほら、こんなに綺麗。
ばあちゃんは男の子が綺麗な石なんて喜んでくれるかしら、なんて気にしていたらしいが、じいちゃんはこれしかない!と言って選んでくれたらしい。まさか10年経っても肌身離さず持っているとは思いもしなかったろう。
今日は雨上がりだから、ただでさえ視界がきらめいている。宝石でなくともこんなに世界ってキラキラしてる。濡れたアスファルトに突き刺す太陽の光、マンションのベランダに干された色つきのビニール側が地上に透き通った影を落としていた。
立ち止まっていつものように石を目に当てた俺に合わせて、隣を歩いていた高良も立ち止まった。
「すっげー」
「そんなすごいん?」
「今日はねー、ポケカのレアカードみてぇ」
「あー、あのホログラムのやつね」
俺がこんなにも感動しているのに高良は冷めてる。昔はよく俺にも見せて―なんて言ってきて一緒に石から世界を覗いたが、さすがに高校生にもなればそんなこともなくなった。まぁしゃーない。俺も最近自覚してきたところだ。ひょっとして、石を目に当てる高校生ってちょっと変なんじゃない?
ひとしきりうっとりするほど綺麗な世界に満足したところで石をしまった。何事のなかったかのように、高良と歩き始める。
「雪山とか行きたいな」
「急にどうした。お前スキーは二度とやらないって言ってたろ」
そういえばそんなこともあった。中学の時のスキー合宿だ。初めてのスキーはずっと悪天候で、おまけにリフトから滑り落ちたり余りの寒さに体が慣れず熱を出したり、散々だった。
「綺麗かなって思って」
「そういえば前に行った時は一日も晴れなかったな」
「うん。よく考えたら雪山って晴れてたらめちゃくちゃキレーなのでは?と俺は今思った」
「俺はお前が羨ましいよ」
なんで?と思って隣の高良を見る。ぼんやりとした高良の憂鬱そうな顔を見て、視線を戻す。もったいない、と思う。こんなに綺麗なものを見ずしてどうする。高良にもこのキラキラした世界と俺の感動を分けてあげたい。でも、案外そういうのって難しい。
ポケットの中のころんとした石を撫でる。俺ってやっぱりちょっと変?
「たからー」
「なに」
「俺さー、やっぱりちょっと変かな」
びっくりしたように高良がこっちを向く。目を丸くして立ち止まったかと思うと俺の肩を掴んでくる。
「誰に言われた!」
「いや、自主的にそう思っただけだけど」
「なんで!」
「いや、なんか……お前の顔見てたら」
「変じゃない!」
「あ、そう? なんか、情熱的だね」
大きく溜息をつくと高良は俯いた。ぐしゃっと俺の頭をかき回して歩き出す。
「変わらないでいて欲しいよ」
ずっと綺麗な世界を見ていて欲しい。
なんて、高良は愛の告白のようなことを言った。綺麗な世界なんてみんな見てるよ。高良の背中は今日もきらきら光っていた。