密かな楽しみ
今朝も蝉の鳴き声が響いている。
つい最近までいつ雨が降るかと怯えていたのが嘘のような青空だ。
あ〜暑い…蝉うるさい…
そんな事を考えながら今日も気だるそうに
電車を待っているといつも見かける彼女が来た。
際立って美人でもないが自然と目で追う
同じ時間同じ車両に乗る彼女…を
◇◇◇
彼女を初めて見たのは去年の冬だ
通勤電車普通の風景の中に彼女がいた。
突然一人の女性が具合を悪そうに蹲った。
誰もが大丈夫?かと見守るだけで何もしない
そんな中彼女が声をかけた
『大丈夫ですか?』
女性はか細い声で
『大丈夫です』
と答えていた。
見るからに青白い顔をしている女性
彼女は続けて言う
『顔色が悪いので時間があるなら一度電車を降りませんか?』
女性はその言葉にコクっと頷き次の駅で降りることを告げた。
俺はそんな様子を黙って見ていた。
電車が駅に着くと彼女が横に寄り添いながら
『私もこの駅で降りるので一緒に行きます。』
と伝え一緒に下車していった。
その行動に何も感じることなく
流れる車窓から彼女たちの姿をボーッと見ていた。
◇◇◇
次の日また彼女と同じ電車に乗った。
あっ!あの子だ。
昨日の事がなければ気にすることもなかった存在
彼女を目で追う…隅の席に座った
無意識に向かい側の席に座りスマホの画面へてと目をやる
電車は進み何事もなくいつもの風景だ。
そんなにいつもいつも何か起こるわけない
そんな事を思いながらスマホ画面を見ていた
ふと彼女に目をやる
あれ?昨日ここで降りたはず…
そんな事を思いながら彼女を見た
彼女は一向に降りる気配がない。
ひょっとして気がついてないのか…
そうこうしているうちにドアが閉まる
それでも慌てる様子もなく座っている。
あ〜そうか…昨日は女性に気を使って下車駅と言ったのだ。
何もできなかった俺とは違い凄いと思った。
その反面なぜ見ず知らずの人にそこまで…と言う疑問が湧いてきた。
それから俺は彼女のことを目で追うようになった。
観察していくと気づくことがあった。
彼女はお年寄りや体の不自由な人に自然と席を譲っている。
こんなことが自然とできるなんて…
それに引き換え俺は…
席を譲るなんてとんでもない!これから仕事に行くって言うのになんで…
そんな思いから自然と目を合わせないようにスマホへと目を移し知らないふりをしていた。
彼女の姿を見ていたら自分の行動が恥ずかしくなってきた。
なぜそんなに自然に声をかけ行動できるのだろう…
そう思ったら余計に彼女の事が気になり出した。
◇◇◇
目で追う日々がどれくらい過ぎたのだろうか
僕は未だに変われずにいた
ある日友人にこの一連の話をしてみた。
友人は笑いながら
『お前一歩間違えるとストカーだぞ』
と言われ確かにと苦笑いをした。
続けて友人は話す
『でも本当にすごいよな
俺だったら席譲るなんて事できないわ』
『そうだよなー面倒だよな』
と俺が言うと
『違うよ!断られた時どうしたらいいかわからなくなって恥ずかしいだろ?
だから俺は席を譲ることはできないから最初から席に座らないんだよ』
と言った。
あーそっちか!俺って最低だなと改めて反省をした…
◇◇◇
今朝もまた電車に揺られながら会社に向かっている。
毎朝の風景…
その中で少し変わったことがある
それは…座席に座らなくなった俺がいる。
友人の話を聞いて俺もそれなら出来ると思ったからだ
彼女の様には…
まだまだ出来ないが少しずつ人に優しくなれたら…
そんな事を思うようになるなんて自分でも驚きだ。
少し前の俺からは想像もつかない
それだけ彼女の行動は凄い事だったのだ。
簡単なことのようで簡単じゃない
身をもって体験し成長させてくれた。
名も知らない彼女へ
『ありがとう』
そして貴方を尊敬しています。