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デュエルワンダー ①

「私のターン、マナ補充、ドロー。『孤島の機械竜 アンティキティラ』を召喚」
「呪文、『否認:カースショット』を詠唱。『アンティキティラ』を打ち消すわ」
「モンスターが打ち消されたことにより、<反撃>条件を達成。『竜の子(ドラゴネット)マルフ』をコストを支払わずに召喚。ターンエンド」
「わたくしのターン。マナ補充、ドロー。『隕鉄剣聖(フォール・メテオス)サファイア』を召喚。通るわね?」
「……はい」
「ならば、『サファイア』で攻撃。効果により、<反撃>を持つカードは使用できない。ブロックがなければ、ライフに2000ダメージ。ターンエンド」
 貸し会議室の長机をはさんで、二人の女子高生が向かい合っている。
 ゴム製プレイマットの上に並べられているのは、トレーディングカードゲーム『デュエルワンダー』のカードだ。
 今、二人が戦っているのは、『デュエルワンダー』の小規模なプレイヤー主催大会、『熊本ワンダラー女子CS(チャンピオンシップ)』の決勝戦。
 <反撃>を許さないモンスターを召喚され、愛染アイラは険しい表情をした。
(まずいな)
 状況はよくない。このまま攻撃されつづければ、一方的にライフを削られ、敗北してしまうだろう。

「……いけると思う?」
 アイラは、両隣のチームメイトに尋ねる。
 ここで戦っているのは、アイラだけではない。3対3のチーム戦だ。
「パワーはたりますが……あいての<反撃>が、こわいです」
 イレーナが心配そうに応える。
「次のドローで除去がひけなきゃ、お願いフルパン一択っしょ」
 ウイがにんまりと笑って、アイラの背中を叩いた。
「ていうか、最初からその気だったんだろ。なら覚悟決めろ!」
「それなら、うん……きっと、大丈夫です!」
 チームメイトの言葉に、アイラはうなずき、対戦相手を見据える。
「……ありがとう。決心がついた」
  
 地方の、小さな非公式大会だ。勝ったからといって、プロゲーマーのように賞金がもらえるわけでもない。スポーツのインターハイのような、大きな大会への参加がかかっているわけでもない。負けたところで、アイラにはなんのデメリットもない試合。そもそも、これは単なるゲームだ。強かったところで、なんのアピールにもならない、ただのお遊びだ。なんなら、オタク臭いとか思われるデメリットまであるかもしれない。
 それでも。

(負けたくない。勝ちたい)

 愛染アイラは今、生まれてはじめて、本気でそう思っていた。
「私のターン!マナ補充、ドロー!」


デュエルワンダー


1. 7月17日、阿蘇東高校 

 真夏の日差しを遮るものは何もなく、直射日光が地面を焼く。愛染アイラは、学校指定のカバンを掲げて、小さな日陰を作りながら、校庭の脇を歩く。
「面倒だなあ」
 アイラが向かっているのは、校庭の向こう側にある部室棟だ。補習に参加する他の二人が、昼休みに向かったっきり帰ってこないので、呼びに行くよう教師に言われたからだ。
 教師は怒り心頭で、アイラに宿題のプリントを三人分渡すと、一方的に授業を切り上げてしまった。アイラにとっては、とばっちりもいいところだった。なんで私が、という言葉を飲み込んで、笑顔で引き受けた。
「推薦のため、推薦のため……」
 自分に言い聞かせるような独り言を、誰も聞いていない。夏休みの学校にいるのは、部活にいそしむ生徒と、あとは補習に呼ばれたアイラたちぐらいなものだった。
 校庭では、陸上部が練習をしている。アイラも、入学してから数ヶ月前までは陸上部に所属していたのだが、骨折をきっかけに、退部した。
「あ。愛染さん」
 日陰で休んでいた部員の一人が、アイラに気づいて声をかけてきた。
「やあ。……暑そうだね」
 名前を呼ぼうとして、アイラは自分が、彼女の名前を覚えていないのに気がつく。
「そうだね、大変」
「……」
「……」
「足の具合、いいの?」
「もう大丈夫。入院が長引いたぶんの補習が面倒だけど」
「そう。がんばってね」
「うん」
 会話はそれだけだった。
 アイラは、自分が退部すると言ったときの、部員たちの表情を思い出す。残念だ、と口では言いながら、どこか安心したような素振りさえあった。
(まあ、適当にやってるやつが部内2位になったら、そりゃ嫌だもんな。運動部やっときゃ、AO入試の面接とかで話せると思って入っただけだし)
 アイラのカバンで、スマホが振動した。取り出してみると、LINEのグループに通知があった。友人グループが、ディズニーランドからの自撮り写真を投稿していた。
『アイアイは補習だったよね 残念~』
『次はぜったいいっしょに行こうね』
 ログを遡れば、そんな言葉が連なっている。
 アイラは、適当なスタンプを送って通知を切り、スマホをしまった。こういう時、無理に予定をすり合わせるほど、互いに親密ではなかった。
(でも、東京には、ちょっと行きたかったな)
 アイラは、遠くの山並みを眺めながら、そう思う。
 カルデラの底にあるこの学校からは、どの方向を見ても山が見える。代わり映えのしない景色だった。

 部室棟は、プレハブを積み重ねたような古びた建物で、小さな部活や同好会が部屋を使っていたり、運動部が倉庫として使っていたりする。
 その一角に、教師から指示された部屋があった。扉には、「囲碁将棋部」の上に「ゲーム部」と書いてあり、さらに「部」の部分が二重線で消されて「同好会」となっている。
「……やっぱり嫌だなぁ~」
 アイラはため息をつく。
 ただプリントを渡し、教師が怒っていたことを伝える。それだけでいいはずが、アイラは気が重かった。その原因は、同じく補習を受けている二人にある。
 ためらっていると、アイラの目の前でドアが開いた。飛び出してきた人物にぶつかる。
「うおむっ」
「あ……ス、スミマセン」 
 アイラの眼前には、ちょうど彼女の豊かな胸があり、アイラの顔はやわらかな反発で受け止められた。長身の帰国子女、石和(いさわ)イレーナ
「あ、あの、えっと、ダイジョウブですか?」
「……おかげさまで」
「え?なんで?」
 アイラはつい皮肉を口にしてしまうが、イレーナには伝わっていないようだった。
「どうした、イレーナ?」
 その後ろから、甲高い声がする。出てきたのは、小柄なジャージの女子。宇賀神ウイだった。この二人が、アイラとともに補習を受けているメンバーだ。
「あ、オメー愛染じゃん……何か用?アタシ忙しいんだけど」
 ゲーム同好会の部屋の中は、中央に学習机を固めて作ったテーブルがあり、その上には、ゲームのカードらしきものが散らばっている。そして奥の窓際には、古びた部室に似つかわしくない、大きなデスクトップPCと大画面のモニターがあった。
「何か用って、午後も補習だったんだけど……」
「あ?だから今から行こうとしてたんだろ、クソダルいけどイレーナがうっせえから」
「もう時間過ぎてるよ。先生怒って帰っちゃったし」
「は?何それ。じゃあもう行かなくていいんだな。仕事戻るわ」
 ウイは室内に駆け戻り、パソコンの前に座った。モニターには、色鮮やかなイラストが描かれていく。
 宇賀神ウイは、アーティストだ。授業もロクに来ず、この部室に入り浸って絵を描いているという。エキセントリックな言動で、教師からも生徒からも、評判は最悪だった。しかし、美術部にいた頃はよく賞をとって、廊下に張り出されていたことを、アイラは覚えていた。
「ええっと、あの、スミマセン、ワタシ、あの、行こうって……」
 イレーナは、ウイの行動に困りきっている。日本語があまり得意でなく、そのために補習を受けているらしい。外国人モデルのような派手な体型で、子供みたいにおろおろされると、彼女たちに一言言おうとしていたアイラも、調子が狂ってしまう。
「どうでもいいけどさ、明日は来てよね。またこんなふうに面倒になるの、嫌なんだから」
 アイラは、イレーナのお腹あたりに、教師からのプリントを、乱暴に押し付ける。
「あ、あの……アイラサン……あの」
 既にウイは作業に集中し、何も聞こえていないようだった。彼女に視線を向けた時、アイラの視界に、散らばったカードが入った。
「あなたたち……『ワンダー』やってて遅れたの?」
「え、『ワンダー』、あの、しってますか?」
 イレーナが急に、アイラの手をぎゅっと握ってきた。
「ワタシ、『ワンダー』大好き!『ワンダー』でにほんご、おぼえました!アイラサンは、『ワンダー』やるひとですか?」
「な、何急に……小学校の頃、少しやってただけだけど」
「わあ!じゃあ、ルールわかる、ますね!あの、あの、デュエルしませんか!」
 顔を近づけて、今まで見たことのない笑顔を見せるイレーナ。アイラは、どうすべきかしばらく考える。
(ここで言いたいだけ言って帰るのも、夏休み中印象が悪いだろうし……この子は宇賀神を連れてこようとしていたみたいだし……何より、宇賀神にちゃんと一対一でプリントを渡さないと、あとで先生にどやされるかもだし……)
「いいよ、一回だけなら……」
「ヤッタ……!ありがとう、です!デッキ、かして、あげますね!」
 アイラは個人的には、あまり『ワンダー』に良い思い出はなかったが。それでも、少し付き合ってやるだけなら、良いだろうと思った。

「じゃあ、『金色のユニコーン ミストウィング』でアタック、です!」
「えーっと、ライフで受けて<反撃>。『スパイダー・トラップ』と『弾けカズラ』」
「アー!2枚も<反撃>ある、なんて、すごいです!」
「さっきデッキからサーチしてたけどね……『大蟷螂テラマンティス』でアタック。私の勝ち」
「はい、ワタシのまけです。ありがとう、ございました!」
 ウイの作業はなかなか終わらず、集中すると何も聞こえないという。それを聞いてもう一度、もう一度とデュエルを重ね、アイラはイレーナに3連勝していた。
「アイラサン!すごいです!ぜんぶ知らないカードなのに、すぐつかえます!もう一回、やりましょう!」
「いや、もういいよ」
 アイラはカードの束を整えてイレーナに渡しながら、ため息をついた。
「……アイラサン、楽しくない、ですか?3回、も、かったのに」
「いや、別に」
「じゃあ、なんで、楽しそうじゃない、ですか?ワタシ、なにか、しましたか?」
 イレーナに心配そうに表情を覗き込まれ、アイラは内心複雑だった。
 イレーナはお世辞にも、強いとは言えなかった。デッキは最低限形になっているものの、無警戒に攻撃してきたり、打ち消しや妨害を想定していなかったりと、プレイングにはミスが多かった。
(勝って当然、というか……これも結局、わかりきったゲームなんだよな)
 所詮、子供の遊び。デッキの相性と、先攻後攻、あとは運。
 アイラは、なんとか表情をとりつくろいながら、小学校の頃のことを思い出した。

 『デュエルワンダー』のブームは数回にわたって起こっていて、アイラが小学校の頃は二つ前のブームだった。アニメが放送され、子供向け雑誌でも特集されていたので、クラスメイトたちの中でも流行っていた。
 アイラもご多分にもれず、少ない小遣いで『ワンダー』のパックを買ったり、児童館で友達とデュエルしていた。
 しかし、そのうち誰も、相手にしてくれなくなった。
「『サンダーヘッドドラゴン』でアタック!わたしの勝ち!『ワンダー』たのしいね!ねえ、もう一回やろう!」
「いいよ、もう。アイラちゃんには、ぜんぜんかてないもん」
「そうだな。おまえが一番つよいよ」
 その頃の友達は、アイラに負けると決まってそう言った。
「ううん、そんなことないよ!こっちのカードを抜いて、こっち入れて、あと<反撃>のタイミングをちゃんと……」
「もういいって。ドッヂやろうぜ」
 子供の遊びの中で、一人飛び抜けて上手な者が現れると、その遊びは廃れていく。
 そんなことが、『ワンダー』の他でも、よく起こっていた。勉強でも、運動でも、遊びでも、アイラはすぐに同級生の中で一番になった。両親は彼女を天才だと喜んだが、同級生は彼女を敬遠した。そして幼いアイラには、自分が天才ではないことがわかっていた。
――みんな、ちょっと考えればわかることなのに。ちゃんと練習すれば、すぐできるようになることなのに。
「アイラちゃんは、なんでもできて、楽しそうだよね」
「お前ってほんと、天才で人生楽しそうだよな」
 小学生でも、それが褒め言葉でないことはわかった。
 そして、アイラ自身がわかっていた通り、アイラと周囲との差は学年が上がるにつれて、少しずつ埋まっていく。周囲に本当に才能のある人間があらわれ、自分を追い抜いてくれることに、アイラはどこか安堵していた。

「そこなんだよなあ、アタシが気に食わないのは」
 いつのまにか、ウイがアイラの後ろに立っていた。モニターには、美しく仕上げられたイラストが大写しになっている。
「……気に食わないって、何」
「お前さ、生きてて楽しい?」
「は?」
「アタシがまだ美術部にいた時、走ってるお前をスケッチしたことがある。お前のフォームはめちゃくちゃ良かったよ。でも、それだけだ」
 ウイは、子供ぐらいの体格で見上げながら、飲んでいたエナジードリンクの缶を放り捨てた。
「魂が動いてねぇんだよ。走ってて楽しいとか、タイムがでなくて悔しいとか、足が疲れて辛いみたいな心の動きが、まるでねぇんだ、お前には。ただCGモデルにボーン入れて、走る動きをさせてるだけって感じ」
 アイラには、ウイが何を言っているのかわからないが、なんとなく、けなされていることだけはわかった。立ち上がり、ウイを見下ろす。
「だから何だっていうの」
「『デュエルしようぜ』って話だ」
 論理が飛躍したウイとの会話に、アイラはわざとらしくため息をついた。
「つきあってらんないんだけど。あんたも『ワンダー』大好き人間だったとは意外だね」
 アイラは、ウイとイレーナを押しのけ、今度こそ部屋を出ていこうとした。
「まあ待てよ。お前が勝ったら、次からの補習、サボらずに出てやる。お前、そのために来たんだろ?」
「ウイサン?!ホントですか?!」
 イレーナが驚いて声をあげた。普段の授業にすら出てこないウイが、補習に欠かさず出席するというのは、本当であれば確かに驚くべきことだった。アイラはさすがに振り向く。
「あの宇賀神ウイを補習に出席させたとなれば、教師の覚えもめでたくなるんじゃねえか?こんなメンドクセエこと、わざわざ引き受けたのは、そういうの気にするからだろ。推薦とか」
 ウイはニマニマ笑いながら、アイラの持ってきたプリントをひらひらさせた。
「……それで、あんたになんの得があんの?」
「お前の顔が見られる」
「は?」
 ペンタブ用のペンをアイラの眼前につきつけながら、ウイは挑発的に笑った。
「お前がアタシに負けて、悔しがる顔が見られる!」
「……しょうもない」
 ウイがどのぐらい強いかは知らないが、『ワンダー』なら勝てる見込みはあるだろう、とアイラは考える。このゲームは運と相性の部分が大きい。それに、仮に負けたとしても、アイラにデメリットはない。アイラは席についた。
「つきあってやるよ、宇賀神」
 愛染アイラ対宇賀神ウイ。デュエルが始まる。

 最初に動いたのは、アイラだった。
「私のターン、マナ補充、ドロー。呪文『妖精の舞踏(フェアリー・ライブ)』を詠唱。デッキの一番上をマナに置いて……それがモンスターなら、1枚引く」
 『デュエルワンダー』には、大きく分けて3種類のカードがある。モンスター・呪文・デュエルフィールド。それらを手札から使用するために必要なのが、マナだ。1ターンに1枚、手札からマナに置くことができる。ターンが進むほど使えるマナが増え、強いカードを使ったり、複数のカードを使ったりできるようになる。
 呪文の効果で、デッキトップからマナに置かれたのは、『大蟷螂テラマンティス』。モンスターのため、アイラは1枚ドロー。
「ターンエンド」
「アタシのターン、マナ補充、ドロー。『ブレイン・シャッフル』でカードを2枚引いて、1枚捨てる。ターンエンドだ」
 アイラがマナを増やしていく一方、ウイは手札を整えていく、静かな立ち上がり。
「私のターン、マナ補充、ドロー。『絡み森のギガセンチピード』を召喚。デッキから2枚をマナに置く」
「2-4-7か、理想の動きじゃねえか」
 ウイが感心したように言った。アイラはただ、
「ターンエンド」
 と告げ、答えない。
 実際、二人のマナの数はすでに3も差が開いている。
「いいちょうし、ですね、アイラサン。わからないこと、あったら、きいてくださいね」
 二人のデュエルを見守るイレーナも、静かにアイラを応援する。しかし、彼女の複数あるデッキから何を借りるか、という段になっても、アイラがイレーナに尋ねることはなかった。
(……やっぱり、そんなに難しいゲームじゃない)
 アイラは、手札に持ったカードを見ながら、今後の展開を予測する。
 アイラのデッキは、マナを増やすことに長けた緑のカードを主体にしたデッキだ。
「ウイは、いっぱい、デッキもってます。どれ使うか、わかりません」
 イレーナがそう言っていたので、アイラは最も単純な戦略を選ぶことにした。相手よりも早くマナを貯め、強いモンスターを出す。目指すことは、単純明快だった。
(カードに書いてあることを読めば、何をすればいいかわかる。あとはこの『世界樹竜ヨクト・ユグドラ』を出せば、終わりだ)
「アタシのターン、マナ補充、ドロー。もう一回『ブレイン・シャッフル』だ。ターンエンド」
「……さっきあれだけ自信満々だったのに、手札を整えてるだけ?」
「さあ、どうだかな」
 相変わらずウイの表情は不敵だが、アイラにとって、予測した彼女の目論見は、理解の内を出なかった。
「マナにおいてあるカードは、<反撃>持ちの割合が多い。デッキの3,4割ってとこ?おおかた、私が初心者だから、無計画にライフにアタックしてくると思ったんでしょう?」
 アイラは再び『ギガセンチピード』を召喚、さらにマナを伸ばして、攻撃せずにターンを返す。これで次のターンには、マナは10の大台にのる。
「へえ、よく見てるな。さすが、頭のいいヤツは違うねえ?」
 ウイはまた呪文で手札を増やす。あからさまにバカにした態度のウイに、アイラは眉を吊り上げた。
「ふざけないで。書いてあることを読んだだけ、誰だってわかることでしょう」
 あくまで冷静に言い放つ。机をはさんでも、体格に差があるアイラは、ウイを見下ろすような形になっている。
「そうか、そうか!よかばい、むしゃんよか!」
 ウイは熊本弁で喜び、満面の笑みを浮かべる。
「やっと、わーがキャラん出てこらしたねぇ。ようやく面白くなってきた」
「あの、ウイ、なんて……?」
「ああ、悪いなイレーナ。楽しくなるとつい、な。前教えたろ、『むしゃんよか』。めっちゃイイってこった」
「ああ!”Cool”、でしたね!」
 イレーナは膝を打つ。
 急にテンションのあがるウイに多少困惑しつつも、アイラは1体の『ギガセンチピード』でアタックし、ライフを減らす。ウイの様子を伺うが、手札から<反撃>カードを使う動きはない。
(ライフ減少による<反撃>はないか。あるいは、1000程度の減少では発動しない条件か……)
 <反撃>は、ライフの減少やモンスターの破壊、相手のほうが有利な状況など、様々な条件でコストが大幅に軽減されたり、0になったりする能力だ。『デュエルワンダー』で最も特徴的なシステムで、相手を妨害する時は、相手ターンにも唱えられる呪文を使うか、アタックなどにあわせ<反撃>していくことになる。
「アタシのターン、マナ補充、ドロー……ひひ、やっぱ生身のキャラってのはそそるなあ。歪み方のリアリティがちげえよ」
「歪み、だって?」
 アイラに言葉の真意はわからないが、やはりいい意味ではないことだけはわかる。いい加減、アイラもイラついていた。天才ってのはこれだから――
「今、『天才ってクソだな』とか思ったか?」
 瞬間、不意をつかれ、アイラはウイを見る。その顔は、虫の羽をもぐ子供のように、悪辣で純粋な笑顔だった。
「図星か!いいぞいいぞ、もっと言ってやろうか!」
 ケラケラ笑いながら、ウイは続ける。
「お前は、なんでも最初ッから決めつけてる!ちょっと見ただけ、やっただけで理解した気になって、でもそれがだいたい当たってきたから、そんなふうになってるんだろ?!」
「そんなふうって何!」
 アイラの怒気のこもった言葉を無視して、ウイは続ける。
「だから楽しめない……才能はあるのに、わざと楽しんでない。『ワンダー』。陸上。人間関係。人生。みーんな適当にこなしてる。それができてしまうってのが、お前の悲劇だな!」
「ウ、ウイ、ちょっと、いじわるですよ」
 さすがにイレーナが間に入って止めようとするが、ウイは小さな手で彼女の顔を押しのけた。
「なあ、愛染!!世界はめちゃくちゃ楽しいもので溢れてるんだ!!『ワンダー』も、他のゲームも、映画も漫画も音楽も芸術も!飯食うのだって運動すんのだって楽しい!補習はクソダルいが勉強自体は楽しいし、アタシは嫌いだが人間関係や恋愛だって、楽しさはわかるぜ!だのにお前は!」
 ウイはもう片方の手で、アイラを指差した。
「楽しめる能力があるのに!楽しもうとしねえ!ぶっちゃけ腹立つが、キャラとしては歪んでて面白いッ!」
「わけわかんないっ、さっさとゲームを進めたら?!」
 言い返すアイラの声が、若干上ずった。わけがわからない、と口では言いながら、心のどこかがギチギチと反応している。
「ひひひ、そうだったな、つい楽しくなっちまった!『爆弾秘宝パンドラ』を召喚、ターンエンドだ」

――
爆弾秘宝パンドラ
コスト3(黒)
モンスター
種族:ミミック、マーダーギア
パワー 3000

このモンスターのアタックまたはブロックの後、このモンスターを破壊する。
このモンスターが破壊された時、持ち主は3500ダメージを受ける。

”「オイラに触れると爆発するぜ!」 ――爆弾秘宝パンドラ”
――

(なるほど、コストは低いのに破格のパワー。そのかわり、アタックしてもブロックしても1回限りで、持ち主にそれ以上のダメージを与える……『ユグドラ』の召喚にあわせて、壁をつくってきたか)
 『デュエルワンダー』は、互いに8000あるライフが0になると負けだ。ライフへのアタックが成功すると、パワーぶんライフが減り、ダメージとなる。アイラの『ギガセンチピード』はパワー1000。強力な効果を持つ分、数値は控えめだ。召喚した後は、相手モンスターの攻撃をブロックする壁となる。
(でも、この程度なら突破できる!さっさと終わらせよう)
「私のターン、マナ補充、ドロー。『世界樹竜ヨクト・ユグドラ』を召喚」
「わあ!すごい、すごいモンスター、です!」
 切り札の登場に、イレーナが目を輝かせる。多大なマナコストを要求する『ユグドラ』は、パワー・能力ともに規格外のものだった。

――
世界樹竜ヨクト・ユグドラ
コスト10(緑)
モンスター
種族:ミスティックドラゴン
パワー 3000

<貫通>(このモンスターがアタックして、ブロックされた時、パワーが相手モンスターを超えていれば、その分だけ相手にダメージを与える)
このモンスターを召喚した時、デッキの一番上から3枚まで、マナに置く。その後、マナから同じ数だけカードを選び、手札に加える。

”竜によって、世界は生まれ変わる。”
――

「アイラサン、あのね、『ユグドラ』は、モンスター世界の、Great Five Dragonsのいっぴきで……」
「ごめん、あとにして」
「ハイ……」
 イレーナはアイラとデュエルしていた時も、『ワンダー』の世界観の話をよくしていた。日本語と英語が混ざるので、アイラには少し分かりづらかったが。
「召喚時効果で、デッキから3枚をマナへ……マナから3枚を手札へ」
 増やしたマナのうち、『ユグドラ』の召喚に使ったカードを手札に戻すことで、3マナが再度使用可能になる。手札に持ってきたカードを、そのまま使えるというわけだ。フィニッシャーと手札の補充、1枚で複数の役割をこなす『ユグドラ』の存在が、アイラがこのデッキを選んだ理由だ。
「つよくて、手札もふえる!つよいモンスター、ですね!」
「相変わらず1枚で完結してんな、『ユグドラ』は。いいもの引いてるじゃねえか。ブン回りだな!楽しめよ愛染!」
「デッキには4枚入ってるんだ、確率的には当然でしょ。『ユグドラ』でライフにアタック!」
 巨竜の攻撃が、ウイのライフに襲いかかる。しかしこのままでは、『パンドラ』と相打ちだ。『パンドラ』の効果でライフにダメージは入るものの、ウイの手札に<反撃>カードが2,3枚あれば、しのぎきられるかもしれない。
(さっさと、終わらせる!)
「ひひ、いいね!『パンドラ』でブロック……その調子じゃ、なんかあんだろ?!」
 挑発的な視線を向けるウイに、先程マナから回収したカードをつきつける。
「呪文『もう一つの波紋』。『ユグドラ』のパワーを倍にする……これでパワーは6000だ」
 パワー6000。通れば一撃でライフのほとんどを削り切るほどの、暴力的な数値。さらにアイラの場には『ギガセンチピード』が2体。仮にこのターンをしのぎきられても、手札には回収した2枚めの『ユグドラ』がある。
「あ、ダメ!ダメです!」
 アイラが呪文を使ったのを見て、イレーナがあわてて止めようとする。
「なんで?ルール的には、大丈夫なはずでしょ?マナも足りてる」
「えーっと、あの、えと、それは、ダメなんです、『パンドラ』の破壊は、もっとおおきなワザワイを……」
 イレーナの言葉は、要領を得ない。負けそうなウイをかばっているのだろうか、とアイラは一瞬考える。
「どうする?使うのか?」
 ウイがその様子を見ながら、にやにやと笑っていた。表情の意味は気になるが、このパワーなら押し切れる。
「もちろん、使う。さあ、早くライフを減らして」
 『ユグドラ』の<貫通>ダメージと『パンドラ』の自爆によるダメージが、一気にウイに降りかかる。以前の『ギガセンチピード』のアタックもあり、ウイのライフは残り500まで削られた。
「ああー、めちゃくちゃ食らった!やっぱパワー6000は反則だな!」
 ピンチにも関わらず、ウイは依然不敵な表情のまま。アイラは、いらだたしげにゲームを終わらせようとする。
「『ギガセンチピード』でアタック……」
「待ちな。こっからはアタシの見せ場だぜ」
 ウイが手札からカードを1枚抜く。<反撃>だろうか。
「なんでもわかっちゃうお前に、ワケのわかんねえもん、見せてやるよ」
 そして、ウイは手札の、抜いたカード以外全てをオープンした。
「ひひ、使うぜ、<反撃>。8枚だ」
 それは、アイラの知る『ワンダー』ではあり得ない量だった。<反撃>にはそれぞれ条件があり、ばらけさせるのがセオリーだ。ライフが減少しただけで8枚も発動するなど、通常の構築ではあり得ないはずだった。
「こっで、わーの負けたい、愛染」
 アイラの心臓が、どくん、と跳ねる。
 理解できないものが、目の前にあらわれようとしている。
 久しく感じたことのない予感に、アイラは唾を飲み込んだ。


【続く】

画像提供:阿蘇市(http://www.city.aso.kumamoto.jp/tourism/brochure/free_photo/)

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