#異世界サウナ ②-4【異世界で追放されても、サウナさえあれば幸せです ーできれば水風呂と外気浴スペースもつけてくださいー】
「はっ!そうだ」
どうでもいっか〜、の精神になってから2,3周のサウナルーティンを終え、室内の休憩スペースで憩っている時、アミサは自分が気になっていたことを思い出した。
「どうしたんだい、アミサ……」
ちょうどハラウラが飲み物を持ってきていたので、アミサは彼女にも聞いてみることにした。複数の視点からの情報は大切だ。
「……なるほど、主人がサウナをやっているわけ、か」
「そう。一緒に働いてるんだし、何か聞いたことない?」
ハラウラは目を閉じて思案しているようで、長い耳をひくつかせる。
「魔族への恩返しのため、ヒトと戦争をしないようにするため……ボクはそう聞いてるけど」
「私もそう聞いた。でも、それならサウナである必要がない」
「うふふ。それはほら、主人はサウナがめっぽう好きだから」
苦笑するハラウラに、アミサは首を振った。
「でも、王や敵対したままの他部族から目をつけられる可能性を考えれば、『ユージーンさんが』サウナをやってる理由にしては、ちょっと弱いんじゃないですかねえ」
「そうだね……主人がいれば、魔族もヒトも、暴れたり悪さしたりはできないだろうし……こうやって、誰もがゆっくりできる場所にするため、なんじゃないかな……それか……」
「それか?」
ハラウラの耳と目線がぴくりと揺れた。そして少しためらった後、こう切り出した。
「……ぼくの当て推量になるけど、それでもいいかい?」
「もちろん」
「主人は……誰かを、待ってるんだと思う」
ハラウラは少し俯いて、ぽつりと呟いた。
「ほぉ〜〜~~おンッ?」
劇作家の観察眼は、その時の彼女の表情を見逃さなかった。
「誰かっていうのは男性ですかねッ?!美男子ですかねッ?!」
「い、いや、そこまでは知らないよぉ」
急にテンションの上がったアミサに、ハラウラは思わずたじろぐ。
「だって……ここ、毎日24時間やってるんだよ。いくら魔族とヒトの動く時間が違うとはいえ、毎日やる必要はないじゃないか。たまには休んだっていいのに……それに、主人が番台に立っているときは、いつも……なんだか、何かを待ってるみたいなふんいきだから……」
「うんうん、なるほどなるほどッ!!ハラウラさんはその『誰か』に嫉妬してるんですねッ!!」
「な、なんなのさ、きみは……」
ハラウラは迫ってくるアミサから目をそらし、耳を両手でぺたんと抑えた。おそらく人間でいうところの顔を覆う仕草にあたるのだろう。
「ボクはそんなこと、いってないじゃないのさ……」
「ええッ!見ればわかりますともッ!!実にいじらしくて良いッ!種族を超えた恋、実に良いテーマですッ!」
「ううーっ、それ以上言うと、ひどいぞっ!凍らせてしまうぞっ!」
アミサがにやにや笑いながら帳面にペンを走らせていると、
「それぐらいにしておけ。追い出すぞ」
ユージーンの大きな手が、帳面を取り上げた。アミサは抗議の声をあげつつ、ハラウラにやりすぎた、と頭を下げた。
「それで、さっきの話なんですけど、実際のとこどうなんです?聞いてたんでしょ?」
「む。誰かを待っている、か……」
ユージーンは帳面を返し、ハラウラをなだめながら、アミサのほうには目を向けずに答える。
「……お前だって脚本を書くときに、『どんな客に見てほしいか』ぐらい考えるだろ。それと同じようなものだ」
「つまり、『みんなに喜んでもらう』ためにも、『誰か』を思い浮かべてやっている、と?」
ユージーンはうなずいた。そして、どこか遠くを見るような表情をした。
「誰にでも安らぐ権利がある……。どれだけ重い使命を持っていても。ここに来た時だけは、肩の荷をおろして安らいでほしい……そのためにも、『みなの湯』は、いつでも誰でも、安らげる場所でなくてはならないんだ」
基本的には無表情だった彼の顔が、このときだけは明確に、寂しげなものになったので、アミサはそれ以上聞くのをやめた。彼女にだって、それぐらいの分別はあった。
「あまり憶測でものを書き立てるなよ。お前はおかしな女だが、そういうことはしないと信じてるからな」
そう言ってユージーンは帳面を返した。すでに窓の外は日が傾きかけていて、アミサは急いで帳面をしまいこんだ。
「あぁ、もうこんな時間でしたか。ここで受け取るのはあくまで刺激とイメージだけ、そう決めていましたから。……いつか、その人にも来てもらえるといいですね」
「……ああ。そのためにも、もっと良いサウナにしないと……そうだ、最後に。何かサウナに活かせそうなものを知らないか?これだけ話したんだ、少しはこっちにも利益があってもいいだろ」
アミサは少し思案すると、思い出したようにかばんから小さなビンを取り出す。
「そういえばこれ、姫様から預かってたんでした。姫様お気に入りの、バラの香油です。石にかける水にたらしたら、いい香りが楽しめるんじゃないですか?」
「へえ、香油か……たしかに、いいかもね。キ族の薬師も、たしか何種類か持ってたはずだよ……」
上品なバラの香りに、ハラウラはうっとりと目を細める。
「助かる、セレーネにもよろしく伝えておいてくれ」
「ええ、それはもう。じゃあ、さっそく執筆にもどりますね。劇ができたら、見に来てください。お菓子も用意して待ってますから」
「お菓子……!」
アミサは一礼して、目を輝かせるハラウラを背に『鍵の腕輪』で帰っていく。
「……さて、仕事に戻るか」
ユージーンはそれを見送ると、いつもの無表情で店の裏手にもどっていく。そして、すれ違い様に、ハラウラの頭を耳ごとくしゃりと撫でた。ハラウラはうれしそうに彼の後を追い、また『みなの湯』の慌ただしい夜が始まる。
その後ーー「浴場を舞台にすれば美男子の裸を描き放題」と気が付いたアミサが、過激すぎる内容の劇を書いて物議をかもすのだが、それは少し後の話。
ちなみに、彼女はその後「人間と魔族の種族を超えた恋愛物語」を描いて大受けし、国を巻き込む騒動になるのだがーーこれはまだずっと先の話。
『サウナ&スパ みなの湯』。追放された元英雄と、小さな魔族が営むやすらぎの場所。未だ過酷なことも多い世界のどこかで、今日も営業を続けている。
異世界で追放されても、サウナさえあれば幸せです ーできれば水風呂と外気浴スペースもつけてくださいー 2
『劇作家、サウナに憩う』 終
サウナに行きたいです!