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除霊熱波
「ぜ、全部、デタラメなんです。サウナで除霊なんて」
熱波師、田中は震えていた。サウナにいるのに悪寒と脂汗が止まらない。額や膝が焼けるように熱いのは、土下座しているからだ。
「仕事クビになって、テントサウナしか手元になくて。スピ系で一発当てようとしたら、すげえウケちゃって」
「別にいいと言っておるじゃろ?はよう面を上げい」
優しく彼に声をかける女は、田中の今日の客だ。しかし、田中は必死で首を横に振る。
「だ、だから、マジで霊とか」
「面を上げい」
田中の顎が、見えない何かに、乱暴に持ち上げられる。
見えてしまう。
見たくないから、ずっと土下座してたのに。
ぞっとするほど白い肌に、タオルだけをまとった女。そして、壁から天井から、びっちりと埋め尽くしうごめく、何か。本能がそれを直視することを拒むが、顎を固定され、叫ぶことも目を背けることも許されない。涙と鼻水と嗚咽があふれる。
女は、端正すぎる顔を歪め、げたげた笑う。
「ぎ・ひ・ひ・ひ!!そらそら、除霊の時間じゃ!怨霊に取り殺される前に、ワシを『ととのわせて』みせよ!」
真っ暗な空間の中心に、ikiのサウナストーブがひとつ。照明を浴び、神像のように静かに、田中の前に立っている。
『ここはあなたの精神世界です。怨念に侵され、もう私しか残っていません。まあ、もともと空虚な場所でしたが』
サウナストーブが厳かに言った。
『除霊には信仰が必要です。あなたにはサウナしかない。だから、サウナで除霊するしかありません』
「だからそれはデタラメだって」
『信じるに足るものが、他にありますか?宗教、正義、理念、愛……』
田中は目を逸らす。
『ないでしょう。あればこんな浅はかな死に方はしないはずです』
暗い空間に、わずかな光が差し込む。
『あの女と怨霊も、すぐにここへ攻めてくるでしょう。行きなさい、内なるサウナ宇宙へ。サウナへの信仰を、己の武器とするのです』
【続く】
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