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デュエルワンダー ①-2

前回までのあらすじ
 愛染アイラは、宇賀神ウイから補習を出席する約束を賭けたデュエルをもちかけられる。アイラは切り札の『世界樹竜ヨクト・ユグドラ』のパワーを6000まで上げ、ウイの防御を貫通しライフに致命的なダメージを与えた。対してウイは、蓄えた8枚の<反撃>カードを同時に発動し、勝利宣言する。

「は、8枚も同時に?!」
「あー……」
 イレーナが頭を抱える。アイラはしかし、公開されたカードの効果をざっと読み、フンと鼻を鳴らした。
「見たところ、ライフ回復と手札入れ替え、モンスターを手札に戻すカードに、壁モンスター。あとは、墓地から復活させる呪文?枚数が多くて驚いたけど、その場しのぎのカードばかりじゃない」
「言ったろ、お前の負けだって」
 しかし、ウイは勝利宣言を曲げない。公開した8枚のカードを、バチバチとハンドシャッフルしながら並べる。
「まあ見てな。細工は粒々、仕掛けを御覧じろってな……」
 『修復:リコンストラクション』2枚でライフを回復。『ブレイン・シャッフル』2枚、『クリスタル・エナジー』で手札を増やし、ついでとばかりに『復活と賦活の光陣(エターナル・バース)』で『パンドラ』まで復活させる。
 削ったライフと、破壊したモンスターがもとに戻った。しかしアイラの表情は変わらない。
(まだ『ユグドラ』もあるし、マナもこちらのほうが多い。手札もある。優位は変わらない)
「おっと、忘れてた。『連弾ハリケーン』で『センチピード』2体を手札に戻す」
 8枚の<反撃>カードの中で、唯一アイラの盤面に干渉できるのが、『連弾ハリケーン』だった。選んだ種族のモンスターをまとめて手札に戻すことができる。
「あとはその壁モンスター1体だけだね」
「そう、こいつがこのコンボのカギだ。『歴史の偏執家(シック・レコード)ウーニス』を<反撃>召喚」
 最後の<反撃>カードが、ウイの場に召喚される、モンスター。コストは重く、パワーは小さい。
「こいつの<反撃>条件は、6000以上ダメージを受けることだからな。いやあ、お前が『ユグドラ』を強化してくれたおかげで、助かったぜ。せっかくイレーナが止めたのになあ」
「いいから。効果を見せて」
 アイラは、おちょくるウイの手からカードを奪い取り、改めてテキストを確認した。

――
歴史の偏執家(シック・レコード)ウーニス
コスト8(青)
モンスター
種族:マーマン、ライブラリアン
パワー 500

<反撃:ダメージ時> 条件:このターン、6000以上のダメージを受ける。(ダメージ時、条件を満たしていれば、このモンスターをコストを支払うことなく召喚できる。)

このモンスターを召喚した時、墓地のコスト4以下の呪文を2枚まで選び、詠唱する。

”愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。天才は両方から学ぶ。 ――ウーニス”
――

「墓地の呪文を2枚詠唱する……『ハリケーン』で『ユグドラ』まで処理するつもり?」
「うーん、惜しいな。『ハリケーン』も使うけど……もう一枚はこの呪文、『四度目の正直(フォース・アゲイン)』だ」
 ウイが墓地から使用したのは、モンスターを破壊して、再度墓地から出し直すという、奇妙な呪文だった。
「ひひ、これでパーツは全部揃ったぜ。頭のいいお前なら、もうわかったんじゃねえか?」
 アイラは示されたカードを見比べる。『ハリケーン』。『アゲイン』。『ウーニス』。『パンドラ』。<反撃>のテキスト。盤面を見る。
「まさか、これって」

 『ウーニス』を『連弾ハリケーン』で戻し、『アゲイン』で『パンドラ』が破壊されれば、再びダメージが発生する。ダメージを受けたことにより、手札に戻した『ウーニス』が<反撃>召喚される。その効果で『アゲイン』と『連弾ハリケーン』を唱えられる。再び『ウーニス』は手札に戻り、『パンドラ』は破壊される。
 その繰り返し。つまり。

「無限ループ!!」
「当たり!ひひ、理解が早くて助かるぜ」
 ウイは勝ち誇る。イレーナが申し訳無さそうに、アイラに言った。
「アイラサン、うまく言えなくて、ごめんなさい。このデッキ、【ウーニスループ】です」
 ループ。複数のカードを使い、効果の無限ループを発生させるコンボ。
 イレーナが止めようとしたのは、ループの始まる条件が、『ウーニス』の<反撃>、すなわち1ターン中の大ダメージだったからだ。『ユグドラ』を強化しなければ、始動しなかったのだ。
「むしゃんよか!コンボは芸術、ループは最高……!」
 アイラの全く知らない『ワンダー』が、そこにあった。
 恍惚の表情を見せ、ウイは2度めのループ処理に入る。もはや、アイラに止める手段はなかった。
「もう一度ループ……こんどは、さっき引いた追加の『ウーニ』2体目も加わる」
「……これで、墓地にある呪文を無限に唱えられる?」
「そう。これで、『パンドラ』で受ける分のライフ回復と、『ブレイン・シャッフル』で手札交換までループに組み込める。ループの証明完了。あとは省略」
 ウイは『ブレイン・シャッフル』を何度か繰り返し、1枚のカードが墓地に落ちると手を止めた。
「仕上げに『修復』をループして100万ぐらいライフを回復して……『復活と賦活の光陣』で、『降臨姫アレフィーナ』を墓地から召喚」
 その効果は、『召喚時、ライフが3万以上あれば勝利する』というもの。
「以上。『アレフィーナ』の効果で、アタシの勝ち」
 アイラがターンエンドを宣言することもなく、ゲームは終了した。

「ひひひ、どうだよ愛染。芸術的なコンボだろ?」
 ウイが机から身を乗り出し、アイラを見上げて煽る。
「……こんなの、単なる初見殺しじゃん」
 一方のアイラは、そう言って目を伏せた。
「そ、そうですよ、ウイサン……いじわるですよ。アイラサン、ごめんなさい、ウイはああいうコンボデッキが」
 うつむくアイラの表情を、イレーナは申し訳無さそうにうかがった。そして、アイラの視線がマナの中の1枚に向いていることに気がつく。
「……『マザーズ・トラップ』……」
 相手のモンスターをマナに送るカード。そして、カードのテキストを見比べながら、何事かつぶやき始める。イレーナの声も届いていないようだった。
「これで、『もう一つの波紋』のかわりに、これで『パンドラ』をマナに送っていれば反撃条件を満たさないはずだから……いや、手札から『アゲイン』を詠唱されると先に破壊されて……」
 アイラの脳が、最終ターンの可能性を反復して検証する。思考の内容が、口をついて出る。

「あ、あの、アイラサン、どうしちゃったんでしょう……」
 いきなりアイラが黙り込むので、イレーナは困惑して、長い金髪をいじりはじめる。

 アイラは考える。
(別に、悔しくはない。どうでもいい。負けたからって、何かあるわけでもない。宇賀神の態度はムカつくけど。そのはずなのに。こうすれば勝てたかもしれない。こう動いていれば違ったかもしれない。考えてしまう。答えを探してしまう!)
 いままでずっとそうしてきたように。

「イレーナ、カードゲームが向いてるのって、どんなヤツだと思う?」
 ウイはアイラを見ている。その目は、いままでアイラに見せていた、挑発的なものではなかった。
「えーっと……運がいいひと?ゲームがすきなひと?」
「『考えられる』ヤツだ。それも、息をするみたいに考えられるヤツがいい。目の前に問題がぶら下げられたら、考えずにはいられないヤツが。そういうヤツは、今回みたいに手ひどく負けたって、考えちまうんだよ」
 観察していた植物が開花した時のような、わくわくした表情。イレーナもあまり見たことのない、年相応の純粋な笑顔だった。
「陸上の練習やってた時から、失敗するたびに、あいつはああやって考えてたよ。……それで、思うんだ。それで毎回、速くなってた。」

次はもっとうまくやれる
次はもっとうまくやれる、ってな。そしたら、ハマるぜ」

 その時、遠くでチャイムが鳴った。
 アイラははっとして、顔を上げる。少し傾いた陽の光が窓から室内を照らしている。同時に、部屋の扉がきしんだ音をたてて開き、聞き慣れた声がアイラの耳に入る。
「おーい、下校時刻だぞぉー。片付けろー」
 校長だった。下校時刻には必ずこうして見回りをしていて、アイラも陸上部時代に何度か見たことがあった。
「スミマセン、いまかたづけます!ほら、アイラサンも……」
 イレーナが校長に頭を下げ、あわててカードをしまい始める。アイラも促されて同じようにするが。
「ん?君は新入部員かな?」
「そうなんスよぉ、すっかりゲームにハマっちゃってこんな時間で!な?!」
 やたらハキハキと言いながら、ウイは調子よくアイラの背中を叩く。
「え?は?ち、違……」
 まったく予想外の言葉に、アイラは動揺してカードを取り落しそうになる。そこに、追い打ちをかけるように、校長が続けた。
「違うのか?それはよくないなあ。部員でもないのに、学校でゲームなんてしちゃあ……」
「そうスよねえ!そんなことしたら、立派な校則違反スよねえ!!」
 さらに調子づいて、バシバシとアイラの背中をたたき続けるウイ。
 アイラは気づく。この小さな同級生の目的は、最初からこれだったのだ。睨みつけ見下ろすアイラに気がつくと、ウイは再びニマニマと笑う。
「いやー、文字通り時間を忘れてたなぁ?愛染」
「この野郎……」
 校長は、そんな二人のやりとりには気がついていないようだ。人の良さそうな笑みをうかべながら、部室をなつかしそうに見回す。
「よかったじゃないか、宇賀神くん。部員が増えたなら、君のいっていた、その……」
「そうッス!3人でチーム大会に出て、実績が残せるッス!活動実績があれば、ゲーム部も存続できます!」
「それは良い。私のお世話になった囲碁将棋部が、なくなってしまうのは寂しいからねえ」
「ちょ、ちょっと、なに勝手に話を進めてるの?!ねえ、石和さん!」
 アイラはイレーナに助けを求めるが、
「えーっと、よくわからないです……でも、いっしょにあそべる人、ふえるなら、ワタシはウェルカム!」
 ニコニコと笑っているばかりだった。この場に味方はいない。アイラは仕方なく愛想笑いを校長に向ける。
「へ、へへ……そうです、新入部員です……」
 こうして、愛染アイラは不本意ながらゲーム部の活動に巻き込まれ、再び『ワンダー』と出会うこととなった。

 次の補習の日、イレーナとウイは最初から出席していた。教師はたいそう驚き、アイラのおかげだと上機嫌だった。
「……で、何を企んでるの」
「出席しろって言われて補習に出席するのが、そんなオカシイか?」
 相変わらずニヤニヤと笑いながら、ウイはアイラに答えた。3人は、補習の後、ふたたびゲーム部の部室に集合している。
「それに、この前は校長の手前ああ言ったけど、こんな部に入るつもりなんて……」
 アイラは、ウイがすでに用意していた入部届を乱暴に押し返しながら、言い放とうとする。
「アイラサン、なつやすみの間だけでも、いっしょにチームやってくれませんか?ワタシ、この部をつぶしたくないんです!」
「う」
 それを遮るように、イレーナがかがみ込んで手をあわせてきた。何度か聞かされた話によれば、今は彼女がゲーム部(正しくは囲碁将棋・ゲーム同好会)の部長ということになっており、部としてなんらかの活動実績を示さないことには存続が危ういのだという。
「このとーり!おねがいします!」
「あ、頭あげてよ」
 イレーナに頼み込まれると、どうにも居心地が悪い。大きくきれいな目が潤んでいて、深刻に訴えるものだから、なんとも断りづらい、とアイラは歯噛みしたが、まだ届に押印するには至っていなかった。
「夏休みの予定なんてないだろ?部活もやってないし、なんかやりたいことがあるわけでもなさそうだし」
 ウイは相変わらず、何味かわからないエナジードリンクをがぶ飲みしながら、ペンタブに向かっている。すごい速さで、画面に線画が描かれていく。
「失礼な、予定ならあったよ。ディズニーランドに行く予定だった。補習とカブっていけなかったけど……」
「ハ、お前ディズニー好きなのか?」
「別に。でも、東京は行きたかった」
「ふーん……」
 しばらく、ペンがタブレットを叩く音と、蝉の声だけが響いた。
「とにかく、やらないから、私は」
「じゃあ行くか。東京」
 ウイはアイラに向き直り、唐突に言った。
「は?」
 アイラは、口をあけて間抜けな声を漏らしてしまう。
「いいですね!みんなでいきましょう!アキハバラがいいです!カードかいましょう!」
「おう、そうだな。画材も見たいし」
「待って待って、何?何言ってるの?」
 二人で話をすすめていくイレーナとウイに、慌てて割って入るアイラ。
「なんか予定あったか?」
「ないけど、そうじゃなくて!旅費とかいろいろ」
「予定はあいてるんだな?ほら、飛行機のチケットとったから。3人分。明日7時に駅な」
 ウイの言う通り、アイラのスマホあてに航空券の電子チケットが届いた。阿蘇くまもと空港から羽田空港までの便だ。
「みんなで東京いけるなんて、たのしみです!」
「そうだな、アレ食おうぜ。クソでけえ台湾唐揚げ」
 アイラがあっけにとられている間に、話がまとまってしまった。イレーナは楽しそうにスマホで行きたい場所を調べ始めている。
(こいつら、マジでなんなんだ?!)
 あまりの展開の速さに、アイラは顔を覆った。頭がくらくらする気さえした。
「宇賀神はともかく、石和さんまでこんな……」
「え?なにか、変ですか?ワタシはみんなで旅行、うれしいです!アキハバラいったことありますか?いきたいところは?あのね、ここのお店で大会が」
「あーもう!わかった、わかったから!」

 山に囲まれたカルデラの底から、愛染アイラの高校初めての夏は、怒涛のように始まっていく。

デュエルワンダー 
1. 7月17日、阿蘇東高校 
『次はもっとうまくやる』


【つづく】

画像提供:阿蘇市(http://www.city.aso.kumamoto.jp/tourism/brochure/free_photo/)

おまけ(あとがき)

ライオンマスクです。
今回は、逆噴射ワークショップに応募するにあたり、カードゲーム小説で、かつ今後も連載してメイクマネーしていけるような、続けられる設定をということで、部活モノになりました。今回使用したデッキなどについても、以下に書いてあります。


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