#異世界サウナ ⑨-4(終)【異世界で追放されても、サウナさえあれば幸せです ーできれば水風呂と外気浴スペースもつけてくださいー】
アウフグースで急激に温められた体を水風呂で一気に冷やし、そして外気浴の長椅子にごろりと横たわる。心臓が急ピッチで全身に血液をまわし、体全体で鼓動しているような錯覚さえ覚える。そんな命の危機すら感じる状態から、外気浴によりゆっくりと体が平常に戻っていく。
(もしこれが体に悪いとしても……いやそんなことはきっとないのですが……やめられませんわ~♪)
国王、セレーネ、ショチト、ユージーンの4人は、それぞれ無言で、外気浴を貪っていた。サウナが初体験であった国王にとってはかなりの衝撃だったようで、娘であるセレーネすら見たことのないようなゆるんだ表情で横たわっている。口は半開きだ。
「相変わらず最高じゃのう……こんだけ強い刺激なら、マ族もばっちりととのえるのじゃ……」
ショチトがぼんやりと空を見上げた。太陽は、しだいに傾きつつある。
「そういえば、対談っていう話だったのに、結局サウナに入っただけじゃったのう」
「……当然だ。この時間をとったのも、元『英雄』の功績に免じてのこと。もとより、貴様ら魔族と語る意味のある言葉など持たぬ。それについては、貴様も同意見だったであろう」
「それは、まあ、そうじゃな。人間の王といっしょに風呂に入ったなど、いい笑い話じゃ」
そんな二人の会話を聞いて、セレーネは少し悲しい気持ちになった。
「……サウナは」
再びおとずれた、ふわふわとした静寂に、ユージーンの低い声が響いた。
「確かに、サウナは何も解決してくれはしない。傷や病が治ることもない。もちろん、私だって、二人にサウナに入ってもらっただけで、魔族と人間の関係が、どうにかなるとは思いません」
ユージーンは以前、「魔族への不干渉」を国王に提案した、とセレーネは聞いていた。そしてそれは却下され、彼が騎士団を追放される原因になった。
「長い長い争いの歴史、種族の違い、領土や生活圏の奪い合い……ただ一度サウナをともにしただけで、手をとりあえるなど、ないでしょう」
「まあ、そうじゃな」
「……」
「しかし、それでも」
声の調子は穏やかだが、強い響きがあった。
「今日、あなたたちは、同じサウナを味わった。同じ熱を受けて、同じ方向に頭を下げた。少なくとも、それは、できたのです。同じ安らぎを味わうことができたのなら……いつか、語る言葉を持てるようにも、なるのではないでしょうか」
風の音だけが流れた。セレーネは、彼が『みなの湯』にかけていた思いの一端に触れた気がした。「誰にでも安らぐ権利がある」と口癖のように言っていた彼は、本気でここから、魔族と人間をつなげていこうと考えていたのだ。それが、どれだけ気の遠くなるようなことか知りながら、この狭い『みなの湯』の中だけでも、平等に安らぎを享受してもらおうと。
ユージーンは立ち上がり、深く頭を下げた。
「サウナは、気持ちを少し前向きにしてくれます。明日からまたがんばろう、という気持ちにさせてくれます。……今日、ここから。明日に向かって。人間と魔族が、ともに生きるということに、前向きになってはもらえないでしょうか」
ショチトは少し驚いて、ユージーンを見ていた。国王はため息をつきながら、身を起こす。
「『前向きになる』……か。そんなこと、約束させてどうなる」
「今は、どうにもならないかもしれません。ですが……ここから、始めたということは無駄にならないはずです」
「ワシは、かまわないのじゃ」
大きく伸びをしながら、ショチトは軽い調子で応えた。
「まあ、ワシの力が及ぶのも、このあたりだけじゃけど……ワシは、この場所と、サウナが好きじゃからな。その店主が頭を下げるのだから、聞いてやらんでもない」
「……随分気楽なものだな、魔族の長というのは」
「どうせ、なりたくてなったものでもないのじゃ。面倒じゃろうが、まあ好きにやるのじゃ」
「ありがとうございます」
ユージーンは、礼儀正しくショチトに頭を下げる。
「お、お父様!魔族の長がああ言っているのですよ!私たちも……」
「ああ、まあ、うむ。いいだろう。ゴヌールの戦いを早期に終結させた褒美と、邪竜召喚術の口止め料が、『前向きになる』だけというなら、安い買い物だ……それに、娘を悲しませたくもないし、な」
国王は少しだけ冗談めかせて言って、ユージーンにはそれが意外だった。そして彼にも、深々と頭を下げる。
ここからだ。この本当に小さな一歩からだ。
(サウナは……マイナスを0に戻してくれるだけ。そこからプラスへ踏み出すのは、サウナに入ったそれぞれの役目だ)
――この日は、人間と魔族の共存の歴史にとって、記念すべき始まりの日になるのだが。それを人々が知るのは、まだ先の話。
異世界で追放されても、サウナさえあれば幸せです
ーできれば水風呂と外気浴スペースもつけてくださいー
『人間と魔族と英雄とサウナ』 終
「さて、そろそろ帰るかのう。なかなか楽しかったぞ、人間の王」
「……セレーネ、我々も戻ろう。次の公務がある」
外気浴スペースから、館内に戻ろうとする3人を、ユージーンが後ろから呼び止めた。
「国王陛下、それにショチト様。厚かましいのは承知の上で、もう一つお願いがございます」
振り返った国王は、怪訝そうな顔をした。
「……魔族との共存に『前向きになる』……それが今回の褒美でよいだろう。言葉の通り、それ以上は厚かましいぞ」
「お言葉ですが。褒美でいえば、まだいただいていない褒美があります」
「何?」
「ナストーン討伐の褒美です」
国王はため息をついて、面倒そうに返す。
「……ちょうど、少し物足りなかったところだ。もう一周だけ、サウナにつきあってやる。『お願い』とやら、手短に申せ」
サウナに行きたいです!