#異世界サウナ ⑤-4(終)【異世界で追放されても、サウナさえあれば幸せです ーできれば水風呂と外気浴スペースもつけてくださいー】
しばらくして、ついでに軽く清掃と石の点検を終えたストーブが、サウナ室に戻される。ナストーンの鱗を熱源にして石が温められていく。
「やっぱりそうだ。この方式だと、石が温められるまで時間がかかるぜ。遠赤外線ストーブなら、スイッチを入れればすぐなのに」
確かに、ナストーンの鱗が高熱を発しているとはいえ、石の全てに熱が回り切るまでには時間がかかるようだった。ユージーンは、ラクリの言葉にうなずきながら、水をストーブにかける。
ドジュウウウウッ……。
瞬間、部屋の中に熱い蒸気が満ちる。ユージーンたちの背中や顔を包み込むように、対流した熱気がゆっくりと降りてくる。
「……うん、やっぱりボクは、こっちのほうが馴染みがあるな……水をかけるというのは、魔術的にもとくべつなことだからね、一種の祈りというか……思いを宿すというか……」
ハラウラが耳をひくつかせながら、軽くうつむいて蒸気を背中に受ける。ホロンは頭の位置がどうしても高くなりすぎるため、3人の対面の席で横になっていた。
「ラクリ、お前もやってみたらどうだ。ロウリュ」
「ああ、やってみるよ」
柄杓と桶を渡されたラクリは、水をすくい取って、熱された石にかけていく。水が石にあたり、蒸発していく音。石の間で沸騰した水があげる、細く甲高い鳴き声のような音。また一段室内の温度が上がり、その変化を肌で感じる。見えない熱気の塊を、背中に感じる。
「違いがわかるか?」
ユージーンの言葉に、ラクリは目をつむったまま答える。
「……全身がやわらかく温められる。これはストーブの仕組みの違いだろうな。あとは……ロウリュの音と、温度の変化……」
「そう。たしかに体を温めるだけなら、非効率的な手順かもしれないが……その手順のおかげで生まれているものもあるんだ」
ふたたびサウナ室に静寂が戻る。
物語で一同が体験したように、遠赤外線ストーブの場合、空気が熱くならないので、石のストーブと違ってサウナ室内の温度は全体的に低く、比較的長い時間入っていることができる。
しかし、空気の温度が上がることは、決してデメリットではないのだ!体を熱気が包み込めば、全体がまんべんなく温められていくからだ。これは、直線的な熱の放射しかできない遠赤外線ストーブに比べて、石のストーブにしかない特徴だ。
また、遠赤外線ストーブは比較的温度を一定に保ちやすいという特徴もあり、サウナ室内の温度は管理しやすくなるだろう。一方で、ロウリュをすることで、体で室温と湿度の変化を味わうことができるのは石のストーブの魅力でもある。
つまり、どっちもそれぞれ良いのだ!個人のサウナの入り方や好きな温度によって、石ストーブと遠赤外線ストーブのどちらが好みかは変わってくるだろう。そしてもちろん、この2つを両方搭載していいとこどりをしている施設もある!
僕(作者)は蒸気の感触が好きなので石ストーブとロウリュのほうがお気に入りだが、最も普段遣いしている銭湯サウナ・渋谷『改良湯』では遠赤外線ストーブで焼かれている。どちらも違う熱の質感を感じることができて良いものだ。
ちなみに、池袋『かるまる』などで体験できる薪サウナは、中で燃えている薪の焚き火の輻射熱が遠赤外線ストーブと違って指向性が弱いため、部屋全体にまんべんなく熱が放射されており、石ストーブとも遠赤外線ストーブとも違ったサウナ体験が楽しめる。機会があれば、ぜひ体験してみてほしい!
参考文献:
サウナと熱 熱の種類(https://saunology.hatenablog.com/entry/sauna-heat01)
遠赤外線サウナについて考えてみよう(https://saunology.hatenablog.com/entry/sauna-heat04)
「ホロンの言う通りだったな。悪かったよ、石ストーブのことバカにするみたいに言って」
外気浴で風を受けながら、ラクリはユージーンに言った。彼は長椅子のかわりに、ホロンの腹の上に横になっている。
「いや、いい経験だった。サウナの可能性が、これで一段広がった気がする」
「そうだね……ホロンやほかのク族みたいな、毛皮のあつい種族でもすぐ温まれるストーブなんて、はじめてだし……」
「……♪」
4人の見上げる空は少しずつ日がかたむきつつある。夕方の風が、それぞれの肌に心地よかった。
「思えば、今まで色々な相手から、サウナの新しい可能性を教えてもらっていたな……」
ユージーンがつぶやく。香油で香りを良くすること、みんなで集まってロウリュを受けること、そして今回、新しいサウナのあり方を知った。
「ラクリ、お前の機械づくりももちろんだが……物事を変えていける考え方は、俺にはないものだ。ホロンといっしょに、協力してくれないか」
「もちろんだ、何でもするぜ!な、ホロン」
「……!!」
居場所がみつかったことに喜ぶ二人。彼らも元いた群れを追放されてきた身だ。ユージーンもハラウラも、それぞれの居場所にいられなくなって、『みなの湯』をはじめた経緯がある。誰にでも安らぐ権利があるのだ。たとえ追放されても、周囲に馴染めなくても、サウナが全てを受け止めるように。
「よかったじゃないか、主人。ずっと先になるかと思っていたけど、これだけぴったりの人材が揃えば」
「ああ、願ってもない。アレをやろう」
「アレ?」
聞き返すラクリに、ユージーンはにやりと笑って答える。
「『みなの湯』大改装計画だ」
『サウナ&スパ みなの湯』。追放された元英雄と、小さな魔族が営むやすらぎの場所。新しい仲間を加え、ついに誰もが安らげる場所を目指した改装が始まる!
異世界で追放されても、サウナさえあれば幸せです ーできれば水風呂と外気浴スペースもつけてくださいー
『ラクリとホロン、サウナに加わる』 終
サウナに行きたいです!