竜をサウナに入れるには
熱と蒸気の吹き出す火口を、周囲の山ごとすっぽりと覆う天幕。巨大なテントサウナだ。自衛隊のヘリと、地上の観測施設から、多くの人間が固唾を呑んでそれを見上げている。
「開きました!」
観測手が叫んだ。テントの入り口が開き、中からサウナハットをかぶった竜が出てくる。文字通り山を巻く巨体。全身の鱗が蒸気で濡れ、美しく光を反射している。
竜は体をのたうたせ、かつて登別の市街地だった場所を破壊しながら、一気に海岸線へと向かい、そのまま海へとなだれ込んだ。
「国中のスパコンをぶん回して計算したんだ。頼む、耐えてくれよ」
観測施設では、復興庁の担当者が手をあわせている。莫大な質量が海に入り込めば、当然津波が起こる。竜の巨体に押し出され、大量の水が塊のように海岸に押し寄せる。破壊された市街地を更地に戻していく。防潮堤が津波を受け止めた瞬間、衝撃が襲った。
観測施設のモニタからは、竜が海に体を投げ出している様子が見える。神話の一幕のような光景に、人は息を飲むしかなかった。
そして、竜は大きな口を広げて、言った。
『うーん、いまいち』
◆
2週間前、竜が突然サウナに入りたいと言い出した。各省庁は騒然となり、対策委員会が編成された。
「街一つ避難させてこの程度の竜素値、大損ですよ」
農水省の米原が顔をしかめる。
「サウナも水風呂もヌルかったそうじゃ。五色、温度を上げる方法を考えるぞ」
出雲からリモート参加の神祇庁の巫女・宮城が竜の言葉を伝える。
「熱、か」
五色は呟く。内閣官房の若手職員で、サウナが趣味であるというだけで、このポストを押し付けられていた。
「竜エネは内需で手一杯、火力も原子力も外圧で使えない。熱源どうしましょう」
資源エネルギー庁の金子が頭を抱える。
「太陽」
内閣府の星が出し抜けに言った。
「要は暑い寒い交互ならいいンすよね。公転軌道を計算して、人工衛星をサウナにする。竜を宇宙に打ち上げるンすよ」
【つづく】