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#異世界サウナ ④-2【異世界で追放されても、サウナさえあれば幸せです ーできれば水風呂と外気浴スペースもつけてくださいー】


 5年前、フィン王国と魔族支配地域の国境付近にある、ガダラ平原。人間の一団が、見通しの良い道を歩いている。
「なあユージーン、お前この戦が終わったら何したい?」
 小柄な女が、大柄な騎士――ユージーンに尋ねた。
「……特にないな。強いて言うなら帰って寝たい」
 ユージーンは女に一瞥もくれずに、仏頂面で答える。女は大げさに肩をすくめながら、隣を歩いていた少年にまとわりついた。
「つまんねーなーお前。クラウスはあんな大人になっちゃダメだぞ」
「はあ……」
 絡まれたほうの少年は、笑いながらあいまいに答える。
「クラウスは手先が器用だし、身のこなしが良いから、腕のいい盗賊になれるよ!」
「盗賊って、人に勧める職業ですか……」
 彼らが話しながらむかっていく先は、平原一帯を牛耳る魔族の本陣である。平原を奪還しようとする国王軍の騎士たちと、挟み撃ちの形になっている。
「いーんだよ、魔族とか悪い金持ちとかから盗めば。家族のために金がいるんだろ?こんなとこで傭兵まがいのことをやってるより、バカスカ稼げるぞ!」
「もうやめとけ。そろそろ待機地点につくぞ」
「へいへい。それじゃ、今日も世のため人のためにがんばりますか」
 女はふてくされた様子で、クラウスから離れた。男二人は視線でコンタクトをとり、揃って苦笑する。
「……そういえば、お前はどうなんだ。モーガン」
「何が?」
「さっきお前が言っていたことだ。この戦が終わったら――」
「ああ、そうだね」
 女は得物の槍を手に、振り返って笑った。
「まずは、ゆっくり風呂に入りたいかな」

――

 時は戻り現在。クラウスは短剣を手に何度もユージーンに切りかかり、ユージーンはそれをなんとかいなしている。
「クラウスっ、なぜこんなっ」
 ユージーンは致命傷にならないように、斧で短剣をはじき、刃の背で体を押し返す。
「あなたこそ、なぜ魔族と関わるのですか」
「受けた恩がある」
「私も同じだ。教会は私を救ってくれた。戦う場を与えてくれた。家族を殺した魔族どもを、好きなだけ殺せる理由も」
 クラウスが再び飛びかかり、ユージーンの急所を狙う。
「まさか言うまいな、復讐は何も産まないなどと」
 短剣を斧で受けようと構えるユージーン。しかし、刃に当たったのは肉の感触だった。クラウスの片手が斧の刃に突き刺さっていたのだ。
「なっ!?」
 もう片方の手の短剣がユージーンの首元に襲いかかる。襲撃者の両目が獣のようにぎらつくのが、ユージーンにも見えた。咄嗟に全力を込め、突き刺さった斧ごとクラウスを投げ捨てる。
「さすがは元『英雄』か……次は、殺すっ…ググウッッ!!」
 クラウスは不気味に笑いながら、なおもユージーンに迫る。切り裂かれた左腕が再生していく。魔術――教会が言うところの奇跡――の力だ。かつてガダラ平原の戦いでも見た、治癒の力。以前は他人を癒やしていた魔術で、自らの肉を再生しながら、突っ込んでくる。
「やめろクラウス!」
 短剣を突き出す腕をなんとか捕らえ、クラウスと組み合うユージーン。かつて『生きる防衛線』とも呼ばれたユージーンの膂力は人間離れしたものだったが、クラウスはそれと互角に渡り合っている。体格からしてもあり得ぬことだったが、人間の限界を超える筋力を発揮させ、ちぎれていく筋繊維を端から再生しているのであれば道理だと、ユージーンにもわかった。
「これで終わりだアアア”ッ!!」
 クラウスの目が充血し、血涙が流れる。獣のごとき唸り声とともに、ユージーンの腕を押し返す力はどんどん強くなっていく。バチバチと弾けるような音は、骨や筋が壊れては再生していく音だ。
「くそっ、お前までっ……」
 クラウスの力は、すでに完全にユージーンを上回っていた。短剣の切っ先が首に迫る。
「やめろおおおおッッ!!」
 ユージーンも雄叫びをあげる。がくん、と体が傾いた。
「ア”ア”ッ?!」
 押され始めたのは、クラウスのほうだった。クラウスの膂力は、完全にユージーンを上回ったにもかかわらず。
「何故っ?!どこからそんな力がアッ?!」
「止まれええッッ!!」
 襲撃者の表情に驚きの色が混ざったその瞬間、きん、と澄んだ音が響いて、クラウスの動きは止まった。巨大な氷塊が彼の頭に直撃したのだ。ウ族の魔術師、ハラウラの魔術だった。
「気づくのが遅れてごめん……魔術の気配がしたものだから、あわてて飛び出してきたんだ」
「いや、いい……魔族のお前が最初から割って入ったら、余計に面倒なことになっていたからな」
 幸い、ハラウラが介入したことは気づかれてはいないだろう。治癒魔術の行使と全力でのせめぎあい、他に意識を向ける余裕はない。ハラウラの魔術は一瞬だった。
「主人、この人は……?」
「……昔の仲間だ。こんな戦い方をしてほしくはなかったんだがな……」
「……そう……」
 ハラウラもそれ以上は聞かなかった。ユージーンの表情を見て、そうすべきでないと悟ったのだろう。
「それで、どうする?意識はしばらく戻らないだろうけど……街の近くにでも」
 ユージーンは首を横に振った。
「まがりなりにも『審問』に来たんだ。サウナに入って、実情を知ってもらう……話したいこともあるしな」

サウナに行きたいです!