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熱病の王国

「私を抱かないの?」
 風俗店の一室で、死んだ妻と同じ顔の女が、僕に聞いた。
 顔だけではない。ネオンが映える白い肌。亜麻色の髪、丸い乳房。全てが妻と同じだった。声が震える。
「目的は取材だし、僕は不能でね」
 嘘だ。僕の使命は、『サキュバス』の王の発見と暗殺。妻を原因不明の事故で亡くして以来、性的不能なのが抜擢の理由だった。不能でなければ、『サキュバス』とまともに話すことはできない。
 なのに、妻と同じ姿のこの女を見て、急に機能が戻ってしまったのだ。脳から勃起のスイッチを引きずり出され連打されるような、暴力的な性衝動が僕を襲い続けている。
「取材?」
 よく知った声が耳元で囁く。心臓が跳ね、喉が詰まるが、理性を失うことは死を意味する。僕はなんとか返事する。
「そう。なぜ人は、まぐわったら死ぬと知ってなお、君たち『サキュバス』を抱くのか」

 脱毛、ボトックス、整形手術、ゲノム編集。加熱する美容医療がたどり着いたのは、ウイルスだった。予防接種感覚で完全な美貌が手に入る便利さは、世界の美的感覚と倫理を容易く塗り替えた。
 人類は醜さから開放された。美は民主化した。それは革命だった。
 だから十年前、ウイルスが急激に強毒化しても、多くの人は一度手に入れた美を手放せなかった。その毒が、粘膜感染で相手を殺すとしても。

「WHOの誤算は、罹患者を隔離したこの大陸を『サキュバス』の王が丸ごと風俗街にしたことだ。そのせいで、このシドニーだけでも毎年数千人の密航者が腹上死している」
「今はバビロンよ」
 そうだった。頭が全く回らない。
「前にあなたと来たときは、きれいな街だったのにね」
 あまりに自然な返事に、僕は思わず頷きそうになって、息を止めた。
「安心して。王様の居所も、なぜ死んだはずの私がここにいるのかも、話してあげる。ベッドの中で」
 動揺を見透かしたような声。
「服、脱いで?」
 女の指が、僕の下半身にわずかに触れた。

つづく


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獅子吼れお
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