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貪婪王の婚礼
鏡のような湖に、月光のもと進む一団の影が映る。
象ほどの馬たちが列をなし、馬車に誂えた金糸の大天幕は、月明りを受けて星のようだ。
楓の国の姫、サラの花嫁行列である。
そんな煌めきを映す湖面が、暗く、赤黒く染まっていく。
血を流しているのは、騎士たちの屍。
「ウルシド!狗め!姫を売るつもりか!」
最後の騎士が虚空に叫び、
「ええ、狗ですとも」
背後に現れた男に斬られた。
湖畔に静寂が戻る。
男は剣を収め、手鏡を取り出す。
映るのは、黒い執事服と銀色の毛皮、鼻面の長い狗の顔。返り血ひとつ無いことを確かめ、狗頭の老執事、ウルシドは踵を返した。
「《貪婪王》様のもとに、姫様をお連れする。私の最後の仕事です」
独り言の続きを、鋭い牙が噛み潰す。
――たとえそれが、姫様を不幸にするとしても。
「じいや!大丈夫?」
「じいやは賊になど負けませぬ」
天幕で出迎えた姫に、老狗は柔和に微笑んだ。
「なら、寝る前のマッサージね」
「それは侍女に」
「じいやの肉球じゃなきゃだめなの!」
頬を膨らませる姫に、仕方ありませんなあ、とウルシドは苦笑する。
「ここのベッドは固いわ。西の国はまだかしら」
老狗の垂れた耳がぴくりと動いた。
「姫様……」
「そんな顔をしないで。自分で決めたことだもの。あの方が、国を覆う病を払ってくださるのだから」
西の国、黄金郷の魔法使い《貪婪王》は、花嫁を黄金に変えるという。差し出した国は救われ、花嫁は二度と戻らない。
「じいや、耳飾りが光っているわ」
姫の言葉に、ウルシドは目を見開いて天幕を出た。この通信水晶を知る者はもういないはず。
「久しぶり、《神憑候》」
「その名は捨てた。貴様の骸と共に。なぜ生きている、《惨劇織り》。先程の軍も貴様の」
「頼まれて手引きしただけさ。まぁ君が全滅させるとは思ったけど」
ウルシドは唸る。
「ね、協力してよ。君にとっても良い話さ」
水晶の向こうの声は楽しげに続けた。
「《貪婪王》を、暗殺しよう」
つづく
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