令和サウナエルフものがたり【#パルプアドベントカレンダー2021】
1
「クリスマスは去年で終了したので、あなたはクビです」
2021年、春。日本エルフ会(略称:日エ会)の人事部長が、眼鏡をふきながら言った。
「そ、そんな!私は誇り高きサンタエルフですよ!他の仕事なんて」
冬山の葉のエミリア(日本名:葉山エミリ)は机を叩いて部長に詰め寄る。しかし、当の部長は迷惑そうな表情で書類をつきつけるだけだった。「100年ぐらい前から通知してたじゃない、2020年でクリスマス事業は終了って。他のみんなは後のキャリア考えてたよ?そりゃあ君が熱心なサンタエルフなのは知ってるけどさ」
「じゃ、じゃあ良い子リストはどうするんです?!今まで私たちサンタエルフが、足で世界中まわって良い子リストを作ってたから、プレゼントが行きわたっていたのに」
食って掛かるエミリアに、部長は露骨にため息をついた。
「民営化だよ。GAFAのITエルフがシステムを作ったからね。僕も詳しくはないけど、プレゼント希望はメールやGoogleフォームで届くし、良い子リスト作りはAIとビッグデータ解析がやってくれるらしい。もしサンタエルフを続けたいなら、せめてITパスポートぐらいはとってくれないと」
エミリアも確かに、部長の言葉には覚えがあった。ほんの50年ほど前だったか、なにやら難しい横文字でいろいろ書かれていた通知が来ていた気がする。その時はよくわからなかったので、さくっと読み飛ばして鉛筆をなめなめ良い子リストを作っていたのだった。思えばそのころから、他のエルフたちはタイプライターやワープロ、パソコンを使い始めていた気がするが、エミリアは良い子たちの元を駆け巡るので精一杯だったし、それがサンタエルフの仕事だと思っていた。
(あれ?そのころワープロとかあったっけ。最近、百年前ぐらいのことまで「少し前」って言っちゃうからなあ)
「とにかく、もうクリスマス業務はないからね」
「うう……うちは鎌倉時代からサンタエルフの家なんですよぉ、今更他の仕事なんて考えられません」
「ほんとに再就職先決めてないの?今すぐ紹介できるのは、バンブーエルフかポテサラエルフぐらいだけど……」
「それは嫌です!!竹槍やポテトつぶし機を振り回すぐらいなら、野良エルフのほうがマシです!!」
「野良エルフは困るよ君ぃ……えー、ちょっとまってなさい、一応探すから」
涙目のエミリアに、部長はさらに溜息をつきつつパソコンを叩く。
成熟し働ける年齢になったエルフは、その後ものすごく長い時を生きるので、何か仕事や役職についていないと容易にボケてしまう。日本はただでさえ蹴鞠やら連歌やらテレビゲームやらにハマって仕事そっちのけになる野良エルフが多く、ちょっと前からヨーロッパのエルフ会本部に睨まれているのだ。
「お、ちょうどいいのがあった。サウナエルフだ」
「サウナエルフ?サウナってあの、蒸し風呂ですか?」
「ああ。基本、サウナができるたびに、それを支えるサウナエルフが産まれるんだけど、最近日本ではサウナブームで施設が急に増えて、発生が追いついていないんだと。サンタエルフの本場、フィンランドでは非常に伝統のある仕事と聞くし、クリスマスイブにはサウナに人間の霊を迎える大事な業務もあるみたいだ」
フィンランド!全サンタエルフの憧れの地!エミリアは一瞬飛びつきそうになったが、風呂での労働であることを思い出して考え込んだ。
「うーん、確かに私も日本エルフとしてお風呂は好きだけど……仮にも誇り高きサンタエルフが、三助や湯女の真似事というのも……」
「……君はもうすこし認識をアップデートしたほうがいいね……。ま、君にはぴったりなんじゃないかね。きっとやりがいを見つけられるよ」
「はぁ、そうですかねえ……」
そんなわけで、エミリアはサウナエルフに転職することになった。
◇🎅◇
サウナ、サンタ、エルフ、そしてクリスマスにおすすめのサウナについて(解説コラム)
メリークリスマス!いきなりサウナエルフとかサンタエルフとか言い出して正気を疑われているかもしれないけど、どちらも実際に存在するものなんだ。それに、クリスマスに特別なサウナの風習があるのも本当だ。
まずはおなじみ、Saunalogyのこの記事を読んでほしい。この記事では、サウナとサンタ、そしてエルフの真実が克明に記述されている。
まず、サウナとサンタの本拠地、フィンランドには、クリスマスサウナという行事が存在する。
クリスマスの特別なサウナ行為があることを、まずは覚えていただきたい。そして、これにエルフがどうかかわってくるかというと……。
ご覧いただきたい!明確にエルフと記載されている。クリスマスには特別なサウナ行為をする行事があり、エルフが入りに来るのだ。
サウナのエルフ、サウナエルフはトントゥという別名でも親しまれており、有名サイト『サウナイキタイ』のポイント制度に名前がついていたり、トントゥをかたどった石なんかがサウナストーンに混ざっていたりする。
このように、サウナとエルフは密接に結びついている。サウナエルフは日本ではあまり知られていないが、世界的には有名なエルフなのだ。
そしてサンタエルフについても、同記事に言及がある。
トントゥがエルフであるということは前述した。したがって、ヨウル・トントゥを日本語訳すると、サンタエルフだ。考えてみれば、サンタクロースだけで世界中の良い子にプレゼントを配るという事業を行うのは難しいだろう。彼らを補佐しロジを担当するサンタエルフがいてこそ、クリスマスが運営されてきたのだ。
ちなみに、僕(作者)がクリスマスをサウナですごすとすれば、やはりホームサウナでいつものようにととのうのが良いが、どこかに少し足を延ばすのであれば、関東圏なら埼玉の『おふろcafe utatane』がいいだろう。全体的に北欧調にまとめられた休憩スペースにはハンモックもあり、お風呂の中にはサウナ小屋がある。本場フィンランドのクリスマスサウナに近い体験ができるだろう。関西圏なら神戸の『神戸サウナ&スパ』が良い。ここにも本場フィンランドをイメージした石のサウナスペースがあり、ヴィヒタ(白樺の葉っぱ)も用意されているのが特徴的だ。九州の人は黙って『湯らっくす』か『らかんの湯』でも行ってほしい。うらやましい。あ、もし年末暇だったら、拙作『#異世界サウナ』の一気読みでもどうぞ。面白いですよ。
サンタ、サウナ、そしてエルフ……そこに密接なつながりがあるということを覚えていただいた上で、本編に戻っていただこう。
◆🎅◆
2
「それでどうなん、サウナエルフは」
「ぜんぜん面白くない……」
2021年、秋。エミリアは高円寺のワンルームで、ストロングゼロを片手にくだを巻いていた。久しぶりのサンタエルフ飲み会は、なんかの病気の影響で飲み屋がやっていないので、オンラインでの開催になった。参加者は、エミリア以外に、もとサンタエルフの同僚3人。
「いいじゃん、サウナ。最近ブームだし」
「つまんないんだよう!毎日掃除したり、古い人間の相手したり。リリアはいいよね、パソコン詳しいから楽しそうな仕事いっぱいあって」
水枯れぬ沢のリリア(日本名:水沢リリ)は、4人の中で最も早くサンタエルフをやめて、今はITエルフとして大企業で働いている。エミリアのZoomアカウントをセッティングをしたのも彼女だ。
「だったらお前もバンブーエルフにならないか、エミリア」
「やだ!山で暮らしたくないもん。竹なんて硬くて食べられないし」
青竹にマヨネーズを塗り、バリバリと噛み砕きながら笑うのは、風駆ける草原のアイラ(日本名:原アイラ)。サンタエルフ時代から肉体派で、今はバンブーエルフとして、京都の竹林の治安を守っている。
「ふん、これだから仕事に縛られた愚かなエルフは。闇の力は、ダークエルフはいいぞエミリア。お前もダークエルフにならないか」
「ダークもいや!」
一人だけ海外から参加しているのはダークエルフのマーサ(エルフの名は捨てた)。エミリアはよく知らないがダークな仕事をしているらしい。真面目なので、ダークエルフに転職してからは肌を日焼けし、ダークにふるまっている。
「だいたいさっきから皆、『〇〇にならないか』って何?流行ってるの?」
「えー、『鬼滅の刃』読んでないの?」
「くくく、蒙昧なエルフらしい愚鈍さだな。Amazonプライムで全話見ろ。劇場版もだ」
「バンブーエルフでも知ってるぞ?」
「嘘!?」
ITエルフのリリアはともかく、一年のほとんどを竹林で過ごすバンブーエルフのアイラや、海外在住のマーサまでもが同調したので、エミリアは驚いた。
「え、まさか『呪術廻戦』も読んでない?『モルカー』は知ってる?」
「じゅじゅつ?もる?」
「マリトッツォは?」
「それも漫画?」
「まさか台湾唐揚げまでも知らぬのではないだろうな」
「あ、食べ物か!タピオカとティラミスは知ってる!」
「それ何周か前のブームのやつだろ!」
「ワ、ワァ~……」
エミリアはついに画面の前でつっぷし、情けなく泣き出した。
「泣いちゃった!」
「たぶん『ちいかわ』も知らないんだろうな~」
しゃくりあげ、ストロングゼロを飲み干しながら、エミリアは雑にまとめた金髪を振り乱す。
「だって、だってさぁ、毎年毎年、良い子リストを作るためにさぁ、必死に世界中飛び回ってさぁ……良い子たちはみんな、クリスマスにプレゼントもらってさぁ、うれしそうにしててさぁ!私もがんばってリスト作ってさぁ!それだけやってれば、みんなハッピーだったじゃん!」
「いやぁ、エミリアが仕事熱心なのは、みんな知ってるけどねぇ」
リリアの言葉に、画面の向こうのアイラとマーサが頷く。
「我らの中で一番、サンタエルフの仕事に誇りを持っていたものな」
「だいぶ空回りなところもあったけど……悪いやつじゃないんだよなー、不器用なだけで」
赤く泣きはらした目で量販店のVAIOのカメラに顔を近づけるエミリア。
「クリスマス前の追い込みも、大変だったけど楽しかった……サンタから借りたトナカイを走らせて、100万人の良い子リストを任された……それが今じゃ駐車場エルフの仕事すら無いんだッ!」
エミリアは嗚咽しながらロング缶を握りつぶした。
「うぅ~~……惨めすぎる……。こんな、こんなことって……。みんなどこへ行ったの?ちきしょう……どこへ……」
嗚咽は次第に小さくなり、エミリアはそのまま寝てしまった。
「あー、まあ、なんというかねえ」
「我らも解散するか」
「おう、じゃあまた十年後ぐらいに」
見るもののいなくなったVAIOの画面上、ウェブ会議のウィンドウが消え、乱雑に散らかったデスクトップだけが残った。
3
2021年、冬。
「エミリちゃん、マット交換してきて」
「……はーい」
エミリアは、都内のとある古い銭湯で働いていた。ここには以前サウナエルフがいたのだが、近くの銭湯のリニューアルでできた上等なサウナに配属され、欠員を補うようにエミリアが配属されたのだった。
ちなみに、エルフが人間に混ざって働く時、人間はそれに違和感を覚えることができない。エミリアは長い金髪に青い目で、日本人の容姿からはかけ離れているが、銭湯の誰もそれを気にすることはなかった。
浴室の奥、古びたサウナ室に入ると、電気ストーブが熱気を発していて、一気にエミリアも汗をかく。室内にはおしゃべりに興じる古い人間が2人いるだけだ。
「もうすぐクリスマスねえ」
「そうねえ、おととしのクリスマスぐらいには、もっとたくさん人がいたんだけど」
老女たちはタオルで汗をぬぐいながら、電気ストーブの熱気を受けている。
「吉田さんも室内さんも、みんなあっちの新しいサウナのほうにいっちゃって。コロナが落ち着いたっていうのに、会えなくて寂しいわねえ」
「そうねえ」
リリアの言うように、人間界はサウナブームらしいが、配属された古びた施設はむしろ人気施設に客を奪われ、恩恵を受けていないようだった。
「ここもいいサウナなんだけどねえ」
「ほんとにねえ。私、あっちのサウナにもいったんだけど、若い人たちですっごく混んでて。まいっちゃったわ」
「あそこ、テレビないんでしょ?あたしはテレビあったほうがいいわあ、ゆっくりできて。毎日ここでお相撲見るの」
仕方ないだろうなあ、と、エミリアは座席に敷かれたマットを交換しながら思う。この銭湯のサウナには、ブームで盛り立てられているようなロウリュのできるサウナストーブや、水質の良い水風呂がない。いまいち出力の安定しない電気ストーブと、少しカルキくさい水風呂があるだけだ。現状維持でせいいっぱいなのだ。
(ずっと同じように仕事してきたのに、勝手に時代が変わって、取り残されて。私といっしょだ)
いつしかエミリアはそんなことを思うようになっていた。サウナエルフの仕事は暑いし、儲からないし、肉体労働だし(バンブーエルフやワカメエルフよりはマシだが)、投げ出して野良エルフになろうかとも思ったが、そんな奇妙な愛着のようなものがあって、エミリアはサウナエルフを続けていた。
(クリスマス、か……)
あとから聞いたが、人事部長のいっていた、フィンランドにあるという人間の霊がサウナに帰ってくる行事は、日本ではお盆がその役割を担っているので、存在しなかった。だから、今年のクリスマスは、エミリアにとって、何にもイベントのない初めてのクリスマスになる。
「そういえば、私、クリスマスっていえば、不思議な思い出があってねえ」
老女の一人が、不意に話しだした。
「クリスマスというか、その前の日なんだけど……私、風邪で寝込んでたのよ。両親が、はじめてクリスマスをお祝いしてくれるってのに」
「あらあ、かわいそう」
「でねえ、ふてくされて布団に入って、いつのまにか寝ちゃって。目が覚めたら、窓の外に誰かいたのよ。私のほうを見ながら、なにか必死に書き物をしててねえ」
重ねたサウナマットを縛りながら、おそらくサンタエルフだろう、とエミリアは思った。良い子たちが寝ている間にリストを作るので、寝起きに見つかってしまうのは、たまにあることだった。
「そしたらね、その人、私に気が付いて、あわてて隠れちゃったの」
「あらやだ、不審者?」
「うーん、よく覚えてないの。でね、そのあと不思議におもって窓辺に寄って行ったら、飴が一個おいてあってねえ。ほんとはよくないんだけど、舐めてみたらとっても甘くて、体がぽかぽかして。結局クリスマスは布団で寝てて、チキンも食べられなかったけど、おかげでいい思い出だわぁ」
エミリアは思わず振り返った。それは私だ。記憶がある。ほんの数十年前、東京からかなり離れた街だが、間違いない。
「み、ミヨちゃん……?」
口走った名前に、老女は目を丸くした。
「あんたに名前おしえてたっけねえ」
「あ、ほら飯田さんマット!交換交換」
「あらやだ、ごめんなさい」
老女たちはエミリアに会釈すると、いそいそと移動した。
あの古びた人間が、あの熱で頬を赤らめていた『良い子』だったとは。エミリアはあの時、夢の中でクリスマスの料理やケーキを楽しみにしていた彼女をかわいそうに思い、持っていた飴をひとつ分けてあげたのだ。そのときのあたたかな『思いの輝き』を覚えている。
よく考えれば、それだけではない。サウナにいる古い人間も、店主も、きっと昔は『良い子』だったのだ。エルフは老いという概念がないため、エミリアはそのことをすっかり忘れていた。
エミリアは振り返る。薄暗いサウナ室は、いつもより少し明るく見えた。
「さて、男湯も行かないと!」
4
そして、クリスマスイブ。エミリアは、サウナエルフになった時に想像したよりは、晴れやかな気持ちでその日を迎えていた。空も穏やかで、すっきりとした冬晴れだった。
街でクリスマスマーケットを冷やかし、遅めのランチを食べてから、銭湯に出勤する。午後3時をまわると、冬の短い日はすでに半ば傾きかけ、急に気温が下がってきた。
「ああ、来てくれて助かったよエミリちゃん。ちょっと大変なことになっててね」
銭湯の主人が、出勤してきたエミリに、額に汗を浮かべながら声をかけた。
「なんか、夕方からこのへん一帯が断水になるんだって。水道管が故障したとかで」
「ええっ、じゃあ今日は店じまいですか?」
「いいや、うちは井戸水を引いてるからね。電気が止まらない限りは営業できるよ……というか、そういう時こそ営業しなきゃいけない」
水道が止まっても、井戸から直接水をくみ上げている銭湯に影響はない。災害時にも水や入浴を提供することができる。街の銭湯が自治体の管理下にあるのは、銭湯に防災設備としての側面もあるからだ。
「だから、今夜は忙しくなるよ。このあたりの人たちが、みんなお風呂入りにくるんだから。やれやれ、クリスマスイブだってのにねえ。人手が足りるかしら」
果たして、店主の言葉通り、その夜、銭湯には見たこともないほどの人間が集まった。入浴を求める者だけでなく、飲料水の提供を求める者、コインランドリーで洗濯しようと集まる者もいる。そんな大混雑を、エミリアは的確にさばいていく。
「あの」
「はい、飲み水はあっちの列!」
「すみません」
「すみませんお風呂は60分待ちです!サウナは90分!入れ替え制なので待てば入れます!」
エミリアには、サンタエルフとして培った、人々が――正確には『良い子』が何を求めているのかわかる能力がある。それを生かして、会話を最小限にして人々を誘導していく。しかし、それでも一人でできることには限界があった。夜を迎え、勤めに出ていた人間が戻ってくると、さらに数は増える一方だった。北風は冷たくなり、待ち列の人々は体を縮みあがらせる。
サンタエルフ視界に映る『思いの輝き』たちも、どんどん曇っていくのがわかった。
「すみません、トイレ借りたいんですけど!」
「お風呂まだ空かないの?!」
「ママ、お腹空いた!」
「困ったなぁ、彼女とここで待ち合わせしてるのに」
人々に、不安や不満、焦り、苛立ちが募っていく。気持ちを読み取らずとも、爆発寸前なのは明白だった。
(ああもう、これじゃあみんなが――『良い子』たちが、幸せなクリスマスが過ごせなくなっちゃう!)
エミリアは声を張り上げながら、自分の目が涙ぐんでいくのを感じた。
(私は、サンタエルフで、サウナエルフだ!そんなこと、絶対嫌だ!みんなに、お風呂で、サウナで、幸せなクリスマスを過ごしてもらうんだ!)
その時だった。
「応援に来ました!何か手伝えることはないですか?」
エミリアに声をかけてきたのは、見知らぬ男女の集団だった。
「えっと、あなた方は?」
「駅前のサウナ施設の者です。うちは水道水を使ってるんでお風呂は使えないんですが……SNSで、ここにお客様が殺到しているのを見て、居ても立っても居られなくなって」
サウナ施設のオーナーが、エミリアにスマホの画面を見せる。
同時に、エミリアのスマホにも着信があった。サウナ施設のオーナーに、銭湯店主の居場所を伝えてから画面を見ると、ITエルフのリリアだった。「やっほー。お困りのようだね」
「リリア!あなたがSNSに書いたのね」
「まあね。友達と『良い子』が困ってるなら、元サンタエルフとして放っておけないし。あ、これ良かったら使って」
エミリアのスマホにURLが送られてくる。
「これ、今作ったスマホ整理券システム。来てる人にこのQR読んでもらえば、順番くる前に通知がいくようになってる。わざわざ寒い中で並んでもらう必要もなくなるから」
「す、すごいわリリア、さすがITエルフ!本当にありがとう!」
「じゃあ、まだ仕事あるからこれで。現場で手伝えなくて悪いけど……まあ、労働力のほうもたぶんなんとかなるよ」
「え?」
リリアはスマホ越しに、少し笑いながら言った。
「さっき言ったでしょ。元サンタエルフなら、見過ごせないって」
通話が切れると、次に耳に飛び込んできたのは聞きなれた大声。
「水を車まで運んでほしいやつはいないか?!容器がないやつには竹の水筒をやるから言え!」
声のする方を見ると、パンダに乗ったバンブーエルフのアイラが、5リットルは水が入っていそうなポリ容器をいくつも抱えて運んでいた。
「ククク……渇きに導かれし者よ…ここの駐車場は満車だ、二つ先の角にあるスーパーのものを使うがいい……」
その向こうではダークエルフのマーサが光る棒を持って車を誘導している。屈強なスーツの男性を数名従えていて、ダークの力を存分に見せつけていた。
「エミリちゃんのお友達のおかげで、お客さんの対応はなんとかなりそうだよ。いったい誰なんだい?あの子たちは」
店主がにこにこしながら、エミリアに飲み物を渡してきた。
「昔の仲間なんです。みんな頼りになる子たちですよ。……そうだ、すっかり忘れてたんですが、今日のイベント、予定通りやってもいいですか?」
「ああ、この分なら問題ないだろう。せっかく駅前のサウナの人も来てくれてるんだ、いろいろ聞かせてもらうといい」
「ありがとうございます!じゃあ、やってきますね。クリスマスの特別ロウリュ!」
21時、サウナは満員で、テレビは音楽番組を流していた。陽気なクリスマスソングが、人々のざわめきの間を埋めている。
「久しぶりにこっちのサウナ来たけど、なかなかいいね」
「クリスマスにサウナに入ってるなんて、想像できなかったけど」
「音楽もあって、雰囲気あるね」
「あったまるなあ、ありがたい」
普段とは違い、老人から若者まで入り混じったサウナ室内はにぎやかで、誰もが思い思いの恰好で熱を受け止めていた。
「ただいまからロウリュを行いまーす」
エミリアが入ってくると、若い客は手を叩いて彼女を迎えたが、常連たちはいまいちピンときていない様子だ。
「ロウリュとはサウナストーンに水をかけて起こる蒸気のことです。今回は、特製のアロマを混ぜた水を使って蒸気を起こし、タオルであおいでいく、アウフグースも行いますので、ぜひお楽しみください」
「あの、そのストーブじゃできないでしょ」
若者の一人が、サウナ室内の古ぼけた電気ストーブを指さした。サウナストーンがなければ、ロウリュを行うことはできない。
そこに、アイラが入ってきて、巨大な何かをドスンと室内に設置した。「うわ!サウナストーブだ!!」
「ありえねえ!何キロあると思ってるんだ?!」
若者たちは色めきだつ。アイラが持ってきたのは、サウナストーンのたっぷりつまったサウナストーブだった。あらかじめ外で熱した状態にしていたので、周りの空気が熱にゆらいでいる。エミリアにとっても想定外の代物だった。
「ちょっと、どうしたのこれ?!七輪に石いれてくるんじゃないの?」
「ああ、なんか駅前のサウナのやつらが貸してくれるっていうから、持ってきた」
明らかにやりすぎな内容とはいえ、これでアウフグースの準備は整った。エミリアは、うず高く石の積まれたストーブに、ゆっくりと水をかけていく。
ドジュウウッ……。
ああ、とか、ふう、とか、そんな声がサウナ室内に漂った。この瞬間が、エミリアはそこそこ好きだった。それぞれが思い思いに過ごしていたサウナの中に、ひとつの流れが生まれる瞬間。見えないはずの水蒸気が、段のそれぞれの人間が反応することで見えてくる。
同時に、人間たちの体から、あたたかな光が湧き上がる。安らぎにみちた『思いの輝き』だ。それを見れば、『良い子』の求めているものがわかる。サウナに集まっている人間たちが、どれだけ熱をもとめているのかがわかる。求めているところに熱をあててやると、幸せが生まれるのだ。『良い子』が幸せであれば、エミリアはうれしい。
「ああー、気持ちええわ」
「クリスマスにロウリュを受けるなんてねえ」
「断水になったときはどうなることかと思ったけど……」
「特別な夜になったなあ」
サウナの中に、おだやかな空気が満ちていく。あたたかな『輝き』が群れを成す。耐えきれなくなった人間が出ていき、水風呂に入って、また幸せになっていく。ここには、穏やかさと幸福しかない。サウナは素晴らしい。
(ああ、サウナエルフになってよかった……)
タオルを振り、熱波を生み出しながら、エミリアは心の底から笑顔になった。他のサンタエルフが見たら、彼女もまた、あたたかな『輝き』に包まれて見えたことだろう。
🎅
「つまり、サウナとサンタは同じだったんですね……」
数日後、日エ会に年始の挨拶に訪れたエミリアは、晴れ晴れとした表情で人事部長に語った。
「部長はそれをご存知で、私にサウナエルフになれとおっしゃったんですよね……本当に、ありがとうございました。おかげで、新しい居場所を見つけられました」
エミリアは人事部長に頭を下げる。
「では、私は新年の初サウナがあるので、失礼しますね!」
あわただしく仕事に戻っていくエミリアをにこやかに見送りながら、人事部長はつぶやいた。
「え、なにそれ……知らん……どうなってんの……?」
おわり
あとがき
こんにちは、ライオンマスク(作者)です。今年もパルプアドベントカレンダーに参加させていただきました。みなさんすごく力作ぞろいのなかで、サウナがトリの前座という位置になってしまい恐縮です。
2021年は、いろいろなことがあった年でしたね。
『サ道2021』が放送され、グラブルや凍京NECROでサウナをテーマにしたイベントが実施され、流行語大賞にも「ととのう」がノミネートされるなど、2020年から続いたサウナブームは拡大の一途です。
施設ではサウナラボ神田、ゆいる、松本湯、ルーフトップサウナなど野心的な新しい施設が続々とオープンし、会員制サウナや個室サウナも増えて、サウナの多様性という意味でも幅広い楽しみ方が提唱されてきましたね。僕(作者)も『異世界サウナ』をババっと完結させたりと、インターネットサウナ活動という意味でもいろいろやった1年でした。あとなんかオリンピックとかもあった。
来年も良いサウナとのめぐり逢いがあることを祈りつつ、本年の締めに、本作をご笑納いただければ幸いです。
さて、ついにパルプアドベントカレンダーも大トリとなった明日24日は、しゅげんじゃ先生の『アラヤスカの聖なる夜』です。逆噴射小説ワークショップ一期生の同期です。たのしみですね。作風からサウナプロファイリングをするに、おすすめのサウナは「草加健康センター」です。爆風ロウリュを受けてください。
それでは、メリークリスマス。おもしりかったらプレゼントかわりに課金してね!
ここから先は
¥ 300
サウナに行きたいです!